エピローグ
――エピローグ
意識が回復した時、俺は真っ白な空間に居た。
何もない空間だ。 いやよく見ると視界の中央に誰かの姿が見えた。
段々と視界がクリアになり、その姿が顕わになる。
「お久しぶりです、雪村氷河さん」
唐突に眼前の美女がそう語りかけてきた。
輝く透き通った白銀のロングヘアに、
露出が多めの白い羽衣に身を包んだ妙齢の美女。
そう、俺を異世界に送り込んだ張本人。 つまり女神様だ。
という事は俺はまた死んでしまったのか!?
「いいえ、貴方は死んでなどいません。 だから安心してください」
そうなのか、それは安心したぜ。 でもそれなら何で再びここに来たんだ?
「それは貴方があの世界――レヴァンガディアの運命を大きく変えたからです。
貴方が戦ったあの男――アルビアン・アイドラーは、
勇者にも新たな魔帝にもなり得る可能性を秘めた存在でした。
ですがご存知の通り彼は勇者ではなく、悪しき存在になろうとしていました」
へえ、アルビアンは勇者にも新たな魔帝にもなり得る可能性を秘めていたのか。
まあ俺のような凡人よりかは、奴の方が勇者にも魔帝にも相応しいだろうな。
「ええ、あのままでは彼の暴走は止まらなかったでしょう。
ですが貴方が彼の暴走を食い止めてくださりました。
これによりレヴァンガディアの運命が大きく変化して、
世界に救いの兆しが出てきました。 その功績を称えて、
貴方にもう一度新たな人生を選択するチャンスを特別に与えようと思います」
ん? 何それ? つまりもう一回、転生出来るって話?
「はい、そうです。 次は平和な日本で、裕福な家庭に生まれ、
何不自由なく暮せるという選択肢もあります。
貴方さえお望みならば、異国の地で同じような条件を整える事も可能ですよ」
ふうん、悪くない話じゃん。 だが断る!
「……その理由を聞かせていただけますか?」
「そうだね、別に大した理由じゃないよ。 ただそう何度も何度も人生に
リセットボタンを押すのはゲーマーとして邪道と思ってね。
それに俺は転生先のあの世界に多少なりと愛着が湧いてきたんだよ。
もちろん不満がないわけじゃない。
でもその不満をどう解消するかが人生において大切じゃないのかな?
それを俺は霧島やアルビアンと戦って学んだ気がする」
「……随分と精神的にご成長されたようですね」
「そうかな? 自分じゃよくわからないよ」
「ですがこのようなチャンスは二度とありませんよ?」
そう言われると少し勿体無い気もする。
だが俺の選んだ選択肢は――
「いいよ。 後悔はないよ。 俺はまたあの世界――異世界へ行くよ!」
そう答える俺に眼前の女神は優しく微笑を浮かべた。
そこで意識が覚醒して眼が覚めた。 そして俺は再び異世界に戻って来た。
アルビアンとの戦いから約二週間が過ぎた。
レムダリア王国騎士団と討伐隊とメギドローガ率いる魔帝軍との戦いは
膠着状態になり、決め手を欠いた両軍の撤退という形で決着が着いた。
騎士団長ガイラスから命じられていたアンノウンことアルビアンの
スパイ容疑に関しては、アルビアンが急遽逃亡した為、
証拠不十分という虚偽の報告をした。
この件に関しては事前に霧島やアイリス達と口裏を合わせていたが、
ガイラスも一国の騎士団長。
俺達の言葉を額面どおりには受け取らなかったが、
当面の目的である魔帝軍の撤退に成功した為、深くは追求しなかった。
魔帝軍の撃退に成功した為、ガイラス及びレムダリア王国騎士団は、
国王から多大な恩賞を受けた為、
アルビアンに対する感心も薄れたのかもしれない。
また俺達冒険者で結成された討伐隊にも恩賞が与えられた。
俺達五人にも最初の約束通り五百万レム(約五百万円)に加え、
成功報酬の三百万レム(約三百万円)が上乗せされて支払われた。
それを均等に五人で割り、一人辺り百六十万レム(約百六十万円)という
報酬に加え、それぞれの冒険者ランクの一段階アップという約束も果たされた。
これにより俺と真理亜はCランク。
霧島はAランク、アイリスとカーミラがBランクとなった。
まあこれでとりあえずしばらくの間、働かずに暮せるだろう。
だが俺には奴――アルビアンとの約束がある。
来年の無差別武闘大会で奴と再戦して、勝利を収める必要がある。
この間は多対一で何とか勝つ事が出来たが、
一対一の戦いで勝てるとは到底思えない。
何せ相手は元統一世界王者。
対するこちらは全国大会未出場の高校生ボクサー。
まさに月とすっぽん。 もちろん俺がすっぽんだ。
だがそれでも俺は奴との馬鹿げた約束を果たすつもりだ。
こんな事しても一文の得にはならないが、そこは男と男の約束。
例え勝てなくても、勝とうという努力は怠らないつもりだ。
それが元統一世界王者であるアルビアンに対しての礼儀だ。
その為に俺は一年後に向けて、日々鍛錬を行うつもりだが――
「ぎゃあああっ……ま、またモンスターが大量にリンクしてやがる!?」
「せ、先輩!? ヤバいです、この数はマジでヤバいですよっ!?」
「こ、これは無理だっ!? 私はまだ死にたくないぞっ!?」とカーミラ。
「お、俺だって死にたくねえよ! うわあっ、またワイルドベアかよっ!?」
突如現れたワイルドベアがその右手を振りかざし、俺の胸部を抉った。
痛てえっ! 胴着だけでなく皮も抉られてるよ! このままじゃ殺られるっ!?
冗談じゃねえ、こんなところで死んでたまるか!
俺はいつぞやのように左右の拳を交互に繰り出し、ワイルドベアの眉間を殴打。
打つべし、打つべし、ひたすら打つべし! 俺はがむしゃらに手を出した。
そしてワイルドベアが僅かに後方に下がった瞬間に、全体重を右拳に乗せた
渾身のジョルトブロウをワイルドベアの眉間に叩き込んだ。
ごきんっ。
拳に鈍い感触が伝わり、数秒後、ワイルドベアが背中から地面に転倒。
ハアハアハア、またしても素手で熊をぶっ倒したぜ。
だが視界には数十体に及ぶモンスターの集団が映る。
こいつは駄目かもしれん。 すまん、アルビアン。 約束は果たせそうにない。
「うふふ。 どうやらまたアタシの力が必要なようね。 いいでしょう!
我が最高究極奥義! 行けえええぇっ……『ゾディアック・サークル』ッ!」
次の瞬間、凄い衝撃音が周囲に響いた。
そして次々とモンスターの肉体が消し飛んで行く。
俺はその光景を呆然としながら、見つめていた。
そう、今回もまたこのロリ巨乳が前線に出てきて、やらかしやがった。
レベル上げも兼ねて、久しぶりにギルドの依頼を受けたが、
アイリス達は同行を拒否。
まあこの間の討伐報酬に加えて貯蓄もかなりあるから、無理に働く必要はない。
だから俺は「今回は好きに前線に出ていいぜ」という条件でアイリス達を同行させた。
まあいくらアイリスでもそう何度も何度も同じ過ちは繰り返さないだろう。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
馬鹿はいつまでたっても馬鹿。 アイリスは何処までもアイリス。
そしてまた最後に美味しいところだけ持って行く。
「ふふん、どう? やはりアタシが居ないと駄目でしょ?
だからこれから先もヒョウガ達と一緒に居てあげてもいいわよ!」
と、腰に両手を当て会心のドヤ顔を決めるアイリス。
あはははっ……もう笑うしかねえよ。 こりゃアルビアンとの再戦の前に
モンスターリンクの事故で死ぬ日も遠くはないかもしれん。
これだったら素直に女神の言うとおりに良い条件で転生すべきだったかな?
だが今更嘆いても仕方ない。 これはこれで悪くない生活かもしれない。
少なくとも退屈とは無縁だ。 だからしばらくの間、
こいつ等と面白可笑しく暮すのも悪くないかもな。
そう思いながら俺は苦笑を浮かべながら、虚空を見澄ました。
前途は多難だが、とりあえず気持ちだけは前向きに行こう。
だが今後は一切アイリスを前線に出さない、それだけは守ろう。
とりあえず俺の、俺達の異世界ライフはまだまだ続きそうだ。
エピローグ終
ボクサー異世界へ行く・おわり
とりあえずこれで『ボクサー異世界へ行く』の物語は終わりです。
作者は学生時代にボクシング経験がありますが、
基本的にギャグ要素が強い異世界転生モノとして重点を置きました。
初期の頃の投稿作品で、純粋な青春ものの高校ボクシング物語を
書いたんですが、文字だけでボクシングを表現する難しさを痛感しました。
故に闘気や魔術などの要素を加えて、比較的メジャーな必殺技などを
出してみたり、ボクシングに興味がない人にも楽しめるように
色々創意工夫したつもりです。 自分自身書いててけっこう
楽しんでましたし、皆様にも楽しんでもらえたのであれば、
作者としても嬉しいです。
では改めまして。
ご愛読、誠にありがとうございました。




