最終章 其の一
最終章 ボクサーの挽歌
「四団体統一ライト級世界王者……アルビアン・アイドラーッ!?」
俺は眼前に立つ金髪碧眼の男を見据えながら、そう呟いた。
一七歳でアマチュア世界選手権優勝、十八歳でプロ転向後、連戦連勝。
十九歳で世界フェザー級王座奪取。
二十二歳の時に世界S・フェザー級王座を獲得。
そして二十三歳という若さで世界ライト級王座を奪取して、三階級制覇を達成。
その後も連戦連勝街道を驀進。 更には他団体と統一戦を重ね、
二十五歳の時に四団体統一王者となり、二十六歳の若さで交通事故により他界。
最終戦績三十六戦三十六勝三十二KO勝ちというパーフェクトレコード。
俺が憧れた理想のボクサー、チャンピオンが眼前に悠然と立っている。
「ほう、前世の俺の事を知っていたか?
俺もそれなりには名が売れていたようだな」
「……アンタの試合はYAW TUBEで殆ど視聴したよ。
前世の俺の部屋にもアンタのポスターを飾っていたさ……」
「そいつは光栄だな。 握手の一つでもしてやろうか?」
「……アルビアン・アイドラー、アンタは何故こんな真似をしたんだ?」
「こんな真似とはどういう意味だ?」
「しらばっくれるな! どうして魔帝軍と内通なんかしたんだよっ!?」
俺は思わず怒気を込めた声でそう叫んだ。
正直不思議な気分だった。 俺の憧れたチャンピオンが俺と同じ異世界転生者。
それはある意味光栄な事だが、事もあろうにこの男は魔帝軍と内通していた。
その事実が俺の中で説明がつかない怒りに火を滾らせた。
だが眼前の男――アルビアンは吐き捨てるようにこう言った。
「別に大した理由はないさ。 俺が異世界に転生した直後にレムダリアに
魔帝軍が襲撃した。 俺は大した考えもなく、魔帝軍討伐に参加したが、
四天王の一人メギドローガに見込まれてな。 奴はこう言ったのさ。
『お前は特別な存在だ。 どうだ? 魔皇帝陛下に仕えてみないか?』
とな。 そして俺は奴の言葉に従い――」
「魔皇帝の手下になったのか?」
だが俺の言葉にアルビアンは左右に首を振った。
「いや俺は別に魔皇帝などに忠誠は誓っていない。
ただ俺の手でこの世界を自由自在に操りたかったのさ。
だから各国の国王にも表向きは忠誠を誓ったが、
全ては俺の手でこの世界を自由自在に操る為に過ぎん」
「なっ……何でそんな馬鹿げた真似をしたんだっ!?」
「馬鹿げた真似?
見た所、お前は相当若そうだが、ティーン・エイジャーか?」
「じゅ、十七歳だ! そ、それがどうしたっ!?」
「なら世の中の事など何もわかるまい。 大体お前も俺が若くして、
全戦全勝のまま他界した事がカッコいいとか思ってた口だろ?」
……図星だ。
そして俺の表情を見据えながら、アルビアンは言葉を続ける。
「ふん、ボクサーなんか惨めなものさ。 毎日毎日厳しいトレーニングを重ね、
たかだか一ポンド落とすのに過酷な減量を繰り返す。
雀の涙のファイトマネーで観衆に晒されながら、
憎くもない相手と殴り合う日々。 ようやく栄光を掴んだと思ったら、
網膜剥離やパンチ・ドランカーで引退。 それが多くのボクサーの末路さ」
「……でもアンタは栄光を掴んだじゃないか?」
「ああ、ニューヨークのスラム生まれの俺は、
一五歳の時からチャンピオンになって、
大金を稼ぐ事だけを夢見てひたすら戦い続けた。 ……貴様は日本人か?」
「それがどうした?」
するとアルビアンは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「なら貴様にはわかるまい。 極貧の底辺に喘ぐ人間の気持ちなどな。
だがそれでも俺は勝ち続けて、
ようやく栄光を掴んだ。 名誉、金、女。
ありとあらゆる物が俺の手に転がり込んできた。
だがその矢先に俺は死んだ」
「……そして異世界に転生したわけか?」
「ああ、最初は冗談かと思ったぜ。 俺は車道に飛び込んだ子供を避けて、
近くの塀に衝突した事により事故死。 それを不憫に思った女神を自称する
女が記憶をそのままで、違う世界へ転生させてやると言葉に俺は従った」
少し意外だな。
事故死の概要までは知らなかったが、子供を避けたのが原因とはな。
「でもよくアンタみたいな男が異世界転生なんて選択肢を選んだな……」
「意外か? こう見えて子供の頃はファンタジーの世界に憧れたからな。
でも俺の本音は新しい人生では、誰にもひれ伏す事なく、
ありとあらゆる物をこの手に掴むのが目的。
その為には魔帝軍だろうが、国王だろうが利用する」
そう高らかに宣言するアルビアン。
「くだらない理由だな。
幻滅したよ、アンタはもっと気高い男だと思ってたよ」
俺は自然に感じたままの言葉を口にした。
するとアルビアンは双眸を細めて、俺を睨みつけた。
「気高い男だと? 幻滅しただと? それがどうした。
所詮この世は力を持つ者が勝つ仕組み。
それは前の世界もこの世界も変わらん。
実際この世界でも王族や貴族が利権を貪り、
平民を食い物にしている。 俺はそんな連中に
唯々諾々と従うつもりはない。 だから俺の手でこの世界を変えてやるのさ」
「……世界改革というわけか。 大層な野望だな」
「どうだ、何ならお前も俺と手を組んでみないか? 俺ほどではないが、
お前もなかなか強い。 俺とお前が組めば結構面白い事になりそうだぜ?」
世界チャンピオンからの勧誘。 だが俺は躊躇いなくNOを選んだ。
「だが断る。 俺にそんな中二病的な野心はない。
大体面倒臭いぜ。権力とかどうでもいい。
俺は楽しく暮らせて、それなりの金があればそれで満足だ」
「ふん、やはり所詮子供か。
まあ良かろう、ならばお前にはここで死んでもらう」
そう言ってアルビアンはファイティングポーズを取った。
相手は統一世界チャンピオン。 俺なんかが適う相手じゃない。
だが俺は戦う事を選んだ。 勝ち目がないのは百も承知だ。
それでも俺はこの男と戦わなけねばらない。 俺は覚悟を決めて身構える。
「雪村君!」「先輩!」「「ヒョウガッ!!」」
そう叫びながら、霧島と真理亜、
アイリスとカーミラがこちらに駆けつけて来た。
「雪村君、大丈夫か?
……こ、この男は!? ア、アルビアン・アイドラー!?」
霧島はアルビアンの顔を見据えながら、そう叫んだ。
「ほう、貴様も異世界転生者か。 ああ、こないだの武闘大会の決勝戦に
出場していた男か。 なる程、子供同士仲良くつるんでいるというわけか」
「ゆ、雪村君、これはどういう事だ? 何故彼がここに?」
「簡単な話さ。 アンノウンの正体がアルビアン・アイドラーだったのさ!」
「な、何だって!? マ、マジかよ……どうりで強いわけだ……」
流石の霧島も仰天した表情で眼を見開いていた。
「霧島さん、同じ地球からの異世界転生者として、この男の野望を止めるぞ!」
「わ、わかった! アイリス君、皆に防御力強化の支援魔術を頼む!」
「しょうがないわね~。 我は僧侶、
我はこの大地レヴァンガティアに祈りを捧げる。
母なる大地レヴァンガティアよ。 我が友を加護を与えたまえっ!」
アイリスがやや面倒くさそうに呪文を唱えると、
俺達の周りが明滅した光で覆われた。
そして俺、霧島、カーミラが前衛、真理亜とアイリスは中衛に陣取る。
「ふん、俺も舐められたものだな。 五対一なら勝てるつもりか?
まあ良かろう、貴様らに見せてやろう。 統一世界王者の力というものをな」
そう言ってアルビアンは左腕をだらりと下げて、
ヒットマンスタイルを取った。
正直五対一でも勝てる気はまるでしない。
そりゃそうさ、相手は統一世界王者。
だが俺の中で逃げるという選択肢はない。
例え勝ち目がゼロとしてもだ。
「霧島さん、正直俺達では奴の相手にはならん。
だがそれでも俺は戦う。
俺の憧れた男がこの異世界で大きな過ちを犯そうとしているんだ。
それを見て見ぬふりする程、俺は臆病者じゃない。
……付き合ってもらえるか?」
「ふっ、それだよ、それ。 雪村君。
僕は君にそういうのを求めていたんだ!構わないさ、
例え勝てなくても戦う事が大事なのさ。 僕達はボクサーだからね」
そう言って霧島もファイテングポーズを取った。
カッコいい事を言うじゃねえか、霧島さん。 そう思いながら俺も身構えた。
そしてカーミラも片手剣と盾を構え、
アイリスと真理亜も手にした武器を握り締める。
「よし、行くぞ! 霧島さん、カーミラッ!」
「了解だ!」「ああ、ヒョウガ!」




