第五章 其の四
俺の悪い予感は当たった。
壊走する敵兵の逃げた先には、魔帝軍の魔術部隊が待ち受けていた。
そして飛び込んで来た獲物に対して、容赦なく魔術攻撃を開始。
「う、うおおお……おおおっ!? ヤバい、引け! 引くんだっ!?」
「魔術部隊! 敵の魔術攻撃をレジストするなり、対魔結界を張るんだっ!」
「そ、そんな時間的余裕はないニャ! 今すぐ逃げるニャ!」
先陣を切っていたエルバインが喚き、ラムゼルが指示を飛ばすが、
サルティナを含めた魔術部隊は一目散に逃げ出した。
「言わんこっちゃない。 後先考えずに行動するからこうなるんだよ!」
「全くだよ、雪村君。 だが見捨てるのも寝覚めが悪い。 敵が再詠唱するには、
もう少し時間がかかる。 このまま突っ込んで敵の魔術部隊を叩き潰そう!」
「先輩、霧島さん。 私が先輩と霧島さんとカーミラに対魔結界を張るわ」
と、後ろから駆けつけてきた真理亜。
「真理亜か! 頼むっ!」
「はい。 我は魔術師、
我はこの大地レヴァンガティアに祈りを捧げる。
母なる大地レヴァンガティアよ。 我が友を護りたまえっ!!」
真理亜がそう早口で呪文を紡ぐと、俺と霧島とカーミラの周りが
薄い白い膜のような物で覆われた。 これが対魔結界か!?
「ありがとう、真理亜さん。 雪村君、対魔結界が張られていても、
敵の魔術攻撃が完全に無効化されるわけではない。 耐えて四、五発が限界。
だから余裕はない。 このまま全力で突っ込んで敵を叩きのめすぞ!」
「了解だ、霧島さん」「わ、わかった!!」
そう答えながら、俺とカーミラは両足に風の闘気を纏い、全力で地を蹴った。
前の世界での俺の五十メートル走のタイムは六秒二ぐらいだったが、
今の俺は軽く五秒台のタイム以上の速さで地を駆けていた。
瞬く間に敵の魔術部隊が眼前に迫る。
そこで俺は両手に光の闘気を纏いながら、更に地を駆けた。
そしてそこから両掌から眩く輝いた光弾を頭上に放った。
ばしゅんっ!
照明弾が放たれたように、光弾が弾けて周囲を眩く照らす。
思わずそれに釣られて、
頭上を見据えた敵の部隊は呻き声をあげて、手で両眼を覆う。
俺はその間隙を逃すまいと、狼狽する敵魔術部隊をかたっぱしらから殴打する。
霧島も同様に殴打。 カーミラは手にした片手直剣で敵を切り捨てた。
だが流石に数が多過ぎる。 たった三人で五十以上の敵を倒すのは厳しい。
その時、後方から猛凄い速度で地を駆ける人影が現れた。
アンノウンか!? 確かに奴が参戦してくれれば、百人力だ。
だがその淡い期待は即座に打ち砕かれた。 俺の視界の先には、
丈の短い白いワンピースを着た黒髪ツインテールのヒューマンの少女が映っていた。
「うおおおおおおっ……もう我慢できないわ。 アタシも戦うわ!
この金色の片手棍が眼に入らぬかっ! うおおおっ……覚悟しろっ!?」
俺は一瞬めまいでその場に倒れそうになった。
この馬鹿女、この状況下で前線に飛び込んで来るなんて信じられん。
いや待てよ? 最初にパーティ組んだ時もアイリスはこのように
前線に出て暴れまわったが、モンスター達を一網打尽したのは事実。
という事はアイリスの戦闘力はかなり高い筈だ。
ならばここはこの馬鹿女の好きにさせて、敵兵を一網打尽にするのも有りか!?
「アイリス、非常事態だ! この場に限っては、
お前が最前線で暴れる事を許可する。
お前の本気で周囲の敵を蹴散らせてくれっ!」
「ヒョウガ、ようやくアタシの偉大さに気付いたのね! いいでしょう。
アタシの全力を見せてあげるわ! うおおおおおお……メテオ・クラッシャー!!」
アイリスはそう技名を叫びながら、手にした金色の棍棒で敵の魔術部隊を
続々と叩きのめしていく。 凄い破壊力だ。 もしかしたら俺や霧島の攻撃より
破壊力があるかもしれん。 こいつは想像以上だ。 ならばここは――
「流石アイリス! よう、最強美少女!」
「ゆ、雪村君、ふざけている場合じゃないでしょ?」
「霧島さん、ふざけているわけじゃないですよ。 よく見てください。
あの馬鹿女の火力を! 正直俺達二人より火力がありますよ!」
「ん? なっ……本当だ! し、信じられん……あの子は回復役だろ?」
双眸を見開き驚く霧島。
「まあそうなんですけど、この際それは問題じゃない。 我々は戦力不足。
でもアイリスの火力があれば、この戦力差も埋め合わせれる。
だからここは霧島さんとカーミラもあの女にエールを送るんだ!」
「い、いやしかしねえ。 というか真面目な話、君達はどういう関係なのさ!」
「いいから、いいから、豚もおだてりゃ何とかという奴ですよ」
「アイリス、やはり君は凄い! ヒョウガやキリシマより強いぞっ!!」
と、カーミラがアイリスを露骨におだてる。
「……仕方ない。 アイリス君、君の力が必要なんだ、頼むっ!」
「アイリス、このまま敵をぶっ倒せばお前がMVPだ! だから頑張れっ!」
俺は声だけ熱心だが、心のない声援を送った。
だが当の本人は気を良くしたようで、「メテオ・クラッシャー」と叫びながら、
物凄い速さで敵の魔術部隊を一掃していく。
「な、何だ……あの女はっ!? 魔術部隊が危険だ! 防御役部隊!
あの女から魔術部隊を護れっ! 攻撃役部隊はあの女を潰せっ!」
敵の隊長らしき魔族が周囲にそう指示を飛ばした。
だがアイリスは怯むどころか、迫り来る敵軍目掛けて突貫して――
「居る、居る、居る。 見渡す限り敵ばかり! まさによりどりみどりだわ!
行くわよ、我が最高究極奥義! 喰らえええっ……『ゾディアック・サークル』ッ!」
アイリスはそう叫びながら空高く飛翔する。
お、またパンツ見えた。 今度はピンクか。 ゴチになりました!
そしてアイリスの右手の金色の片手棍に凄い魔力が漲る。
「うおおおおおお……弾けて混ざれっ!!」
次の瞬間、凄い衝撃音が周囲に響き渡った。
俺と真理亜とカーミラは事前に両手で両耳を押さえていたが、
霧島は初めての体験だったので、「うわっ」と悲鳴を上げながら、喘いでいた。
そしてアイリスを中心として、物凄い魔力が周囲に広がるように放たれる。
その魔力の渦に呑まれた魔帝軍の兵士達の肉体が次々と消し飛んで行く。
「うわああああああ……な、何だっ……これっ!?」
「この威力は英雄級クラスの武器スキルだっ!?」
「に、逃げろ……この魔力の渦に呑まれると一環の終わりだあっ!!」
「な、なんだ!? は、話と違うじゃないかあああっ……うわあああっ!!」
口々に悲鳴を上げて、魔帝軍は四方八方に逃げ出した。
逃げ遅れた者は魔力の渦に呑まれて、断末魔を上げながら肉体を消失させた。
逃げ延びた者は既に戦意を失い、恥も外聞を捨てて闇雲に逃げ回った。
そしてアイリスは彼女を中心としたクレーター状の大穴の中心点で、
左手を腰に当てながら、右手に握った金色の片手棍を頭上に掲げながら、
「どう? これがアタシの本当の実力よ! アタシの偉大さを理解できた?」
と、悦に浸りながら、会心のドヤ顔を披露。
うん、いいドヤ顔だ。 ここまで来るともう褒めるしかないな。
だが結果的に魔帝軍の部隊は壊滅状態。
生き残った連中は一目散で逃亡して、今は周囲に敵の姿はない。
とりあえず俺は敵の魔術部隊の魔術攻撃で負傷した連中を介抱してやる。
まずは一番最初に視界に入ったオーガの聖騎士エルバインからだ。
俺は腰のポーチから回復薬の入った瓶を取り出し、
負傷したエルバインの口に瓶の中の液体を注ぐ込んだ。
「……大丈夫か?」
「ごほっ……ごほっ……う、うし……」
「うし?」
「う、後ろ……おおおおおおっ!!」
そう言って俺の後ろを指差すエルバイン。
その瞬間、俺はエルバインを突き飛ばして、その場でしゃがみ込んだ。
次の瞬間、俺の頭上を何かが擦過して、頭髪が数本空中に舞う。
だが俺は慌てる事無く、身を翻して強烈な右ローキックを放った。
ごきん、という確かな感触が伝わり、後方に居た仮面の男――アンノウンが
わずかに体勢を崩した。 やはり貴様か。 だがある程度は想定してたぜ!
俺は勢い良く立ち上がり、炎の闘気を宿らせた右のコークスクリューブロウ
をアンノウンの仮面目掛けて放つ。 ばきん、という音と共に純白の仮面は
四方八方に砕け散った。 そしてフードで覆われていたアンノウンの艶やかな金髪が
露わになる。 さて、この男のご尊顔でも拝んでやるか。
だがアンノウンの素顔を目の当たりにした俺は思わずその場で硬直した。
堀の深い端正なマスクに青い瞳。 秀麗な眉目。 豪奢な金色の髪。
この世の美の神に愛されたような完全美。
俺はその酷く美しい顔を見据えながら、思わずこう口にした。
「お、お前は……いやアンタはっ!?」




