第五章 其の三
数時間後。
周囲はすっかり暗くなったので、俺達冒険者の部隊は野営する事にした。
魔法職が土の魔術でカマクラ状のシェルターを作り、
外に交代制で見張りを置いて、残りの者は中に入り仮眠を取る。
魔帝軍による夜襲も考えられるので、見張り役は否が応でも緊張する。
だが幸いな事に敵の夜襲はなかった。
だが俺達の部隊は見張りの番になってもアイリスが爆睡しており、
仕方なく俺と霧島が交代でアイリスの分の見張り番を務めた。
おかげで夜が明けても、寝不足気味だった。
翌朝。
俺達はそれぞれ土の魔術で作った木のコップに、水魔術で生成した水を注ぎ、
予め用意していた携帯食で簡単な食事を済ませた。
そして日が昇って暑くなる前に再び進軍を開始する。
最前線は相変わらずアンノウンの部隊。
俺達は第二陣で終始アンノウンの部隊の動向から目を離さないが、
特に異変らしい異変は起こらない。 俺達は更に森の中を進む。
それから歩く事、数時間。
ようやく森を突き抜けて、旧アルバンス領に到着。
そして森を抜けた先にある草原地帯に雲霞の如く魔帝軍が陣取っていた。
居る、居る、居る。 だが思っていたよりかは敵影は少ない。
精々敵の数は百から二百といった感じか。 俺達冒険者の討伐隊も総勢で
百五十人は居る。 戦力の上ではほぼ互角。 これなら戦えない事もない。
「各部隊のリーダーは集まってくれ!」
そう提案したのは、相変わらず顔に白い仮面をつけたアンノウンだった。
ようやく奴が動いたか、これからが本番だ。 気を引き締めて行こう。
俺達各部隊のリーダーは言われるままアンノウンの許に集結。
「敵の数はおよそ百~二百程度。 あの程度の戦力なら俺達だけでも
戦えなくもない。 だからまず各部隊の魔術部隊による魔術攻撃で
奴等に奇襲をかけようと思うが、君達の意見を聞きたい」
というアンノウンの言葉に殆どの者が賛成した。
とりあえず俺も賛成すべく右手を挙手する。
今のところは怪しい動きもないからな。
「そして魔術攻撃で奴等が動揺している隙に、前衛部隊による特攻をかける。
基本は防御役を盾に、攻撃役がメイン火力に。
中衛には魔法剣士などの支援職を置いて、付与魔術を
常に前衛にかけて、こちら側に逃走してきた敵を魔術部隊の魔術で一掃。
これを基本戦術にしようと思うが、他に代案はある者は居るか?」
この提案に対しても、特に異論を唱える者は居なかった。
戦術自体はシンプルだが、この状況下では適切な戦術だ。
うーん、特に問題があるところはないが、油断は大敵だ。
俺が見た所、アンノウンは馬鹿じゃない。 頭も切れる方だと思う。
だからそう簡単には尻尾を出さないだろう。 こいつは骨が折れそうだ。
そして俺達はそれぞれの部隊に戻り、作戦内容を告げた。
「なる程、無難な作戦だね。 でもいざ魔帝軍と交戦となると、
どんなアクシデントが起こるかわからないから、奴からは眼を離さないように」
俺は霧島の言葉に無言で頷いた。
「じゃあ俺と霧島さんは攻撃役、カーミラは防御役。
真理亜は他の魔術部隊に合流して、ひたすら魔術攻撃で敵を攻撃してくれ。
アイリス、絶対に前へ出るなよ? 出るなよ? 出るなよ?」
何処かの芸人のように俺は念を押す。 いやこれは前振りじゃないからな?
「しつこいわねえ~、大人しく回復してればいいんでしょ?
アンタ、アタシの事を本当の馬鹿だと思ってるでしょ?」
いや実際馬鹿じゃん?
と喉元まで出掛かったが、寸前の所で言葉にするのを控えた。
ここでアイリスを変に刺激する必要もないからな。
「――では魔術部隊は一箇所に集まってくれ!」
というアンノウンの言葉に従い、各部隊の魔法職が一箇所に集結する。
様々な種族に真理亜も加わり、魔術の詠唱を開始する。
そしてその足元に多種多様の魔法陣が描かれる。
魔法陣はその上に乗って呪文を詠唱すると、
魔術の威力や効果範囲を増加させる効果があり、
魔法職には絶対に欠かせない代物だ。
長文詠唱を素早く紡ぐ魔法陣上の魔術部隊。
すると彼ら彼女らの手にする両手杖の先端に強い魔力が宿った。
「魔術部隊、まだかっ!?」
「――行けます!」
「よしっ、撃て(ファイア)!!」
「はい!」
アンノウンの号令が飛ぶと同時に杖を振り上げる魔術部隊。
魔法陣の輝きが弾け、次の瞬間、容赦のない一斉射撃が火蓋を切る。
連続で見舞われる様々な属性の攻撃魔法。 火炎弾が着弾すれば、
電撃属性の雷針が空を飛び交い、氷塊と光弾が炸裂する。
次々と攻撃魔法が命中して、魔帝軍の部隊が右往左往する。
「よし、今だ! 防御役、攻撃役部隊、全軍突入だあっ!」
アンノウンの号令と共に俺達は魔帝軍目掛けて突貫した。
ここから先は一瞬たりとも油断は出来ない。 だが今はまず与えられた
役割を全うするまだ。 魔帝軍、貴様らに恨みはないが死んでもらうぜ!
敵、敵、敵。 見渡す限り周囲には敵軍だらけ。
魔帝軍は基本的に褐色の肌をした魔族なる人型の種族が主要構成だが、
ガーゴイル、トロル、ゴブリン、コボルドなどの魔獣や魔物も従軍しており、
上官らしき魔族の命令に従いながら、戦場を駆け回っている。
基本的に魔帝軍は漆黒の甲冑、軽鎧や武具を装備しているので、この大乱戦でも
味方と間違える事はない。 とりあえず俺はひたすら眼前の敵を殴打する。
まずはゴブリンやコボルドに狙いを定め、ひたすら叩きのめす!
こいつ等は数が多いだけで、非力な上に耐久力も脆いので簡単に倒せる。
「十、十一、十二……霧島さん。 とりあえず雑魚から片付けようぜ!」
「了解だ、雪村君! ハアアアァッ!!」
ワンツーパンチ、左右のフック、更にはハイキック
、頭突き、肘打ち、膝蹴りなどを駆使して、
俺と霧島は物凄い勢いでゴブリンとコボルドを叩き潰す。
だが敵も馬鹿ではない。 こちらの狙いに気付いた戦斧を手にした
巨漢の魔族が俺達二人の前に立ちはだかった。
身長180から185ってとこか。
「調子に乗るなよ、人間風情がっ! 貴様らの相手は――なっ!?」
俺はいきなり名乗り上げる魔族をいきなり右ストレートで殴り倒した。
即座に後方に吹っ飛び、背中から地面に倒れる巨漢の魔族。
悪いな、魔族相手に騎士道精神を貫くつもりはない。
お前等はただの敵。
それ以上でもそれ以下でもない。 故に容赦はしない。
「やるね、雪村君。 そうさ、相手は魔族。 手加減なんて無用さ」
「そういう事さ、霧島さん。 カーミラ、あまり前に出過ぎるな!」
「わ、わかった!」
とりあえず今のところ、流れは完全にこちらに傾いている。
俺達は作戦通り防御役を盾にして、攻撃役が
火力となり、魔帝軍を蹴散らせていく。
その中でも際立った働きをしているのが、アンノウンの部隊だ。
いや正確に言うならば、アンノウン一人が獅子奮迅の働きで暴れ回っている。
奴は相変わらず漆黒のフーデッドローブに純白の仮面という風貌だが、
その両腕から繰り出されるパンチは神速の速さで秒間ごとに敵兵を殴り倒す。
アンノウンのファイトスタイルは例の如くヒットマンスタイル。
その長い左腕から繰り出されるフリッカージャブで眼前の敵を捉える。
瞬く間に敵兵を五匹、十匹と殴打し、叩きのめす姿は圧巻の一言に尽きる。
それに負けじと俺と霧島も周囲の敵を蹴散らしていく。
そして感化されたように、周囲の冒険者達も気勢を上げながら敵軍と相対する。
三十分後。
既に大勢は決した。
魔帝軍は壊走状態で助けを求めるべく、敵の本陣まで後退する。
本来ならばこれで俺達冒険者で編成された討伐部隊の任務は完了だ。
いくら勢いに乗っているとはいえ、敵の本陣にこのまま突っ込むのは愚策だ。
だが興奮して頭に血が上った一部の冒険者達が壊走する敵兵を追い始めた。
その中にはアンノウンの部隊のエルバイン、
ラムゼル、サルティナの姿もあった。
「……まずいな。 深追いは危険だ」
「ああ、そうだな。 でも見捨てるわけにもいかんだろ?」
カーミラの言葉にそう返す俺。
「そうだね、でもこの状況は気をつけた方がいい。
奴が何かしでかす可能性が高い」
と、霧島。
「ああ、わかっている。 ……奴は何処だ?」
俺は双眸を細めて、周囲を見渡した。
するとアンノウンは深追いする冒険者達に声をかけて制止していた。
「お前等、すぐ引き返すんだ!」
「うるせえなあ、アンタに指図される覚えはねえよ。 稼げる時に稼ぐ。
勝てる時は派手に勝つ。 それが俺達冒険者の鉄則じゃねえか?」
そう返したのは白銀の甲冑を着込んだエルバイン。
「そうだ、そうだ。 俺達は俺達の判断で動く。 ……文句あるのかよ?」
と、漆黒の軽鎧を着込んだラムゼル。
「……どうなっても俺は知らんぞ」
と低い声で応じるアンノウン。
「ご忠告感謝するぜ。 おい、お前等! このままの勢いで敵を蹴散らすぞ!」
「おおっ!!」
そう大声で呼応して、勝鬨を上げる冒険者の一団。
後衛で待機していた一部の魔術部隊や回復役もいつのまにか合流していた。
そして全速力で敵を追い始めた。
やれやれ、こういう連中は何処にでも居るよな。
だが魔帝軍も馬鹿ではない。 こういう状況は当然想定しているだろう。
「霧島さん、カーミラ。 仕方ない、奴等を追うぞ!」
「わかったよ」「了解だ」
次回の更新は2018年10月27日(土)の予定です。




