第五章 其の二
レムダリア王国の国境付近。
レムダリア王国の北端には、かつてオーガが治めていたアルバンス王国が
あったが、五年前の魔帝軍の大侵攻により、首都バルタムが陥落。
それ以降、旧アルバンス領は、魔帝軍の統治下状態となっており、
国境付近では魔帝軍とレムダリア王国軍が常に火花を散らしている。
そして今もまたこの国境を境にして、魔帝軍と討伐軍がひしめき合っていた。
基本的な戦術は国境付近に面したラバナルド平原で、
レムダリア王国騎士団が陣取り、
前衛に戦士や聖騎士など防御役を配置。
中衛には魔法剣士やレンジャーなどの支援職を配置して、
後衛にメイン火力である魔術師などの魔法職。
そして僧侶などの回復役が前線を支える。
まあこの戦術自体は戦場におけるオーソドックスな戦術だ。
過去の二度の魔帝軍の襲撃により、レムダリア王国騎士団も
疲弊していた為、必要以上には魔帝軍を刺激するつもりはないらしい。
故に主戦力であるレムダリア王国騎士団は、このラバナルド平原で、
相手の様子を窺いながら、相手が引くようであれば、
無理に敵を追うつもりはないとの事。
とはいえそれではレムダリア王国としても面目が立たない。
そこで俺達冒険者で編成された討伐隊の出番だ。
基本五、六人で一組となった部隊で、ラバナルド平原を迂回した
先にあるフィリモスの森に侵入して、森を抜けて魔帝軍に奇襲するという作戦。
まあレムダリアとしても貴重な自国の戦力は割きたくない。
だから金で雇える冒険者達に危険な任務を押し付けたという次第だ。
それ自体は問題ない。
俺達冒険者は金額に折り合いさえつけば、仕事を選ばない。
むしろ絶好の稼ぎ時だと多くの冒険者は息をまいていた。
だが俺達の部隊には別の任務も請け負っている。
言うまでもなくアンノウンのスパイ疑惑に関する調査だ。
俺、霧島、カーミラ、真理亜、アイリスで五人一組になり、
アンノウンが所属する部隊の動向を監視するという密命だ。
俺はこの間、新調した漆黒の胴着に黒ズボン、霧島は純白の胴着と青のズボン。
カーミラは青い鎧と赤いマント、アイリスは丈の短い白いワンピース。
真理亜は黒の三角帽子にシルク製の水色のローブという格好。
俺達はそれぞれ衣服や鎧の上から、フード付きの茶色のローブを羽織っている。
アンノウンは俺が武闘大会で戦った聖騎士のオーガのエルバイン、
魔術師の猫妖精族のサルティナ。
霧島と準決勝で戦ったヒューマンの魔剣士ラムゼルに回復役の女エルフの
シャイアという名前の僧侶を加えた五人一組の部隊に所属している。
シャイア以外の冒険者は知った顔だが、この女エルフの回復役は
一年前の魔帝軍の襲来時にも、アンノウンと同じ部隊だったらしい。
となるとシャイアもアンノウンとグルの可能性は高い。
そういう事もあって、エルバイン、サルティナ、ラムゼルが
アンノウンの部隊に配属されたのは、
レムダリア王国騎士団の騎士団長ガイラスによる作為的な人事だ。
だが上記の三人には密命は下されていない。
彼らはアンノウン達を牽制する為に配属されたに過ぎない。
本命は俺達だ。 俺達がアンノウンとシャイアを監視して、
怪しい真似をすれば、その場で拘束するという大任を与えられた。
そういうわけでアンノウンの部隊が先陣を務めて、
俺達の部隊は第二陣に配置されている。
この陣形ならば、否が応でもアンノウンの部隊が最初に魔帝軍と
相対する事になる。 奴がおかしな真似をすれば黒、普通に魔帝軍と
戦えば白。 これ程分かり易い選別法はない。
そして俺と霧島は石版に魔力を込める事によって、遠方の相手と
念話で通話する事が出来る魔道具を腰のポーチに携帯している。
アンノウンが妙な真似をしたら、この石版で騎士団長ガイラスと連絡を取って、
ガイラスの名の元にこの場において奴を拘束するという手筈だ。
俺達だけで奴を拘束するのは、難しいが後方には多くの冒険者達が控えている。
いくら奴が強かろうが、この大人数相手では打つ手がないだろう。
だが奴も馬鹿ではない。
このように最前線に配置されたら、奴も作為的な意図を勘繰るだろう。
その場合は魔帝軍との密命を反故して、自己の保身に走るかもしれない。
本音を言えばその方が楽で助かる。
だがこの先どのような展開が待ち受けているかは皆目見当がつかない。
などと思いながら、俺達はフィリモスの森を突き進んで行く。
夏場の森という事もあって、周囲は異様な熱気に満ちている。
羽虫対策として、
俺達は進軍の前に虫除けの香水を身体と衣服に振り撒いていた。
そんなわけで薮蚊や羽虫が寄って来る事はない。
だがジメジメとした暑さで額に汗が滲み出ている。
こういう場合は前衛職なら、水の闘気を全身に纏えば少し楽になる。
魔法職ならば、水の魔術で自分の周囲を覆えば、いくらか暑さを凌げる。
こういう所は前の世界よりこの世界の方が便利だ。
とはいえ周囲が蒸し暑いという事実は変わらない。
俺達は手の甲で額の汗を拭いながら、ひたすら森の中を歩く。
道中にはたくさんのモンスターが出現した。
ワイルドベア、レッサーウルフ、キラービー、ゴブリン、コボルド、オーク、
蜥蜴人間、半鳥人などの様々の魔獣や魔物が、
群れをなして襲い掛かって来たが、
俺達は冷静に対処してモンスターを排除する。
俺達の部隊はカーミラを防御役にして、俺と霧島は攻撃役、
真理亜は中衛で魔術で敵に妨害及び攻撃、アイリスは回復役に徹する。
戦闘が激しくなると、後衛でアイリスがウズウズしていたが、
「前に出て来たら、トラウマになるくらい凄いお仕置きをしてやる!」
という俺の一言で大人しくなった。 というかアイリスはガチで脅えていた。
アイリスだけでなく、真理亜とカーミラも表情を引きつらせていた。
「君と彼女らはどういう関係なの?」
という霧島の一言が更に俺に追い討ちをかけた。
人の事を歩く性犯罪者みたいな眼で見るのは止めろって!
俺だって人間なんだよ。 傷つくし、ライフもゼロになるんだぜ?
だがここでアイリスが前衛に出て滅茶苦茶にされたら、全てが台無しだ。
ならばここは不名誉な扱いを受けようが、
グッと耐えるのが男というものだ。
一方、アンノウンの部隊も防御役にエルバイン、攻撃役に
アンノウン、ラムゼル、サルティナ。 そして後衛に回復役のシャイア。
という布陣で効率よくモンスターの集団を蹴散らしていく。




