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ボクサー異世界へ行く  作者: 如月文人
第五章 魔帝軍襲来
20/27

第五章 其の一

 


 無差別級武闘大会から約三週間後。

 あれから俺達はアルザインの居住区にある中規模の屋敷を借りて、

 俺、アイリス、真理亜、カーミラの四人で暮らしていた。


 季節は夏に変わり、こちらの世界でも同様に夏は暑苦しい。

 だが最近の俺達は冒険者らしい活動は一切していない。

 俺の優勝賞金に加え、アイリス達も俺に賭けて結構貯金があった。


 故に別段無理して働く必要もなく、日々自堕落に過ごしていた。

 そして今日も昼過ぎに起きて、眠気眼ねむけまなこで一階に降りて、

 俺は屋敷の一階のリビングの黒皮のソファに座りながら、軽く欠伸をする。

 

「おい、アイリス。 扇風具せんぷうぐを独占するなよ?」

「嫌よ。 アタシ、暑いの苦手なのよ。 だからこれはアタシの物よ!」

「いや俺がこの屋敷のオーナーだし、他の奴の迷惑も考えろよ?」

「なら町へ行って新しい物でも買ってきなさいよ。 とにかくこれは渡さないわ」


 と、扇風機に似た風を起こす魔道具まどうぐの前に居座るアイリス。

 ここは異世界。 当然エアコンみたいな便利な冷暖房機はないが、

 扇風機に似た扇風具なる物なら存在する。 動力は魔力で扇風具に

 魔力を込めると、魔力が切れるまで風車かざぐるまが回り、送風し続ける。


 その扇風具を独占して、風を浴びながら「あ~あ~」と言うアイリス。

 お前は日本の小学生かっ!? と思いつつも何処か許せる。


 そう懐が豊かだと、自然と心も穏かになる。

 とはいえこの三週間余りで優勝賞金の五百万は三百五十万まで減っていた。

 この屋敷の家賃が二十五万レム(約二十五万円)、毎日のどんちゃん騒ぎ、

 そして俺の防具を一新して、百万ぐらい使った。


 そろそろこの豪勢ニート生活を止めて、冒険者活動を再開すべきだ。

 と思いつつもなんかやる気が起きない。 明日から頑張るの精神だ。


「でも確かに不便ですね。 優勝賞金もまだある事だし、ここは運動を

 兼ねて新しい扇風具を二、三個購入しましょう。 そういう事で先輩よろしく!」

「よろしくじゃねえよ、真理亜。 お前が行けよ!」

「え~、私も面倒臭いですよ。 それにこういうのは男の仕事じゃないですか?」

「その理屈は俺には通じねえよ。 俺は真の男女平等主義者だ!

 それに俺がこの屋敷の家主だ。 だからお前等の内の誰かが行くべきだ」

「まあまあまあ、喧嘩するなよ。 そこまで言うなら私が行くよ」

「ん? カーミラ、いいのか?」

「ああ、但しお駄賃をくれ。 ただ働きは私も御免だ」

「相変わらず現金な奴だ。 しょうがねえなあ~、ほらよ」


 俺は腰帯の皮袋から金貨を何枚か取り出して、カーミラに手渡した。

 「ありがとう」と言いながら、金貨を受け取るカーミラ。

 その時、玄関のドアが激しくノックされた。


「ん? 誰だ? カーミラ、見てきてくれ」

「もう少しは自分でやれよ。 最近のヒョウガは本当に自堕落だな」

 などと言いながらも、玄関に向かうカーミラ。

「はい、は~い。 どなたでしょうか?」

「ハヤト・キリシマです。 雪村君にお話があってお尋ねにきました」


 何? 霧島だと!? 何で奴が俺の所に来るんだよ?

 というか奴にこの自堕落な生活は見られたくないな。

 なわけで俺は両手でバツの字を描いて、首を左右に振った。

 だが俺の思いとは裏腹に玄関の扉が開き、霧島が現れた。


「お邪魔します。 って貴方は? もしかして雪村君の恋人さんですか?」

「違います、絶対違います! 神に誓ってそんな事は絶対ありません!」


 霧島の問いを全力で否定するカーミラ。

 おい、カーミラ。 いくらなんでもその反応は少し傷つくぞ?

 というか霧島を中に入れてんじゃねえよ。 あっ、眼が合った。


「やあ、雪村君。 お久し……ぶり……」

 霧島の視線が俺だけでなく、居間でゴロゴロするアイリスと真理亜を捉えた。

 この男には珍しく表情が固まっている。 ああ~、なんか面倒な事になりそう。


「え~と、か、彼女らは雪村君の何?」

「只の同居人ですよ。 という事で霧島さん、さようなら!」

「そ、そう。 まあ細かい事は聞かないでおくよ。 それより僕は

 君に話があって訪ねて来たんだ。 良かったら僕の話を――」

「嫌です。 聞きません。 だからお引取り願います!」


 どうせ面倒な話だろ? 

 そうでなければこの男がわざわざ俺を訪ねて来るわけがない。

 俺は右手を左右に振り、「ばいばい、霧島さん」と霧島に言った。


「ああ、ばいばい……じゃないよ! せめて話ぐらいは聞こうよ!?」

「嫌です。 というかここは俺の屋敷です。 拒否する権利はありますよね?」

「ま、まあそうだけどさ。 僕達にとっても重要な話なんだよ!?」

「要するに面倒な頼み事ですよね? 魔王の手下が現れたから、協力して

 倒そうとか、そんな話じゃないんですか?」

「よ、よくわかったね。 その通りだよ!」


 ほら、見ろよ。 やっぱり面倒事じゃねえか。

 だから聞きたくなかったんだよ。 お約束だよ、お約束のテンプレだよ。


「まあ正確に言えば魔王でなく魔皇帝の部下達なんだけどね……」

「……魔皇帝?」


 ああ、そういえばあの女神がそんな事を言ってたな。

 でもそんな話ならますます聞きたくない。 どうせ討伐軍を編成したから、

 君も参加して欲しいとか、そんな話だろ? 冗談じゃねえ、お断りだ。


「お? 少しは興味出てきた――」

「興味ありません。 だから帰ってください」

「き、君ねえ。 本当に決勝戦で僕と熱いバトルをした雪村君?

 なんか眼が死んだ魚のように濁っているんだけど……」

 失礼な奴だ。 まあ最近はほぼニート生活だから当たっているけど。

「うん、俺は駄目な奴です。 大会の優勝賞金を食い潰すまでは、

 働くつもりはありません。 なので頑張るのは霧島さんにお任せします!」

「……魔帝軍の四天王の魔将軍メギドローガ率いる大部隊がこのレムダリア王国の

 国境付近に攻め込んできたんだ。 既にレムダリア王国騎士団を中心とした

 討伐隊が編成されている。 そして僕達冒険者内でも討伐隊参加希望者を募っている。

 討伐に成功したら、恩賞も出るし、

 冒険者ランクも一段階アップという特典も――」


 と、強引に語り出す霧島。

 だが俺にはこういう手は通じない。 俺はNOと言える日本人だ。


「興味ないです。 というか王国騎士団が出動するなら、俺なんかの助力は

 必要ないでしょうよ? あ、応援はしてますよ! 霧島さんも頑張って!」

「……君ってこういう性格だったんだ? いい性格しているね……」

 と、呆れ気味に両肩を竦める霧島。

「よく言われますよ。 んじゃそういう事でさようなら~」

「……あのアンノウンも討伐隊に参加する、と言ったらどうする?」

「!?」


 霧島の言葉に一瞬俺は表情を強張らせた。

 すると霧島は僅かに口の端を持ち上げた。


「ほう、流石の君もこの名前は無視できないようだね」

「……そうでもないですよ」

「まあそう言うなよ。 君だって気付いているんだろ?

 あの男は僕達同様、異世界転生者だ。 

 更にはかなりハイレベルのボクサーだ」


 ほう、霧島もその事に気付いていたか。

 まあこの男も天才と呼ばれたボクサーだ。 一流は一流を見抜く、ってか。

 

「仮にそうだとしても、別に俺には関係のないですよ?」

「……本当にかい? 僕の見た所、彼は恐らく五輪クラス、あるいはプロの

 世界ランカークラスのボクサーと思う。 君は興味が湧かないのか?」

「まあないと言えば嘘になりますね。 だけど奴と直接戦った俺だから

 言える事がある。 奴は次元が違う。 だから奴と張り合うのは無駄ですよ」

「……君は悔しくないのか? あの男にリベンジしたいと思わないのか?」


 煽るようにそう告げる霧島。

 ほう、俺を焚きつけようという魂胆か。 だがその手には乗らないぜ!


「無駄ですよ、そういう挑発には乗りませんよ?」

「ふう、君は意外にクールなんだね。 僕は正直あの男が気になって仕方ないよ。

 それに彼には色んな噂が流れている。 例えば魔帝軍と繋がっている、なんて噂もね」

「……そいつは穏かじゃない噂ですね? その噂に根拠はあるんですか?」


 俺の問いに霧島は小さく頷いた。


「奴――アンノウンがこのレヴァンガディアに現れたのは、約二年前。

 その時も破竹の勢いで武闘大会をあっさり優勝。 あまりの強さにレムダリアの

 国王も彼を食客しょっきゃくとして招き、名誉騎士の称号とA級クラス

 冒険者ランクを進呈したらしい。 そしてその後、魔帝軍が襲来して、

 魔帝軍討伐隊が結成されて、アンノウンもその一員に加わった。 だが――」

「……それで?」


 そこで一端言葉を切り、霧島は一呼吸置いた。


「王国騎士団が奇襲をかけたんだが、魔帝軍はそれを察知していたかのように

 大部隊で待ち構えたんだよ。 当然返り討ちに合い、王国騎士団は壊走。

 だがそんな中でもアンノウンが所属した冒険者で、

 編成された討伐隊は大活躍。 それで彼は国王の信頼を更に得るんだが、

 一年前にも似たような事件が起きた」

 

 なる程、確かに似たような状況が二度続けば少し怪しいよな。

 そう思いながらも、俺は小さく頷きながら、霧島の言葉に耳を傾ける。


「君も知っての通り、彼は一年前の武闘大会でも連覇を果たす。

 そしてまた魔帝軍が襲来。 再び討伐隊が結成されたけど、また王国騎士団の

 侵攻ルートに謀ったように魔帝軍が立ち塞がり、大部隊で王国騎士団を襲撃。

 だがアンノウンの討伐部隊はまたしても大戦果を挙げる。 どうだい?

 少し怪しいだろ? それに今回も武闘大会終了後に魔帝軍襲来。

 二度ある事は三度あるというけど、流石に三度続けば怪しいよね?」

「なる程、確かにそれならアンノウンにスパイ疑惑がかけられるのも

 無理はない。 でもレムダリアの首脳部も無能だらけじゃないよね?

 それなら今回は事前にアンノウンの動きを察知するように動くんじゃないの?」


 そう言って俺は双眸を細めて、霧島を見据える。

 すると霧島は「ほう」と感心したように頬を緩めた。


「君は馬鹿じゃないね。 そう、実は言うと僕はレムダリア王国騎士団の

 騎士団長さんからアンノウンの動向を探るように、密偵に指名されたんだ。 

 正直言えば僕も密偵みたいな真似はしたくない。 

 でも僕達と同じ地球人が魔帝軍と内通しているという状況は、

 僕としてもいい気分はしない。 君はどうだい?」

「……確かに愉快な話ではないな。 なる程、要するに俺に助力を請うているわけだ」

「端的に言えばそうだね。 それで君の返答は?」


 さて、どう答えたものだろうか。

 心情的に言えば俺も同じ地球人が魔帝軍と内通しているという話は無視できない。

 だが安易にYESと答えるのも少々危険だ。

 何せ国王や王国騎士団が相手だ。 散々こき使われた挙句、「ご苦労」の一言で

 済まされる可能性も低くはない。 そういうただ働きは俺も御免だ。


「……引き受けてもいいが、条件がある」

「……そうだね、その条件を言ってごらんよ」

「まずそれなりの大金が欲しい。 参加した時点で五百万レム(約五百万円)。

 更に作戦が成功したら、成功報酬を上乗せ。 

 後、冒険者ランクも上げて欲しい」


 少々ふっかけたが、交渉の際は強気が望ましい。

 金は勿論の事、冒険者ランクも上げて貰えるならそれに越した事はない。

 俺と真理亜が冒険者ランクD,アイリスとカーミラがCだったかな?

 まあ全ての要求が通るとは、思ってないが言うだけなら無料ただだ。


「ああ、それぐらいなら問題ないよ。 てっきり伯爵や侯爵の爵位をよこせ、

 とか言うかと思ったよ。 大丈夫、大丈夫、それぐらいの要求なら通るよ」


 あれ? 思いの他、簡単に要求が通ったな。

 ここはもっと吹っ掛けるべきか? いや止めておこう。 


「へえ、随分と気前のいい話だね。 わかったよ、霧島さん。

 俺もその討伐隊に参加するよ。 おい、アイリ――」


 俺がそう言ってアイリスに視線を向けると、彼女はぷいと顔を反らす。

 それに連動するように真理亜は口笛を吹き、カーミラは両手で両耳を塞いだ。

 こいつ等、この状況下で俺を無視するとは、いい根性してるじゃねえか。 


「おい、お前等も一緒に参加するぞ? これはお願いでなくて決定事項だ」

「嫌よ! アンタが討伐隊に参加するのは自由だけど、アタシを巻き込まないで!」

「お前等にもそれなりの報酬が出るように頼むからさ。 俺が言うのもアレだが、

 散々、放蕩ほうとうの限りを尽くしただろ? この辺りで働かないと――」

「働くのは男の仕事よ。 アタシ達は家を護るのが仕事なのよ!」と、アイリス。

「ハア? お前等、家事の一つもしてねえだろ!」

「いやちゃんと家に居て自宅警備しているわ! 

 大丈夫、この屋敷はアタシが護るわ!」


 こいつ、骨の髄までニート化してやがる。 

 でも仮に俺がこの戦いで報奨金を得たら、

 こいつ等、問答無用でタカるつもりだろ?


 ふざけんなよ、肉体関係の一つもないどころか、着替えシーンに出くわす、

 間違って一緒に風呂を入るなどのラッキースケベイベントの一つも

 起こしてない上にこれ以上こいつ等を扶養してたまるか! 

 俺はお前等のATMじゃねえよ!



「なら今すぐこの屋敷から出て行け! 働かざる者食うべからずだ!」

「むう~、でも相手は魔帝軍よね? アタシのような地雷冒険者なんかが

 出る幕はないんじゃないの? カーミラもそう思うよね?」

「ん? ああ……そ、そうだな。 私達じゃ足手まといになるだけだからなあ~。

 でもマリアは優秀な魔術師マジシャンだから、参加すべきじゃないか?」

 このアマァッ、相変わらずクズいな。 せこいわ、こすいわ、クズいわ!

「いや私は参加していいけど、正直ニート生活も飽きてきたところだし~

 でもアイリスとカーミラも参加しようよ。 先輩がこう言い出したら、

 どうせ最後は言う事を聞かされるんだから、抵抗するだけ無駄よ?」

「「むう……」」


 と、顔を見合わせて唸る二人。

 流石、真理亜だ。 俺の性格を見極めた上でこの転身の速さ。

 でも絶対にセクハラ被害は避ける明敏さ。 大した器だよ。


「そういう事だ。 もう諦めろ。 このミッションが終われば、

 また大金が入る。 それでまたしばらく遊んで暮らせばいいさ」

「……どうやら従うしかなさそうね。 でもアタシは基本的に

 地雷だから何か問題が起きても、責任は取らないわよ?」

「……お前は前線に出ないで、大人しく回復ヒールだけしておけ」

「ヒョウガがここまで言えば従うしかないか。 わかった、私も参加しよう」

「ああ、カーミラ。 期待してるぞ!」


 とりあえずこれで全員の了承を得られた。

 正直面倒な戦いになりそうだ。 だが俺としても同じ地球人の異世界転生者が

 魔帝軍と内通している事態は看過できない。


 正義感ぶるつもりはないが、もしそうなら真相を知りたい。

 奴――アンノウンの真意が何処にあるかも知りたい。

 それが俺をこの任務に参加する気になった動機だ。


「全員の了承が得れたようだね。 では僕について来てくれ!」

「ああ、霧島さん。 よろしくな!」

「こちらこそ、雪村君。 それにしても君は羨ましい状況だね」

 と、俺の耳元でボソボソと囁く霧島。

「ん? 何の事ッスか?」

「いやあんなに可愛い子達と同棲しているじゃないか?」

 ああ、そういう事ね。 まあ傍から見ればそう思えるか。

「そうッスね。 一日中ゴロゴロしていて、家事は一切せず

 金だけは浪費する女が三人。 当然食費も三倍。 エロい事なんか

 何もさせてくれない。 でも文句だけは人並み以上。 そんな連中なんで

 霧島さんさえ良ければ、喜んで今の状況を譲りますよ?」

「……ごめん、変な事を言ったみたいだね。 気に障ったのなら謝るよ」

「いえいえわかってもらえたならいいんですよ。 さあ、行きましょう!」


 こうして俺達は魔帝軍討伐の任務に参加する事になった。

 後から思い返せば、この任務の参加が大きな分岐点ターニングポイント

 だったかもしれない。 俺も心の何処かで「大事おおごとになりそうだな」

 と思いながらも、奴――アンノウンのスパイ疑惑の真相を知るべく、

 新たな戦いに向けて、決意を固めていた。





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