第一章 其の一
気が付けば俺は何処かの街中の入り口に立っていた。
周囲にはレンガ造りの家が建ち並び、中世ヨーロッパのような格好をした
人々が闊歩している。 自動車やバイクの姿も見当たらない。
誰一人として携帯電話を持ってない。 どうやら本当にここは異世界のようだ。
俺はやや興奮気味に街中を見渡して、周囲の人々に視線を向けた。
耳の尖った美形の男女。 間違いないエルフだ。
頭部から二本の角を生やしているのは、竜人か?
獣耳もいる。 俺と同じような普通の人間の姿もある。
おいおいおいおい、マジで異世界じゃん。
いいねえ、この雰囲気。 マジでドラゴンズ・エクシードみたいじゃん。
オラァ、ワクワクしてきたぞ。
さてまずは何をすべきか。 最初はやはり冒険者ギルドへ行くか。
その時、初めて俺は自分自身の姿に気付いた。
俺は鏑崎学園の黒い制服を着ており、腰に小さいポーチという格好。
おいおいおいおい、なんだよ。 この格好。 超浮いてるじゃん。
よく見ると行き交う人々がちらりと俺に視線を向けていた。
あ、あの女神。 手抜きもいいところじゃねえか。
何が優遇しますだ! こんな姿でこんなファンタジーな世界を
冒険しろと言うのかよ? 雰囲気大なしじゃねえかっ!?
そこで俺は腰のポーチを開けて、中身を確認する。
ポーチの中にはそれなりの量の金貨が詰まった皮袋や
何かの液体が入った瓶が何個か入っていた。
これは回復薬の類か?
というかバリバリの初期装備じゃねえかよ。
まあ金はそこそこあるようだが、俺は装備も何もないんだぞ?
ちきしょう、と思わず毒づく俺。
その時、近くの店のガラスに映った自分の姿が見えた。
髪型は前と同じの黒髪のサラサラヘア。
身長は前世の174センチよりやや高そうな背丈。
目つきもほんの心なしか、吊り目気味だが前より良くなっている。
それと生前は短足だったが、今はすらりと長い足。
うーん、一応要望は聞いてくれたようだな、あの女神。
でもこんな微妙な修正よりもっと大幅にバージョンアップしてくれよ。
だが決まった以上は仕方ない。
この新しい肉体で新しい人生を謳歌しよう。
俺はとりあえず近くの通行人に冒険者ギルドの場所を聞いて、
言われたとおりの道を進んで、冒険者ギルドに辿り着いた。
冒険者ギルド。
冒険者ギルドは冒険者に仕事を斡旋したり、もしくは支援する組織。
冒険者ギルド内はなかなかの広さで、酒場が併設されている。
よくみると兜や鎧を着込んだ荒くれ連中やローブを着た
魔術師らしき男女が横目で俺を見ている。
まあこの黒い詰め襟姿でこんな場所居たら、目立つよな。
「いらっしゃいませ! お仕事の案内なら奥のカウンターへ、
お食事なら空いてるお席にご自由にお座りください」
栗毛のポニーテールの耳の尖ったエルフらしき
ウェイトレスのお姉さんが、愛想よく出迎えてくれた。
とりあえず今は腹は減っていない。 俺は言われるままカウンターへ進んだ。
受付は三人。 全員女性だ。 更に加えるならば全員美人でスタイルが良い。
俺は男の本能というべきか、気が付けば一番好みの美人の受付の列に並んでいた。
五分もしないうちに、俺の番がやって来た。
「はい、今日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の人間の女性は、清潔感のある黒髪美人だ。
ギルドの制服と思われる黒のスーツとパンツを綺麗に着こなしている。
「えっと、冒険者になりたいんですが」
「わかりました。 ではこちらの用紙にご記入ください」
一枚の羊皮紙と羽ペンを手渡されて、俺は記入欄を埋めていく。
ちなみに書いている文字は日本語ではない。 見慣れない文字だ。
だが俺が頭に言葉を浮かべるだけで、自動的に手が動いた。
二分程度で全て書き上げて、紙を受付嬢に手渡すと――
「――では登録手数料1000レム(約千円)となります」
と、事務的に答える受付嬢。
そして俺は金貨の入った皮袋を取り出して、受付に数枚の金貨を置いた。
「お客様、金額が多いですよ。 この金貨一枚で充分足りてますよ」
「ああ、そうなんスか? すいみません、田舎から来ましたので」
「はあ、ではこちらがお客様の冒険者カードとなります」
と、怪訝な顔をした受付嬢から免許証くらいのサイズの白いカードを受け取る。
というかこの金貨一枚で1000レム(約千円)か。 覚えておこう。
そして受け取った白いカードに目を移すと――
名前:ヒョウガ・ユキムラ
性別:男
レベル:1
種族:ヒューマン
身長:176セレチ(約176センチ)
年齢:17歳
職業:冒険者
冒険者ランク:E
所属ギルド:無所属
と、書かれていた。 言語の方も問題なく読めた。
恐らくこの辺りは転生する際に、あの女神が調整してくれたのだろう。
「そちらに、レベルいう項目がありますよね。
それがあなたの強さを表す数値です。 この数値を上げたければ、
この世界――レヴァンガティアに生息する魂を持った存在を
打ち破る事によって、その存在の魂の一部を吸収できます。
所謂、経験値と呼称されるものですね。 魂を持つ存在なら
魔物でも人間からでも経験値を得る事が可能です」
ふうん、ゲームならチュートリアルって感じだな。
受付嬢はカードを指差しながら説明を続けた。
「このカードを所持していれば、冒険者が吸収した経験値は
自動的に加算されていきます。 それが一定の値に達すると
レベルが上がり新スキルやアビリティなどを覚えるのに必要な
スキルポイントが増えたり、基本ステータスが向上しますので、
是非頑張ってレベルを上げてくださいね」
ふーん、この冒険者カードって超便利なんだな。
無くすと面倒臭そうだな。 ちゃんと保管しておこう。
「そのカードは基本的に魔力で文字を記入しています。 依頼を達成したり、
年齢やレベル、冒険者ランクが上がれば自動的に書き換えられ、
手続き際に毎回魔力を補充するので、魔力切れの心配はまずありません。
それではこちらのカードに手で触れてください。
それであなたのステータスが表示されるので、その数値に応じて
なれる職業が表示されるのでお好きな職業を
選んでください。 経験を積めば、選んだ職業によって
様々な専用スキルを覚えるので、その辺りも踏まえて選択してください」
おっと、遂に俺のパラメータの開示か。
こいつは期待していいよな? 頼むぜ、女神さんよ。
俺は期待に胸を膨らませて、カードに触れた。
「……なっ! こ、これはっ!? 凄い数値ですよ!?
筋力、生命力、敏捷性が異常に高いです。 器用さと
魔力は低めですが、知力もそこそこ高いですね。
これならば大抵の前衛職が出来ますよっ!!」
おお、どうやら俺は前衛職向きのステータスらしい。
でも気にいらんな。 どうせなら全能力を限界まで上げておけよ。
だがとりあえず良しとしておこう。
「んじゃお薦めの職業とかありますか?」
「そうですね、戦士から聖騎士、魔法剣士と大抵の前衛職に
なれますが、このステータスなら一番のお薦めは拳士です」
「……拳士? それどんな職業?」
「拳を始めとした己の肉体を武器とする格闘系の前衛職ですよ。
闘気を纏う事で攻撃力を増したり、身体能力を強化させたりと
意外に幅広い戦術を取る事が出来るので、是非お薦めです」
興奮気味に語る受付嬢。
だが俺は即答する事を避けた。
要するに俺が居た世界のボクサーみたいなもんだよな?
まあ闘気ってのがあるみたいだけど、基本は脳筋系の職業っぽいな。
なんか異世界まで来て、ボクシングの真似事はしたくねえな。
待てよ。 そういや女神が何か言ってなかったか?
確かボクシングとゲームの知識を生かせばいいみたいな話だ。
うーん、これは非常に重要な選択肢かもしれん。
確かに戦士や聖騎士、魔法剣士みたいな剣を使う職業
には憧れる。 だが生前の俺は剣どころか木刀すらろくに触った事がない。
そんな俺が一から剣術を学ぶのは、少々遠回りな気がする。
それに対して格闘戦ならば少々心得がある。
こう見えて高校ボクシングの地方予選じゃ悪くない成績だった。
自分で言うのも何だが、奴さえいなければ全国大会に出場していただろう。
それにボクシングに関する知識ならば、少々自信がある。
大抵のボクシング漫画は読んでいたし、YAU TUBEで
ボクシングの動画は飽きる程観てきたから、大抵の事は知っている。
一時期は本気で奴に勝とうと、色々データを取ったり、分析もした。
まあ結局勝てなかったが、高校六冠王に対して最後は少し善戦できる
くらいまでにはなった。 これは俺が持つ最大のアドバンテージではないのか?
「まあこのステータスならば大抵の職業の適正がありますから、
一つの職業にこだわる必要はないかもしれないです。
ただ職業ごとのアビリティを取得するには、各職業ごとの
ギルドに所属する必要があるので、新人のお客様の
場合はやはり前衛職を選ぶのが賢明と思われます」
なる程、職業ごとに職業ギルドに所属する必要があるのか。
そうなるとその登録料などの費用に、防具なんかも買わなくちゃならん。
後は毎日の食費に寝床。 これらを考えたらあまり余裕はないな。
仕方ない。 ここは妥協して最初は拳士にしておこう。
なにせ現時点ではこの世界の事が何もわからない状態だ。
ここで欲を掻くと最初に色々躓きそうだからな。
「分かりました。 それじゃ最初は拳士でいいです」
「はい、では拳士でご登録させていただきます。
それとこちらが冒険者ギルドの注意事項と規約ですので、
後で目を通しておいてくださいね。 ではスタッフ一同、
ヒョウガ・ユキムラ様の今後の活躍を期待してます!
受付嬢はそう言って、にっこりと微笑んだ。
こうして、異世界での俺の冒険者生活の幕開けとなった。