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ボクサー異世界へ行く  作者: 如月文人
第四章 天才と噛ませ犬
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第四章 其の六


「……じょうぶ、……ウガ……」

「……んぱい、……いじょうぶ……ですか……」

「……ヒョウガ、……っかりしてくれ……」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 頭の中がガンガンしている。 だが顎の痛みは和らいでいる。

 身体は……動く。 どうやら俺は生きているようだ。


「お、起きたっ! ヒョウガ、大丈夫なの!?」

「先輩が起きました! カーミラ、医者を呼んでください!」

「わ、わかった!」


 医者? ああ、そうか。 俺は奴にKO負けを喰らったんだな。

 そういえばアイリスや真理亜達も心配そうな表情をしている。

 こいつ等もこういう時は心配してくれるのか。 いい所あるじゃねえか。


「おい、アイリス。 俺は何分くらい気絶していたんだ?」

「三十分くらいよ。 というか顎が割れていたから、無理に喋らない方がいいよ」

「そうなのか? その割には少し顎が痛む程度だが……」

「大会運営の医師が上級回復魔術を使って、先輩の顎を治したんですよ。

 幸いにも綺麗に割れていたので、治すのにそんなに苦労しなかったみたいです」

「……なる程ね。 まあ野郎の右カウンター貰ったんだ。 当然だわな」

「医者を呼んできたぞ。 ヒョウガ、無理するな。 横になっているんだ」


 なんか妙にこいつ等が優しいよな。

 多分俺が敗北したから、落ち込んでいると気を使ってるのだろう。

 だが今の俺は妙に落ち着いた気分だ。 なんか心のもやが消えた感じだ。


「ヒョウガ・ユキムラ選手ですよね? ここが何処かわかりますか?」

 白衣を着た中肉中背の中年のヒューマンの男がそう訊ねてきた。

「……無差別級武闘大会の医務室ですよね?」

「今日あなたは何をしてましたか?」

「無差別級武闘大会に出場して戦ってました」

「うん、大丈夫のようですね。 顎に痛みはありますか?」

「はい、少し痛みますが大した事はありません」

「問題ないようですね。 ただ念の為、二、三日は固い物を食べるのは

 控えてくださいね。 それでは私はこれで失礼します。 お大事に!」


 そう言って白衣の医師は踵を返した。

 俺はその背中を見ながら、右手で顎の先端を擦った。

 改めて考えるとこの世界って便利だよな。 回復魔術一つで割れた顎を

 治せるんだからな。 前の世界じゃしばらくは流動食だもんな。


「……ヒョウガ、顎痛くないの?」と、アイリス。

「ああ、大丈夫だ。 だからそんなに気を使うなよ」

「せ、先輩、意外と落ち着いてますね」

「ああ、別に負けたからって、気を使う必要はないぜ。

 正直なんか悔しさより安堵感の方が強い……」

「……そ、そうなのか?」と、カーミラ。

「ああ、なんかスッキリしたよ。 自分の器みたいなものがわかったよ」

「で、でも優勝したんだから、やっぱヒョウガは凄いわよ!」

「うんうん、流石先輩です。 よっ、異世界一!」

「ふっ……ありがとうよ」


 と、俺は力なく笑った。

 なんだかんだでこいつ等、悪い奴等じゃねえよな。

 幸い怪我も軽傷。 更には優勝賞金の五百万もある。


 よくよく考えれば、初出場で優勝できたのは奇跡に近い。

 更には前の世界から因縁のある霧島にもリベンジ出来た。

 まあ奴――アンノウンには負けたが、意外と悔しくない。


 奴は俺や霧島とは次元が違う。

 恐らく奴は前の世界で五輪クラスのエリートアマチュアボクサー、

 あるいは世界ランカークラスのプロボクサーだったのであろう。


 俺なんかが逆立ちしても、適う相手じゃない。

 でも霧島に勝った事で俺の強さへの渇望みたいのも満たされた。

 まあ一七歳のガキがそう都合よく異世界で最強になれるわけがない。


 これからはしばらく大人しく過ごそう。 もう戦いは面倒臭い。

 何処か適当な場所で屋敷とか借りて、アイリス達と暮らすのも悪くないかもな。


「……ありがとよ。 んじゃ今夜は宴会にしようぜ」

「え? いいの、ヒョウガ?」

「ああ、優勝賞金もたっぷりあるからな。 明日から何処か適当な場所で

 屋敷でも借りて、のんべんだらりと過ごすつもりさ」

「ずる~い、私もお屋敷に住みたい!」と、真理亜。

「アタシもアタシも! 掛け金で随分と稼いだし、しばらくは冒険もしないで

 食べては寝て、食べては遊ぶ生活がしたいわ!」

「ならこの四人で一緒に住んでみるか?」

「「「えっ!?」」」


 一瞬、周囲の空気が固まった。

 やれやれ、やはりいくらなんでもマズいか。 男と女だもんな。

 だが予想に反して――


「あ、アタシはいいわよ。 ただし変な事はしないですよね!」

「私も別にいいですよ。 でもHな事は止めて欲しいです」

「わ、私も構わないぞ。 とりあえず私には変な真似をしないでくれ」


 あら、意外と簡単に話が進んだな。 だがカーミラは相変わらず微妙にクズいな。

 だがこいつ等と面白可笑しく暮らすのも悪くないかもな。

 もう戦いは御免だ。 この辺りで残念ラブコメを体験してみるのも有りかもしれん。


「よし、それじゃ俺の優勝祝いを兼ねて、今夜は派手に遊ぼうぜ!」

「流石ヒョウガ、頼りにしてるわよ」と、アイリス。

「うんうん、先輩は頼りになります。 おかげで私が楽できますよ!」

「……この間まで貧困生活だったのが嘘のようだ。 この男について行けば

 とりあえず生活には困りそうにないな。 うむ、運気が向いてきたかもしれん」


 相変わらず調子の良い連中だ。

 でもなんだかんだでこいつ等と居ると楽しいのも事実。

 うん、しばらくは適当に遊んで食って寝て暮らそうか。


 だが幸か、不幸かアンノウンとの一戦を交えた事が

 俺のこの異世界での人生に大きな変化をもたらせるのであった。

 そんな事は露知らずに、俺達は今夜の宴会に向けて町へと繰り出すのであった。





次回の更新は2018年10月26日(金)の予定です。


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