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ボクサー異世界へ行く  作者: 如月文人
第四章 天才と噛ませ犬
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第四章 其の二


 そして午後二時を迎えて、決勝戦が始まろうとしていた。

 既に俺と霧島は入場を終えて、今顔を合わせて並んでいる。


「やあ、雪村君。 お互い良い試合をしようじゃないか!」

「悪いな、霧島さん。 俺は良い試合をする気はねえぜ。

 なにがなんでもアンタに勝つ! その為には手段は選ばねえよ!」

「それは怖いね。 なら僕も手加減しないよ?」

「構わないぜ、もう俺達に言葉は不要。 後は拳で語ろうぜ!」

「ふふふ、いいね。 確かに僕達はボクサー。 これ以上のお喋りは無用だね」


 そう言って両肩を竦めて、開始線まで下がる霧島。

 俺も同様に開始線まで下がり、ファイテングポーズを取る。


「それではただ今より第十五回無差別級武闘大会の決勝戦を行います。

 決勝戦で相対するのは共に新進気鋭の拳士フィスター

 両者とも今大会が初出場ですが、破竹の快進撃で決勝まで

 登りつめてきました。 どちらが勝っても初優勝の目の離せない一戦です!

 それではヒョウガ・ユキムラ選手対ハヤト・キリシマ選手による

 決勝戦の開始です! ――レッツファイトッ!!」


 レフリーがそう宣言して、決勝戦が開始された。

 俺は通常通りオーソドックススタイルでジリジリと摺り足で進む。


 対する霧島は上体を真っ直ぐに立てた状態で構えるアップライトスタイル。

 このスタイルはアウトボクシングに適した構えだ。


 霧島は身長こそ俺と同じくらいだが、リーチはかなり長い。

 こういう体型はメキシコ人ボクサーに多いが、日本人では稀有だ。

 そしてその長いリーチを生かして、アウトボクシングするが奴の定石だ。


 俺がファイタータイプなら、奴はアウトボクサータイプ。

 このリーチ差を埋めるべく、接近しようとしても、奴には伝家の宝刀がある。

 そうボクサーなら一度は誰でも憧れるカウンターだ。

 

 奴はそのカウンターに関しても天賦の才がある。

 一番最初に奴と戦った時、俺が高一で奴が高二の時。


 まだその頃は恐れを知らなかった俺は勢い良く前進して、

 奴の懐に飛び込んだ。 そしてその瞬間に意識が吹き飛んだ。

 霧島の伝家の宝刀ライトクロスが俺の顎の先端に命中。


 それから先の事は殆ど覚えていない。

 気が付いた時には、俺は選手控え室の長椅子で横たわっていた。


 第一ラウンド38秒RSC負け。

 それが奴との第一戦での結果だ。

 屈辱的な敗戦に俺は絶望に打ちひしがれた。

 正直俺はそれまでは自分の才能をひたむきに信じてボクシングを続けていた。


 だがその思いもあえなく打ち砕かれた。

 でも俺にも意地があった。 まだその頃はボクシングに対して情熱があった。

 俺は霧島の試合動画をYAW TUBEなどの動画サイトで片っ端から視聴して、

 何処か奴の弱点や癖がないかと研究に研究を重ねた。


 しかしいくら観ても欠点らしい欠点は見当たらない。

 だがいくつか気付いた点がある。 それは――


1.霧島は生粋のアウトボクサーで無駄な打ち合いは嫌う傾向が強い。

  基本は相手と距離を取って、その長いリーチを生かして

  自身は安全圏に居ながら、有効打を重ねてポイントを積み重ねる戦法が基本。


2.だがいくら霧島といえど、全ての試合において接近戦を避ける事は不可能。

 故に霧島は踏み込んでくる相手に対して、カウンター戦法で迎え撃つ。

 だが基本的に霧島は相手を待つタイプのカウンターパンチャー。


3.以上の点から考えて霧島の基本的な戦術は距離がある場合は長いリーチを

 生かして、有効打でポイント稼ぎ。 強引に攻める敵に対してはカウンター。

 というのが霧島の基本戦術。 


 4.だが霧島が苦戦した試合を細かく分析すると、

 相手がカウンターを受けながらも、

 強引に接近戦を仕掛けた時は露骨に嫌そうな顔をしている。 

 それから分析すると霧島は接近戦――インファイトが苦手な可能性が高い。


 何度も何度も動画を見返して、俺は以上の点に気付いた。

 要するに奴は基本的に受けタイプの戦い方が染み付いている。

 そして自分のリズムを崩される事を極端に嫌っている……ように思える。


 以上の点を踏まえて、俺は奴の嫌がりそうな事を熟考した。

 例えるなら霧島は闘牛を迎え撃つ闘牛士マタドール


 常に自身を安全圏セイフティゾーンに置きながらも、的確に敵を迎え撃ち、

 有効打を重ね、試合を有利に進めながら、状況に応じて判定勝ちに逃げたり、

 倒せそうな相手なら容赦なく倒す。 というのが奴のボクシングスタイル。


 ならば奴のリズムを崩して、イレギュラーな展開をたくさん作り上げれば、

 俺にも勝機があるかもしれない。 

 その為に俺は練習に練習を重ね、自分を苛め抜いた。


 そして秋の新人戦・地方予選の準決勝。

 俺と霧島の二度目の対戦。


 俺はこの試合に挑むに当たって、

 自尊心プライドという要らぬ贅肉を削ぎ落とした。


 試合開始直後から俺は奴の射程距離圏内に入らず、左ジャブだけを放ちながら、

 足を使ってリングを縦横無尽に駆け抜けた。 


 その逃げ腰のスタイルに観客席からブーイングも浴びせられた。 

 だが俺はそれでも気にせず霧島から逃げ回った。


 すると霧島は明らかにイラついた表情をしていた。

 要するに闘牛士マタドールの掲げた赤い旗に闘牛が飛び込んでこないのだ。

 奴がカウンターが得意ならばその機会を一切与えなければ良いのだ。


 結局第一ラウンドは打ち合いらしい打ち合いはなく終了。

 当然周囲からはブーイングの嵐。 だが少なくともこれで前回より一歩前進した。

 

 そう思って迎えた第二ラウンド。

 予想に反して霧島が前進して来て、インファイトを仕掛けてきた。


 だがこれもある程度予想していた。 霧島はインファイトは好きではないが、

 決して出来ないわけではない。 だがここでも俺は奴の打ち合いに応じず、

 足を使い逃げ回った。 観客のブーイングは更に増した。

 だが相手は天才、こちらは凡才。


 まともに戦って勝てる相手ではない。

 だが当然の事ながら、逃げてるだけではボクシングは勝てない。

 

 そこで俺は第二ラウンドの一分を過ぎた頃に攻勢に転じた。

 スタミナにはそれなりに自信はあるが、格上相手の打ち合いは想像以上に

 心身を疲弊させる。 だがそんな相手でも一分程度なら無理は効く。


 そこまでの逃げ腰から一変した激しい打ち合い。

 俺は頭を振りながら、身を低くしてひたすら霧島に接近。

 そこから左右のフックの連打。 ひたすら左右のフックを連打する。


 とはいえ霧島も両腕で俺の左右のフックを防御ガード

 そして頃合を見てショートパンチで応戦。 だが被弾しても俺は後ろに下がらず、

 前に出続けた。 例えクリーンヒットは無くとも、ひたすらパンチを出し続けた。


 地味で冴えない戦い方だが、意外とこういう泥臭い戦いは精神を疲弊させる。

 それに単発のパンチ力に関しては、霧島のパンチ力はそれ程でもなかった。

 非力とまでは言わぬが、想像していたより軽かった。


 パンチ力に限定すれば、俺の方が勝っているであろう。

 もしかしたら霧島はパンチ力が低い事を露呈されるのを恐れていたのかもしれない。


 なんだかんだ言ってKO勝ちはボクシングの華だ。

 五輪の金メダル、更にはプロの世界王者を期待される天才ボクサーが

 実はパンチ力が弱い、と知れ渡るのは商品価値の下落に繋がり兼ねない。


 そして互角以上の展開で第二ラウンドが終了。

 残すは後一ラウンド――二分余り。

 これぐらいの時間なら最初から最後まで打ち合いが出来る。


 そして迎えた最終ラウンドの第三ラウンド。

 霧島が鬼のような形相で果敢に前に出てきた。

 恐らくセコンドから「倒せ!」という指示を受けたのであろう。

 だが俺は両腕を高く上げて、防御ガードを固めて霧島の連打を防ぐ。


 ワンツーパンチ、左右のフック、左右のアッパー。

 お手本のような綺麗なフォームで繰り出される数々のパンチ。

 だが俺はひたすら防御ガードを固めて、乱打ラッシュに耐えた。


 奴が打ち疲れた瞬間が反撃の機会チャンスだ。

 幸い一発一発のパンチ力はそれ程大した事がない。

 と思って最初こそ余裕を持って防御ガードしていたが、

 霧島の連打は止まる事を知らなかった。 連打、連打、ひたすら連打。


 次第にコーナーに追い詰められる俺。

 だが霧島の連打は止まらない。 更に放たれる連打、連打、乱打ラッシュ

 まるで狂った風車のように次々と放たれるパンチの嵐。


 気が付けば防御ガードする両腕がジンジンと痛んでいる。

 ――クソッ、こんなに手数を出されたら、反撃出来ないじゃねえかっ!!


 次第に防御ガードが下がり、顔面に左ジャブが打ち込まれる。

 だが霧島の連打はまだまだ続く。 まるで疲れを知らないという具合に。

 

 ――コイツ、自分のパンチ力が弱いという欠点に気付いているのか!?

 ――だからその弱点を埋めるべく、無尽蔵のスタミナを身につけて

 ――いざとなればこの五月雨のような連打で相手を追い詰める。


 ――確かに霧島はインファイトが好きじゃない。

 ――だがいざとなれば強引なインファイトも仕掛けられる。

 ――単発のパンチ力は大事だが、ヒットしなければ意味はない。

 ――そして単発の威力は低くても、連打にすれば弱点を補う事は可能だ。

 ――要するに俺如きの浅知恵で思い付く事は霧島も承知済みという事だ。


 そこから先は一方的な展開だった。

 連打を浴びせ続けられた俺はグロッキーになり、滅多打ちにされた。

 そして第三ラウンド一分二五秒。 RSC負け。


 前回よりかは長いラウンドを戦えたが、内容は完敗。

 だがある意味敗戦のショックは前回より大きかった。


 自尊心プライドを捨て、勝つ為に様々な策を打ったが、

 俺の小細工など天才の前では無意味であった。 要するに格が違うのだ。

 それからはボクシングに対する情熱も徐々に薄れていった。


 どんなに努力しても越えられない壁がある。

 それを身を持って知った俺は現実から逃げ、仮想世界へ逃げ込んだ。

 どうせ努力しても適わないなら、最初からしなければいい。


 そして幸か不幸か、俺は異世界に転生した。

 こちらの世界では比較的順調に物事が進んでいった。

 それによって俺は気力と情熱を取り戻し、再び努力するようになった。


 だがこの異世界においても、またしても奴が――霧島が立ちはだかった。

 冗談じゃねえぜ、異世界転生してまで霧島の噛ませ犬になってたまるか!!


 ここで負けたら俺は一生負け犬だ。

 だから絶対に負けられねえ、絶対に勝つ、その為には手段を選らばねぇ!

 噛ませ犬にだって意地があるんだ。 それを身を持って教えてやる!





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― 新着の感想 ―
[良い点] 息をのむ試合でした。描写力がすごすぎます。
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