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ボクサー異世界へ行く  作者: 如月文人
第四章 天才と噛ませ犬
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第四章 其の一



 有頂天から絶望。

 今の俺の心境を表すには、その言葉が相応しい。

 準決勝の第二試合は霧島隼人の圧勝で終わった。


 相手の魔剣士ラムゼルも前大会の準優勝者。

 おまけに上級職の魔剣士。 故に戦前のオッズはラムゼルが優位だった。

 だが蓋を開けてみれば、霧島隼人の完勝であった。


 奴がどういう経緯でこの異世界に転生してきたのかは知らん。

 だが奴はこの異世界でもその天才っぷりをいかんなく発揮させた。


 闘気の扱いは言うまでもなく、ラムゼルの繰り出す剣技を蝶の様に舞って

 交わし、そして蜂のように強烈なカウンターを突き刺していた。


 気がつけば試合会場の観客は霧島に魅せられていた。

 まるで少し前まで試合していた俺の事を忘れたように。


 思い出される苦い過去。

 そう、前の世界でも同じだった。 自分で言うのもあれだが、俺も少しは

 優れたボクサーだった。 俺の試合を見て沸く観客も存在した。


 だが奴が一度リングに立つと観客はそれを忘れ、奴の戦いっぷりに夢中になった。

 そして何度対戦しても、俺は奴に勝てなかった。

 気が付けば、俺は奴の噛ませ犬となっていた。


 勿論、最初のうちはそれでも諦めなかった。

 敗戦の理由を明確に分析して、欠点を洗いなおして、長所を伸ばす練習に

 明け暮れた。 今度こそは必ず勝つ! その一心で頑張った。


 だが何度戦っても俺は霧島に勝てなかった。

 要するに奴とはボクサーとしての資質と才能センスが違ったのだ。


 俺が高校生ボクサーとしてそこそこの素材としたら、

 奴は日本ボクシング界から期待される天才ボクサー。


 最初からレベルが違うのだ。

 凡人と天才を比べる事自体が間違っているのだ。

 その現実を受け入れた時、俺はボクサーとして負け犬の道を歩んでいた。


 そして嫌な現実から目を背け、ネットゲームの世界に逃げ込んだ。

 だがそれで全てが満たされる、誤魔化せるわけがなかった。


 結局、俺はボクシング部の退部を決意して、リングから逃亡を計った。

 もうこれ以上奴の噛ませ犬にはなるのは、御免だと。


 そして幸か不幸か、俺は異世界に転生した。

 新たな人生を俺は謳歌した。 正直有頂天になっていたかもしれない。

 

 この無差別級武闘大会でも連戦連勝。

 正直この勢いのまま優勝できると思っていた。


 だがまたしても俺の前に奴が立ちはだかろうとしていた。

 冗談じゃねえよ、この異世界に来てまで奴の噛ませ犬になってたまるか。

 負けない、負けねえ、絶対に勝ってやる、今度こそ奴に勝つ。


「せ、先輩、あれってやっぱり霧島さんですよね?」

「ああ、どうやらそのようだな」

「な、なんで霧島さんもこの異世界に転生しているの!?」

「俺が知るかよ。 だが奴が決勝戦の相手という事は分かった。

 優勝は少々厳しいかもしれんから、お前等余り掛け金は程々にしとけよ」

「ん? ヒョウガ、どうしたの? 少し顔が怖いよ?」

「なんでもねえよ、アイリス。 んじゃ俺は選手控え室に戻るわ」


 霧島隼人。

 前の世界では散々苦渋を飲まされたが、今度は違う。

 必ずお前に勝って、この世界ではお前の噛ませ犬じゃない事を証明してやる!



 決勝戦の開始時刻は午後の二時から。

 決勝戦の試合時間は三十分だが、ルールはそれまでと同じだ。

 現在の時刻は午後の一時過ぎ。 俺の控え室にはアイリス達が詰め掛けている。


「……ヒョウガ、どうかしたの?」

「いや……別に何でもねえよ」

「……決勝戦の相手と顔見知りなの?」

「ああ、ここまで来れば因縁というべきだろう」


 気遣うアイリスを他所に俺はぶっきらぼうにそう答えた。


「ちょ、ちょっと!? 何の用ですか? ここは対戦相手の控え室ですよ?」

「ああ、ゴメン。 時間は取らせないから、少しだけお邪魔するよ」

「ん? 真理亜、どうかし……たのか。 ってお前はっ!?」

「やあ、こんにちは!」


 そう言って爽やかに笑い、右手を上げる眼前の男。

 艶のあるウェーブ気味の栗色の髪。 女にモテそうな甘いマスク。

 間違いない、霧島隼人だ。 こ、こいつ、何しに来たんだよっ!?」


「君、鏑崎学園の雪村くん……だよね?」

「!?」


 この言葉でこの男が間違いなく霧島隼人である事が証明された。

 俺は真理亜以外に前の世界での個人情報は開示していない。

 

「そんなに怖い顔をしないでよ。 大丈夫、別に喧嘩を売りにきたわけじゃないよ」

「アンタ、本当にあの高校六冠王者の霧島……さんか?」

「それがわかるという事は君も異世界転生者なんだね」

「ど、どうしてアンタがこの世界に来たんだよ?」

「ああ、君達に衝突したスクールバスがあったでしょ? あれうちの高校の

 スクールバスでさ、僕は一番前の席に座ってて、運悪く命を落としたんだよ」


 そうだったのか? 突然の出来事でそこまでわからなかったぜ。

 しかし意外だな。 この男が異世界転生なんて選択肢を選ぶとはな。


「そう……ですか、それはご愁傷様」

「まあ最初は正直ショックだったよ。 高校最後の年にまさか事故で

 死んでしまうとはね。 五輪もプロの道も断たれて、愕然としたよ」

「まあアンタ程のボクサーなら……そうでしょうね」

「うん、でも天国みたいなところで女神さんと出会って、前の世界で

 記憶無くして人生やり直すか、それとも異世界に転生するかと迫られてね」


 この辺は俺や真理亜と同じだな。

 意外なのはこの男が異世界転生を選んだ事だ。

 この男ならもう一度前の世界に転生して、再びボクサーに目指すと思ったんだがな。


「正直僕も悩んだよ。 これからだという時に夢を断たれてね。 だが女神さん曰く、

 転生先の異世界にはボク達のような地球人の転生者も少なくないと聞いてね。

 なんか面白そうと思って、最終的には異世界転生を選んだんだよ。

 こう見えて僕はゲームとか漫画が好きなんだよ」


 へえ、それは少々意外だな。

 ボクシングの神様に愛されたこの男がゲームや漫画好きとはな。


「なる程、大体話はわか……りましたよ。 でも試合前に対戦者同士が会うのは、

 少々マナー違反じゃないっスか? 八百長を疑われても仕方ないッスよ」

「もちろんそれは分かってるよ。 でも僕はこの世界に来て初めて前の世界の

 住人と会えたからね。 だからこうして直接話してみたかったんだよ」

「ハア、でも霧島さんも拳士フィスターなんスよね?

 このアルザインの職業ギルドではアンタの姿を見かけなかったッスよ」

「ああ、それね。 僕は王都レビルハイトの職業ギルド出身なのさ。

 この町に来たのも、この武闘大会が始まってからだよ」


 なる程、それならばお互い顔を合わす機会もなかっただろう。

 この男が近くに居れば、否が応でもその情報は耳に入る筈だからな。

 現にこの男は準決勝でも圧倒的な力を見せて、快勝してのけた。


 しかしこうして顔を合わせて話してみると、案外感じのいい奴だな。

 一学年下の俺に対しても、君付けで喋るし、その喋り方や物腰にも嫌味さはない。

 なんというか気品の良いお坊ちゃまって感じだ。


「まあとにかく決勝戦はお手柔らかに頼みますよ」


 と、俺はそう言って右手を霧島の前に差し出した。

 だが奴は握手する事無く、やや小馬鹿にするような口調で――


「悪いね、こう見えて真剣勝負では手を抜かない性質たちなんでね。

 君に会いに来たのも、久々に地球人と喋りたかっただけだよ。

 残念ながら決勝戦はまた僕が勝たせてもらうよ!」


 ピクッ。

 この野郎、前言撤回だ。 やっぱコイツ、ムカつくわ。


「相変わらず大した自信ッスね」

「自信もあるけど、確信に近いかな? 君では僕には勝てないよ?」

「……確かに前の世界では何度もアンタに負けた。 だがそれはボクシングという

 競技に限っての事だ。 この異世界ではアンタに負けないぜ?」

「へえ、意外と骨があるんだね? でも僕も負けるつもりはないよ。

 まあこれ以上馴れ合っても仕方ないね。 じゃあ、雪村君。 僕はもう行くよ!」


 そう言って霧島は踵を返して、部屋を出た。

 それと同時に俺の頭と身体がかあっと熱くなる。


 舐めやがってっ!?

 いつまでも過去と同じ俺と思うなよ!!

 俺は異世界に来てまで、お前の噛ませ犬に甘んじるつもりはねえ!


「……悪いがアイリス、真理亜、カーミラ。 決勝開始まで独りにしてくれないか?」

「う、うん。 わ、わかったわ。 が、頑張ってね、ヒョウガ」

「わかりました、先輩。 大丈夫ですよ。 今後こそ先輩が勝ちますよ」

「……どうやら因縁の深い相手らしいな。 だが私はヒョウガの勝利を

 信じているよ。 わかった、ヒョウガ。 私達はもう行くよ」

「ああ、悪いな……」


 心配してくれる彼女らに対して、俺はそう答えるのが精一杯だった。

 そして控え室に一人残される俺。


 クソッ、なんかのキャッチフレーズに「絶対に負けられない戦いがある!」

 とかあったが、今の俺がまさにその通りだ。 


 ここで奴に負けたら、俺は一生奴の噛ませ犬だ。

 冗談じゃねえ、異世界まで来て他人の養分になってたまるか!?

 だが俺の中で奴に負けた過去が大きく影を落としているのも事実。


 ならばここで奴に勝つ事によって、俺はようやく新しいスタートを切れる。

 勿論奴は強い。 天賦の才を持つ奴はこの異世界にも順応している。

 まともに勝てば勝機はない。


 ならばまともに戦わなければいいのだ。

 確かにボクシングという競技においては俺と奴は月とすっぽん。


 それは認める。 だがこの基本なんでも有りな武闘大会では

 俺にも勝機はある。 奴は天才ボクサーだが、ボクシングという

 型に嵌っている。 突破口があるとしたら、その辺だろう。


 その為には俺は全身全霊を尽くす。

 ここで勝たなければ、俺は奴に一生屈したままだ。

 それだけは絶対に嫌だ。 だから俺は勝つ為に勝利を選ばないつもりだ。

 

 俺はこれまで生きてきた十七年間で一番燃えていた。

 必ずあの男に勝ってやる!





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― 新着の感想 ―
[良い点] 因縁のライバル登場で熱いですね! これは興奮してきました。 主人公のボクシング万年2位が辛い。これはぜひ倒してもらわねば!
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