第三章 其の五
順調に試合が消化されていく。
続いて三回戦の第二試合。 またしても俺の出番がやってきた。
今度の相手はエルバインという名の赤みがかった肌のオーガの聖騎士。
なんでも前大会のベスト4らしい。
これは油断しない方がいいな。 だが観客の声援は俺にばかり送られている。
「うおおおっ……ヒョウガ ユキムラ! また何か面白い事しろっ!!」
「ヒョウガ、ヒョウガ! またアンタに全力賭けしたから絶対に勝ってね!」
「先輩、がんばれ~! そうすれば私は楽に稼げるので!」
「お、おい君達。 もう少しまともな応援をできないのか!?」
「へ? そういうカーミラもヒョウガに賭けてるじゃん!」
「うっ……それは!?」
やれやれ、本当に何処までも浅ましい連中だ。
だが今の俺はそんな事など気にしない。 今は眼前の敵を倒す事だけ考える。
「ふん、大した人気だな? だが貴様のような新参者が勝ち上がれる程、
この大会は甘くはないぞ?」
と、鼻を鳴らす白銀の甲冑を着た聖騎士のオーガ。
「そうッスね。 とりあえずお手柔らかにお願いします」
「ふん、余裕をかましているつもりか?」
「いえ別にそんなわけでは……」
「では双方、開始線まで下がってください」
レフリーに指示され、俺達は開始線まで下がる。
「――では拳士ヒョウガ・ユキムラ対聖騎士
エルバイン・アインツバッハによる第三回戦第二試合開始!
レッツファイトッ!!」
レフリーがそう宣言して試合が開始された。
だが眼前のエルバインは左手に大盾、右手に戦槌という格好で身動き一つしない。
俺もジリジリと摺り足で間合いを取るが、射程距離までは入らない。
相手はオーガに加えて硬い聖騎士。
当然相手は護りを固めてくるだろう。 となれば奴の狙いは
ノックアウト勝ちではなく、護りを固めて、小まめにポイントを稼いで、
タイムアップによる判定勝ちであろう。
だがわざわざそれに付き合ってやる理由もない。
俺は左手に水の闘気を纏い、左掌から直線状に水を放った。
当然サイドステップして避けるエルバイン。
「小癪な真似を! ならばこちらは!
――サンクチュアリ・オブ・ガーディアン!」
定石通り聖騎士の能力を発動させる眼前のオーガ。
これでコイツの防御力は大幅に向上した。 だがこれは想定内の行動だ。
俺は風の闘気を両足に纏い、身を低くしながら地を蹴った。
エルバインは相変わらずガードを固めている。 ――チャンスだ!
俺はエルバインに衝突する寸前で、大きくジャンプした。
当然エルバインも上空に視線を向ける。 その時、俺は身体をずらした。
すると俺の背後に隠れていた太陽の光をまともに浴びたエルバインが一瞬怯む。
「ぐっ、しまった!?」
「――もう遅いぜ!」
そこから更に追い討ちをかけるように、俺は両手に光の闘気を纏い、
両手を上下に合わせながら、掌から光属性の砲撃を放った。
だが相手も熟練の聖騎士。
視界が揺らぎながらも、左手で持った大盾を前方に突き出し、防御する。
瞬く間に弾かれる光の砲弾。
だがその間隙をついて俺はエルバインの背後に回った。
「チッ! 狡い真似ばかりしやがって!」
そう言いながら、右手を後ろに引き肘打ちを繰り出すエルバイン。
咄嗟にこの判断が出来るコイツは大したものだ。 流石前大会のベスト4。
だがこれも俺の想定内。 肘打ちを対処法は心得ている。
俺は右足を上げて、脛の部分でエルバインの肘打ちを受け止めた。
ごきん。
という鈍い音と共に俺の右足の脛に鈍い痛みが走る。
もちろん闘気は纏っていたが、痛みを完全に無くす事は出来なかった。
だがそれは奴とて同じ。 エルバインは「な、何っ!?」と驚きながら、
わずかに右手を震わせている。 いくら肘打ちでも固い脛を強打すれば、
その衝撃は自分にも返ってくる。 そして生まれる間隙。
俺は痺れる右足を地面に降ろし、地を踏み締めた。
そしてがら空きのエルバインの背中目掛けて、
炎の闘気を宿した右拳を全面に押し出す。
右拳を打ち出す際に内側に大きく捻る。 つまりコークスクリューブロウだ。
ボクシングのルールにおいては、相手の背面を攻撃するのは反則だが、
これはボクシングの試合じゃない。
だから俺は躊躇いなく右拳で眼前の背中を強打。
「ごはっ……!?」
背面攻撃に加えて、炎の闘気を宿らせたコークスクリューブロウ。
その破壊力にオーガの弱点属性が上乗せされた一撃に歴戦の聖騎士も
呻き声を上げて、よろめきながら千鳥足で、前へ何歩か進んだ。
流石は聖騎士。 今の一撃でダウンしないところは流石だ。
だがこの場においてはダウンしない方が悪手だ。
こういう状況では一度ダウンして間を取った方が無難だ。
もっともこの男の矜持がそれを許さないのだろう。
よろめきながらも、前へ振り向くエルバイン。
だがその眼はまだ虚ろだ。 この絶好の機会を逃す手はない。
パン、パン、パアン!
俺はとりあえず教科書通りの左ジャブをエルバインの顔面に叩き込む。
そして次にこれまたお手本のような綺麗なワンツーパンチを命中させた。
「うごっ!?」
小さな悲鳴を上げて、身体をぐらつかせるエルバイン。
効いてる、効いてる、だがまだフィニッシュには早い。
だからここはジャブで攻める。
俺は更に速く、速くジャブを顔面に叩き込んでいく。
ジャブは一番簡単なパンチに思えるが、極めれば非常に奥の深いパンチだ。
相手の動きを止める効果に加えて、相手と自分の距離を測るサーチャー的な
役割も果たし、ボクシングの基本であり欠かせないパンチだ。
パン、パン、パアン、パアン、パアンッ!
更にジャブのスピードとテンポを上げていく。
すると見る見るうちにエルバインの顔が腫れていく。
いくら単発の威力が低くても、数を貰えば当然ダメージも蓄積する。
気が付けば、眼前のオーガは呼吸を乱しながら、肩で息をしている。
その太い鼻からは鮮血が流れ落ち、左目の付近も腫れあがっている。
そろそろだな、そろそろ仕上げと行こう。
「ハアハァハアッ……チマチマしたせこい攻め方だ。
き、貴様にはせ、戦士としての誇りは……ないのか?」
「おいおいおい、俺が何かルール違反したか?
ジャブだってれっきとしたパンチだぜ、差別はよくないぜ?」
「ハアハァハアッ。 こうなれば捨て身だ。
き、貴様のような卑怯者に負けてたまるかっ!!
喰らえ、必殺ブーメラン・ハンマーッ!!」
呼吸を乱しながらも、そう技名を叫びエルバインは右手に持ったハンマーを
こちらに向けて投げつけた。 だが俺は素早くサイドステップして難なく回避。
だがそれを待ちかねていたように、エルバインが両腕を前方に押し出して、
全体重を乗せたタックルを繰り出してきた。 ――これは避けられない!
俺は咄嗟にそう判断して、両腕を十字にして、闘気を纏う。
ズシンッ! という鈍い感触と共に俺の身体が後方に吹っ飛ぶ。
それと同時に前方にステップインしてくるエルバイン。
そしてその白銀のソールレットを装着した右足で俺の左足を踏みつけようとする。
なる程、こいつの狙いは大体読めた。 ならばそれを利用するまでだ。
俺は左足を後ろに引き、反動をつけて逆にエルバインの右足を蹴り上げた。
当然バランスを崩すエルバイン。
そこに再び炎の闘気を宿らせたコークスクリューブロウで腹部を強打。
一瞬動きが止まるエルバイン。 その間に横から回りこみ奴の背後に回る。
そして両腕でエルバインを羽交い絞めにして、身動きを封じる。
すると先ほど投擲したエルバイン戦槌がうねりを生じて飛んできた。
「なっ!? ま、まさかこれを狙っていたのか!?」
「さあ? どうだろうな?」
「クソ、は、離せえっ!?」
だが腹部を強打された状態では、すぐには全身に力は入らない。
それにこう見えて俺の筋力値は高い。 だからエルバインを押さえつける事も可能だ。
ネトゲー廃人を舐めるなよ!
技名で大体どういう技か見当はつくんだよ!
「うわああああああっ……ごふっ!?」
ごきん。
という鈍い音と共に投擲された戦槌がエルバイン胸部に命中。
ぷるぷると身体を震わせて、悶絶するエルバイン。
「どうだ? てめえの技をてめえで喰らう気分は?」
「ぐ……ぐはあっ……ま、まさか全て計算通りなのか!?」
「そのまさかよ。 だが貴様に止めを刺すのは俺の拳で決める!
ハアアアアアア……アアアッ! ――あばよ!」
そして俺は三度、炎の闘気を宿らせた右のコークスクリューブロウを
エルバインの顎の先端に命中させた。 「う、うごおおおおおおっ!?」
という呻き声を上げて、もんどりうって後ろに倒れるエルバイン。
「ダウンッ! 開始線まで戻って! ワン、ツー、スリー、フォー……」
レフリーがカウントを取るなか、俺は開始線まで戻る。
だがカウントを聞くまでもない。 これで勝負はあった。
俺は観客の大歓声を背にして、両腕を組みながら、不敵に笑った。
いいね、いいね、実にいいね!
もっともっと歓声をくれ。 もっともっと褒めてくれ。
実に気持ちいい。 ボクシングやネトゲーの比じゃない。
今の俺は心の底から興奮して、身体中が熱い。
「エイト、ナイン、テン!……勝者ヒョウガ・ユキムラッ!!」
レフリーがテンカウントを終えて、勝利者コールが告げた。
再び沸く観客席。 駄目だ、これは癖になりそうだ。
今俺は初めてこの異世界に転生して良かったと本気で思っている。
前の世界も色々な娯楽はあったが、ここまで興奮したのは初めてだ。
だがこの時の俺は少々浮かれていた。
後に思い返せば、この無差別級武闘大会への出場が分岐点となった。
そんな事を露知らずに、この時の俺は心の底から勝利に酔いしれていた。




