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ボクサー異世界へ行く  作者: 如月文人
第三章 無差別級武闘大会
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第三章 其の四

 

 そして俺は選手控え室に行き、自分の出番を待った。

 今回で無差別級武闘大会は十五回目の開催らしい。


 今大会の参加者は全員で七十二名。 思っていたよりも少ない。

 まあ参加費に50000レム(約五万円)が必要だし、最悪死の危険性が

 あるから、冷やかしまがいな参加者を事前に排除しているのだろう。


 ちなみに俺はシードされて二回戦からの出場。

 これはあくまで抽選の結果だ。 まあとにかく四回勝てば優勝だ。


 それで優勝賞金五百万レム(約五百万円)と前大会の優勝者への

 挑戦権が与えられる。 つまり五回勝てば名実共に最強の称号が貰える。


 最強の称号。

 それは男なら一度は夢見るものだ。

 正直言うと前の世界でボクシングを始めた時もそれに憧れた。


 実際俺は中学生ながら、朝比奈ジムの四回戦ボクサーや練習生相手にも

 互角以上に戦えた。 会長やトレーナーからも「お前は才能ある」と言われた。


 その言葉を真に受けて、俺は高校でもボクシング部に入部。

 だがそんな俺の前にあの男が立ちはだかった。 そして何度も負けた。

 気が付けば俺は最強とは無縁の噛ませ犬となっていた。

 

 そんな自分に嫌気がさして、ネトゲーの世界に逃げ込んでいた。

 だがネトゲーの世界でも最強の称号とは無縁だった。

 あの世界はあの世界で上には上が居る。


 そして気が付けば、俺は自分が傷つかないような立ち位置を取っていた。

 ボクシング部ではとりあえずレギュラーを確保できる程度には練習して、

 学業の方は文系科目は比較的上位だが、それ以外は平均よりやや上という程度。


 ネトゲーの世界でもとりあえず最新コンテンツをクリア出来るが、

 特別仲の良いフレンドは作らず、基本はソロプレイヤーとして活動。


 特に優れてはないが、特に劣ってはいないという立ち位置。

 これが一番気楽だったし、煩わらしい人間関係にも悩まされる事がなかった。


 だが今の俺は違う。

 今の俺は自分自身に対して希望を抱いている。 


 だから全力を尽くして、自分の可能性を信じてみようと思う。

 今度こそ俺は自分自身を信じてみる。 自分の可能性に賭けてみる!


 そして順調に試合が消化され、俺の出番が回ってきた。


「ヒョウガ・ユキムラ選手、出番です」

「あいよ!」


 係員にそう告げられて、俺は試合場へと向かった。

 円形の闘技場を囲む階段状の観客席は既に満席だった。


 軽く一万人以上居るかもしれない。 会場は後楽園ホールよりは広そうだが、

 東京ドーム程の広さはない。 最大収容は一万二千ぐらいが限界ってところか?

 

 最前列には真理亜やアイリス、カーミラの姿もあり、

「勝てえ!」「ぶっ飛ばせ!」などと好き放題叫んでいる。


 俺はやや苦笑しながら、闘技場の中央で足を止めた。

 眼前には赤銅色の鎧を着込んだ体格の良いヒューマンの男が

 背中に大剣を背負いながら、双眸を細めて俺を睨んでいる。


「何だ……ガキじゃねえか。 こりゃ楽勝だな」


 聞こえよがしにそう呟く眼前の男。

 だが俺はあえて無視した。 この手の挑発行為にはさして興味がない。

 俺は男から視線を外し、開始線まで下がり、コキコキと首と手首を鳴らす。


「――では拳士フィスターヒョウガ・ユキムラ対戦士バルバロ・ウィンストン

 による第二回戦第三試合開始! レッツファイトッ!!」


 バーテンダーのような白いシャツに蝶ネクタイがついた黒いベスト、

 黒いズボンを履いたレフリーと思われるヒューマンの中年男性がそう叫び、

 試合が開始された。 それと同時に眼前のバルバロという名の戦士が背中から

 白銀の大剣たいけんを抜剣して、身を低くして突貫してきた。


「オラアァッ!! ガキは家に帰ってミルクでも飲んでな!」


 そう叫びながら、バルバロは白銀の大剣を横に振るう。

 俺はすかさず後ろにバックステップして、白銀の刃を躱す。


「――甘いぜ! 喰らえ、ショルダーチャージ!!」


 バルバロはそう叫びながら、左肩を前面に押し出して体当たりを仕掛けてきた。

 スタン効果もある妨害系の戦士の能力アビリティ。 


 俺はその場にしゃがみ込んだ。

 そしてバルバロのショルダータックルを避けて、懐に潜り込んだ。


「――甘いのは貴様だ! 喰らいな。 ――フロッグ・ジャンプ・アッパー!」


 そう叫びながら、俺は両足に風の闘気を纏い、カエルのようにジャンプして

 その勢いのまま右アッパーカットでバルバルの顎の先端を捉えた。

 俺の右拳に鈍い感触が伝わり、それとほぼ同時にバルバロが大きく後ろに後退する。


 某元世界王者が得意とした必殺パンチ。

 もっともこのパンチは実際のボクシングではそうは使えない技だ。


 過去の育成型名作ボクシングゲームでもこのカエル飛びアッパーは、

 命中させにくい上に、カウンターを貰うとダウンしやすいという欠陥技。


 また厳密に言うと、ベルトライン以下のダッキングは禁止されているので

 この技自体反則打である。 だがここは異世界でボクシングの試合ではない。

 このパンチの欠点はパンチを打つまでのモーションが長い事だ。


 だがこの世界には闘気という概念がある。

 ダッキングすると同時に両足に風の闘気を纏えば、ジャンプ力も

 飛躍的に向上して、攻撃のモーションも速くなる。


 しかもカウンター気味に命中した。

 それもあってか眼前のバルバロはふらふらと身体を揺らしている。


「な、何だ、あの技は!?」

「あんな技みた事がないぞっ!!」

「でもなんか面白いぜ! よくわからんが面白いからドンドンやれ!」

「きゃあああ! ヒョウガ、凄いわよ! これで勝利はいただきだわ!」


 観客席の観客達がスタンディングオーベションで沸き立つ。

 アイリスだけでなく、真理亜やカーミラも賭札片手に叫んでいる。

 どうやら俺の想像以上に観客が驚き喚き、喜んでいる。


 そう、これこそ俺の狙いであった。

 要するに観客を味方につけるのだ。 その為には観客を喜ばせる餌が必要だ。

 でもそれはそれ程難しいものではない。 観客の立場に立てばそれは分かる。


 こういう武闘大会の見物客は刺激と血に飢えている。

 それに加えて今まで見た事のないような技なりテクニックを見せれば。

 彼等の欲求は満たされる。 俺には前の世界で培ったボクシング技術と

 知識がある。 そして闘気の力があれば、大抵の技はコピーできた。


 俺はこの一ヶ月余り、ひたすら過去の名ボクサー達が生み出した

 必殺パンチやテクニックを模倣して、実戦に使えるレベルまで鍛え上げた。

 これらのパンチを試合で効果的に使えば、勝利に繋がるし、また

 観客を魅了する事も可能だ。 まさに一挙両得だ。


「頭がクラクラする……て、てめえっ! な、何しやがったっ!?」

「アンタ、馬鹿か? 試合中に対戦相手にそれ聞くの?」

「そ、それもそうだな。 だが俺にも面子がある。 お前のような小僧に

 負けたら、明日から町を歩く事もできん。 だから俺は負けんぞっ!」


 このバルバロという男もそれなりの戦士のようだ。

 普通カウンター気味に右アッパーを顎の先端に喰らえば、脳が揺らされて

 平衡感覚が狂う。 常人ならこれに耐えられず、すぐダウンする。


 だがバルバロは闘志を振り絞って、手にした大剣を頭上に振り上げた。

 しかし先ほどのダメージでその動きはえらく遅かった。

 そしてこの隙を逃す程、俺も甘くはない!


「これで終わりだっ!! 必殺ガゼルパンチッ!」


 俺はそう叫びながら身体を沈めた。

 そして次の瞬間、俺は地面を滑空するように弧を描いて、強烈な左フックを放つ。

 それがモロにバルバロの腹部、肝臓リバーの辺りに命中!


「ご、ごはっ!?」


 口から血の混じった唾液を飛ばして、悶絶して地に両膝をつけるバルバロ。

 またしても観客席の観客がどよめき沸き立つ。


「ダウンッ! 開始線まで戻って! ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ……」


 レフリーがカウントを始める。

 俺はレフリーに言われたように開始線まで戻る。


 だがいくらカウントを重ねようと、バルバロは身動き一つしない。

 そりゃそうだ。 ガゼルパンチで肝臓打リバーブロウを喰らわせたんだ。

 このガゼルパンチも某ボクシング漫画で有名だが、これも実在した技の一つだ。


 ガゼルパンチを生み出した名ボクサーは世界ヘビー級王座に二度も就いている。

 厳密に言うと変則型の左フックだが、技を出すモーションが格好いいので、

 ボクシング漫画、ゲームでも愛用される事が多い。


「ナイン、テンッ……勝者ヒョウガ・ユキムラアァッ!!」


 レフリーがテンカウントを終えて、俺を指差し勝利者コールを告げた。

 当然の如く沸く観客席。 ふっ、今の所俺の狙い通りだぜ。

 とりあえず俺は笑顔で観客席に目掛けて手を振った。


「うおおおおおおっ! コイツは期待の新人ルーキーだぜ!」

「なんなんだ、今の技はっ!? 地面を滑空したぞっ!!」

「きゃあああっ! ヒョウガ、凄い! すんごい儲かっちゃった!」

「流石先輩、次も勝ってくださいね! 私は楽に稼がせてもらいます!」


 ふふふ、案の定驚いているぜ。

 まあアホのアイリスや現金な真理亜は賭けの結果に喜んでいるが、まあよかろう。

 でもこういう風に喜ばれると、やはり悪い気はしないぜ。


 今後こそ俺は最強の称号を取れるかもしれない。

 その為には一戦一戦全力で戦っていくぜ!




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