03 就職と引越しと
「棚上げしていた問題があるの」
しかめっ面で言い放つ私。ロリババア少女がゴクリとツバを飲み込む。
雨の日の午前中。家の中で腐っていた私とロリババア少女がダラダラしているとき、思い出したように言った私の言葉に、身構えた彼女が見守っていた。
「ステータス、結構意味不明なんだけど」
「へ?これ?」
しゅっ、と目の前に薄暗いウインドウを出してみせる彼女。なんだそんなこと、といった感じだった。私も釣られて表示してみる。
前に少女から教わったとおり、私には彼女の見えているステータスウインドウの中に何が書かれているのかはわからない。もちろんさっき言った通り、彼女の出現させたウインドウそれ自体は認識できるが、そこに書かれている文字は私には見えない。本人が開示を希望しない限り他人には表示された文字は見えないのである。
「レベル1ってのと、メインスキル、サブスキルってタイトルが書いてあるんだけど、それだけ?」
「え、うん、あたしも他の人のは見たこと無いけど、あたしのもそれだけだね」
そう、問題はあっさりしすぎていることだ。
普通のRPGだったら、攻撃力いくつーとか、防御力いくつーだとか、そういったことがもっと羅列されているはずだ。
だが、自分の手元に表示されているステータスには、最上部に自分の名前、現在のレベル、メインスキルとサブスキルの欄が2つ。いま現在、その欄は空白のままだ。
「ごめん、あたしもあんまり詳しくないわ」
「あ、そんなもんなの。なんかすごい機能でもあるのかと」
「いやあ、やっぱり身分証明に使うぐらいかなぁ。名前のところを押すと、細かい情報がでるよ」
ほうほう、と気軽に押してみると、生年月日と日本という表記があった。
「にほん?」
「うん、生まれた場所の名前がそこに書かれるんだよ」
「生まれた場所」
「じゃ、ケイねえちゃんも、日本生まれなんだねー」
ずいぶん安易に納得する彼女。お茶でも入れるねー、と立ち上がって土間の方へと行ってしまう。
一人になったので、思う存分頭を抱えてみることとした。
この『日本』という表記。本人にしてみたらとんでもない疑問点が浮き上がってくるものだった。
ステータスの機能は、自分の生体情報を表示・開示できる機能と認識している。
必要があれば他人に見せられる、身分証明書の代わり、だから開示。
しかし、表示される内容は、生体情報に直結している。
10年半以上自分で認識・記憶していた生年月日と、そこに表示されている内容に狂いはない。つまり、この異世界に来る前と全く同じ年月日、しかも西暦で記載されている。
土間に居るであろうロリババアに、声をあげて聞いてみる。
「ごめーん、今日って何年何月何にちぃ〜!?」
「えーっと、20XX年XX月XX日だよー!!」
突然の質問にも彼女はすっと、水が流れるように解答が帰ってきた。
その日付は、私の死んだと言われる日付から、数週間後の日付だった。
つまり、私が死んでいないとしたときの、日付と一致するはずだ。
「で、なんであんたがここにいるの」
「たまたまだ、たまたま」
私はそのあとこの身分証明書のことについて聞きたい事があって、詳しい人間のところを紹介してもらった。
結果行くことになったのは、いわゆる奉行所。警察組織である。
そういえば、免許証の管理も公安の仕事だったなぁと、元の世界のことを思い出して奉行所を眺めていると、見たことのある三度笠が居たのだ。近藤勝臣、狼の獣人で侍の偉い人だったと思い出した。
「まあ、いいんだけどさ。ちょっと誰かステータスに詳しい人紹介してくれない?」
「なんだ、藪から棒に」
「なに?忙しかった?」
「まあ時間はある。何が聞きたいんだ?」
「それは紹介してくれた人に言うけど」
「私で十分だろう、詳しいぞ」
「ほんとに?助かるわー」
「じゃあ、そこらの蕎麦屋で」
「悪いね、おごってもらって」
「・・・狙ってたのか?」
「・・・さあ?」
犬が器用に箸を使って、ヒトより長い口をさらに器用に使ってソバを手繰っていた。なかなかシュールな光景だ。うまい具合にエビを口先で加えるとするすると中に収まっていく。猫舌というのは聞くがイヌ科の舌は熱いものに強いんだったか弱んだったか。
「私はタヌキね」
「ヒトじゃないのか?」
「バカ。天かすソバのこと」
「そうか、化けているのかと。しかし、他人にたかっておいてよく言えるなそんな不遜なこと」
「あら、正直者は好かれやすいのよ」
恨みがましく海老天を頬張る犬を見ながら、ソバをすする。
関東のソバはいい。麺が丸見えの関西のうどんつゆとは大違い。カツオ節のこれでもかという濃い香りが鼻を一気に抜けていく。
「で、なにが聞きたいんだ」
すごい勢いで熱いそばを食べ終わった彼は、チミチミ汁に浮いた天かすと戯れていた私に、茶をすすりながら言う。
「ステータスのことなんて、誰か親に聞いたりして育ってくるものだろう」
「ご存じないかしら、わたし天涯孤独の記憶喪失なのよ?」
「そうだった、自称記憶喪失」
「自称、って。人聞き悪いわね」
「悪くないさ、あからさますぎてダメだろ、お前」
「へ?あからさま?」
私の呆けた顔を見て、顔を歪める近藤。多分嗤っているのだ。
「普通の記憶喪失者ってのはな、箸の使い方も知らないもんだ。そんなキレイな箸使い、江戸の娘っ子で十人いるかどうか」
「記憶を失う前の事を体が覚えていたのよ、なんとなくわかるでしょ、そういうの」
「それにこないだの聴取の時も」
「へ?私なんか変なこと言った?」
覚えがない。下手を打ったのか。
「『ご飯も美味しいしキレイな水も飲み放題』、ってなんなんだ?お前一体どこと比較してるんだ?」
あ、鋭い。このワンちゃん頭脳派だった。
「・・・バレバレ?」
「まあ、記憶喪失は嘘なんだろうな。他のことはわからなかったけどな」
爪楊枝で葉の隙間をシーハーいいながらキレイにしつつ、そんな風に言う。
まあ、キレイな犬歯ですこと。私なんかひと噛みなんだろね、この大きなお口で。
・・・脅迫じゃないでしょうね?
「どうだろな」
「・・・と、言いますと?」
私の心の声に返事をされたのかと思った。
「お前がタヌキでもキツネでも構わないが、完全に身元が判明していないという、ある意味信用できることかもしれない、と俺は考えたんだ」
「完全に身元が判明していない」
と、オウム返しの私。たしかに保証人は村の庄屋。しかも保証しているのは打ち上げられたあとだけ。その前は一切の謎。我ながら怪しすぎる。
「聞いてみれば『気』も知らなかったという。そんな人間この島国には1人もいない。そこで、俺の部下にならんか」
「スカウト?いきなりね」
「今日外に出たのはお前を誘うためだ。何も間違っていない」
「つまり、私が身元不明で、無知なのを、評価する、ってこと?変なの」
「それにあれだ、獣人に偏見もない。そんなやつは稀も稀だ」
心底イヤそうな顔をして近藤が目で背後の蕎麦屋の店員を指す。
蕎麦を運んできた女中の格好をしたおばさんは、本当に嫌なものに触ったと全力で手を洗っているし、蕎麦屋の主人も不安げにこちらを見ていた。
「すごい嫌われようね」
「俺個人が嫌われてるんじゃない、獣人すべてをヒトの連中は嫌いなんだよ」
「なるほどねぇ。・・・あ、それでさっきのタヌキで」
「ああ、化けているのなら、と納得しかけた」
ガハハと笑う近藤。笑うと可愛いんだよなこのワンちゃん。
「そうね、面白そうねあんたの相手。報酬はもらえるの?」
「俺の部下として十二分に出されるように手配しよう」
「意外と偉いのね」
「そこそこな、そこそこ」
「あとこれから色々教えてよ?記憶喪失ってのは嘘だけど、無知ってのは胸を張って誇れるわ」
「フハハ、お前は小気味よい。精々気張れ」
それから数日。
獣人である近藤の後ろをついていく日々が続いた。
想像どおり彼の仕事は、警察庁のお偉いさんのような仕事で、江戸と江戸周辺を歩き回ってなにかを探しているようであった。その移動の最中に色々とこの時代の事を聞いて、私は少しづつ胸を張った無知から、ちょっとだけ無知ぐらいにクラスアップしていった。
未だに何を調査しているのか、教えてもらえない。だが探しているのは人のようだった。私のように不思議な噂がくっついている『普通』じゃない人を探しているようだった。
結局この近藤という男、完全に部外者のような立ち位置だった。どこかの田舎から出てきて、色々な経験を経ていまこのような偉い位置に上がってきたようだ。ちょくちょく話の端々で苦労を滲ませてくる。
不思議に思ったのは、彼が腰に刺した両刀。これは間違いなく私の時代劇イメージそのままの刀であった。詳しく聞いてみようと思ったが何故か茶を濁され、まだ詳しく聞けていない。濁されている感がいらっとさせられる。
しかしこの犬ころ歩く歩く。放っておかれるとガッツリ引き離されているので、そのたびに気を使って全力疾走して追いつく。移動中の話など雨が降って雨宿りしているときぐらいしかない。まあ、健脚になった気はするので不問にする。
一応、宿としてまだあの庄屋の家に入り浸っていたが、とりあえず給料の前借りができそうなので、近々あの家からは出ていく予定だ。世話になった代金を置いていくつもりだが、どうせあの人のいい家の人々は受け取るまいと想像していた。別にしめたと思っているわけではない事は注釈しておく。
ロリババア少女との壮絶なウサンクサイ別れのシーンを演じて、私は奉行所に近い長屋へと引越ししたのは、またそれから数日してからだった。このノリのいい少女と分かれるのは、演技ではなく本当に寂しい気がしたのは言うまでもないだろう。
ロリババア少女で貫き通してみましたが、あんまりババア感が出せなかった。
まあメインじゃないのでこんなもんか。
イメージはなんたら物語の幽霊少女です。