02 近藤勝臣
申し訳ないですが、完全に見切り発車なので、過去話も矛盾出てきそうだったらガンガン修正します。
さて、そろそろ何かが起こりそうだな、と私は一人でそんな風に考えていた。
そんな予感がする。それだけだ。なにもしないということは、何かをする前の時間である。
人は常に何かをしているか、なにもしていないこととの繰り返しだから。
ロリババア少女に「気」についてのレクチャーを受けていた私。
3日もすれば使えるようになっていた。脳内のスイッチをオンにするイメージをするだけで発動できる。
というのも、使えないということが、この世界では自殺行為だとあとからわかったからである。
なんでもかんでも気を利用する人間を基準に世間が形成されているのである。
こないだの水瓶やら井戸なんかも、利用する人間が面倒くさくないように私の常識よりも遥かに大きくひとつひとつが製作されているのだ。
ティースプーンで何十回も水をすくい上げるよりも、バケツで井戸の水を汲みたいと思うのは誰でも当然にそう思うだろう。このエセ江戸時代のなんでもバカでかく感じる正体がそれだった。気を使わない桶が重すぎて持ち上がりもしない。
そもそもただの現代日本人だった私は、日本刀というものがどういったものかそこまで正確にはわかっていなかったが、絶対にあんな3メートルもある武器ではなかったはずである。鎌倉時代とかもっと昔であれば馬ごと切る斬馬刀なんてものが存在したというのは歴史上の事実らしいが、みんながみんなそのサイズのものを利用しているのはどう考えてもおかしい。デフォルトで巨大なのだろう。
侍といえば刀のイメージは強いが、この「気」による自己強化がデフォルトの時代の場合、いわゆる超重武器と呼ばれる重さで敵を圧倒するような武器が好まれているようだった。村を行き来している侍と思われる連中が担いでいるのが、ハンマーとか斧とかそういう系列だった。ル○ン三世の石川○エ門の、「また下らぬモノをうんぬんかんぬん」とかいいながらキレイに真っ二つにする『斬』のイメージが強い私にしてみると、その部分については幾分ガッカリである。
「気」の話に戻ろう。
効用はさっきも言った通り、純然たる筋肉強化。さらに強化による疲労骨折とか内部的な問題が発生しないよう、体細胞も利用中は強化されるらしい。スピードもパワーもディフェンスもアップするというイメージで大丈夫だろう。結果として細い日本刀などではその筋肉強化についてこれず、生き残ったのがさきほどの斬馬刀やハンマーである大鎚といった超重武器が発展したようだ。
連続使用はロリババア少女で5分ぐらいとのこと。すごい人になると30分ぐらいもつんじゃないかなと言う。こないだのびっくり人間による街角相撲なんかでも、決まり手の多くがスタミナ切れによるギブアップで決まるのだ。
使用後は1時間ぐらい使わなければまた使えるようになり、ステータス上にOK表示がされるそうだ。この数字も大体の話で彼女の体感での結果である。
私も2分ぐらいは使えるようになった。コツを聞いたところ、界○拳がスムーズにイメージできる事がよいのだと理解したためか、他の村人より筋がいいと褒められた。
少し複雑な気分であった。
ロリババア講習で意外だと思ったことが一つある。
界○拳3倍!さらに倍! とかの強化効果の効用アップのようなものが、この『気』には存在しないようなのだ。
別に測ったわけではないが、自分の素の能力の10倍程度に一律で強化されるようであり、いくら鍛えても、この強化倍数が増えることはないらしい。
気を鍛えることで、効果時間が長くなる以外の効果は少ないようだった。
「とりあえず初心者の頃は、ガンガン使ったほうがいいよ」
「そんなに使っていいの?」
「別に使ったからって疲れるものでもないんだよ。筋肉疲労とは別のところで動作する、って感じかなぁ」
「またよくわからないとんでも理屈ね」
「そう?生まれたときからこうだから、私もよくわからないんだけど。使ってる時間が長ければ長いほど続けて使える時間が増える、って感じかなぁ」
「ふうん」
「大人、ってのはこの利用時間が長い人の事を言うって感じなんだよ」
「なるほど」
生活するだけで利用する機会が多いから年齢を経ると自動的に利用可能時間が伸びていくようになっているわけだ。
そうは言っても、クールタイムが存在する限り連続で使用する事はできない。私は2分使ってはロリババア少女と会話をして、この世界での常識的な知識を得ていくお勉強を繰り返す。もちろんロリババアのお手伝いのお手伝いをしながらではあったが。
「ごめんください!」
それからさらに数日。もう私が浜に打ち上げられてから2週間ほど経過していたころ。
やっと5分ぐらいは気を使いっぱなしでいられるようになった。適正があるかどうか本人の私にはわからないが、ロリババア少女に追いついたので少し安心した。
平和な日常の中で、驚くほど低く野太いごめんくださいが世話になっている家に響いた。腹に響くレベルの低さと大きい声だった。わざと迷惑をかけているとしか思えない音量で。
ロリババア少女も近所に買い物に行っていて、庄屋さんの家に居るのは私一人という状況であった。
「ごめんくださ……」
「うるさいわい!いまみんな出払ってるよ!」
「・・・あなたが居るではないか」
「なんだよ、普通の声もデフォルトでデカイのかよ、私は客人っていうか居候。娘もみんなお出かけちゅう」
「・・・チュウ」
勝手に私の語尾をコピるな。
土間(昔の台所)の、入り口の外に立っていたのは2メートル以上はありそうな大男。逆光の中で三度笠をして笠を傾けているので、男の顔は見えない。
「ここに庄屋どのがいらっしゃると聞いて参ったが」
「だからいないよ、私が庄屋のおっさんに見えるか?」
「見えないな、けったいな娘に見える……。話から察するにあなたががどざえもん未遂かつ記憶喪失という女性か」
「その表現はどうかと思うけど……、たしかに私がそこの浜に打ち上げられた記憶喪失の女、猫間ケイよ。なにか私に用?」
「幕府の命令で、取り調べに来た」
「なにその物騒な言い方」
「む、そんなつもりはない。柔らかく言えば『聴取』かな」
本当に困り声。意外といいやつかもしれない。
言い様は特段柔らかくなってないし。こいつ天然?
「ふうん、あんたも幕府の人?」
「ああ、近藤勝臣と言う。江戸から来た」
「江戸?ここも江戸じゃないの?」
「中央、という意味だ」
「んー、なるほど」
ここは江戸の中の田舎、ってことかな。
話を現代風にアレンジすれば、この近藤さんは警視庁から調査に来て、ここは東京都なんだけど区の所轄の刑事じゃない、ってことかな。いや、警視庁というよりも警察庁かしら。
どっちにしても偉い人ってことじゃないの?
少し考えて私は(偉い人に媚びる事も必要かもしれないと考えて)彼を歓待することにした。だが、知らない人間を世話になっている家に勝手に入れることも憚れる。
こういう時はどっちつかずだ。
「ちょっと私じゃ、あんたを家に上げていいのかどうか判断つかないからこの土間でいい?」
「ん、ああ、構わない。というか普通は上げてもらえない」
「え、なんで?」
「私が獣人だからだよ」
けものびと、と近藤は言った。
そう言って傾けていた笠を少し上に上げると、彼の顔が見えた。
そこには立派な狼の顔があった。少し困った感じの眉毛がかわいい。
「つまり、その、『けものびと』ってのは、」
整理しながら私は言う。
「人なんだけど、獣なの?」
「すごく大雑把だが、そういうことだ」
土間と居間の間に腰掛けた彼は、笠を取り日陰を喜ぶように一息ついてそんな風に言う。
瓶から足を洗う水を出してやると、嬉しそうに草履を脱いでいた。
「東北の方に獣人の集落があってな、私はそこの出身だ」
「へえ、みんなモッフモフ?」
「もふもふ?ああ、体毛の事か。集落には狼型のものと鳥型のものが共に暮らしていた。世間には猫やら鹿やらもいる」
「わお、じゃあみんなモッフモフだ」
もふもふは素晴らしいものだ。
脱いだ足を桶に突っ込む狼人間。私は足を洗ってやることにした。
見れば体中毛で覆われており、袴の下もモフモフ毛だらけ。腰につけた二本の刀に若干の違和感を覚えつつジャバジャバ洗ってやる。
「お、おい。いい、自分でやる」
「何遠慮してんの、やるわよ。……違うな、私にやらせない」
ビチョビチョになった剛毛が、水に揺れているのをバチャバチャとすすいでやる。動物の長い毛足を洗うの好きなのよねー。
「なぜ命令形。そして目が怖い」
「いいでしょ、減るもんじゃなし。で、なに尋問するの。このままでもできるでしょ」
「え、あ、ああ、『聴取』だ。話を聞かせてくれ」
「いいけど、たぶんあんたが聞いた話と大差ないわよ?」
男に話をしてやりつつ、毛だらけの足を洗ってやる。私については身元の照会のための情報が行ったり、ついでに噂が広まっていったりで、結果江戸からわざわざこのお犬様が来てくれたのだろう。
「ふむ、言った通り私に届いた情報と差はないな」
「でしょ」
「『気』はどうやって学んだ」
「ここの末っ子に色々聞いて、少しずつ練習しているとこ。あんまり難しくないわね」
「それはよかった。江戸には慣れたか?」
「ええ、ご飯も美味しいしキレイな水も飲み放題。いい場所ねここ」
「ああ、水がよいのはこの国の誇りだからな」
嬉しそうに言うワンコ。
最初は澄んでいた桶の水も、既に茶色。土埃が足からすべて洗い落ちたと思わせてくれる。
「さて、こんなもんかな。私は一度戻って上司にあなたのことを報告するよ」
「あら、意外とあっさりね」
「今日は顔合わせみたいなものだからな、今度また会おう」
「え、ええ」
また会うことが前提みたいな言い方をする。変なの。
「それじゃ、庄屋さん達にもよろしく伝えておいてくれ」
拍子抜けなほどあっさりと狼の男は街道を帰っていった。
「……そういや、なんでけものびとだと家に入れないのか、聞くの忘れた」