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こんにちわ、世界  作者: EFU
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01 猫間ケイ

 目をさますと、そこは異世界だった。

 とか、超有名なトンネル常套句になぞらえてみたものの、どうもそんなに異世界感がない。

 なんというかザ・おばあちゃんちの天井。ていうか時代劇だな。シーリングライト的なものがない。和風家屋の一部だ。ゴザの上で、目を覚ました私は周囲を見回して実感する。

 どう見ても異世界じゃねー。タイムスリップかなー。

 波の音が聞こえる。引いては返す波の音。昼の明るい日差しが縁側から向こうに燦々と照りつけていた。庭は見知った武家屋敷がこんな感じだった。The 日本庭園。

 想像していたスタートと少し違うなぁ、とぼんやりと体を起こして考えていると、


「おや、起きたかい」


 ひとの良さそうな少女が私の居る部屋のふすまを開けて笑顔を向けていた。


「大丈夫かい、浜辺に打ち上げられてたんだよあんた。近所の浪人さんが拾ってくれてね、うちで引き取ったんだ」


 冗談抜きで江戸時代なのか。。。?




 

 安酒で酔った浪人が、浜辺をてれてれと歩いていると、打ち上げられたと思われる人影を見つけてしまった。どざえもんかと驚いて慌てて駆け寄るが、どうやらその娘は息をしている。

 浪人がよいせこらせと近くの顔役である庄屋に担ぎ込んで、今に至るというわけだ。


「それはありがとうございます。助かりました」


「なんだいあんた、入水でもしたんかい」


「いやそれが、その辺の記憶が曖昧で」


 曖昧で、というかまったく記憶にない。転生場所が海上とかだったのだろうか。そんなアホみたいな事するだろうか。


「記憶喪失かい」


 いや、なぜ海に居たのかの記憶がないだけで、大体の記憶はあると思う。

 しかしこの娘近所の口うるせえババアみたいな喋り方するな。


「そら大変だ、落ち着くまでうちにいるといい、あんたもツイてるよ時期がいい。記憶のない女なんて女郎屋に連れてかれて終わりだからね、普通」


 私、猫間ケイは、女である。

 異世界転生したはずがどうやら江戸時代にタイムスリップしたらしい。





 記憶喪失と言われたが、もちろんそこまで大それた記憶喪失ではない。記憶が曖昧、ぐらいである。

 記憶がないのは、転生がスタートする直前の記憶である。したがって、どういった世界にするのかの設定をしていたことは覚えているがその設定内容の詳細が実に曖昧である。

 神を名乗っていたあの白いのに会う前の記憶はガッツリ残っている。都内の高校に通っていた。あんまり目立つ方のぎゃるぎゃるした女子高生ではない。どちらかというとひっそり生きていると自称していたような、他人から見れば暗い部類に分類されていたと思う。

 服装は今、着物を着させられている。振り袖みたいな豪勢なやつではなく、うっすいペラっとした布を帯で止めているだけのような、安いやつだ。いわゆる町娘とか表現される格好だ。それまで着ていた服は布団の横に置いてあった。ブラがないので下乳がスースーする。そんなに大きくもないけどあるにはあるぞ乙女双丘。って私は誰に胸を張っているのやら。




 それから数日、アホな記憶喪失者のフリをして過ごしていた。

 この時代の常識がわからない状態で、真面目な顔してミスやらかすよりかはアホなフリをしていた方が受けがいいと踏んだわけだ。

 ババアみたいな小娘は、庄屋の三女の末っ子らしく色々と家の事をやっているらしい。主に私の介抱というか、話し相手は全部彼女だ。ババア感があるのは独特な江戸弁のせいだった。

 話してみると両親もその兄姉もみんないい人だった。この村の村長みたいな事をやっているらしいこの家には、素性のわからん記憶喪失の女を食わせていくことぐらいはたやすいようであった。

 この庄屋、別に悪どい事をしているわけでもないようで村人たちからの評判もいい。私が即担ぎ込まれたというのも納得できる。相互互助がうまく動作しているのは良いことだと客観的な感想を得た。




 まず、ここは江戸時代の日本、しかも関東の、なおかつ東京湾のどこかであることまではだいたいわかった。何よりも地名が物語っている。ここが江戸の端っこであることを、庄屋の旦那が誇っていた。

 東京湾で獲った魚介類を、川上りして江戸に卸す、という完全に儲かりロードに乗り切ったこの村は、すごく景気がいいのである。そりゃ誰だかわからん女でも助けてやろうという気になるはずだ。ちなみに東京湾というのは私のイメージの中の話で、江戸前と呼ばれる雰囲気があるだけで別に名前はついていないらしい。彼ら漁村民にしてみたら海は海だ。他にない。

 ここまで聞くと、どう考えてもここは江戸時代なんだろうな、と想起されるのだが、別に過去にタイムスリップしたわけではないという事がわかる事件が起きた。




「すもう?」

「そう、相撲。知らないのかい?」

「いや、知ってる、けど?」


 ロリババア少女の解説を受けて、いま目の前の空き地で行われているもう一度眺める。

 ・土の上に無造作に丸く描かれた土俵。

 ・中央に2本ひかれた仕切り線。

 ・褌一丁の屈強色黒漁師が二人、仕切り線を挟んで向かい合っている。

 この3つの要素だけを聞けば、相撲!と日本人の9割5分は早押しボタンを押す事間違いなしだろう。


「いやしかし」


 私の口から否定語がこぼれた。


「なに?」

「いやいや、無駄に広くない?」

「なにが?」

「まるが無駄に広くない?」


 土俵の作る円の大きさが、私の記憶より数倍大きいのである。仕切り線と仕切り線の間は記憶と一緒。なのに、円の直径が5倍ほどある。約50メートルほどだろうか。

 つまり、私からすると、見た感じ相撲っぽい条件が揃っているが、あんまり広すぎてこれは相撲ではない、という疑問に行き着いたわけである。

 何が疑問なのかわからないロリババア少女に苦笑を投げかけつつ、今の力士である漁師二人を眺める私。


「はっけよい!」


 円の外から行事役の男性が、大きな声を張り上げた。相撲のイメージでは行事は円の中で軍配を振るっているはものだが、この相撲の行事は円の外にいた。なんだろな、と疑問が脳で処理される前に瞬時に解決した。

 爆音と共に中央に居た二人が、周囲に衝撃波を撒き散らしてぶつかった。衝撃はと共に発生した風が、私の正面から吹き抜けて、ショートカットの髪が後ろになびいて髪型がオールバックみたいになる。

 えええええええー。

 白いジト目で円の中央を見れば、立ち会いの瞬間にオーラに包まれた力士の二人ががっぷり四つで組み合い、二人の放つオーラが反発し合うかのように周囲に吹き荒れていた。

 ドン、と地面を振動が伝わってきたと思えば、同じタイミングで10メートルぐらい後方に跳躍し、再度ぶつかり合って組み合う。それを数回繰り返している。たった30メートル先で、ライダーが特訓していたで有名な不動産破壊用鉄球が2つがぶつかってるような衝撃である。


「・・・これが相撲?」

「あれ、記憶と違った?」

「全然違った・・・」


 納得の土俵の広さであった。たかだか十数メートルの私の記憶の中の広さしかなかった場合、この見たこともないZ戦士同士のぶつかり合いは成り立たなかったろう。


「なんなの、あの光」

「なに、って気だよ気」


 わお、ネーミングセンスまで一緒だ。しかもその言い方が常識であることを物語っている。

 私は中心から吹いてくる暴風で顔の肉を外側にブルブルと定期的に振動させながら、ロリババア少女に尋ねる。


「ごめん、私は気を知らない」

「へー、この辺の人はみんな使えるよ?」

「なにそれ、どこのこの辺よ」


 これが、タイムスリップではないという証拠だ。




 ロリババア少女の話をまとめると、


 ・気を使うと、すごいパワーが出る。筋力が数倍になる。

 ・だいたいの人が気を使える。

 ・気を使えない人は数人知っている。医者とか祈祷師とかが使えない人にあたる。


 らしい。

 ロリババア少女も使えるらしく、井戸から水を汲み上げて自宅の瓶の水を補充する一連の作業を彼女は実演して見せてくれた。

 汲み上げて自宅に置いてある水瓶に入れるという動作を繰り返す、という私が勝手に想像した光景あっさり裏切る。

 彼女の身長の3倍ある大きな瓶を、オーラを放つ彼女がひょいと持ち上げそのまま井戸に移動。井戸ではこれまた勝手な想像の数倍の大きさの木桶を投げ入れ、それは引き上げ、スイスイと瓶に水を入れていく。

 ほぼ満杯になった瓶をまたひょいと担ぎ上げて、彼女は自宅へと戻っていった。

 その間私はずーっと面食らい続けで、まぶたのあたりが筋肉痛になりかけ、グリグリと目の周りをマッサージしつつ、これからのことに不安を覚えるのであった。




「ケイ姉ちゃんの記憶、なんかおかしくない?」

「最初っからおかしいって言ってるでしょうが」

「記憶喪失っていうか、部分的に間違ってるっていうか、気も知らなかったんでしょう?」

「この通り、ずっと目を丸くしている」


 両手で目の周りをモミモミしながらの会話。

 囲炉裏でお茶を頂戴しながら私の話をしている。

 正直、周りから浮いている事は認識しているので、この少女には変な出自であることを隠す気はあんまりなかった。


「でも日本語は上手だし」

「そうね、あんま変わらないね、カタカナ系に注意すれば」

「カタカナ?なにそれ」

「そう、そんな感じ」

「あと知らない事はなんだろうね、将軍様とか知ってる?」

「知ってる。征夷大将軍でしょ?」

「あれま、詳しい」


 任せて、歴史の授業は評価5だったし。中学の社会のだけど。


「じゃあ、ステータスは?」

「すてぇたす?どういう漢字書くの?」

「漢字?文字で書くと、こう」


 『ス テ ー タ ス』 と指で、囲炉裏の灰に書きあげる少女。なんでカタカナ。いやお前さっき否定したろ。


「それがカタカナだ、少女よ」

「ああ、この文字カタカナっていうんだ、へー」


 なんか不思議な事を言っている気がする。矛盾、ていうか認識外というか。


「でもステータス?ステータス、ってその人の状態を確認するやつ?」

「あれ、知ってるんだ」


 と、突然灰で白くなった右人差し指を空中で目の高さから下にスライドさせる少女。

 それに併せて半透明透過度20%ぐらいの暗く四角いウインドウが中空にスライドして出てきた。

 私の側に見えているのは裏目らしく、暗い四角い板が浮いているように見えている。


「うへ?」

「これがステータス。知ってた?」

「し、知らない」


 彼女を真似して人指し指をスカスカと振る私。出ない。


「心で思うの、ステータス出ろ、って」

「ステータス出ろ」


 事前にロリババア少女が出したのを見た感じだと口に出す必要は無いのだろうが、口に出して言ってみた。一回で出た。

 私の本名である、猫間ケイ、レベル1、メインスキル、サブスキル欄なんてものがが確認できた。下の方にはステータス詳細というボタンもある。


「ステータスを相手に見せたいなー、って思いながら指でひっくり返すと、反対向きにできるの。反対向きにしない限り他の人は覗き込んでも真っ暗で何も見えないままで、あんまり人に見せないほうがいい、ってお母さんが言ってた」


 あ、だからやって見せてくれないんだ。なんだろプライバシー保護の観点かな?


「メインスキルがダメなやつだと、すごくイジメられるからだって」

「イジメ?」

「うん、よく知らないけど、すごい目でお母さんに言われてる。奉行所とかの偉い人に見せる時はそうやって見せるんだよ」


 両目の外側を釣り上げて彼女が説明してくれた。

 なるほど、嘘偽りの無い身分証明書の代わりのわけだ。

 実にゲーム的なシステムであるが、果たして私はこんなシステムを、白い神を自称するアレに求めたのだろうか、本当にそのへんの記憶が曖昧で、もやもやする。

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