Hello World
「私の意識しない事故、つまり神的レベルでの不慮の事故で死んでしまったあなたへの特典を私考えました」
真っ白な場所に、自分と相手の二人きり。
その場所はどこまで見渡してみても白い場所。床も空も白く発光しているためか、かろうじての陰影のおかげで地平線は認識できる。どこまで歩こうが白く、地平線の向こうまで赴いたとしても何も無いことを無言で自分に教えてくれる。
真っ白な人。ソレは、自分を神だと言った。いや、正確には神という認識で間違っていない、という迂遠な言い方だったから、神ではないということだけが正確なのだろうか。哲学的な言い回しはやめていただきたい。正直輪郭がはっきりしない。背景も白、相手も真っ白。人形の物体がそこに存在しているのはわかる。そして何か発言するたび空気が振動するのを感じる。たぶんソレはそこにいる。
自分はといえば、いつもの格好をしていた。神という認識で間違っていないというソレの言うところによれば、自分は既に死んでいるらしいが、どうにもそんな記憶が自分にはない。
「記憶が無いのは当然だ。死ぬ直前、それも分とか時間単位で少し前のあなたをこの世界に復元した。時間を戻したわけではない。記録を遡ったに過ぎないのだが」
またわからない事をいう。
「実験につきあってもらおうと思う。君は神話的レベルでの不慮の事故にあったという、ある意味超幸運野郎だ。私も意識外での死亡者など人間神を意識してから初の事だ。結果として、君には特典を授けようと思う」
詐欺師のやり口じゃないか、とだんだん思えてきた。
もしかしたら自分はなにか怪しげな薬品と催眠術の応用みたいなもので、この理論上ありえない空間を擬似的に体験させられているのではないだろうか。
「まあ、座りたまえ」
偉そうにソレが言う。右手と思われる部位を左右に振ると、何もなかった白だらけの場所に1つの机と2脚の椅子が現れた。また白く白くどこまでも白いそれは、やはり陰影だけで色はない。
座れるのかの確認のつもりで座ってみた。ソレは続けて机の上に1枚の紙を取り出す。『楽しいイレギュラーの特典セレクト』というA4用紙だった。のぞき込むと3つの選択肢が提示されていた。
「ひとつ目。異世界転生。異世界というていの世界で生きてもらいます。記憶は残しておきます。スタートする年齢・種族などが今の状態との差異が大きければ大きいほど『神のサポートポイント』略してKSPを多く取得できます」
1つ目を読み上げるソレ。異世界に存在しない、こっちの世界の知識を持ち込んでチートな活躍をしちゃうやつだな。
「ふたつ目。タイムトラベラー。過去に行けます。こちらも、現在の年齢・人種・年代などが今の状態との差異が大きいほどKSPを多く取得できます」
2つ目は、時間転生らしい。過去のような世界に行って現代知識なんかを駆使してチートな活躍をしちゃうやつだな。
「みっつ目。ゲーム内へ。以下同文」
・・・何となく分かるからいいけどさ。ゲーム内で、いろいろ実際には難しい事をスキルやらメニューやらインベントリやらを駆使してチートしちゃうやつだな。
なんかひどい選択肢だな。元の世界に戻る、っていう選択肢はないのか?
「ない。そんな何故って顔をしないでくれ。君が居るその場所が元の場所だ。君が死んだ場所に、机と椅子を置いている」
ソレが言う事を信じると、この真っ白けの世界で私は暮らしていたらしい。そんなわけはない。
「事実だ。先程他の一切をフォーマットし直した。君の意見を参考に新しい世界を作らねばならない。そのために以前の世界をすべてまっさらにしたのがこの現状だ」
壮大過ぎんだろ。
「そうでもない。一行のコマンドで事足りる」
今度はずいぶん俗だ。
「私もいろいろ改善しているのだよ」
わからんでもないな、その発想は。まあ、実際自分に元の世界に戻るという欲求は皆無だ。そんな新しい世界で新しい事ができるチャンスが転がり込んできたというのならば、自分はそちらを選択する。
「さて、どれがいい。流行りに乗った選択肢を用意してみたが、正直君の記憶を覗かせてもらったが節操なしだな君は。どの選択肢においても君は興味を持っているようだ」
つまり、自分の記憶やら興味やらをスキャンして、その結果生まれたのがこの選択肢というわけか。
「ご明察だ。せっかく世界すべてを引き換えるにするんだ、私を喜ばせてくれ」
贅沢なことだな、その態度。
「間違いなく、神々の遊び、だからな」
顔も真っ白で見えないが、多分いやらしい笑い方してんだろうなこいつ。
「見るかい、顔?」
結構だ。
それから、数十分、いや数時間だろうか、いろいろ話を聞きながら設定を決めてA4用紙ぎっちりになるまで書き込みをして、新しい世界の設定をし終えた。そもそも腕にくっついていた腕時計は時間を刻んでいなかった。聞いてみたら、そもそも時間の概念がこの白の世界には存在しないという。少し納得してしまった。
「では、大いに私達を楽しませてくれたまえ」
またこいつは偉そうに、とか考えているうちに、私の意識も白く塗りつぶされていった。