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我ら撲滅委員会!  作者: 北野灰兎
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三話

 死地へ向かう兵士の意気込みで入った(連れ込まれた)部屋は意外なほど普通だった。

 部屋の中心を囲むように設置された四つの長机にそれに見合うくらいの椅子。人数が五人というのに対して椅子の数が明らかに多い。無駄にといったほうがいいか。入ってすぐ左手の方には壁一面を覆うような大きな本棚があり、ファイルや本などが詰められていた。

 ドアから見て正面は窓で校庭を見下ろせるようになっていて、日当たりがいい。本棚と反対の右手側の場所にはホワイトボードが置かれている。

 唯一異質だと言えば、そのホワイトボードの脇、教室の隅に校長室にあるような机と椅子が置かれているということだ。

 すると雪姫は迷いなくその机のほうへと歩いていくと当たり前のように腰かけた。

 ふぅ、と一息つくと右手をプラプラとさせながら、「お前も適当に座れ」と言って、机の上の書類に目を通し始めてしまった。なにこのマイペースすぎる性格。

 無理矢理連れ込まれた挙句に説明もなしに放置されてしまった。

どうしたらいいか。と問いかけを込めてもう一度雪姫を見ても、書類に目を落としたままだった。

 仕方なく一番近くの席に腰かけておく。やることもないので、ゆっくりと部屋を見回してみれば、誰かが座っていた。

 いや、座っている、というより寝ている。完全に。

 窓側の一番日当たりのいい場所で、机に顔を突っ伏して寝ている。なんだか見ているこっちが眠くなるほど気持ちよさそうに眠っていた。

 頬杖をついてしばらく観察することにした。一体いつ目覚めるのだろうか。

 きっとあの人もメンバーの一人なのだろう。しかし、さっき入ってきたとき、なぜ気づかなかったのだろう?と首を傾げると同時に入り口のドアがガラリと開いた。

「……あれ?誰、君」

 驚いて振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。書類の束を小脇に抱えて、小さく首を傾げている。こちらも誰かと聞き返してしまいそうになったが、当たり前のように入ってきたことに気づき、 彼もまた風紀委員のメンバーだと直感的に判断した。

「あ……す、すいません……」

 なんていったらいいのかわからず、とりあえず謝り、座ったままなのも失礼だと思い立ち上がった。

「あぁ、別にいいよ」

 小脇の書類を抱え直し、にっこりと笑った。なんだか、さわやかな好青年という感じの笑みだった。背が高く、やはりきっちりと着込んだ制服にさっぱりと切りそろえた髪。だがよく見れば襟足だけなんだかそろってないような……?それにすごい糸目である。開いているのかどうかわからないくらの糸目である。

「えと……伊藤茂です。」

 なんだかその目を直視できなくて頭を下げながら自己紹介をする。すると「あぁ」と小さく呟いた。

「君が茂君か。俺は服部。よろしくね」

 何か納得したように頷く糸目の人。いや服部さん。

 すると今までずっと書類とにらめっこしていた雪姫が顔を上げ、嬉しそうに立ち上がった。

「おぉ!はんぞー。待ってたぞ!」

 見ていた書類を机の上に置き、服部の方へと向かおうとするが、服部は軽く手を上げてそれを制し、自ら雪姫の方へと歩き出した。雪姫もそれを見てゆっくりと腰を下ろす。

「これ、頼まれてた書類」

 小脇に抱えていた書類を雪姫へと差し出すと、雪姫は少し驚いたように目を見開いた。

「おぉ、随分早かったな。もう少しかかるとおもっていたぞ。」

「急いでたみたいだからね」

 手渡された書類に軽く目を通し、満足そうに微笑んだ。そして引き出しから茶色の封筒を取り出すと丁寧にその書類を入れ、元のように引き出しへと戻した。

 その一動を見ていた茂は軽く首を傾げると服部を見た。

「服部さんの下の名前って……」

「ん?」

 その声に反応し、服部は顔だけをこちらへ向ける。

「はんぞーなんですか?」

 なんとなくかの有名な忍者を連想させる名前である。

 服部は少し考えるように顎に手を当てて、ほんの少しだけ間を開けて答えた。

「……服部だからね」

 少しだけ困ったような表情だったが、それは一瞬で、次はもう元通りの笑顔だった。

「あ、でもその呼び名は雪姫だけだから」

「そうなんですか?」

「まぁね。みんな苗字で呼ぶから」

 ね?と首を軽く傾げながら同意を求めるように笑いかけてくる。それはまるで『お前も苗字で呼べ』と言っているような気がしてならない。

 それはなにか特別な意味があるのかと口を開きかけた時、割り込むように声が響いた。

「はんぞー!」

 若干放置されてふてくされている表情の雪姫がこちらを睨み付けていた。

 茂は内心しまったと感じたが、服部は気にもしないような動作で雪姫へと向き直ると小さく「ごめんね」と謝罪する。

「どうしたの?」

「あいつ、風紀委員会に入れるから」

 それでも機嫌が直らなかったのか、片肘ついて茂へと視線を移す。

「え?」

「あ、そうなったの?」

 まるで今初めて知った。というような表情をするが、発言からすると服部も茂の事を知ってたという口ぶりである。

「説明してやれ」

「わかった」

 彼女はそれだけ言うと机の上の書類に再度目を落とした。いろいろと言いたいことがあったが、もう自分は何も言わない邪魔するなというオーラがすごい出ている。彼女の機嫌は損ねるとそう簡単に治らないらしい。

「茂君。こっち」

 呆然としている僕の肩に軽く手を置き、ホワイトボード近くの席へと促した。服部もホワイトボード脇の席へと座ると(彼もそこが自分の専用席なのかもしれない)部屋を見渡した。

「えっと、委員長からどこまで聞いてる?」

「いや、何も……」

 それを聞いて服部は苦笑し雪姫をチラリと見る(多分見たと思う。彼は糸目でわかりにくい)が当の本人は我関せず。

「じゃぁ、質問を変えよう。何をされた?」

 その質問はどうかと思いながらも、それは口に出さずに今までのことを一通り説明した。

 暴君をなぎ倒したこと。初対面なのに何故か自分の名前を知っていたこと。学校を案内してもらったこと。最後に何故か(今もだが)風紀委員に勧誘されたこと。

 茂が話し終えたのを確認し、彼は「なるほど」と呟くと、小さく微笑んだ。

「いつもながらの無茶ぶりだねぇ」

 雪姫へともう一度顔を向けてしみじみと呟くが当の本人ガン無視。服部も気にせずに茂へと向き直ると続けた。

「じゃぁ、まず風紀委員の仕事から説明しようか」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ服部に向かって叫んだ。

「僕はまだ、入ると決めたわけではありません!」

 そうだ。当たり前のように話を進めてもらっては困るのだ。いつ、だれが、どこで入るなどと言ったのか。

 そういうと服部は驚いたように口をあんぐりと開いた。

「あー……なるほどね……」

 頬を掻き、困ったように唸ると大きく息を吐いた。

()()強制かー……。なんかごめんね?」

「え?あ、いや、べつに……」

 謝られるとも思っていなかったので思わず口ごもってしまった。

「でもね、彼女に目つけられて逃げられるとも思えないんだよねぇ」

「え……」

 なんか恐ろしいことさらっと言われた気がするんだけど。

 服部はゆっくりと机の上に手を組んで、顎を乗せると、ほんのわずかに首を傾げた。

「彼女が、雪姫が絶対だからね」

 恐ろしくいい笑顔が目の前に。やだ怖いだれか助けて。

「あぁ、逃げても無駄だよ?」

 逃げました。捕まりました。ごめんなさい。

「ひどいです……」

 無駄に爽やかに笑っている服部に小さく抗議をするが聞いているのかいないのか。

逃げた時に何か固いものを全力でぶつけられた後頭部をさすりながら元いた席へと戻る。ていうか一瞬で捕まったよすごいなこの人。

「じゃぁ、せめて活動内容だけでも聞いてよ。それでまず決めてくれて構わないから。みんなが考えてるほどひどいものでもないからさ。……まぁ、拒否権はないと思うけどね……」

 なんか小さく聞こえた気がするが気のせいだろう。雪姫とは違い、多少は譲歩してくれるらしい。

「まぁ、聞くだけなら……」

 その言葉を聞くと服部は嬉しそうにホワイトボードに置かれていたペンを握り、『風紀委員会について』と題目を書いた。

「えっとね、はじめに言っておくけど、この風紀委員会は普通とは少し違うんだ」

「あぁ、まぁそうですね」

 今までの雪姫の行動や言動、持ち物などから普通とは違う、かけ離れたものだということはよくわかる。

「だけど、根本的にはあまりかわらないんだ。活動目標、内容は『風紀を正すこと』を第一に考えてるからね」

 ホワイトボードにペンを走らせながら説明を続ける。

「学校を見回って、風紀が乱れていたら注意して、イベントがあれば馬鹿やらないように呼びかけて。ポスター作ったりもするよ。効果あるかわかってないけど。むしろなさそうだけど」

「いやそれダメでしょ言っちゃ」

 だって落書きとかされてるし。とか呟いているのを無視して今のところの本音を言った。

「まぁ、これだけ聞くと普通ですよね」

 しかし、なぜそれがあんな暴力的な、下手をすれば警察沙汰なものになるのか。

 その考えを悟ったように服部は微笑み、頷いた。

「そう、もうわかると思うけど、違うのはそこなんだ。我々風紀委員は実力行使で風紀を乱す奴らを黙らせることが認められているんだ。手段は選ばない。選べない。ルールもある。もちろん法が許す程度だけどね」

 それを聞いて、顔をしかめる。なぜそうなるのか理由がわからないからだ。もちろん心に留めておく必要もないので遠慮なく抗議した。

「普通に注意するだけじゃ駄目なんですか?逆恨みされて返り討ちにあう可能性だってあるわけじゃないですか。それに暴力で解決だなんて……」

 理解できない。不愉快だという顔を隠そうともせずに言葉を並べる茂だが、服部は笑みを崩さなかった。

「まぁ、そうだろうね」

 普通ならね。と呟くとゆっくりと椅子に腰かけた。両肘をついて顎を乗せると、何かを思い出すように、懐かしいものを見た時のような表情で茂を見つめた。

「実を言うと、俺もどうしてそうなったのかはよくわからないんだ。」

 困ったように笑って、雪姫を見つめる。

「なんにも言わないけど、風紀委員長である雪姫しか知らないと思うよ。他のメンバーも知らないかもね」

 その一言は、茂の思考回路をすべて停止させるには十分だった。意味がわからず目が限界まで見開かれ、口も間抜けにあんぐりと開いている。

 たっぷりと間をおいて、ようやく回復した頭はなにも考えず、口から悲鳴のように声が飛び出した。

「はぁ!?」

 思わず立ち上がった茂を制すと、服部は「わかるよ」と呟いた。

「意味がわかんないのも仕方ないし、気分を害するのもわかってる。」

 まるで茂の考えを見通しているように、ため息のような声で続けた。

「でも、間違ったことは決してしない。たとえそれが暴力という形でもね。」

 それが風紀委員だから。

 そう呟く声はもう茂には聞こえてはいなかった。頭の中はぐるぐると気持ち悪いぐらい回っていて、『ありえない』という単語一つが駆け廻っていた。彼らは仕事だから、法に触れていないからといって暴力を振るうのか。そして当の本人雪姫は何も言わずに、説明せずに彼らを動かしているというのか。そしてさらにそんな暴力集団に自分を加えようというのか!

 ()()()()()()()()。どうしてそっとしておいてくれないのか。

「茂君?」

 よほどひどい顔をしていたのだろう。心配そうに呼んでくるが、こんな場所に一秒とも居たくなくて、不愉快極まりなくて、「失礼します」と小さく呟いて椅子をなぎ倒すように引くと早歩きにドアへと向かった。後ろから服部が何か言っていたが、無視した。

「逃げるのか?」

 ドアの一歩手前。手をかけようとしたその瞬間に凛とした声が部屋に響いた。

 声がした方にゆっくりと体を向けると、そこにはかわらず書類を見つめる雪姫がつまらなそうな顔をしてペンを回している。

「……どういう意味ですか」

 『逃げる』それは茂にとって一番嫌いな言葉だ。『諦めた』ことはあっても『逃げた』ことはない。自分ではそう思っている。そうだ。逃げてない。決して。逃げてないんだ。

 だが、無情にも雪姫は大きく息を吐いた。

「そのままの意味だが?」

 ペンを回すのを止め、顔を上げて茂を見つめる。

「あぁ、『逃げる』んじゃないか」

 肩肘をついて顎を乗せる。そしてペンで茂を指してつまらなそうに笑った。

「『逃げた』のか」

「逃げてない!!」

 即座に自分でも驚くほど大きな声で叫んでいた。息も荒く、拳を血が出そうなほど握り締める。

 しんと静まり返った部屋の中で自分の荒い呼吸と心臓の音だけがやけにうるさく聞こえた。頭に血が上りすぎたのか響くように痛む。だが、そんなことすらどうでもいい。

 獰猛な獣のような形相をした茂に対し雪姫は椅子を引いた。立ち上がり、歩を進め、茂の目の前に対峙する。茂にはその動作があまりにもゆっくりに見えて、雪姫がわざとそう動いているのか、自分の目が、脳がスローモーションとして捉えているのかが分からなくなる。

 だが、そのわずかな時間の間に茂の頭からゆっくりと血が下り、はっきりとした思考回路が戻ってきた。

 冷静になると、よけい雪姫に対する恐怖がこみあげてくる。だが、今ここで目を背けたら余計に彼女の言う『逃げた』ことになってしまう。それだけは嫌だ。震える手も、伝う汗も知るものか。

きつく手を握り、雪姫を睨み付ける。

 しんと静まり返った部屋の中で、洗い呼吸と心臓の音だけがあまりにもうるさく聞こえた。頭に血が上りすぎて少しだけ痛む。

 雪姫は椅子から立ち上がり、ゆっくりとした動作で茂の元へと歩を進めた。カツン、と茂の目の前で靴の音が鳴り、止まる。ただ目の前に立たれているだけなのに、まるで刃物を首に当てられているような、ヒヤリとした感覚が走る。

「私は、お前を見込んで言っている」

 茂を見つめる瞳は冷たく、だが何か激しいものを抑え込んでいるような色を秘めている。思わず視線を逸らし、床を見つめる。そのあまりにもまっすぐな瞳と言葉に向き合うことは、今の自分にはできなかった。

「僕は……ただの一般人です。平凡で普通の、何のとりえもない、凡人です」

 何度も何度も、自分にも、彼女達にも問いかけた。

 理由がなければ壊れてしまいそうだ。だから。

「理由が必要か?」

「当たり前です!僕を……!」

 巻き込まないでください。と、言おうとしたはずなのに、口が止まった。

 ずっと床を見ていた顔を上げて、あの瞳を見てしまったということもある。でも、それ以上に……。

「そんなもの、いずれわかるさ」

 夕日に照らされ、赤く染まる雪姫がまるで別人のように見えてしまったから。

理由(それ)が見つかるまで、私のわがままに付き合ってくれてもいいだろう?」

 薄く微笑み伸ばされた手は、誰のものかわからなかったけど、僕は無意識にその手を掴んでいた


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