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兄貴

変態兄貴の視点です。

 真由子に初めて会ったのは俺が十歳、真由子が五歳の時だった。


 俺の母親が再婚するといった時、懲りないなと子どもながらに呆れた。母親は元夫に、つまり俺の実父に散々苦しめられてきたのに懲りもせずまた男と結婚しようとするのだから、結局この母は男に依存しないと生きていけないタイプなのかもしれないと冷めた思いで聞いていた。


「もう男はこりごりとか言ってなかった?」


「あの人は違うのよ、それにアチラにもお子さんがいてね、まだ小さいから母親がいてくれたらって言うので結婚を決めたのよ。お互いもう愛だの恋だのじゃなく、足りないところを補い合うパートナーとしての共同生活よ」


 愛だの恋だのじゃないと言いながら妙に色気づいてウキウキしている母親をみて、ばれないようこっそりため息をついた。いい加減振り回される子どもの身にもなってほしい。こうなったら新しい父親がそれなりに金持ちで穏やかな人間である事を願うしかない。また離婚だなんてなったら、非常に面倒くさい。

それに、色々な面で両親が揃っているのはメリットが大きい事を俺はこの母子家庭時代に身に沁みて分かっていた。ある程度の問題は俺も我慢してできるだけフォローしていこう。

 

 若干十歳にして、俺は随分と達観した人間になっていた。



 ****


 「初めまして、真由子ちゃん?これからよろしくね」


 あちらの家族と初顔合わせの時、相手の男の後ろにその子はずっと隠れていた。まだ五歳だ、新しい母だ家族だと言われても、はいそうですかと割り切れる年齢じゃないのだろう。精一杯の敵意を込めて可愛い顔でにらむので、それを見た俺はちょっと笑ってしまった。まるで拾ったばかりの野良猫だ。本当は撫でてほしいのに甘え方がわからない、愛らしい子猫に見えた。

 

 ―――これを懐かせて、ゴロゴロ言わせたら面白いかな。


 ずっとこの情緒不安定な母と二人で生きていくはずだったのが、図らずも父と妹が出来たのだ。せっかくなのでこの生活を楽しんでやろうと決めた。


 まだ小さい子どもの真由子を懐かせるのなんて簡単なことだった。

普段仕事で忙しい真由子の父親は、彼女を可愛がってはいるものの日中は保育園に預けっぱなしで会話をする時間もほとんどなかった。そんな状態の真由子にたくさん話しかけ、保育園の事やお友達の話をきいてやり、お世話をしてやればあっという間に俺に懐いた。これまでちゃんと彼女に向き合って話を聞いてやれる人間が周りにいなかったのだろう。愛情に飢えていた真由子は俺の仕向けたとおり俺にだけベッタリ甘える可愛い飼い猫になった。

 そして真由子は、小学生になるころには自他ともに認める立派なブラコンになっていた。近所の人や友人たちにお兄ちゃんは大変だねーと言われるたび、困ったなという顔を作っていたが、可愛い妹に溺愛されている自分が誇らしくもあった。


 母もフルタイムで忙しく働いていたので、真由子のお世話は必然的に俺がしていた。仕事辞めて家庭に入ろうかしらと新婚のころ言っていたが、それは俺が反対した。


 「もしまた離婚とかなったら仕事してないと大変だよ?家の事は俺ががんばるから、仕事を辞めてほしくない」


 俺がそういうと、母も思うところがあったのか、せっかくいい仕事に就けたのを手放したくなかったようでとても喜んでくれた。なんていい子なの~と涙を流してくれたが、単に俺は母が家にいるようになれば真由子が俺より母に懐くようになるだろうと思ったから、それを阻止しただけだ。


 人を自分の思うように動かすのは、案外簡単なことだなーと、当時の俺は思っていた。まあ、まだ子供フィルターがかかっていたから母も簡単に転がされてくれたんだろう。だんだん思うようにいかなくなってきたのは、真由子が小学校の高学年と言われる年になったころだった。


 「アンタもう真由子ちゃんとお風呂一緒に入るの止めなさいよ」


 真由子を寝かしつけ、リビングで一人テレビを観ているときに母が俺に話しかけてきた。


 「は?なに急に」


 「急じゃないわよ。もう真由子ちゃんも六年生よ?その・・そろそろ女の子の事情だってあるだろうし、さすがに兄とはいえ男の子とお風呂に入るのはいやだと思うのよ。アンタだってもう高校生なんだからおかしいでしょう、それぐらい気づきなさいよ」


 「事情?ああ、生理のこと?今更何言ってんだよ母さん、真由子はもうとっくに始まってるよ。ちゃんと俺がお世話してるから大丈夫だって」


 「はっ?!ええ?!始まって・・ってえええ?!あんたがお世話してるってどういうこと?なにそれ?!何言ってんの正気?」


 「ひどいな、母さんが忙しいんだから俺がするしかないだろ。俺だって大変だったんだよ?

風呂は真由子が一人で入ると怖いっていうから仕方なくだよ。真由子がもういいって言うようになったらやめるよ。これでいい?」


 「ええー・・家の事アンタに色々任せっぱなしにしたのは悪かったと思ってるけど・・いやそうじゃなくて、女の子の日のお世話を兄がするって異常でしょう?パパだってそんなの無理って言うわよ。なにごく当然みたいな顔で押し切ろうとしてるのよ。おかしいでしょうよ。ていうかアンタ人の罪悪感煽るの上手いわよね。どうしてそんな子になったのかしら・・」


 「母さん落ち着いて、言いたい事まとめてから喋ってよ。真由子のお世話はずっと俺がしてきたから母親みたいな気持ちになっちゃってたのかな。これから気を付けるよ」


 母は難しい顔をして納得がいかないようだったが、俺がそういうとそれ以上何も言わず引き下がった。この場は上手くごまかしたが、今まで通りに真由子と過ごせなくなるだろうなと分かっていた。俺の言動に何か不穏なものを感じたのだろう、そこはさすが母親というべきか。

 次の日にはもう母が何か真由子に言ったのか、可愛い妹はその日から俺と距離をおくようになった。もちろん毎日一緒に入っていた風呂も当たり前のように別々になった。

 

 あんなにべったりだった真由子が急に離れて行って、俺はイライラしていた。俺だけに従順な可愛い飼い猫と楽しく暮らしていたのにそれを邪魔されて非常に不愉快だった。

真由子も今まで俺にずっと依存していたくせに、もう要らないとばかりにあっさりと離れていくのかと思うと腹が煮えた。


 いい加減キレた俺は、真由子に直接なぜ俺を避けるのか聞いてみた。母に何か言われたのは分かっていたが、直接問いたださないと気が済まなかった。すると真由子は苦しそうに涙を堪え俺に言った。


 「よし兄は何も悪くないよ・・私がいけないの。よし兄にずっと甘えていて迷惑かけてごめんね?私ももう自分の事は自分で出来る年なんだから、よし兄も好きなことしていいんだよ?」


 そう言って真由子は笑った。

 その顔が妙に大人びていて、こうして成長してこの子は俺の手を離れていくのかと思い知らされた俺は胸が苦しくなった。


 「まゆこ・・」


 彼女の名を呼びながら、頬に手をかけ撫でる。今まで感じなかった激情が内から湧き上がるような感覚がして、思わず彼女を引き寄せ抱きしめた。


 「―――なにやってるの!」


 俺の後ろから母が甲高い声で怒鳴った。いつのまにか俺たちの近くにいて様子をうかがっていたらしい。俺は舌打ちしたい気持ちを押し殺しながら振り返って言う。


 「なにって?最近真由子の様子がおかしいからどうしたのか聞いていただけだよ?母さんこそそんな大声だしてなんなの?びっくりしたんだけど」


 母はそう言った俺の顔を、恐ろしいものでも見たような様子で呆然と眺めていた。が、すぐにハッと我に返って、真由子に近づき『節度を守るって約束したわよね?』ときつい口調で言って部屋に戻らせた。そして俺をリビングまで連れて行くと、泣きそうになりながら詰問してきた。


 「アンタなんでお母さんに嘘つくのよ!あんた今絶対ヤラシイ目でみてたでしょ!母親の気持ちだなんてどの口がいうの!この変態!」


 キンキンと頭に響く声で問い詰められて俺はうんざりした。もうどうせばれているならいい子を演じなくてもいいかとどうでもよくなった。


 「変態て・・でも血のつながりはないんだし別に構わないだろ?何が問題なんだよ」


 「ああついに開き直って・・!い、いつからそんな邪な目であの子をみてたのよお!顔も父親そっくりになってきたけど、性格まで似るなんて・・真由子ちゃんは何も知らずにアンタを兄として慕ってるのよ?それをいいことに騙すような真似をして、恥ずかしいと思わないの?」


 「兄として慕ってるからいけないの?じゃあ真由子が俺を異性として好きになれば問題ないんだろ?じゃあそうなるようにするだけだよ」


 「そうなるようにするだけってええ!何企んでいるのよお!」


 母は絶望したように叫んだ。そして怒りの表情になると仇を見るような目で宣戦布告してきた。


 「真由子ちゃんは私の娘よ。あの子には幸せな結婚をしてもらいたいんだから!あんたみたいな変態ロリコンの餌食になんかさせないからね!」


 「ちょ、俺こそ母さんの息子なんだけど、真由子のほうが義理の娘だろ?なんで実の息子なのに宿敵みたいな扱いされてんの?おかしくない?」


 うるさい!と言って母はもう聞く耳を持たなかった。母の元夫を俺に重ねてみているようで、この日から母は全力で俺と真由子の邪魔をしてきた。もう憎まれ役でもなんでもいいのか、真由子にキツイ言葉で俺との触れ合いをたしなめるようになってきた。


 母親の本気を感じ取り、真由子も俺を徹底的に避けるようになったので真由子との距離は開く一方だった。思ったようにいかない苛立ちに、俺と母親の言い争いも増えた。

 母も真由子や義父に知られたくないのか、皆が寝静まった夜中にいつも母と話すがいつも話は平行線のままだ。

 表向きは仲の良い家族を演じる母も随分なタヌキだなと思う。まあ俺が真由子を性的な目で見ているなんて義父に知れたら離婚になりかねない。そうすれば母は元夫似の俺との二人暮らしに戻るのだ。そんな地獄のような生活絶対ごめんだわと、息子である俺に直接言うのだからどうかしている。

 真由子が中学生、高校生と女らしく成長する間、俺と母は水面下で泥沼の戦いをしていた。


 しかし、母の監視があるとはいえ、両親ともに仕事が忙しいので否応なく真由子と二人きりになる時間は多かった。その時をねらって俺は兄としてギリギリ疑われない範囲で真由子に接触し、時には寝た隙を見計らってキスしたりもしていた。


 ある時、ちょっと油断して夜中に真由子の部屋から出てくるところを母に見つかってしまった。その時の母の顔は、正直息子を見る目じゃなかった。かつて自分を苦しめた男が舞い戻ったかのように、恐怖と憎しみを込めて俺をみていた。


 もう俺と元夫を完全に同一視していたのだろう。かつて母がされたことを思えば未だトラウマに囚われていたとしても仕方ない部分もあるので、俺も複雑な思いでいた。






****



 母は、俺の実父である元夫とはまさに泥沼の離婚調停を経て、実父がストーカーと暴行罪で実刑を食らって収監されたことでようやく縁を切ることができたという過去がある。


もともと二十歳そこそこで、父に押し切られる形で結婚した母は、婚姻届を出したその日からほぼ軟禁状態にされ、一人で買い物すらいかせてもらえなくなったらしい。心配だから、愛しているからだと言われるとどうしても逆らうことが出来なくて、母はずっと父の言うことに従っていた。


 しかし、俺を妊娠し出産すると病院の先生や保健師さんらといろいろ話す機会に恵まれ、今の生活がようやく異常であると認識したらしい。女性の支援団体の助けを借りて、父の元から脱出したのは俺が一歳になるころ。そこから父の執拗なストーカーが始まった。

 

警察からの警告ぐらいでは全く効果がなく、母と俺は何度も住まいを変え父から逃げた。しかし逃げるだけではもう解決しないと感じた母はついに弁護士に相談し、ストーカー被害で告訴することにしたのだ。弁護士は非常に親切な人で仕事以外の事も気軽に相談にのってくれ住むところや職業訓練など、今後の事まで面倒を見てくれた。


 父は、告訴状を受け取って、母と親密な弁護士の存在を知った時ついに凶行に及んだ。母を待ち伏せし、家に押し入り、ナイフを向けて自分の元へ戻ってくるよう脅した。そしてその時たまたま訪れた弁護士ともみ合いになり、弁護士を刺してしまった。


 もちろんその場で逮捕され、母から告訴されていたのもあり父は執行猶予なしの実刑判決が下った。

 自分のせいで怪我をさせてしまったと、母はその弁護士が入院している間もかいがいしくお世話をしていた。そして彼が退院するころにはすっかり妻のような様子で彼に寄り添っていた。


 まあ、ベタな話だけど、その弁護士が今の新しい父親だ。つまり真由子の実父。


 新しい父親は、善人を絵に描いたような人だ。未だに母はそんな夫にメロメロなので、元夫に似てきた俺が疎ましいのかもしれない。


だが真由子は俺にとても懐いているし、その気持ちが男女のそれになっても別におかしくないほどにお互い好きあっている。力ずくで母を支配していた実父と同じと言われるのは心外だ。


 真由子は家族を壊したくない、母を悲しませたくないという思いに囚われていて、今俺が好きだと言っても決して受け入れることはないだろう。下手を打てば二度と手に入らなくなることはわかっていた。


 高校を卒業して、真由子は進学を機に独り暮らしを始めた。家で真由子の寝顔を見られなくなるのは残念だがこの偽物の兄妹の関係を終わらせるいい機会かもしれないと思った。

 とはいえ真由子の姿が見られなくなるのはつらいので監視カメラ付きのぬいぐるみを彼女に持たせた。疑うことを知らないあの子は喜んであの可愛くないぬいぐるみを部屋にちゃんと飾ってくれた。おかげで24時間真由子の動向を知ることが出来て、以前よりも真由子を近くに感じることが出来た。



 だが・・ある時あのチャラチャラした男が家に上り込むようになったときは殺してやろうかと思った。俺が大事に育ててきた可愛い真由子があんなバカ男に好きにされるのかと思うと嫉妬で狂いそうだった。


 それでもしばらく静観したのは、これはある意味チャンスかと思ったからだ。あんなタイプのチャラチャラした男だ、絶対に浮気したりして真由子を泣かせるだろう。男を知らない真由子が、騙されてボロボロになったところに俺が現れれば必ず縋ってくるだろう。その時こそあの子を堕とす絶好の機会だと思って耐えた。


 しかし予想外だったのはあの男が思いのほか真由子を大事にしていることだった。三か月経っても未だに身体の関係には至ってないようだし、このまま本当に想い合う関係になっては困ると俺は焦れた。

 

まあそんな心配はやはり杞憂だったんだが。案の定あのバカ男はあろうことか真由子の家に女を連れ込みその現場を真由子に見られるという大失態を演じてくれた。


 予定とは違ったが、ここが攻め時だなと思った俺は真由子の元へ訪れることを決めた。引っ越し以来会っていないので相当さみしく感じている筈だ。失恋で弱っている今俺に会えば必ずすがってくるだろう。


 家を訪ねる前に、帰宅したかカメラで様子を確認すると、恐ろしいことにあのバカ男が勝手に上り込んでいた。警察に通報してやろうかと思った矢先、あの男は間抜けなことに足を滑らせて頭を打って昏倒した。

 あーあ、死ねばいいのにと呆れてみていると、すぐに意識を取り戻したらしく、身じろぎしている。

 そこへちょうどタイミング悪く真由子が帰ってきた。男はどうするのかと思ったら、もう一度気絶したふりをすることにしたらしい。バカだ、本当にバカだ。


 真由子は部屋で男が頭から血を流して倒れていることでパニックになったらしい。取り乱す真由子を画面で眺めながら、俺は思う。


 

 ―――真由子が正気を失っている今ならうまく洗脳できそうだ。



 俺はスマホを取り出し、混乱している彼女に電話をかけた。しばらくコールしたのち、電話がつながる。



『―――よし兄・・どうしよう・・助けて』



 助けを求める真由子の声を聴いて、俺は喜びでゾクゾクと震えた。


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