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元彼

クズ男視点です。



―――何やらおっぱじまってんだけど。



 薄い引き戸の向こうから、真由子の喘ぐ声が聞こえてくる。えーとあの兄貴どこまでヤる気?まずは俺をなんとかしなくていいのか。

好きな女がほかの男に喘がされているのを死んだふりしながら聞くって、コレなんて罰ゲーム?


確かにもとはと言えば俺が悪いんだが、あの場合は気失ったふりするしかなくね?実際頭打ってちょっと意識飛ばしていたんだし、嘘ついたわけじゃないんだが、結果としてこうなってしまった。

あーどうしてこうなったかなー。


振られてようやく真由子の事が本気で好きだと気付いたが、何もかも遅かったらしい。

こんなことなら変な意地を張らず無理やりでもエッチしときゃよかったと後悔したが、もう取り返しがつかない。

自業自得とはいえこの状況はつらすぎる。なにやってんだよもうあの兄貴、つうか真由子の片思いの相手ってあの兄貴かよ。そういや最初に話したとき、絶対に報われない相手とか言ってたもんな。


あの時、ちょっと恥ずかしそうに、少し悲しそうにそう言った彼女の顔をみて、この子いいなと思ったのがきっかけだった。



 あれからどこで間違えたんだろう俺は。


俺は彼女の嬌声を聞きながら、真由子と初めて会った時の事を思い出していた。




****



俺と真由子は同じ学部だったが、付き合う人種が違ったので最初は全然彼女の事を気に留めていなかった。たまに見かけて、ちょっと綺麗な子だなと思う程度だった。真由子は人づきあいも悪く、どこか飄々としていた。そういう斜に構えたようなタイプは女じゃないと思っていた俺は、彼女にちょっかいを出す気も最初はなかった。


それが変わったのが、真由子が初めて飲み会に参加した時のこと。彼女は男が好きな女の子のタイプという話を熱心に聞いていた。ちょっと恥ずかしそうに質問したりしていた真由子をみて、おっ?と思った。意外と可愛いとこもあんのかなーと興味が出てきた。少し話してみれば、ずっと報われない片思いをしているというし、最初の印象とは全然違うと感じて俄然やる気がでてきた。


そのあとは、二次会に行かずに帰るという彼女達にくっついていった。俺の友達と同じアパートだというのはダチの家に来たとき見かけたことがあったので実は以前から知っていた。

友達の家に泊まるふりをしてどうにか真由子の部屋にあがりこんでやろうと思い、実際かなり適当な言い訳で無理やり家に入れてもらった。意外と押しに弱いのか、あっさりと泊まらせてくれることになり、なんだちょろいなと、内心ガッツポーズをしていた。けっこうユルい子なのかもなーと思って遠慮なく彼女のベッドにもぐりこんだ。


あっさりヤレるかと思いきや、本気のケリを食らいちょっとビビる。

『そういうのは好きの延長でしたい』とか処女臭いことを言い出すのでちょっと萎えた。処女っつうのは理想ばっかり高くてめんどくせえなと思っていた。ハジメテに夢を抱いているような処女は、甘い言葉と快感を可愛くラッピングして王子様がプレセントしてくれると思っている奴が多い。理想ばっかり押し付けられることが多かったので、そういうタイプと関わるのを最近は避けていた。


だが『お互い好きなら、二人で気持ち良くなれるよう努力すりゃいいじゃん』と言われたとき、不覚にもときめいた。ちょっと俺のトラウマを刺激されたのかもしれない。

こういう子と一番最初に付き合っていたら今俺はこんなんじゃなかったのかなと柄にもなくしんみりしてしまった。



そう、俺がこんな節操なしの男になったのは最初に付き合った女のせいだ。

小学生のころから結構モテていた俺は、中学に入ってすぐ女の先輩にコクられて付き合うことになって初めての彼女が出来た。彼女に、新入生のなかで一番イケメンだったと言われちょっと調子に乗っていた。それなりに顔が整っていてクラスでも一番背が高かった俺は、中学生になってからめちゃくちゃモテた。だがそのころはまだこんな節操なしじゃなかったので、もう彼女いるからと彼女一筋で浮気なんてしなかった。

彼女はそうじゃなかったみたいだけど。

派手で美人な彼女は俺の前にも彼氏が何人かいたらしく、経験もあったから、俺がキスも言い出せずモタモタしていたらしびれを切らしたようで、女のほうから『しよ?』と誘ってきた。中坊でもちろん童貞だった俺はめちゃくちゃテンパったが、誘われるままに彼女のウチへ行った。


 結果は・・・まあ初めてなんてみんなそんなもんだろ?大体最初は失敗するもんだよね?


 彼女は『しょうがないよ』とちょっと呆れたように笑いながらもフォローしてくれた。でも俺も気まずいのもあって彼女とギクシャクするようになり、お互いに距離が出来てしまった。


でも、これじゃいけない、ちゃんと色々話し合ってわだかまりをなくそうと思った俺は一緒に帰ろうと誘いに彼女のクラスに迎えに行ったのだが、教室の中から、ゲラゲラ笑う声とともに俺の名前が出てきて血の気が引いた。どうやら俺をバカにして笑っているらしいことはすぐわかった。


 「あー公平?まじ早すぎて、結局先っちょだけで終わったよ」


 「先っちょて。まじかやばい。今まで聞いたなかで一番早くない?」


 「もー歴代最速だよお。速すぎて残像見えるレベル」


 「うける。もうどんだけ早いんだよ、光の速さかよ。神速の童貞君」

 

 「なにそのあだ名―。面白すぎ、あいつの携帯の登録名それに変えとく」


 笑って着信とれないでしょー!とゲラゲラ下品な笑い声が聞こえてきて俺は逃げ出した。えっ?あれ俺のことだよね?くっそ面白いあだ名つけやがって!俺も自分の事じゃなきゃめっちゃ笑ってるわ!

くっそーくっそおおおおおバカにしやがって!


絶対別れてやる!とすぐにメールで別れ話を切り出すとあっさり『いいよ』と返ってきてがっかりしてしまった。彼女にとって俺はその程度の価値だったんだなと自分が情けなくなってしまった。

しかしそのあとすぐ気づいたのだが、コレ別れた原因彼女が言いふらしたら俺のあだ名『神速の童貞』で決まるんじゃないか?それって俺が社会的に死ぬあだ名じゃない?


やっべえ!地元でそんな二つ名持っちゃったら一生言われるじゃんそんなん。将来の同窓会で親父になっても言われる想像が容易にできて俺は青くなった。これ汚名返上しないと本当にしんでしまう。


その日から俺は、女とやってやってやりまくることにした。女がどこをどうしたら喜ぶか、女向けのエロ本まで読んで勉強した。とにかく汚名返上したくて必死だった。アイツえっち上手いよと女どもに言われたくてめちゃくちゃ頑張った。

実際、女が気持ちよくなるよう気を遣う男というのは意外と少ないらしく、俺がめちゃくちゃ丁寧にイカせてやると一回やった女は俺と何度もヤリたがった。

付き合ってほしいと何度もいろんな女に言われたが、特定の彼女は作らないでいた。そうやっているうちに俺の評価は『ゲスだけどエッチは上手い』といわれるようになった。

別れた例の彼女がその俺の評判を聞きつけたのか、もう一度付き合わない?と言ってきた。もちろん断ったが、内心は『勝った』と思った。俺が完全に汚名返上出来た瞬間だったと思う。

 

まあそんなわけで中学生のうちからヤリチンと呼ばれるほどになった俺は、高校、大学に至るまでに正直もう何人とやったのか覚えてないくらいだらしない生活を送ってきた。しかしさすがに数をこなし過ぎると空しさを感じることもあったりして、大学に入るころには将来を考えたりして自らの在り方を疑問に思うようになっていた。


 そんな時に真由子に出会った。


 最初は本当に単なる好奇心。

でも拒否られてちょっと闘争心に火がついたのがきっかけ。

一緒に過ごすと思った以上に居心地がよかった。アイツもまんざらじゃない風だったし、エッチなしで真面目に付き合うのもちょっと新鮮だった。でもそろそろいいかなって、そういう雰囲気にもってこうとすると嫌がる。

付き合っているのも否定しないし、恋人っぽいこともするくせに、まだ俺の事を好きではないのかとイライラした。一緒に寝たりしているんだし、無理やりやろうと思えばできたが、アイツのほうから『したい』と言わせてみたいなと意地になったのもある。


 ちょっと妬かせてみれば少しは変わるんじゃないかなと、以前からコナかけてくる女と出かけたりしてみたが、真由子は全然気づきもしない。俺に興味がないのか?とへこんでいたら、いつも後腐れなくさせてくれる子が『溜まってるならちょっと発散しとけば?』と慰めてくれたので、有難く発散させてもらうことにした。

 真由子の家の鍵は以前にこっそり合鍵を作っておいたので勝手にベッドを使わせてもらう。女が嫌がるかな?と思ったが『面白いじゃん』と笑ってついてきてくれた。

さすがにその最中を真由子にみられるとは思ってなかったが。


 あんなに・・あんなにあっさり別れるもんか?けっこう好かれてると思ってたんだけどな。お前のことなぞクッソどうでもいいって態度に、自分でも思っていた以上に傷ついて立ち直れなくなりそうだった。


 あー俺本気で真由子好きだったんだなー。


 ようやく自覚して、真由子に許してもらいたくて何度も話そうとしたけど、アイツはキモい虫でも見るような目で俺を見てくるし、全く取り付く島がない。

 このへんで諦めたほうがよかったんだろうけど、未練がましい俺は家まで押しかけた。

 まあ事態を悪化させただけだったけど。


どうしてももう一回ちゃんと話をして誤解を解きたかった。真由子は俺がアイツの事を好きだとはたぶん気づいてないだろう。俺もちゃんと言わなかったし。それだけでもきちんと伝えたかった。

玄関先でまたもめると本気で警察を呼ばれてしまう。俺はもうひとつ作ってあった真由子の家の合鍵を使って、アイツが帰ってくるのを待つ事にした。まだ合鍵持っているって知ったら怒り狂うかな。開いていたぞって嘘つけばいいかな。結構危険な賭けだったが、意外と流されやすいアイツは押しに弱いからなんとかなるんじゃないかと思っていた。


今日はバイトがあるはずだから、帰ってくるのは八時くらいか。真由子の家でぼんやり待っていると、アイツの脱いだスウェットやら布団が目について、初めてベッドにもぐりこんだ時の事を思い出してちょっとむらむらしてきた。

あーどうすっか、自分で処理するかと思ってテレビの横のティッシュケースをとった時、隣に置いてあるぬいぐるみにちょっと違和感を感じた。

違和感の正体はすぐにはわからなかったが、妙に嫌な感じがして、そのぬいぐるみを手にとった。


―――重い。


綿が入ってるだけのぬいぐるみなはずなのにやけに重みを感じる。


不思議に思いぬいぐるみをよく見ると、ぬいぐるみの目が片方だけ光具合が違う、と気づいた。


最初に感じた違和感はこれかと、よくその目の違いを眺めていると・・・。


これ、カメラレンズだ。


気づいた瞬間ぞわっと鳥肌が立った。


これ・・盗撮されてるってことじゃね?


気づいた俺は瞬時にパニックになる。えっ?これ誰が誰を盗撮しようとしているわけ?真由子が俺がまだ合鍵持ってることに気づいて仕込んだとかじゃないよね?

いや、そうだったら素直に返せと言ってくるだろう。やはり、誰かが真由子を盗撮してるってことだ。


やばい、じゃあ今俺がここにいることも誰か見ているかもしれない。

混乱した俺は早くここから出ていきたくなり、ぬいぐるみを放り出して部屋を出ようとした。


その時、床に落としていたティッシュケースに足を突っ込んでしまいバランスを崩して倒れる。


倒れた先にテーブルがあったのは不運としかいいようがないな。俺はそのテーブルの角にしたたか頭をぶつけて意識を飛ばした。


おそらく意識を飛ばしてたのはほんの少しだけだったんだろうけど、気づいたとき目の前が血まみれでもう一回気絶するかと思った。角に頭をぶつけたので切ってしまったんだろう。どのくらい出血しているかわからないけど、寒気がするほどには失血してた思う。頭ががんがんして起き上がれないでいると、玄関の開く音がした。


思わず俺は、まだ気絶しているふりをしてしまった。入ってきたのは真由子だったが、めちゃくちゃ怖がって慌てているアイツをみて、起きあがるきっかけを逃してしまった。その慌てっぷりがちょっと面白かったってのもある。


ていうか死んでないから。手が冷たいくらいで死んだとおもうなよ、はよ助けろや。


起き上がって、この状況を説明しろって言われるのもめんどいなと思い、まあ救急車でも呼ばれるの待つかと思っていたら、このタイミングで電話がかかってきてすぐに誰かが駆け付けてきた。

つーかこのタイミングってすごすぎねえ?盗撮してた本人がコレ見てて来たんじゃね―のと思って、あ、この状況って俺すげえやばいかもと気づいた。


盗撮している真由子のストーカーなら、彼女と付き合っていながらゲスなことして振られたのに未だに勝手に合鍵で出入りしている俺の事なんて本気で殺したいと思うんじゃないか?


まじでやばい。まじでやばいけど頭ぶつけてふらふらだし、正直勝てる気がしない。




駆け付けた男が俺の安否確認のため一人で俺の倒れている部屋へ入ってきた。

とりあえず問題を先送りして気絶したふりをしようと決めたチキンな俺。



男はどうするのかと思ったら、ためらいなく俺の背中を踏みつけながら耳元へ口を寄せてきた。


「―――黙って死んだふりしていろ。不法侵入の証拠は押さえてある。いい子にしていたら悪いようにはしないよ」


それだけ言うと男はフッと小さく笑って出て行った。俺いま何を言われた?死んだふりしていろってどういうことだ?何が起きているのか理解できなかったが、ただこの男のやばさだけは本能が全力で察知した。



さっき不法侵入の証拠とかいってたが、やっぱりあのぬいぐるみには盗撮カメラが入っているってことだろ?

しかも電波飛ばしてリアルタイムで見ていたから今駆け付けたんだろ?

あのぬいぐるみは、最初に真由子の部屋に来た時から置いてあった。その間ずっと盗撮していたって事だよな?


それやってるのが、真由子の兄貴ってもう頭おかしい。


真由子・・ずっと好きだったヤツに今告白されてテンパってるけど、喜んでる場合じゃないぞ?そいつだけは止めたほうがいいと思うぞ?


俺まさか殺されないよね?悪いようにはしないって言ったよね?普段イキってるけど実はチキンなんだ俺!本物の変態を前に俺は完全にビビッていた。



―――ごめん、ごめんな真由子。


俺は心の中で愛する元カノに、何に対してなのか分からない謝罪の言葉をつぶやいた。



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