真由子3
私が五歳の時、父親が再婚した。
幼い私に母親をつくってやりたいという理由だったらしいが、当時父にべったりだった私は新しい母に父をとられたという気持ちが強く、新しい母と言われても受け入れることが出来なかった。
その私と義母の橋渡しをしてくれたのが、義母の連れ子である良仁だった。よし兄はかたくなだった私に何度も話しかけ、根気強く向き合ってくれて、ひねくれた私の心を開いてくれた。今思うと、兄は兄で必死だったのかもしれない。再婚する母の幸せを守るため、障害となる私となんとか仲良くなろうと努力してくれたんだろう。
父と義母が再婚してからずっと、兄は自分のことよりもいつも私を優先していてくれ、家では常に家族のまとめ役だった。血のつながりのない私たちがちゃんと家族でいられるよう、まさにかすがいになろうといつも気を遣ってくれていた。
当時十歳の、まだ少年だった兄にはどれだけ負担だったろうといまでも申し訳なくなる。
幼い私は兄の気苦労など知る由もなく、優しい兄にべったり依存するようになるまでそれほど時間はかからなかった。
幼いうちは両親も『ほほえましいわね』と私のブラコンを受け入れていてくれたが、成長とともにたしなめられるようになった。いつまでも兄離れできない私を危惧したのかもしれない。
義母は血のつながらない私を、本当の娘のようにかわいがってくれたが、だからこそ、兄によこしまな思いを抱いていることが義母への裏切りのように感じて、恋心を強烈に自覚しだした頃から私はどうしても義母によそよそしい態度しかとれなくなり、私たち家族は再びぎくしゃくする関係になってしまった。
兄が家族が再びばらばらにならないようにと一生懸命努力しているというのに、私はなんて醜くよこしまな思いを抱いているんだと自分を責めた。
ずっと、こんな自分が大嫌いだった。
この想いが家族を壊すとわかっていた。だからどうにかして気持ちを消そうと、兄を避ける日々が続いた。
何も知らない兄は私の変化に戸惑い、急に態度が変わったことを心配し何度も何度も話しかけて私に歩み寄ろうとしてくれていたが、義母はそんな兄をたしなめ、私から引き離そうとした。母親の感だろうか?だんだんと私と兄が触れ合うことに以上にピリピリしだした。
―――私が兄に恋しているのを、母はもう気づいているのかもしれない。
もうこの家で暮らしていくのは無理なのかもしれないと思うようになった。でも兄と離れ家族と離れる決心がなかなかつかずだましだまし過ごしていた。
そんなある日、私は決定的な言葉を聞いてしまう。
夜中に喉が渇いて目が覚めて、キッチンのある一階に降りた時。真夜中だというのにリビングに明かりがついていた。話し声が聞こえたので声をかけるか迷ったが、兄と義母は言い争いをしているようで私は扉の前でためたらっているうちに立ち聞きしているような状態になってしまった。
「―――だからもうあなたは家を出た方がいいわ。あなたにだって将来があるんだから」
「家族は一緒に暮らすものだろ?母さんはなんで俺を追い出そうとするのさ」
「そんなの・・わかってるでしょ?就職も決まったし、もう家を出てもいいころよ?・・・お願いだからもう真由子ちゃんから離れてちょうだい!あなた人生をめちゃくちゃにしたいのっ?!」
私の名前が出たあたりでもう足が震えて聞いていられなかった。足音をたてないように、そおっと階段を上って部屋へ戻る。ベッドに身を投げて、震えるからだを抱きしめた。
ばれていた!とっくに!義母には私の汚い想いなどお見通しだったのだ。
恥ずかしさと申し訳なさとで頭はごちゃごちゃだった。消えてなくなりたいと思った。
それから私はすぐに、大学合格を機に一人暮らしがしたいと申し出た。その時の義母のほっとした顔が忘れられない。家を出るまでの間、私は徹底的に兄を避けた。それが私のできる精一杯の、家族への愛だった。
家を出る引っ越しのとき、女の子の独り暮らしだと思われないほうがいいと言って、義母の反対を押し切り私の引っ越し先までついてきた。荷解きは恥ずかしいから帰ってくれというと、しぶしぶ引き下がったが、最後に引っ越し祝いだと言ってあの冴えない犬のキャラクターの大きいぬいぐるみをくれた。
それをみて、思わず笑った。兄にとって私はいつまでもぬいぐるみを喜ぶ小さな子どもなんだろうなと、少し悲しくなった。
このキャラクターが好きなわけではなかった。兄が飲んでいたお茶のおまけをもらった時すごく喜んだから、兄は私がこれを大好きだと未だに勘違いしているのだろう。兄を騙しているようで申し訳ない気持ちがした。
独り暮らしを始めてからも兄は何度も心配して電話をくれたが、私は決して会おうとしなかった。顔を見なければ・・物理的に離れていればいつかこの想いも消えていくと信じて、ずっと距離をとっていた。
それが・・今私は兄の腕の中にいる。
「よ、よし兄っダメっ離してっ・・」
私が腕の中で暴れてると、よし兄は逃すまいと腕に力を込めて私の身体を抱き込む。だめだだめだだめだ、こんなことをされたら蓋をしていた気持ちがあふれ出してしまう。
「いやだ、ずっとこうしたかった。真由子、どうして俺を避けるんだ?俺が嫌いになった?」
「そんな・・そんなんじゃないよ!好きだよ!・・好きだからこそ、よし兄と会うのがつらかった!家族としてやっていけなくなりそうだったから・・だから」
混乱して私は自分が何を口走ってるのかわからなくなっていた。隣の部屋には元彼が死んでいて、すぐそばの台所で私はずっと好きだった兄に抱きしめられている。こんな状況に頭の中はめちゃくちゃだった。
「真由子・・それ本当?俺を好きだって、本当?」
「あっ・・うそ、ダメ、違うの。やめて、訊かないで」
顔を逸らして兄の視線から逃れる。兄はそれを許さず私の顔をつかんで引き寄せた。唇がかすめるくらいの距離でささやかれ、私の思考はまるで嵐のなかに放り出されたように混乱する。私の愚かな嘘など、簡単に見抜かれてしまいそうになる。
なんてバカだったんだ、必死に取り繕ってきた家族の仮面が剥がれ落ちてしまう。やめて、やめてと心が叫ぶが、兄の言葉に逆らえない。
「真由子、ちゃんと言って。俺が好きなの?」
「・・・っ好き。ずっとずっと、よし兄の事が好きだった・・っ」
そう言った瞬間、私の唇に兄の熱い唇が重ねられた。なにが起きたか理解できずにしばしされるがままになってしまう。何かを言おうと口を開いたところにぬるりと兄の舌が入ってきて、初めての感覚に体が崩れ落ちそうになり、思わずその腕にすがってしまう。
長い長いキスのあと、兄は私を抱きしめながら言った。
「真由子、ずっと好きだった。ずっとこうしたいと思っていた」
耳元で兄が思ってもみなかった事を告げた。突然の告白に理解が追い付かない。よし兄が?私を?
「う、そでしょう?」
「真由子が俺を家族としてしか見てないと思っていたからな。でももうダメだ。お前の気持ちを知ってしまったら止められない。真由子、俺と家族になろう?偽物の兄妹じゃない。結婚して、子どもを作って、本物の家族を作ろう」
「で、でも、ダメだよ・・こんなの・・そうだ、私これから警察に拘束されるはずだよ?逮捕はされなくても確実によし兄の仕事にも影響があるもん。これ以上・・これ以上よし兄の人生をめちゃくちゃにするわけにいかないよ!」
「お前の居ない人生ならいらない。何もかも捨ててもお前と居たい。お願いだからもう俺を拒まないで。警察なんかにお前を行かせたりしない。あれの始末は俺に任せろっていっただろう?お前はもう何も考えるな。ただ俺を好きでいてくれ」
―――何も考えるな。なにもかんがえるな。そういいながら兄は再び唇を重ねてきた。
ダメだ、考えなきゃいけないのに。でも唇をかさねられるたび、頭は甘い毒を流し込まれたように麻痺していく。ぞわぞわとせりあがってくる快楽に支配され、何も考えられなくなっていく。
「真由子・・俺の事だけ考えて・・」
耳元で囁かれ舌が差し込まれる。
ピチュ、ピチュと水音が大きく響き、甘い刺激に身体が支配され、私はどんどんバカになっていく。
私は隣の部屋で倒れる元彼の事も、義母の事も、何もかも全ての思考を投げ捨て目を閉じた。