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真由子2

 その日私は講義の後バイトに行く予定だった。しかし講義中からどんどん具合がわるくなり、バイトどころではなくなってしまった。講義終了後、バイト先に欠勤の電話をいれると一度トイレに駆け込み吐いた。熱もどんどん上がってるのが自分でもわかり、これはまずい、と這う這うの体で家へと帰った。

家の鍵を差し込むと、鍵が開いていることに気づいた。うっかり閉め忘れて行ってしまったのか?と回らない頭で考えていると、玄関に男物の靴と可愛いパンプスが置いてあって、非常に嫌な予感がした私は、急いでベッドの部屋の引き戸を開けた。


 そこには、まあ予想通りではあるが、葛西と女の子が裸で抱き合っていた。


 「・・・」


 「あっ真由子?!あれ?!はっや!バイトは?」


 若干慌てているものの、呑気な様子の葛西に最高に腹が立ったが、それよりもめちゃくちゃ具合が悪いのにすぐにベッドに寝られない事実に最も打ちのめされた。


 「なにしてくれてんのよ・・・もうそのベッド汚くて使えないじゃん・・・具合悪いのに・・っううっまた吐きそう・・っ」

 こみ上げる嘔吐感に抗えずトイレに駆け込んだ。胃液まで出し切ってなんとかトイレから出ると、心配そうな顔の葛西と、戸惑い気味の半裸のおっぱいちゃんが立っていた。


 「どうした?具合悪いの?すげえヤバそうじゃん、どうしよう?どうしたらいい?」


 「・・・ベッドシーツ換えて、綺麗にしてよ。寝たい」


 わかった、と言って葛西がベッドへと向かった。残ったおっぱいちゃんはどうするのかと思ったら、コップに水を汲んできてくれて口を濯がせてくれた。一体どういう反応をすべきか戸惑ったが、もう喋るのもしんどいくらいに熱が上がってきたので、とりあえずされるがままになった。おっぱいちゃんは私のスウェットを持ってきてくれて着替えさせることまでしてくれた。もうなんなのこの状況。


 葛西がベッドに運んでくれ、おっぱいちゃんが熱が高いから薬飲んだ方がいいと言うと、葛西が財布をもって飛び出していった。


 「・・・・」


 「・・・・」


 えーと、おっぱいちゃん未だにキャミとパンツだけなんだけど風邪ひくよ?と思い彼女のほうをみると、気まずそうに私に話しかけてきた。


 「なんか・・・変なことになっちゃったけど、具合悪い時にごめん。いや、公平と寝たのはアンタへのあてつけなんだけどね。タイミング悪かったみたいね」


 「あてつけって・・葛西が好きなら、別れてとか直接いってくれればいいのに・・」


 おっぱいちゃんはちょっとバカにしたように鼻で笑うと私に言った。


 「そういうんじゃなくて。あんな男と付き合っておきながら、まだサセてないんでしょ?アタシそういうカマトトぶった女、大っ嫌いなの。だからちょっと意地悪してやろうかなって、その程度よ。

いつまでも処女臭く勿体ぶってるって公平が言うからさ、じゃあ私としよ?てなったんだけど・・なんか変なことになっちゃったな」


 勿体ぶった処女とか言ってたんか!あのクソ野郎!


 「ああ・・なんか寝取った女と寝取られた女の会話じゃないね・・だったら何でおっぱいちゃんはなんでこんなに親切なの?嫌いなんでしょ?私の事」


 「あー・・いや具合悪いのをさすがに放っとけないでしょ。それにちょっと思ってたのと違うかもって。だからごめんね?」


 「おっぱいちゃん・・・えーとありがとう?」


 「そのおっぱいちゃんてやめてくんない?」


 そこへようやく葛西が帰ってきた。薬とゼリー飲料と買ってきてくれたので、おっぱいちゃんに飲ませてもらってようやく落ち着いてきた。葛西が私とおっぱいちゃんが普通に接してるのを見て混乱している。


 「あれ?え――っとごめん、ていうかね?真由子が全然させてくんないから欲求不満でさ、ちょっとフラッっとしちゃったけど、もう浮気しないからさ、許して?」


 「いやもう浮気とか本気とかどうでもいい。とにかく無理。なに勝手に家に入ってしかも知らない人連れ込んで人のベッド使ってんの?もう常識的に無理。二度とくんな。つうかアンタどうやって入ったの?鍵持ってないでしょ?」


 そこまで言われると葛西は視線を彷徨わせ手をポケットに這わせた。

 

 「おっぱいちゃん!そこのポケット探って!」


 「だからその呼び方やめてくんない?・・あった、コレ?」


 おっぱいちゃんが葛西のズボンを探ると、キーホルダーの付いた鍵が出てきた。葛西のクソ野郎は、なんと勝手に合鍵を作っていた。いつからかわからないが何度も勝手に出入りしていたのかと思うと怒りで頭がくらくらした。二度とくんなとくぎをさして、おっぱいちゃんと一緒に出て行ってもらう。

 いろいろ言いたいことはあったが、体は限界だったため、考えることは放棄して寝ることにした。


 葛西とはこれっきり、二度とウチに上げるつもりもなかったし、ヤツの浮気で別れたと公言しようと決めた。それでヤツとは縁が切れると思っていた。


 それから大学で会ってもうるさいハエだと思うようにし、全くアイツの言う言葉に耳を貸さないでいたら、ついに一昨日、家に押しかけてきてしまった。


 「真由子!!誤解なんだって!浮気っていうか妬かせたかっただけなんだって!頼むからもっかいやり直そう!」


 激しくアパートの薄いドアを叩くので近所迷惑なことこの上ない。でもそれに負けて最初に家に上げてしまったから、こんなことになったんだと思い、後で苦情が来ることを覚悟して無視を決め込んだ。だがいつまでたっても無反応な私に焦れたのか、葛西がとんでもないことを言い出した。


 「おい!無視してんな!あけねーとお前の裸の写真をネットに上げんぞコラ!」


 ああああんのクソ野郎!そんな写真いつ撮ったんだあああ!本気でぶん殴ってスマホ破壊してやろうとドアを開けた。


 「アンタいい加減にしてよ!犯罪でしょそれえええ!死ねこのクズ野郎!」


 「あーやっと出てきた。おっせーんだよ。ちょっと入れろよいい加減さみい」


 「どの口がいうかあ!スマホ置いて帰りやがれ!マジ殺す!」


 玄関先でぎゃんぎゃん騒いでいると、隣の家のドアが開いて『うるせええええ!!!!』と怒鳴られてしまった。葛西と二人でビビッていると『警察呼ぶぞ!』とまで言われたので葛西はすごすごと帰って行った。隣の住人に謝りに行くと『こじれて脅されてるなら、ちゃんと弁護士とか頼んだほうがいいよ』と心配されてしまった。


 そう、これがつい一昨日の事だ。


 

 そして今その騒ぎの張本人は、なぜか私の家で血を流して倒れている。



 混乱したまま、私は着信を取った。

こんな状態で電話にでれば必ず兄を巻き込んでしまうのに、怖くて我慢できない。誰かにすがりたい。

いつも私を守ってくれた絶対的な存在の彼からの電話に気が緩んであろうことか助けをもとめてしまった。


「よし兄・・・どうしよう、帰ってきたら元彼がいて、頭から血が出ていて、全然動かないのっ。きゅ、救急車、呼ばなきゃ・・・でも、全然動かないのっ・・し、死んでたらどうしようぅ~」


 突然パニックになった支離滅裂な私の言葉を、兄は冷静に受け止めてくれた。


「落ち着け、どうした?大丈夫だ、ちょうど今すぐ近くまで来たから電話したんだ。すぐ行くから心配するな、待ってろ」



 そういって電話を切ると、本当にすぐ兄貴は来てくれた。ドアを開けるとすぐ震える私を抱きしめてくれた。広い胸に包まれて、縋ってはいけないとわかっているのにこの優しさに甘えてしまう。


 「よし兄ぃ・・」


 「もう大丈夫だ、怖かったな。どうしたんだ?なにがあった?」


 よし兄は私を抱きしめながら背中を撫でておちつかせてくれる。私はベッドの部屋を指示し、帰ってきてきたらこの状態だったと説明した。よし兄が来てくれて、口で説明するうちに頭が冷静になってきた私は、救急車を呼ぼうと携帯を開いた。だがよし兄がそれをそっと閉じる。


 「えっ・・な、なんで」


 「もし、あれが死んでるとしたら、お前がまずいことになるんじゃないか?あれは誰だ?彼氏か?もし警察が来たらまずはお前が疑われるんだぞ」


 よし兄の言葉に私は震えた。私がもし警察沙汰になったりすれば兄貴の将来に関わる。兄は今年から弁護士事務所で働き始めたばかりだ。身内の不祥事は彼の将来に大きくかかわるはずだと思い至り、血の気が引いた。

 私が葛西を殴ったわけでもないし、バイト先でのアリバイもあるので私が逮捕されるとは思えないが、一昨日玄関先で葛西と大喧嘩していたことが頭をよぎる。あの時、死ねだの殺すだの叫んだ記憶があるので、それを隣人に証言されれば確実に取り調べで勾留されるだろう。

 「お前は怖くて見られないだろうから俺がアイツを確認してくる。気絶しているだけなら俺が病院に連れて行くから心配するな。全部俺に任せとけ」


 震える私を玄関に置いて、よし兄はベッドの部屋へと入っていく。私は祈るような気持ちでそれを見送る。ただ頭を打って気絶しているだけであってほしい。


 引き戸を開けて兄が出てくる。私の顔をみると眉をひそめて首を横に振った。

 その意味を理解した私は絶望で一瞬目の前が暗くなる。


 「あ・・あ・・どうしよう・・ごめん、ごめんなさい。こんなことによし兄巻き込めないよ。警察電話するからその前に帰って。本当にごめん」


 私がそういうとよし兄はしゃがみこんで大きな手で私を抱きよせた。


 「バカ、そんなことできるか。俺に任せろっていっただろ?あれの始末も俺がする。お前は何も心配するな」


 「そんな事できないよ!もうよし兄に迷惑かけたくなくて、実家をでたのに・・こんな、こんなよし兄の人生をめちゃくちゃにするような真似できない!」


 頭を振り乱して私は兄の腕から逃れる。こんなこと義母に知れたら私たち家族はもう終わりだ。今までだってもろく崩れそうに危うい均衡の上で成り立っていたのだ。だからこそ私は家をでた。もう兄への想いを断ち切るために。これからも家族として接していけるように。




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