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廃材奇譚

作者: まるた

ぶわーっと書いた。


立派な人間とは、いかに立派な歯車になれるかということだ。

毎日、起きて食べて働いて寝る。それらをきちんと繰り返すことができる者が正しい人間と見なされて賞賛を浴びる。

もちろん歯車である以上、他と噛み合って回転することが前提だ。

その点、ボクは不出来な歯車だ。

他と噛み合うことのできない、要らない歯車。

誰に言われなくったってボク自身それを痛感している。

そんなボクにとって、この町外れの廃品置き場だけがオアシスだった。

曲がった自転車に古くなったテレビ、ボロボロになったぬいぐるみ。その他よくわからないままに放擲された不要な物。それらに囲まれて一人空を眺めることだけがボクの最高の慰めだったんだ。

だから、今日も倒れている冷蔵庫の上に寝転がって暮れていく空を眺めていた。そしたらどこからかガタガタと音が聞こえてきた。

「なんだろう……?」

猫か、それともねずみだろうか。まさか犬なんてことはあるまい。体を起こして、音の鳴る方を見ると向こう側にある廃材の山が今にも噴火しそうに揺れていた。

「え、え」

なにあれ、怖い。というのがそのときのボクの率直な感想だ。空き缶が転がるとかなら可愛いものだ、けれどもあれはそんなものじゃない。確実に得体の知れない何かがいる。

逃げようなんて言葉が頭の中で形になるよりも早くボクは置いていたカバンを引っつかんで走る準備をした。こんなところがきっと弱虫だとか言われる所以になっているのだろう。けれど、それがなんだって言うのだ。痛いのも怖いのも嫌に決まっている。それから逃げ出して、何が悪い。

冷蔵庫から降りて鉄パイプやら木の箱やらが重なっている上を転ばないように注意深く歩いていく。ようやく地面に足を付ける、というところで先ほどまで元気良く聞こえていたガタガタという音が止んでいることに気がつく。

代わりに聞こえてきたのは、誰かがすすり泣いているような声だった。

「っ…………」

その声を聞いた瞬間に、逃げようと考えていたことなんて頭から吹き飛んだ。どことなく居たたまれない気持ちを抱えてその声の方へそっと歩いていく。

だって、こんなところで誰かが泣いているだなんてそんなの。ボクは痛いのも怖いのも嫌だけれども、誰かが泣いているのだって同じくらいに嫌なのだ。

でも、もしものときのために落ちていた鉄パイプは拾っておいた。

「ぁあ、あ、ああ、あの、誰か。いますか?」

ボクの声が聞こえたのか、すすり泣く声はピタリと止まった。代わりに聞こえてきたのは以外にもなんだか野太い、渋い声だった。

「坊や、外にいるのかい?」

「ひぇっ、あ、あの。はい」

「すまねぇが手を貸しちゃくんねぇかい?閉じこめられちまったみてぇでよ」

「うぇええ!?あ、はぁ、はい!」

誰か、おじさん?がこのゴミ山の中に潜りこんでそのまま山が崩れてしまったのだろうか。実際、この廃品置き場に物を拾いにくる家無しの人は多いからその類だろうか。しかしこんな不安定なゴミ山に潜りこむなんて、危ないってわかりそうなもんだけれど。

「じゃあ、物を退けていきますね」

「わりぃな、礼ならあとでするからよ」

「はぁ」

正直、ボクの知覚が感知しない範囲まで行ってくれればそれでいい。

拾った鉄パイプを地面に置いて、錆びついたよくわからない金属部品などを一個ずつ運び出す。掃除とかをする気にはなれないが、こうやって物に触れるのは楽しいことだ。用途のよくわからない物ひとつひとつに名前があって使われる途があって、そういったことを考えるのは心躍る。他の人から見ればただのゴミでも、ボクにとっては宝物だ。

「坊や、そろそろよさそうだ」

「えっ、あ、ひゃい!」

しまった、途中からこの人のことが頭から抜けていた。これも悪い癖だ。しかし、どこにいるのだろう。まだまだ小さな穴ができたぐらいのもので、おじさんの手も足も何も見えていないというのに。

「だからよぉ、ちょっと退いてくれるか?そうだな……二歩後ろに下がってくれ」

「え、と。こう……ですか?」

言われるがままに二歩下がる。それでいったいどうすればいいのだろう。意味がよくわからないことを言われてそのままにされるというのは居心地が悪い。

「そうそう、ぶつかったら危ねぇからな」

「え?」

次の瞬間ドォンというものすごい音が鳴り響いた。ボクは咄嗟に目を瞑ったがバラバラバラという音はしばらく止まなかった。土と錆の香りがあたりに充満していく。

恐る恐る目を開けると、そこにはボクの開けた小さな穴など微塵もなく、というより最後の砦を崩してしまったのか先ほどよりもだいぶ小さく、平たくなってしまったゴミ山が広がっていた。

そのことに呆然とし、その後ハッとして周囲を見回す。

「お、おじさん……」

しかし、そのどこにも人影すら見当たらない。

どうしよう、これは。ボクが殺してしまったということになるのであろうか。それともおじさんの壮大な自殺に巻きこまれてしまったと考えるべきか。この場合ボクは自殺幇助ということになってしまうのだろうか。よし、逃げよう。

「ふぃー助かったぜ。いやぁ、なんせ目が覚めたらあそこにいたもんでなぁ。たぶん誰かに連れ出されたんだろうけどな、はっはっはっは」

へ、おじさん?なんで?

その声が頭上から降ってきていることに気がついて頭を上げる。するとそこには光を一切合財全て吸収してしまったかのように黒い、歯車が。

「さて、助けてくれてありがとよ!大したことはできねぇが、何か礼をしねぇとな。なにがいい?」

「………………はい?」

謎の黒い歯車からおじさんの声が聞こえてくるように感じる。

夢だ、きっと。これは夢だ。もしくは、妄想だ。きっとあまりにもここに通い詰めすぎてそれに多分に影響されたイマジナリーフレンドでも作ってしまったに違いない。じゃあ今まで独り言を言っていたことになるのか。うわ、めちゃくちゃ恥ずかしい。

「ん?坊や……」

「うぁあああああああああああああ!!!!!!」

とりあえず、逃げることにした。

走って走って、廃材置き場を出て町の方まで戻ってきた。一旦足を止めて額に流れる汗を拭う。いったい何が起きたというのだろう。ボクのオアシスがあんなわけのわからない幻覚に侵略されてしまうなんて……。

「おーい」

だいたい何!?渋いおじさんの声で話す黒い歯車なんてどんな幻覚!?どうせだったらなんかこうもっといい感じの……それも思いつかないけれど。

「おーい」

「ああっ!もう!さっきっからうるさ……」

後ろを振り向くと、あの歯車が寸分違わず浮遊していた。そしてボクはまたもや全速力で走り出しだ。

「お、競争か?おいちゃん負けねぇぞ?」

「きぇえええええああああ」

こう見えて逃げ足の速さには自信があるというのに、その歯車はボクから10センチと離れずに追走してきた。全速力で走り出した足に急ブレーキの指示を出し、その勢いのまま路地裏に飛びこんだ。

「お、なかなか元気いっぱいじゃねえか。感心感心」

「あ、あな、あなた?はいったいなんなんですか!?」

「……名のるほどの物ではねぇよ」

「いや、意味がわからな「見つけた!」」

そこに現れたのは赤い髪の少女。なにか端末らしきものを持って、そしてなぜかボクのことをすごい目で睨んでいる。やめてくださいそんな目で見られたらボクは虚弱なのですぐに死にそうになってしまいます。生身の人間って本当に苦手なのに。しかもなぜかボクにツカツカと歩み寄ってくるし。

「あんたね、この盗人!!」

そして振り上げられる手。あ、だめだこれ。

意識せずとも歯が噛み合わずにガチガチと動き出す。体中がバラバラに崩れ落ちていってしまいそうなほどに震えが止まらない。

怖い、怖い、怖い。痛いことは嫌いだ。怖いことも嫌いだ。こんな簡単な暴力で立ちすくむほどにどれもこれも嫌で嫌でたまらない!

綺麗な白い手のひらが、ボクの頬を打とうとして、それが届くことはなかった。

「えっ」

ボスリ、とボクと手のひらの間に割って入ったのはなぜか宙に浮いているビニール袋で。気がつくとそこらに散乱していた無数のゴミがまるで生きているかのように動き出していた。

「おいおい、いきなりそれはちーっと性急すぎやしないかい?」

空のペットボトルがバットのようにブンブンと飛び、新聞紙が盾のように広げられボクとその子の間に割ってはいる。ひしゃげて曲げられた空き缶が塔でも作るようにこの路地の出入り口を塞いでいく。

ボクはまわりをキョロキョロと見回すばかりで一体何が起きているのかなんてこと、ちっともわかってやいなかった。でも、原因だけははっきりとわかっていた。

ボクは斜め後ろへと視線をずらす。そこにはあの黒い歯車が淡い燐光を発しながら、作動中ですとでも言いたげにくるくると宙で回転していた。

「おいちゃん、恩人に手を挙げられそうなのを黙って見ていられるような性分じゃないんだよ」

その時、ボクはたぶんポカンと口を開けて間抜けな顔をしていて、そしてその少女といえばなぜか青ざめたような顔をして黒い歯車を凝視していた。

「あ、あんた……か、勝手に作動するなんて規則違反よ!」

「知ったことか、それはお前らの都合だろう」

そう言いながら黒い歯車がすいっと少女に近づくと少女はひぃと言って地面に座りこんでしまった。それを見るとぐらぐらと心が揺らぐ。だって、それはまるでさっきまでの自分を見ているようで。どうにも落ち着かない。痛いことも、怖いことも嫌だ。そしてそれが、自分の知覚できる範囲で行われることすら嫌なほどに、大ッ嫌いだ。

気がついたら、ボクはこのわけのわからない状況で口を開いていた。

「おじさん。よくわかんないけど、もういいよ」

「いいのかい?」

「うん。だってあんなに怖がっているんだもん」

「そうかい。嬢ちゃんが言うんなら止めようか」

おじさんはそう言うと、ボクの言い分を聞きいれてくれたみたいだった。回転が止まり、光も消え、先ほどまで生き生きと動いていた物たちも落下して元通りのゴミに変わっていた。

「じょう……ちゃん?」

座りこんだままの少女がボクの方を向いて、唇をわなわなと震わせている。ああ、これだから自己紹介なんて苦手なんだ。だけど、この状況だとたぶんそこから始めないといけないんだろうなぁ。ボクもボクでどうすればいいのか聞きたいし。

そう思って、ボクはフードを外した。

「うん。ボクもいちおう……女子。あの、えっと、だからってわけじゃないけど……どうすればいいのか、教えて?」

よし、ボクにしてはうまく喋れた方だ。なんて自分に花丸を送りたいなんて考えていたらあろうことかその少女はそのままカクッと倒れてしまった。え、ちょっと。

「ど、どうすれば……」

「嬢ちゃんの家にでも運んでやんな。おいちゃんがやってもいいけど」

「え、じゃ、じゃあそれで……」

ここから、要らない歯車だったボクはすこしずつまわりと噛み合って、大きく回転していくことになるのだった。


初投稿です。まだよくわかってないです。

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[一言] 美風です。 今回は11枚小説にご参加いただき誠にありがとうございました! あるキャラのオヤジっぷりに笑ってしまいました。 結果発表まで今しばらくお待ち下さい。
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