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他には何も望まない  作者: 風花てい(koharu)
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嘘つき娘の憂鬱 8


「竹里冬樹!……さん。ですって?」


 目の前にいる人間を思わず呼び捨てにしようとした自分を心の中で諫めながらも、紅子は、葛笠が遠ざけた若者を無遠慮に見つめずにはいられなかった。


 竹里冬樹といえば、武里リゾートの代表としてスキー場やゴルフ場を併設する大規模なりゾート施設を次々に成功させたことで、新聞や雑誌などでたびたび取り上げられていた武里グループ一族の御曹司である。


 もっとも、彼が時の人としてもてはやされていたのは、すでに過去の話だ。



 今から二年ほど前。後継者争いに嫌気がさした老舗ホテル茅蜩館の老オーナーが、昔なじみの源一郎にホテルを譲ることを決めた。源一郎は、そのホテルを三女橘乃の持参金とし、『娘が伴侶に選んだ男性に茅蜩館ホテルを与える』と言い出した。


 源一郎の真の目的は、現在の橘乃の夫である梅宮要を、オーナー争いも兼ねた橘乃の夫選びに引っ張り出すことにあったようだ。梅宮は、オーナーの身内であるが養子であるがゆえに身内からは軽んぜられ、本人も茅蜩館という財産を引き継ぐことに消極的であった。事情を知らない橘乃が梅宮をパートナーに選んだのであれば彼がホテルを継ぐことに誰も文句は言うまいと源一郎は考えたようだ。だが、彼の無責任な提案のせいで、持参金に目がくらんだ多くの求婚者が橘乃に殺到することになった。竹里冬樹も、そんな求婚者の一人だった。


 冬樹は華やかなプロフィールの持ち主であるからして、彼女も少なからず彼にときめいたようだ。しかしながら、愛すべき八方美人の橘乃と、他人に不快な思いをさせてでも自分がチヤホヤされたい冬樹との相性が良いわけがない。案の定、橘乃は一度食事と共にしただけで冬樹にうんざりし、彼を夫候補から外した。社交的すぎる彼女にしては珍しく、二度と会いたくないとまで言っていた。


 面白半分に近づいたくせに、『自分を選ばない女がいるわけがない』と頭から信じこんでいた冬樹は、その後も見当違いで執拗な求婚を繰り返した。それでも橘乃がなびかないとなると逆恨みし、彼女と茅蜩館を潰そうとした。だが、冬樹からの卑劣な嫌がらせの数々は、橘乃たちを苦しめるどころか、自業自得という形でことごとく彼自身に跳ね返っていった。おかげで、冬樹は、親が用意した神輿の上で威張っているだけのわがまま坊主にすぎないということを、自分から世間に知らしめることになってしまった。


 今の彼は《若き辣腕経営者》でもなければ《時代の寵児》でもない。それどころか、大恥をかかされた腹いせに六条家に火をつけようとしたことで、放火未遂犯になってしまった。彼の父親であった武里グループの前会長が存命であった頃は、彼とその妻が息子の不祥事を強引にもみ消してきたものだが、相手が六条源一郎ではそうもいかない。その場で源一郎に殺されかねないようなことをしでかした冬樹は、もはや武里グループおよび竹里一族の厄介者でしかない。同時期に彼の母親と政治家の伯父による武里リゾートを利用した不正蓄財が明るみになったことで、冬樹は完全に行き場を失った。噂では、家に閉じこもっているとか閉じ込められているということだった。

 


 その竹里冬樹が、なんだって、こんなところにいるのだろう? 

 

 しかも、外見が、かなり地味になっている。ベルトや腕時計にそこはかとない奇抜さが感じられるとはいえ、かなり普通だ。以前の彼は、ファッション誌の表紙のモデルが身に着けているものをそのまま買い付けてきたような服装で自分を飾っていたものだが……

「どんな格好をしようと、俺の勝手だろ」

 口よりも饒舌な紅子の遠慮のない視線にさらされた冬樹が突っかかってきた。すると、葛笠や和臣のみならず、部屋中の人々が一斉に殺気だった視線を冬樹に向けた。日頃から父の無茶な命令を着実にこなしているだけあって、源一郎の秘書たちというのは精神的に図太く一筋縄ではいかない人物ばかりである。ゆえに、みんなして怖い顔をしていると、身の危険を感じるほど怖い。冬樹も怖かったのだろう。慌てて口を閉じた。


「やめたんだよ。……っていうか、嗤われるとわかっているのに着飾れるかよ。それに、こいつらの隣で着飾ってると、なんか自分が馬鹿みたいに思えてくるっていうか……」

(ああ、そうよねえ)

 冬樹が『こいつら』と称した父と兄は、誂えは良いとはいえ、どこにでもあるような色合いのズボンと半袖のワイシャツを身につけている。夏のこの時期は、どこかに出向く予定がない限り、社内ではネクタイも外しているようだ。だが、なんでもない格好だというのに、ふたりには、人の目を引かずにはいられない華やかさと存在感がある。存在感という点では、室長の佐々木を筆頭とした秘書たちも負けてはいない。それぞれにその人らしい美しさと佇まいがある。紅子の主観にすぎないが……というよりも紅子本人が見立てたからだが、渋めのトーンでまとめている葛笠などは、特にカッコイイ。そんな中で、冬樹だけが派手さだけが取り柄みたいな服装をすれば、それこそ道化みたいに見えてしまうことだろう。


「ねえ。本当にここで働いているの? いつから?」

「半年ぐらい前からだ」

「非常に残念なことにね」

 雇われ人とは思えない態度で胸を張る冬樹を横目で見ながら、和臣が、ため息をついた。

「紅子がここで働きたいというのなら、僕としては、今すぐにでも冬樹のほうをここから叩き出したいところだよ。だけど、お父さんが許してくれないだろうからね」

「辞めさせるつもりはない」

 これまでに何度もあったやりとりなのだろう。当てつけがましい口調の和臣に、むっつりと源一郎が言い返した。

「まあ、自分から『辞める』と言うなら、引き留めはしないがな」

「俺は、絶対に辞めないからな」

 これも何度も繰り返してきたやりとりなのだろう。間髪を入れずに冬樹が源一郎に向かって宣言する。そして、紅子を指さしながら、「だけど、どうして、『俺かこいつか』なんだ?」と不思議そうに首を傾げた。


「この子が働きたいなら働かせてやればいいだろ。俺のことなんて気にしなくてもいいからさ」

「ダメだ!」 

 源一郎が、引っさらうようにして紅子を自分の腕の中に抱えこみ、冬樹を威嚇するように睨み付ける。

「おまえのようなけだものが生息している危険な場所に、うちの大事な娘をおいておけるものか。何かあったらどうするんだ」

「けだもの……って」

「女とみれば手当たり次第に食い散らかしてきた奴が、けだものじゃなくてなんだというんだ。いや、獣は獲物を粗末にするような狩りはしないだろうから、けだもの以下か」

「でも、あれは、むこうだって……」

「そうだな。おおかたは合意の上での交際だったんだろう。相手のほうから気のある素振りをしてきたことだって、よくあることだったのかもしれない。しかしながら、短い交際の後に君から飽きられて捨てられて、深く傷ついた女性もいる。それに、ほぼ一方的な『合意』のもと、望まない行為を女性に強いたことも一度や二度ではなかったようだが?」

 和臣の嫌味に加勢するように葛笠がうなずいた。冬樹は何も言い返せぬまま、ふたりから目を逸らした。


「そういうわけだから、こいつがいる限り、女性をここで働かせるわけにはいかないのだよ」

 心底申し訳なさそうに源一郎が紅子に詫びた。ちなみに、この秘書室には、源一郎の手癖の悪さを気に病む彼の妻たちの強い意向により、女性がいない。なるほど、毒牙にかかる女性が皆無という点で、ここ以上に冬樹に適した居場所はないのかもしれない。加えて、「ここ以外に、こいつを仕込み直せそうな所はないだろうしなあ」とぼやく父の言葉どおり、彼とその配下の者たちでもないかぎり、冬樹の性根が叩き直されることはないかもしれない。


 紅子は、あらためて冬樹に目をやった。

「『俺かおまえか』ということなら、俺は譲る気はない。どうしてもだ」

 先手必勝とばかりに、冬樹が主張する。わがまま三昧で育った彼がいかにも言いそうなことだ。それなのに、なぜだか、紅子には、今の冬樹の言葉がとても彼らしくないように感じられた。続けて彼が発した「だから、頼む」という言葉は、まったく彼らしくなかった。もしかして生まれて初めて口にしたのではないのだろうかと疑いたくなるほどの不自然さである。

(もしかしなくても、初めてみたいなものなのかも)

おそらく、今の冬樹は、昔のようになにもかもが自分の思い通りになるのが当然だとは思っていないのだ。ここでの冬樹は、《王様》ではない。誰も彼の望みを叶えるために必死になってくれはしないだろうし、一度決まったことでも源一郎の気持ちひとつで、簡単に覆されることだってあるだろう。


「もう、ここしかないんだ」

 頑なな表情を浮かべて、冬樹が紅子に訴えた。その言葉は、誇張ではないのだろう。彼は、真剣なのだ。それに、怯えてもいるようだ。紅子の脳裏に、ふいに崖っぷちに立っている冬樹のイメージが浮かんだ。彼は、もう後がないことも、足を踏み外せば落ちるしかないこともわかっているのだ。彼は前に進むしかなく、前に進みさえすれば、その先に進む道はどこまでも続いている。


(ここは、冬樹さんが最後に行きついた再出発の場所なんだ)

 そう思ったら、紅子は冬樹にきついことを言えなくなった。




****




 六条紅子は非常に損な性格をしていると、葛笠晴之は常々思っている。


 彼女には、物事が見えすぎているようなところがある。

 もっとも、周囲に目配りができるという意味でなら、彼女よりも彼女の姉たちのほうが優秀であろう。彼女たちは、周りを見ると同時に、自分の振る舞いにも常に静かな眼差しを向けている。だから、自分や自分の家族が不利になるようなことは滅多にしない。無類の噂好きの橘乃でさえ、トラブルの原因になるような発言はしないし、悪口で盛り上がるだけ集団にも本能的に近づかない。


 ひるがえって紅子だが、彼女は、姉たちのように俯瞰するようにして状況をとらえているわけではないようだ。彼女は、自分が気に留めた人物に同調し、その人が置かれている状況や立場からみえる景色や考え方や気持ちを感覚的にトレースしてしまうようなのだ。しかも、紅子は、かなり迂闊な性格をしている。そのため、他人のために一生懸命になりすぎて、いらぬトラブルに首をつっこむは羽目に陥ったり、他人が気にしていることをピンポイントで突くような不用意な発言をしたせいで相手を怒らせてしまったりする。あるいは、相手の苦境を察して自分から損な役回りを演じてしまうこともある。

 たとえば、今のように。


「そういうことなら、仕方がないわよね」

 やけにさばさばとした口調で言いながら父親の腕から抜け出すと、紅子はフロアの出口を目指して真っ直ぐに歩き始めた。

「ここで働かせてもらうのは、諦める。アルバイトのことは、橘乃姉さまにでも相談してみるわ。忙しいのに、お邪魔してごめんなさい。失礼します」

「おい、紅子?」

 源一郎が慌てて呼びかけるが、紅子は振り返りもしない。物わかりが良すぎる娘に不安を覚えた社長が託した伝言を復唱する間を惜しんで、葛笠は紅子を追いかけた。背後から迫ってくる左右のバランスの悪さが特徴的な足音が葛笠のものだと気がついたのだろう、歩く速度を速めた紅子は、紺色の扉が開くと同時にエレベーターの中に滑り込み、《閉まる》ボタンを連打した。葛笠を入れないつもりのようだ。そうはさせるかと、彼は、閉まりかけた紺色の扉の隙間に肩から突っ込むようにてエレベーターに乗り込んだ。


「ごめんなさい」

 葛笠と目を合わせるなり、紅子が謝った。

「いきなり出て行くなんて、失礼だってわかってはいたのよ。お父さまが変に思ってなければいいけど。でも、あれ以上あそこにいたら、冬樹さんにヒドいこと言っちゃいそうだったんだもの」

「なんて?」

「なんて……って、たとえば『私だって、崖っぷちなのよ!!!』とか、『冬樹さんが行き場がないのは、自業自得じゃない! しかも、橘乃姉さまに大迷惑をかけた結果じゃない! なのに、なんで、私が犠牲にならなくてはいけないのよ?! 理不尽よ!』とか」

「言ってやればよかったじゃないか」

 思いがけないところで失言を繰り返すくせに、言うべき時に限って笑顔で我慢するのは、彼女の悪い癖だ。


「言えないもん」

 居心地が悪そうに紅子が床に視線を落とす。

「だって、冬樹さんが本気で心を入れ替えてやり直すつもりがあるのなら、ここで頑張らせてあげたほうがいいと思うの」

「本気じゃないかもしれない」

「それなら、なおさらでしょ。お父さまとここの人たちからビシビシ鍛え直されるほうが、冬樹さんはもちろんのこと、誰にとってもいいことだと思う。それに、冬樹さんは、本気だと思うのよ」

 疑うだけでも申し訳ないというように紅子が顔を曇らせ、「冬樹さんのほうが、切実だと思うのだもの」とつぶやいた。


「だから、お父さまも彼を受け入れることに決めたのでしょう?」

「それは、そのとおりなんだが。でもな。文句を言うぐらいはしてもいいんだぞ」

「でも……、文句を言ったところで、結局、無理なんでしょう?」

「……まあな」

 そのとおりである。源一郎は、冬樹の世話を他所に任すつもりはないようだ。


「あいつな。自分から、ここに来たんだ」

 彼女が察したとおり、ここを追われれば、冬樹の行き場はなくなる。源一郎は、武里グループに対して、甘やかさて放題に育った彼が今のまま武里グループ内での地位を保とうとするならば容赦しないと、宣言している。父親ほども年が離れた冬樹の異母兄たちは、冬樹のわがままにも息子のためになりふりかまわず実家の影響力を行使してきた義母にもうんざりしているので、源一郎からの圧力を喜んで受け入れている。そして、武里グループの外には、六条源一郎に目をつけられているろくでなしの御曹司をわざわざ受け入れてくれるもの好きはいない。冬樹をダメにした彼の母親でさえ、彼の不始末が表沙汰になって以来、彼に憤懣をぶつけるばかりであるという。


 冬樹は性格に多くの問題を抱えているが、決して頭の働きが鈍いわけではない。使い捨て放題にしてきた部下たちに去られ、取り巻きや身内にも見限られ、外出すら許されぬまま母の思い込みと矛盾に満ちた恨み事を延々と聞かされ続ける日々を1年ほど送っているうちに、ようやく、それまでの自分の常識のようなものが狂っていたことに気がついたようだ。


「とにかく、今のままの自分でいることを自分に許していてはマズイとわかったようなんだな。それで、それまで疎遠だったお兄さんたちと真面目に話し合ったそうだ。そして、甘えることが絶対に許されないここでやり直させてもらうことに決めた」

 『冬樹の曲がった根性を俺が一から叩き直してやる』とは、そもそも1年半ほど前に源一郎が言い出したことでもあった。今のところ雑用しか任せられないし、なにかさせるたびにクダクダクダクダ文句ばかりっているし、叱られたりキツイ嫌味を言われたりするたびに癇癪を起している冬樹だが、「ここを辞めない」という決意だけは硬いようだ。彼なりに変わろうと努力している様子も見られる。少しずつではあるが、いい方向に変化している……ような気もする。秘書室全体の意見としては、「見捨てるのも忍びないから、もう少しここで面倒みてやるか」と言ったところである。


「思いがけないことに、和臣さまが忍耐力を養うための得がたい機会にもなっているようだしな」

 源一郎から冬樹の教育係を押しつけられた和臣は、指示することを指示どおりに冬樹にさせるために苦労している。何でも完璧にできる和臣にしてみれば、冬樹のような人間がいることからして信じがたいことであるらしい。しかしながら、将来六条グループを率いる彼もまた、冬樹を破滅させた傲慢さと紙一重のものを内に飼っている。だからこそ、和臣は、できない者の気持ちを汲めるようになることが必要だ。


「じゃあ、やっぱり、文句を言わなくてよかった」

 紅子が、やっと作り笑いではない笑顔を見せた。

「社長から。『冬樹さんのことは、しばらく紫乃さまと明子さまには内緒にしておいてほしい』と」

 紫乃は昨年母親になったばかりだ。明子も、近く母親になる予定である。いずれバレるにせよ、当面の間は、実家のことで心配をかけるような真似はしたくないというのが社長の意向だ。

「あえて言わない程度の秘密でいいぞ」

 家に居ながらにしてあらゆる情報が転がり込んでくるといわれている紫乃の夫はもちろん、明子や橘乃の夫も冬樹の現状を知っている。弱音など吐いたことがなかった和臣が、冬樹に耐えかねて愚痴りに行ったせいだ。


「それから、『すぐにでも、紅子さまに相応しいアルバイト先を見つけるから』と」

「それは、もういいわ。橘乃姉さまに頼むから、大丈夫よ」

「でもなあ。今の茅蜩館は、人手があり余っていると思うんだが……」

 現在の茅蜩館ホテル東京は、老朽化しても新館と呼ばれていた建造物を立て直している最中だ。つまり、休業中のホテル一棟分の人手を持て余している。新館がオープンするまでの間、スタップの一部が横浜や鎌倉の茅蜩館や、新たに運営を任されることになった旧ホワイトヘブンリゾートに派遣されているぐらいだから、茅蜩館としては、新しいアルバイトを雇いたいとは思っていないだろう。


「ああっ! そういえば、そうだったあああぁ~!」

 芝居がかった仕草で両手で頭を抱えると、紅子は、エレベーターの壁に背中をこすりつけながら、ずるずるとしゃがみこんだ。そのまま膝を抱えて座り込むつもりなのかと葛笠が疑った矢先、軽い振動を伴ってエレベーターの扉が開いた。


 エレベーターという密室に、若い美人とおっさんがひとりずつ。しかも女性は、泣き崩れている(仕草をしている)。


 1階でエレベーターを待っていた数人は、きっと驚いたことだろう。そして、葛笠が彼女にひどいことをしたと誤解したに違いない。誤解していると思われる人の中には、厳格なことで知られている笹倉商会の社長……笹倉巌もいた。


「き、君は……」

「違うんです! 誤解です!」

 怒号が飛んでくる気配を察した葛笠は、なにをどう誤解されているか確認もしないまま、笹倉に向かって訴えた。紅子もすぐさま立ち上がって、これこれこういう事情で葛笠は何も悪いことはしていないのだと必死に説明してくれた。彼女の様子が必死すぎて面白かったのだろう。笹倉は怒るのをやめて笑いだした。そして、「そういうことなら、うちでアルバイトするかね?」と紅子に提案した。


「笹倉のおじさまのところで?」

 きょとんとしたかおで紅子が問い返す。彼は、和臣の数少ない友人のひとりである笹倉徹の父親だ。その縁で、紅子も昔からなんとなく彼に打ち解けている。

「そう。もちろん、お父さんが許してくれたらの話ではあるがね」

 笹倉社長は1階に戻ってきたエレベーターに葛笠たちと共に乗り込むと、厳めしい顔に微笑みのようなものを浮かべながら階上へのボタンを押した。




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