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他には何も望まない  作者: 風花てい(koharu)
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嘘つき娘の憂鬱 1


「私は、独身主義者だから」


 二年ほど前から、六条紅子は、なにかにつけて、そう口にするようになった。


 その頃の彼女は大学の二年生で、短大を出たばかりのひとつ違いの姉の橘乃が、大勢の求婚者たちから追いかけられていた。それもこれも、父が、たまたま譲り受けてしまった由緒正しき老舗ホテルの所有権を橘乃の持参金とし、「誰であろうと、かまわない。橘乃の心を射止めた者にホテルを継承させる」などと言い出したせいだった。


 もっとも、父は、最初から何処の馬の骨ともしれぬ男に愛娘を渡すつもりはなかったようだ。持参金を巡る騒動が落ち着いてみれば、姉は、父が子供の頃から目をかけていた当のホテルの関係者を伴侶に選んでいた。


 結局のところ、橘乃は父の掌の中で踊らされたようなものだ。それでも、互いに惹かれ合っての結婚だということは、夫婦のむつまじさ見れば明らかである。それに、橘乃は、お節介がすぎると言われるほどの世話好きで、騒々しいと言われかねないほど社交な性格をしている。彼女の夫となった男は、そんな橘乃を全面的に受け入れたばかりか活躍の場を与えてくれたのだ。彼以上に橘乃にふさわしい人は、きっと他にはいないだろう。


 橘乃は、好い人と巡り会えた。橘乃のより上のふたりの姉たちも、父親が選んだ家の男性と幸せになることを自分で決めた。次女の明子の場合は、父が選んだ男性と彼女が選んだ男性が異なっていたものの、結果だけをみれば、婚姻によって家同士の結びつきを強めるという父の目的は達成されている。


 姉たちは幸せそうだ。父の言うとおりにしていれば、紅子も幸せになれるのかもしれない。今は知らない誰かを愛し、その人と一生を過ごすことを自分の幸せだと思えるようになるのかもしれない。


 それでも、紅子は、そんな未来を受け入れたくなかった。嫌なものは嫌なのだ。父の野望を満たすような家の男性に嫁ぐのも嫌ならば、その人をいずれ好きになってしまうかもしれないことも嫌だ。いや。恐れていると言ったほうがいいのかもしれない。

 


 紅子には、子供の頃から、すっと、ずっと好きだった人がいる。

 ずっと、その人だけを見つめてきた。


 だから、彼がいい。

 他の誰かは、嫌だ。


 しかしながら、紅子が好きな人は、政略結婚の手駒にされるような家に生まれた者ではない。由緒や格式と言ったものが大好きで、娘の結婚を家を大きくするための手段だと考えている父が、彼を紅子の夫に選んでくれるとは思えない。それ以上に、紅子の想い人が彼女を好きになってくれるとも思えない。いいや、彼は紅子のことを好いてくれているだろう。ただし、好きの種類が違う。彼は、紅子を女とみなしていない。いつだって、紅子のことを子供扱いする。この先も、きっとずっとそうだろう。


 だからこそ、このままがいいのだ。

 そうすれば、ずっと彼の傍にいられる。


 それゆえ、彼女は、ことあるごとに「私は、独身主義者だから」と宣言し、その度に父を説得するための言葉を……父が喜びそうな言葉を繰り返す。


「私は、独身主義者だから」

「だから、お嫁になんかいかない。ずっと、お父さまの傍にいるの」

  

 それどころか、子供の頃からずっと一緒だった人見知りがすぎる同い年の妹だって、利用する。


「それに、夕紀ちゃんのことだって心配だもの。夕紀ちゃんがお嫁に行って、そこのおうちの人とうまくやっていけるって私が安心できるまで、お嫁になんていく気になれないわ」


 『橘乃の次は、紅子の嫁ぎ先を』と考えているのであろう父や、息子をダシにして六条家とつながりを持ちたいと考える誰かや、「紅子に良い相手を見繕って、六条源一郎に恩を売ってやろう」と目論んでいる誰かが彼女の大学卒業と同時に縁談を持ってくるのを阻止するために、彼女は、なんどもなんども繰り返す。


 妹の月子から「エセ独身主義者」呼ばわりされようが、本当の独身主義者に対して失礼だろうが、そんなことはどうでもいい。そんなことまで気にする心の余裕など、今の紅子にはない。


「心にもないことばかり言っていると、いつか痛い目に合うわよ」という母から忠告も聞く気にはなれない。どれだけ六条家とその使用人たちが母の先読みの力を当てにしていようと、彼女が確実に当てるのは、天気ぐらいなものだ。娘の将来まで言い当てられるわけがない。



 しかしながら、大学を卒業する学年に上がってまもなく、紅子は母の忠告を聞かなかったことを激しく後悔することになった。



 


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