日常6
「うぇっ!」
イヤホンから流れる音の隙間から、可愛らしい声が響く。
いきなりの人の登場にびっくりしながらも、僕は恐る恐る顔を上げた。
「うぉっ、や、八代さんじゃないか。どうしてこんなところへ?」
まさかこんな人気のないところで八代さんに会うとも思っていなかった僕は、少し動揺して狭くなった喉から、なんとか声を出した。
八代さんは少しはにかみながらも、返事を返してくれる。
「いやぁ、香奈ちゃんの熱が怖くなっちゃって。高瀬くんは?」
ああ、同じ理由だったなんて少し笑いながら、「僕も花沢さんの目が怖くてねー」と笑い合う。
「せっかくこんな所で会ったんだし、私の秘密の場所を教えてあげるよ」
と八代さんは手を口に当てて、小悪魔のように笑った。
「ちょっと付いてきて」と階段を駆け上っていく八代さん。お、スカートの…ダメだダメだダメだ。
「どうしたの高瀬くん。こっちだよ」
と八代さんは階段を登りきって、僕に笑顔を見せている。手には小さな鍵。僕も階段を登りきって八代さんに質問してみたところ、どうやら屋上への鍵らしいということがわかった。
「たまに1人で悩みたい時とかはね、この鍵使って屋上でお弁当食べるの。たまたまふらっとここの階段登った時に落ちてた鍵が、屋上の鍵だなんて思わなかったよ。ラッキーだった」
いたずらがバレてしまったようなちょっとバツの悪い顔をしている八代さんも美人だなぁ。なんて考えが頭の中をぐるぐる回るが、開けたドアからの光がまぶしすぎて、一瞬で吹っ飛んでしまった。
「ううっ、こいつぁマブいぜ」
「え、高瀬くんなにか言った?」
「いや、なんでもないです。」
八代さんの不思議そうな顔。僕はちょっと顔が赤いかもしれない。今の発言はさすがに気を抜きすぎた。
空は晴れわたる快晴というべきか。雲ひとつない青空で、吹き抜ける風が気持ちいい。
ドアに鍵をかけ、日陰に座った八代さんから
「高瀬くん、オススメの曲教えてよ」
と突然の要望が。それにに応えるため、自分のアプリの中で適当にプレイリストを組む。時間的余裕は10分も無いくらいだから、3曲くらいでいいかな。
この曲だよ。とプレイリストを見せながら八代さんにイヤホンを手渡す。
八代さんはまたも不思議そうな顔をして、
「一緒に聞こうよ」
とイヤホンを片耳につけた。もう片方は僕に手渡して、隣に座るように手招きしている。
なんだこれボーナスステージかよ!と今日2度目の歓喜ともわからない感情が心の中を渦巻くが、なんとか平静を保って隣に座る。
近い。
少し目線を八代さんの方へ向けると、思っていたよりも顔が近いことがわかった。心臓の音が跳ね上がる。
不意に八代さんと目が合い、にこりと微笑まれる。もう心臓は破裂しそうで、音楽なんて頭に入ってこなかった。
というより、このことが尾を引きすぎて、今日一日中何も入ってこなかった。