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第5章 相方

1.

 夜の公園は、周辺地域を警察が封鎖していることもあって、ある意味人気のない空間と化していた。

 ある意味というのは、部外者の、つまり公園本来の使用者がいないという意味である。ということは――

「アンバー、そっち行った!」

 エンデュミオール・アスールの声に、アンバーはあえていったん屈み込んだ。目一杯広げて地についた両手のあいだに、雷を走らせる。

(来い、来い、来い!)

 長爪が1体、迫ってきている。3、2、1――

「やぁっ!」

 両手を広げたまま掛け声とともに躍り上がると、バチバチと爆ぜる音もまたついてきた。そう、新スキルである雷のカーテンを作り上げたのだ!

 そこに、長爪が突っ込んでくる。感電の悲鳴を上げながら、プスプスと肉の焦げる匂いが鼻をつく。

「よっしゃあ――ってきゃあ!」

 戦果を確認したくて眺めていたのがいけなかったのだ。長爪の勢いは薄い雷のカーテンで止まるものではなく、よろけながらも突っ込んできて、アンバーはもろに衝突されてしまった。

 嫌な臭いにもダイレクトアタックされて、長爪の下から逃れようと必死でもがく。そこへ、まずいことに金剛が寄ってきたではないか。

「ちょ、ちょ、タンマタンマ!」

「アンバー!」

 慌てたアスールが、別の長爪を弾き飛ばした鞭をさらに振るって、金剛の腕に絡みつけた。足止めして時間を稼いでくれるいまのうちに、ともがく手にさらに力を込めたのだが、予想だにしなかったことが起きた。

 アスールの悲鳴が聞こえたかと思うと、なんとアンバーの目の前に彼女が降ってきたのだ!

 金剛の怪力で、足止めどころか逆に鞭を引っ張られて吹き飛んできたようだ。頭を打ったのか、ぐったりと動かないアスール。金剛の鈍く重い足音が迫る。

「やばい、やばい……!」

 なんでこんな時に限って、わたしとアスールだけしかいないのだろう。アンバーの脱出は、ようやく片足を残すのみ。無駄を承知の迎撃手段をとろうとしたその時、公園の縁で発砲音がして、金剛の上半身が揺らいだ。

 その胸の辺りから、十字型の物体がこぼれ落ちる。庭師が援護射撃で金剛の動きを止めてくれたのだろうと察した。

 そしてそのわずかな時間が、流れを変えた。

 アンバーの影からエンデュミオール・イツヒメが躍り出てきたのだ! 気合いとともに彼女が手を振ると、放たれた棒手裏剣が公園の地面に突き刺さった。たちまち金剛は動きを止められ、苦しげにもがく。話には聞いていたが、

「影縫い……?」

「遅くなりました。今のうちにアスールを」

 着地しても動きを止めずに長爪に向かうイツヒメに気づかされて、アスールの安否を確認する。

 その身体を揺すろうとして、先日受けた講習を思い出した。頭を強打している人を、むやみに動かしてはいけないことを。

「試してみるか……」

 こんなこともあろうかと――というわけではないが、治癒スキルも練習したのだ。胸の前に手のひらを合わせて、合掌するような体勢をとる。

(なんかこれ、ぱっと見縁起でもないな……)

 そうこうしているうちに、手のひらの内側に雷が溜まってきた。先ほどのカーテンに使った物とは違い、極低電圧になるように調整してあるそれを、アスールの額に押し当てる。ピク、と痙攣したのに驚くのもつかの間、パッチリと眼を開いたのに胸を撫で下ろした。

「あ、あれ……? あたし……」

「立てる?」

 アスールに手を貸していると、長爪の短い絶鳴が聞こえた。イツヒメがその首を刎ねたのだ。

「うわグロっ!」

「アンバー、アスール。そろそろ影縫いが切れるから」

 普段と変わらず冷静な口調が飛んできて振り向けば、うなる金剛の足元で、棒手裏剣が震えていた。その身から細かい粉がこぼれ落ちて、かなり細くなっていることに気がつく。

 いち早く、イツヒメが金剛に走り寄って、得物でがら空きの胴を薙いだ。しかし、

「くっ、やっぱり……」

 黒い血しぶきは出たものの、浅く斬れたようにしか見えない。

 その時、金剛が大きく動いた。前にのめって、次に大きく一歩を踏み出してこらえると、そのまま腕を振り回してイツヒメを襲ったのだ!

 かろうじて後転することで逃れたイツヒメ。それは逆に、金剛の周囲が開けたことを意味した。

 体勢を立て直して、アスールが叫ぶ!

「de adhesivo(粘着液)!」

 手を横に大きく振ると、その手に連れて半透明の分厚い幕が現れた。地面に対して垂直な面を持つそれは、その形のまま直進して金剛の胸から上にべっとりと張り付いた。

 金剛が苦しげにもがいて、顔に付着した粘着液を取り除こうとするのだが、容易に剥がれない。そのあいだにアンバーは白水晶を輝かせて、雷を溜めた。

「サンダーランス!」

 アンバーの胸の前から雷が、棒状に伸びて金剛を襲う! 狙い過たず金剛の胸を貫く――はずなのに、

「あれ? どーして?」

 雷は、粘着液に触れたとたんバチッと大きな音を立てて、拡散してしまったではないか。

「アンバー、お腹を狙って」

 イツヒメの声にうなずいて、もう一度雷を溜めるべく白水晶を輝かせた。



 結局次の一撃で、金剛を倒すことができた。

 庭師が事後処理に動き回る中を手伝いながら、アスールが悩ましげな顔で考え込んでいる。

「んー、いまいちだなぁ……」

「そんなことないと思いますよ。呼吸器を塞げばもう戦闘どころじゃなかったじゃないですか」

 イツヒメが庭師とともに長爪の遺体を運び終わって、声をかけた。

(以外と気の回る子だな)

 忍びとして、それでいいのだろうか。アンバーは率直に訪ねてみることにした。

「味方として、お互いに気づいた点を指摘しあうのは有益だと思いますが」

 それ以前に、と続いて笑う。屈託のない、いい笑顔だ。

「孤高の忍びを気取るなら、そもそもボランティアに参加しません」

 それもそうだと3人で笑い合い、アスールが姿勢を改めた。

「ありがとね。じゃ、あたしも指摘していい?」

「どうぞ」

 アスールは少し思い出すような仕草をした。

「このあいだ会った時も言ってたけど、やっぱ金剛には厳しいね、ナイフでは」

 確かに、金剛の厚い皮膚は厄介である。エンデュミオール・ヴェルデの質量プラス電撃でも厳しいことは、『あおぞら』が妖魔討伐を補助し始めてすぐの戦闘でも実見されていた。

 事後処理が終了したらしい。帰りの車に向かって歩きながら、

「アンヌさんならどうなんだろうね?」とアスールに振ってみた。

「ああ、あの人ならぶった斬れそうだね!」

 物問い顔のイツヒメに解説すると、その目が輝いた。

「そんな人がいるんですか……なんとかしてお話だけでもできないでしょうか?」

「お話してどーするの?」

 車に乗り込みながら、イツヒメの返答には嘆きが混じっているのがありありと分かる。

「だって、武器強化系の鍛錬の仕方とか訊けるじゃないですか」

 そう、武器強化系は『あおぞら』に現在彼女1人のみ。いや、過去に遡っても、23年前に棒術使いが1人いたのみである。練習方法や戦闘経験を教えてくれる先輩がいないのだ。

「ブラックみたいにエストレのコピーってわけにもいかないしね」

 運転席の横田は会話から察したのだろう、車を始動させながら言い添えてきた。

 シートベルトを締めて、ほっと一息つく。明日のバイトの予定を思い出すべく首をひねろうとしたら、アスールが前の席で奇妙な行動を取り始めた。

「……あの、なんでつつくんですか?」

 イツヒメの太ももを、アスールの細い指でつんつんしているのだ。

「ねーねー、なんで網タイツなの?」

 エンデュミオールのコスチュームに、下穿きは含まれない。つまりアクションによっては、変身前に穿いているショーツ――隼人の場合はトランクス――が見えてしまう。エンデュミオールになりたての者は、これを避けるため、各自で下穿きをイメージしながら変身する練習をしなければならないのだ。少し練習するだけで会得できるが、面倒な一手間ではある。

 そういえば、そのことも鷹取の人に説明して『ほんとに世知辛いね……』と呆れられたことを思い出したが、

「そりゃあ、九ノ一ですから」

 うん、意味が分からない。


2.


「そうそう、アクアのジェルみたいに、敵の妨害をするスキルもいいなって思ってたんですよ」

 翌日の夜。大学の裏山で、昨夜の戦闘に関する反省会が行われていた。

「んでほら、沙耶さんがぶわって膜作って、アルマーレの攻撃を弾き返したじゃないですか。あれ、できないかなって考えて、作ってみたんですけど――」

 ブラックはポタリスウェットを飲む手を休めて、楽しそうにしゃべるアスールの顔を眺めた。

「でもよく考えたら、ああいう攻撃してくる妖魔って、緋角とかいう特殊な奴しかいないじゃないですか。伯爵家も帰っちゃったし。で、それとは別に、粘着液ヴァージョンも作ってみたというわけです」

 感嘆した瞳魅が、両手で包みこんだお茶をぐっと飲むとしゃべり始めた。

「ほんとに自分で考えて練習するんですね。大変だなぁ」

「鷹取の人は3つくらいだっけ? 使うの」

 アンバーの問いに瞳魅が指折り数えてうなずくと、イツヒメが不思議そうな顔をし始めた。

「そういえば瞳魅ってさ――」

「うん?」

「羽衣着けないよね? なんで?」

 そう言えば、ほかの巫女がみんな着けているのに、なぜ彼女はしないのだろう。

 答えは明確、『重いから』だった。

「重いの?」

「ええ、大体20キロあるんですよ」

 さらに、広範囲をカバーするため膨らませるとその分だけ重くなるし、そもそも空気抵抗になって邪魔なのだと笑う。

「あれ、そんなにあるんだ……」とアスールが眉をひそめ、

「空挺降下に使ってるから、てっきりふんわり軽いもんだと思ってたよ」

 というアンバーの感想に同意したうえで、あえて尋ねてみた。

「鷹取の人って力持ちだから、20キロくらいどうってことないんじゃないの?」

 瞳魅は苦笑い気味に首を振った。

「わたしたち、筋力や耐久力はありますけど、脚力はそれに比べると無いんですよ。」

 身軽に動き回って格闘戦がしたい。だから着けない。それが瞳魅のこだわりなのだそうだ。

「なるほど、それで優羽ちゃんはもっさりした動きなのか」

 ブラックのつぶやきは、瞳魅に即否定された。ある程度予測された回答によって。

「優羽は羽衣以前に、あの体型ですから……」

「ああ、向いてないよな。格闘」

「たゆんたゆんしてるもんね」

 その時聞こえた声に、ブラックたちは仰天した。

「えええひどぉい! あたしだって好きでたゆんたゆんさせてるわけじゃないんですぅ!」

 驚きの目で声の聞こえたほうを凝視したが、影も形も見当たらないではないか。やがて、瞳魅が険しい目つきになった。

「凌、じゃなかったイツヒメ、口真似に腹話術を混ぜないで」

 にんまりする九ノ一を横目に、ブラックは胸を撫で下ろした。本当に本人の声にしか聞こえなかったのだ。しかもお寺の廃墟のほうから聞こえていた。改めて、忍術ってすごいと思う。

 忍術でふと思い出したが、

「昨晩の戦闘、動画で見たんだけどさ、なんでアンバーの影から出てきたの?」

「いけませんか?」

 イツヒメが首をかしげた。ちょっと警戒しているような表情だが、構わず続ける。

「金剛の背後から出ればいいのに、って思ったんだけど」

 少し、イツヒメの唇を噛む仕草が強まった。だが意を決したように、ブラックを真っ直ぐ見すえてくる。

「金剛の背後は影ではなく、闇だったからです」

 意味が分からずそれぞれ首をひねって、正解はアンバーから出た。

「光源が無きゃ、だめってことなんだね?」

 こっくりとうなずくイツヒメ。腑に落ちて、ブラックは膝を打った。

「なるほど、冴えてるな、アンバー」

 いやぁそれほどでもと照れるアンバーの横で、

「ああ、そういうことなんだ」

「遅っ!」

 アスールが手を打ち、アンバーがツッコミを入れた。

「ごめんなイツヒメ」

 また首を傾げられた。今度は警戒ではなく、困惑の表情だ。

「術の弱点というか欠点、ほんとは話したくなかったんだろ? ごめんな」

「いえ……」

 謝られたのが意外だったのだろうか。口ごもってしまった。その横でアスールがにやけ始め、

「そっか、凌ちゃんから逃げたかったら、真っ暗な部屋に閉じこもればいいんだ」

「こういう人が出てくるからな」

「そして2週間後――」とイツヒメもにやりと笑い返す。悪い笑顔だ。

「部屋の中には暗闇で発狂した万梨亜さんの姿が!」

「いやあああああああ!」

 アスールの絶叫に笑い合う。

「でもいいなぁ、あの弾き返すやつ。俺も練習してみようかな」

「わたしはブラックさんがうらやましいです」

 瞳魅はなぜか夢見る雰囲気を醸し出し始めた。

「なんで? もてもてにーやんになりたいの?」

「いやそっちじゃなくて――「もててないっちゅうの」

 ブラックの否定はさっくりと無視された。存外に真剣な表情で。

「わたしもラディウス光線とか出してみたいです」

 以前にも誰かに言われたことがあるな。というか、突光があるのにと指摘したが、それとこれとは話が違うらしい。さすが変身ヒーロー大好き一族。

 習得は大変だったかと尋ねられて、

「いや、出すだけならイメージしてすぐできたよ。そこの木の皮を焦がすくらいのショボイやつだけど」

「イメージ、イメージ、イメージ……」

 瞳魅は目を閉じ、ぶつぶつつぶやき始めた。本気でイメージトレーニングをしているようだ。

「ヤッ!」

 十字に組んで、かけ声一発。エンデュミオールたちが微笑ましく見守る中――

「……いま、光ったよね?!」「マジかよ」「瞳魅、あんた実は……」

 平手の外側の縁がピカッと光っただけなのだが、大騒ぎ――というか瞳魅がクールなキャラを崩壊させるほどの大興奮――となった。


3.


 次の日。隼人の目の前には、膨れっ面の巨乳ちゃんがいた。

「ずるいずるいずるい」だそうな。

 瞳魅がラディウス光線もどきを発光させている動画が、一晩で鷹取家一同のあいだを駆け巡ったらしい。隼人が瞳魅に手ほどきをして、ラディウス光線が撃てるようになったのがずるいとおっしゃるのだ、このお嬢様は。

「あたしもぉ、隼人先輩にプライベート・レッスンしてほしいですぅ」

「してねぇ。うん、全くしてねぇ。光線を発射するイメージの練習をしたって話しただけなんだが」

 むしろ交換条件といわけではないが、この機会にと羽衣や撥布の出し方を教えてもらったほうなわけで。そう考えたのを読まれたわけではないだろうが、

「ほんまかいな」

 とは真紀。珍しくクリームソーダなんて飲んでいる。

「実は手取り足取り教えたんちゃうの? 後ろからピッタリ引っ付いて。なあ美紀?」

「なんでウチに振るの?」

「で、当の本人は?」

 真っ赤になってアイスコーヒーをガブ飲みし始めた美紀を放置して、不在の当事者を探してみた。いつも優羽とワンセットでいるので、この席に着いた時から気になっていたのである。

 答えは、意外なものであった。

「知恵熱出して寝込んでます、はい」

 動画を撮影するための2回目も成功(?)して、いよいよハイテンションだった昨晩の瞳魅だったのだが、キャラ崩壊のつけが即日現れたようだ。

「柄にもないことするからやで、正味の話」

「ほんまやで。動画観たけど、気ぃ違ったんかと思ったわ」

 あははは、と屈託のない笑いを一つして、優羽は一転寂しげな表情になった。

「瞳魅、小さい頃身体が弱かったんですよ」

「へー、そうは見えないけど」

 身体を鍛える意味もあって格闘技に打ち込んだ結果、普通に生活できるまでになったのだそうだ。

「でも、ちょっと羽目を外すと体調が悪化しちゃうから、普段は大人しくしてるんです」

「なるほど、クールなだけじゃなくて、控え目にしてるってことなんだな」

 聞いて見ないと分からないもんだと感じた隼人だったが、ふと生じた疑問を口にしてみた。

「看病しなくていいの?」

「だいじょぶですよぉ、もう子供じゃないんだから。瞳魅ならだいじょぶだし」

 そう、ころころ笑う幼馴染。なんだが、

「いやだいじょぶじゃないから寝込んでるんじゃないのか?」

 信頼しているというべきか、放置しているというべきか。

 双子はまた違う感想を抱いたようである。

「優羽ちゃんが全部持ってっちゃったんやね」

「活力からムネからシリから」

「えええひどぉい! あたしたち、双子じゃありません~!」

(まあ確かに、健康優良児だよな、優羽ちゃん)

「「隼人君、目つきがヤラシイ」」

 失敗を悟って、視線をすぐに春の雨がしょぼ降る屋外へと向けた。

(どーしてもこういう話になっちまうな……)

 食い下がる子もいるしな。

「んもぅ先輩ったらぁ、照れちゃって、かわいぃい」

 そして始まる、腕のお胸挟み――とはならなかった。優羽のスマホが振動を始めたのだ。

「もしもーし――うん、今だいじょぶだよ?――もー、分かってる分かってる、5時だよね?――やだもぉ、テルくんたらやらしいんだからぁ」

「……聞くたびに違うオトコの名前が出てくるんやけど」

「誰かを髣髴とさせるねぇ」

「るいちゃんはここまでじゃないと思うが」

 なぜユニゾンで首を振る?

「あんたやあんた」

「見るたびに違う女子と歩いてるあんたや」

「君らもその中に含まれている件について、どう考えるのかね?」


4.


 凌は、高い所が好きだ。『馬鹿と煙は高い所が好き』と揶揄されても気にしない。

 自分がいわゆる学力的には大した成績ではないこと――よく浅間大に入れたものだと自他共に感心しているのだ――もある。それよりも何よりも、他人が到底登れない高みに佇立していられるという優越感にも似た感情が抱けることが大きい。それについては我ながらちっちゃい奴だと自嘲しているのではあるが。

 今夜も彼女はアルバイト上がりの気晴らしに、送電塔の頂上に立っていた。雨上がりの街は、路面がさまざまな色の光を照り返して綺麗だ。強い風のおかげで放射熱にむせ返ることもないし。

 その時ふと、何かが飛び来たる気配を感じた。それも、機械の類ではない、生物のそれを。

 身体ごと振り向いて目を凝らすと、白い鳥のようだ。……いや、違う。パースがおかしい。宵闇に浮かぶ街のシルエットと比較しても、鳥がでかすぎるのだ。

 やがて接近してきたそれを見て、凌の警戒レベルは跳ね上がった。人間に生えてしかるべき腕と足が胴に付いていて、長袖のカットソーと膝下までの綿パンを身に付けているのだ。

 カラス天狗、とはさすがに考えない。飛行生物の顔は猛禽類に酷似しているのだから。それに、露出部分は真っ白な羽毛で覆われている。ゆえに控え目に、

「鳥人……?」

 とつぶやいている間に、それは凌の手前2メートルほどで停止し、空中に立った。羽を時々羽ばたかせる程度でそんな芸当ができることに驚いていると、鳥人が言葉を発した。

「……まさか本当にヒトが立っているとはな」

「人語が話せるの?」

 鳥人は首をかしげた。声といい体つきといい、メスというか女性というか、そんな感じを受ける。

「ジンゴ? なんだそれは?」

「ヒトの言葉よ」

「私はヒトなんだが」

 ……からかわれているのだろうか。凌がさりげなく背後に手を回して棒手裏剣を握った時、呼び出し音が鳴り響いた。GUILDからだ。

 未確認生命体との第2種遭遇中だが、仕方ない。あくまで目の前の相手から視線を逸らさずに、GUILDを取り出し――また目を見張ることになった。なんと、鳥人も同じ端末をズボンのポケットから取り出したのだ。

 2人揃ったタイミングで取り出したせいで、鳥人もくちばしを半ば開けて、ぽかんとしている。

「えっと……」「それ、GUILDだよな……?」

 どういう身分か知らないが、鷹取の関係者のようだ。ならばと(棒手裏剣をこっそりしまって)画面を注視した。ここから程近いところに妖魔が出現。まだ誰も現場に到着していない。

「じゃ」「あ! おい!」

 引き止めようとする鳥人を空中に置き去りにして、凌は電波塔の表面を下に走った(・・・・・)。中ほどを過ぎたところで、

「変身」

 エンデュミオールのコスチュームを身にまとい、続いて印を結ぶ。そして、塔を蹴って跳んだ。正確には、飛び込んだのだ。街路灯が作り出している電波塔の陰に。



 端末の表示に従って向かった戦場にたどり着くと、そこにはなんと、

「いやぁんあたれぇぇぇ!」

「……なぜ?」

 優羽が独りだけで、長爪4体と戦っていた。正確には、慌てふためく庭師たちとともに。

「優羽様伏せて!」

 その言葉に遅れること、たっぷり3秒。地に伏せた優羽の背後から、庭師によるスタングレネードの一斉射撃! 命中した長爪は転倒し、着弾がずれたものもぐらつかせることに成功した。

 出のタイミングだ。

 気合いの言葉とともに影から跳び出し、手近な長爪に詰め寄ると喉元をナイフで一閃! 確かな手応えに戦果は確認せず、流れるように次の妖魔へ。立ち上がりばなを襲って、また喉を引き斬ろうとナイフを振るった。が、長爪がとっさに上げた爪に阻まれて、それを切断することしかできないまま、間合いを取る。

 その時、悲鳴が聞こえた。振り向くまでも無く、友人のものだとすぐに分かった。目の前の長爪の影に棒手裏剣を投げつけてから、後ろに跳ぶ。友人を守るために。

「優羽、下がりな」

「やだ」

 知り合って以来聞いたことのない決意を秘めた言葉に驚く暇もなく、襲いかかってくる妖魔。その長い爪をいなし、反対の手に握ったナイフを相手の胸に突き立てる! 長爪の眼から生気が失せ、口からごぼごぼと血の泡を吹き始めるのを待たず、その胴に足をかけて蹴った。

「危ない!」

 先ほどの一斉射撃で転倒していた長爪が、こちらに向かってきていたのだ。また発砲音とともにぐらつく妖魔に、怪我をものともせず、優羽が真っ直ぐ突っ込んだ。気合いとともに繰り出された拳に宿るは鷹取の血力。その薄赤い光が長爪の胸を捉え、風穴を開けることに成功した。

「きゃーぐろーい!」

 この状況で黄色い悲鳴はさすがというべきか、とイツヒメが苦笑いした時、目の前が白く光った。影縫いから逃れようともがいていた長爪に、突然空から降ってきた白い光の弾が命中! 吹き飛んだ長爪は、2回ほど痙攣したのち、息絶えた。

「あれは、さっきの……?」

 低空を旋回したのは、先ほどの鳥人だった。庭師たちの歓声が上がる。

「ソフィーさーん、お疲れ様でーす!」

(……あの鳥人の名前なのか? それともコードネーム?)

 名を呼ばれた鳥人は、片手を上げて挨拶を返すと、速度を上げて飛び去って行った。

「いったーい!」

 すっかり忘れてた。傷を調べてもらって騒ぐ優羽の傍で、庭師が無線で何事かを話している。

「優羽様、西東京支部にるいちゃんがいるそうです。そこまで行きましょう」

「えーこっち来ないのぉ?」

「さ、行くよ優羽」

 こうして妖魔討伐に参加するようになってまだ日が浅いが、1つだけ感心したことがある。庭師たちが、鷹取や海原の人間だからといって、我がままを聞かないことだ。

 それにしても、

「珍しいね」

「なにがぁ?」

 血止めを済ませて車に向かう優羽に並びながらの感想を、彼女に言ってみることにする。

「独りでがんばってたから」

「だって――」と優羽は口を引き結んだ。

「瞳魅がまだ寝てるんだもん。だからあたしが戦うの」

「……そっか」

 相方がいる。そのことに少しだけ羨望を感じて、変身を解いた凌は支部まで付き添ってやることにしたのだった。

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