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第9章 宿怨の帰還(後篇)

1.


 参謀部の指揮所に備え付けられた3台の大型スクリーンには、中央に無人機撮影の現場映像が流れている。左右のそれには、オンステージしている戦力及び負傷して退避している戦力、さらに、現在現場に向かっている増援の戦力と到着予定時間のカウントダウンが表示されている。

 それらを眺めながら、ソフィーは無言を貫いていた。ペンを持つ手をしばし休めて、次の一手を模索する。

 神奈川支部のエンデュミオール第1陣4人が巫女4人と共に、あと10分ほどで到着する。そのメンバーの中に、かつて触れ合った2人の名を見出してほくそ笑んだ。なんのかんのと言いながら幼馴染のピンチに駆けつけてくる、あるいは騒動のあるところに飛んでくる、彼女たちの行動力に。

 だが、彼女たちは治癒スキルを持たない。目下不足している治癒担当が、残りの2人にいるのだろうか。あるいは到着までまだしばらくかかる北関東支部の誰かか。

 現在、疫病神とそれを取り憑かせたクリモトに有効な打撃を与えているのは、サヤ一人。それもクリーンヒットでは無い。黒い霧に立て籠もる相手に大質量による殴打を叩きつけて吹き飛ばし、クリモト――しょせん彼もヒトであり、疫病神より耐久力が低い――への間接的なダメージをこつこつと積み重ねている状態だ。

 疫病神には攻撃がいくつか当たっているように見えるが、モニター越しにはダメージを受けているようには見えない。サヤとの対峙を基本的にクリモトに任せて、不意打ち的に周囲のエンデュミオールや巫女を攻撃している。それを防ぐ意味でも、あの黒い霧を攻撃ではなく防御に使わせる必要がある。

(あのサヤですら……)

 そのことに暗然として、逃避も兼ねて別のスクリーンに焦点を合わせる。

(ブラックたちが行っている治癒で復帰可能な巫女は、3名か……)

 復帰不能が12名、しかもそのうち死亡者が4名もいることに、改めて慄然とする。疫病神の攻撃で致命傷を受けたことが主因である。現場からの押し殺した悲痛な報告が届くたび、胸が締め付けられるのを抑えきれなかった。

 現時点でアンバーとブラックの治癒担当2人体制になったことで、一命を取りとめている巫女も少なからずいるというのに。

 他国の惨状でこうなのだ。フランク人たる彼女としては、

(もしサタンが我が国に顕現したら……)

 はっきり自覚できるほどの鳥肌と震えが来た。数少なくなったバルディオールに、治癒スキルを持つ者がどれだけいるのか……

 本国へのレポートに特記することを胸に刻んで、思考を切り替える。この状況を打開するための攻撃プランの策定に。

 現場にいる巫女は、沙耶以下6名。

 エンデュミオールは、ブラック以下5――いや、今ブランシュが戦闘不能になったから、4名か。

 あとは現場にまだいない戦力。会長とあの双子、ニンジャ・ガール。

 それから、ソウヤとかいう男。

 さて、どうしたものか。

 ソフィーの考えがまとまったところで、まるでそれを察知したかのように、タズナがふわっとした上品なフレグランスの香りとともに身を寄せてきた。

「ここからの攻撃プランを聞かせてもらおうかしら」

 答える前に、ちらりと右斜め前を伺う。5メートルほど向こうに腕組みをして佇立するハカマダが、こちらに目線をよこしてすぐスクリーンに戻した。その舌打ちが聞こえそうな目の色にも慣れた。初対面から不機嫌さと不快さを隠さない、分かりやすい男。実に分かりやすい、安手のオーデコロンが臭う男のことは意識から消して、ソフィーはできたてのプランを述べるべく、タズナの顔を見すえた。


2.


 参謀部からの作戦通達が来た時、ブラックは沙良と合流を果たしていた。

「じゃ、そういうことで。ラディウス光線でいいわ」

 そこへ、疫病神の声が聞こえる。どうでもいいことだが、顔が上半分しかないのに、どこから声を出しているのだろうか。

「む? ぬしは確か400年ほど前……」

「そうよ」

 沙良の声に湿り気と怒気が加わった。

「お前のせいで死んでいった者たちのこと、忘れたことはないわ。地獄へ帰ってもらう。力ずくで」

 そして白水晶を取り出し、叫んだ。

「変、身!」

 額に当てた白水晶からブラッディオレンジの光が溢れ出した。振り下ろした手に従って地に達したそれは八重咲きの花のような形をとって、彼女を足元から包みこみ始める。花びらが蕾むようにしっとりと全ての先を触れさせた光はすぐにまた花開き、開ききったところで高速回転。広げた両手をゆっくりと上げる仕草に合わせるように散った花びらが舞い上がり、沙良の体にまとわり付くようにコスチュームを形成して、変身が完了した。

『なんつー派手な変身だよ……』

 敵も味方も静止して見つめている中でのルージュのつぶやきは、驚きの声に掻き消された。巫女たちが沙良――エンデュミオール・カラミティを指差してするそれに。

「なによ?」

 カラミティの不審げな問いに、巫女の一人が目を見張って、

「変身前と全然違うじゃないですか!」

「お顔も背格好も!」

 別の巫女も言葉を添えるのを聞いて、ブラックは現在の苦境を一瞬忘れて吹き出してしまった。()には今さらながら、変身前の中学生と見まがう幼い外見と打って変わって、大人びた容貌と高身長、そしてなかなかのナイスバディになっているのだから。

(だから見抜けなかったんだけどな、正体……)

 だが、カラミティには反論があるようだ。眼を剥き、胸に右手を置いて言い返し始めたではないか。

「いいの! これからこう成長するんだから!」

「えぇぇ……」

「ブラック――」

 なぜか男性庭師たちまで加わった揶揄に、カラミティの眼が吊り上がった。

「光線、カモン!」

「総員退避!!」

 ブラックは心から叫んだ。

 一方、別の意味で眼を剥いたのは疫病神と栗本だった。黒いエンデュミオールの号令を聞いて、敵が急に撤退を始めたのだから無理もないだろう。

 その撤退は、やはり長時間の激闘のせいだろう、皆の足が鈍い。ブラックはもう一度プリズム・ウォールを展長して、時間稼ぎに走った。それは当然、敵の注意をこちらに向けることになる。

「ブラック!」

 栗本だけでなく、妖魔までもがブラックとカラミティを押し包まんと迫ってくるのだ。地獄からさらなる増援を呼んでまで。

 それを食いとめようと戻って来かけた沙耶にどなる。

「総員退避って言いましたよね!」

 沙耶の眼が一瞬だけ怒ったように吊り上がったが、すぐにまた踵を返して走り去っていった。

「いい? 絶対に疫病神に触れちゃダメよ!」

 という言葉を残して。触れた者は心を奪われる、と事前に注意を受けていたのを思い出させてくれたのだろう。

 よしよし。そうつぶやきながら敵の攻撃をかわしにかわして、にんまりしている自分に気づく。

「なに笑ってるの? ブラック」

 とこちらは敵をかわしつつ、その勢力の中央への浸透を試みているカラミティ。栗本や疫病神の攻撃を、時には手近な妖魔を盾にするなどしてかわしている。

「大軍相手にみんなを護る。燃えるじゃないすか」

「まったく、そーゆーとこ、やっぱり男の子だね……」

『第1次攻撃発動まで、あと15秒』

 思っていたより発動までの時間が遅い。逃げ回っているせいか、あるいは退避が進んでいないのか。

 その時、疫病神が唸り出した。

「栗本よ。往くぞ。鷹取の奴ばらを片付けに参ろうず」

 ヤバイ!!!

「会長!」「ブラック!」

 そんなことさせないという思いが一致して、2人共に覚悟の目つきとなった。

 素早く腕を十字に組んで、ラディウス光線を会長に向かって発射! 次いで、眼をやられないよう固く閉ざして耳も塞ぐ。最後に見たカラミティの眼は、笑っていた。

「む?!」「同士討ち?」

「くらえ! エナジー・バースト!!」

 まぶた越しの閃光。手のひら越しの轟音。自分が爆心地にいるという実感は、20秒ほど続いて、突如やってきた静寂と入れ代わりに去っていった。

 手を下ろして、眼は閉じたまま頭を振る。くらくらするため、ゆっくりと。

「これからサングラスと耳栓、持ち歩かなきゃ……」

 そうつぶやいて眼を開くと、宿敵は悲鳴を上げながら、元は妖魔だった大量の消し炭の中を転げ回っていた。

「つか、熱と光を防げたのかよ、あの霧」

「みたいね」

 カラミティが呆れている。栗本の髪と衣服が燃えているところを見ると、熱線によるダメージをある程度は軽減できたようだ。だが、どうやら轟音で鼓膜が破れたらしく、耳を押さえて七転八倒の有様だった。

 その動きが、ぴたりと已んだ。

 そしていきなり糸で吊り上げられた人形のようにひゅっと起立したではないか! 安全灯も全て吹き飛んでしまった暗闇の中でその光景は、正直言って苦手なブラックにとっては眼を背けたくなる恐怖である。

「ぐぅぅぅ! あくまで逆らう所存か! 許さぬぞ!」

「完全に乗っ取られたわ」

 カラミティがつぶやきながら身構えるのに合わせて、ブラックも構えを取った。

 疫病神それ自体は、自立能力も移動能力もない。ゆえにヒトの身体に取り憑き、操って移動するのだ。

 となれば、移動手段を奪うのみ。そのための、こちらに注意を向けるための構え――

「うおおおおおりゃぁぁぁぁ!!」

 第2次攻撃は、頭上から降ってきた。エンデュミオール・ヴェルデと紅夜叉丸ver.Kだ!

 振り下ろされたごつい鉄棒が雷をまとい、疫病神の頭に叩きつけられ――いや、寸前でまたあの黒い霧に阻まれた。バチバチという音と閃光が撒き散らされる。

「効かぬぞ!」

「それでええねや!」

 そう、それでいいのだ。雷と黒い霧がぶつかった結果の閃光で、影を作り出せばいいのだから。

 その影から、エンデュミオール・イツヒメが飛び出しながら両手のナイフをきらめかし、頭上からの攻撃を受けて踏ん張っていた栗本の両脚と両腕の腱を切った!

 膝から崩れ落ちる栗本の口から、呪詛の言葉と共に別の声が聞こえてくる。

「まだだ! ぬしらごときに負けはせぬ!」

「しぶといな……」

 ブラックの呆れた声が聞こえたのか、まだ何事かわめこうとした疫病神。その頭が、がっしりと掴まれた。

 それは、いつの間に現れたのか、細身の男性の手だった。身長はブラックと同じくらいだろうか、スーツ姿からすると社会人に見える。が、どうにも服が似合っていない。いっそ裸のほうがましではないかと思わせるくらい、服に着られている感が強いのだ。

 少し茫洋とした、しかし細身に合わずがっしりした顔。どこか見覚えがあるようなその顔に付いた口から、のんびりとした言葉が紡ぎ出された。

「まったく、明日はプレゼンで忙しいってのに。資料まだできてないんだぜ?」

「ぬ、ぬしは!?」

 離せ離せとわめき始めた疫病神の頭を、男性は思いっきり上に引っ張り上げた! それだけじゃない、

「はいはいはいどんどんどん丸めるよ丸めるよ丸めるよ」

「……引き剥がして丸めてるんですが」

 カラミティに振ってみたが、反応が返ってこない。呆然としているようだ。ヴェルデもイツヒメと眼を見合わせて、

「触ったらアカンのとちゃうの?」

「そのはずなんですけど……」

 背後からの足音が止まり、息を飲む音が続いた。

「蒼也君……」

「あ、やあ沙耶ちゃん。久しぶり」

 気まずげな表情の沙耶。にこやかな蒼也とは対称的な光景だったが、事情を聞ける雰囲気ではなく、ブラックは動かなくなった栗本に目を逸らすしかなかった。


3.


「それにしても、相変わらずの火力だな、これ」

「建物、よく壊れませんでしたね……」

 栗本は抑縛呪を掛けられて連行――というか収容という例えのほうに近い惨状で、生きているのが不思議なくらいである――されていった。その救急車と入れ替わりで戻ってきた優菜と祐希の会話である。

「ふふふ、そりゃもう、私と隼人くんの愛のパワーが合わさって――っておーい! こっち向いてよぉ!」

 顔を無理やり沙耶のほうに固定して、参謀部に報告中の隼人であった。エナジー・バーストの威力は空中にも及び、無人機が全て巻きこまれてしまった。ゆえにそれ以降の推移が、向こうには伝わらなかったのである。

 ゆきがかりとはいえ直視することになってしまった沙耶の表情は、変わらず固い。蒼也が何かと話しかけてくるのを、ええとかうんと短く返すだけ。というか、彼女は通路に開いた地獄からの穴を塞いでいる儀式の最中なのだ。そこに雑談を仕掛けてくる蒼也もどうかとは思うが。

 穴を塞ぎ終えるのとほぼ同時に、隼人も報告を終えた。とたんにまとわりつこうとする沙良をかわそうとした時、突然のただならぬ雰囲気に固まってしまった。

 まだ両手で疫病神をくるくる丸めている蒼也の2メートルほど後ろの路面から、異形の巨漢が突き上がってきたのだ。悠然と、腕を組んだままの姿勢で。

 隼人の背後で悲鳴と歓声が同時に湧きあがった。

 悲鳴は優菜以下仲間たち。いずれも震え声で、

「な、なにあれ……」

「妖魔、じゃないよね……」

「「ご、牛頭(ごず)馬頭(めず)やんか……嘘やろ……」」

 そう、牛頭人身と馬頭人身の鬼であった。地獄絵図でおなじみの獄卒ではあるが、実物を拝むのは初めて――じゃなさそうな歓声は、琴音が上げたもの。

「きゃー! ナタマルさんタチシロさんお久しぶりです~!」

 戦闘が終わったのを察して、サークル棟を出てきたようだ。孤軍奮闘で消耗しきっていたはずなのに、ハイテンションでぴょんぴょん跳ねている。

「おお、いつぞやのめんこいオナゴではないか」

「息災かね?」

「はい!」

 隼人は沙耶に近づくと、身を寄せた。

「お知り合いですか?」

「え、ええ、ちょっと4年前に、ね」

「4年前……確か、前回疫病神が顕現した時でしたっけ?」

「おーい」と蒼也が鬼たちに声をかけた。

「そろそろこれ、渡したいんだけど」

 牛頭が携えてきた箱に丸められた疫病神を入れると、

「じゃね沙耶ちゃん。また」

「あ、ああ、うん……」

 やっぱりぎごちないままの沙耶に手を振って、蒼也は帰っていった。

 そしてそれを待っていたかのようなタイミングで、琴音の大声が場を跳ね回る。

「あ! ナタマルさんタチシロさん――」

 てててて、と擬音が聞こえそうなくらいのウキウキで駆け寄って、

「また一緒に写真、撮ってください。お願いします」

「……あいつは何を言ってるんだ?」

「オカルト好きにもほどがありますね……」

 祐希は、その単語を出すべきではなかった。同行の士に振り向かれてしまったのだ。

「ほら、祐希ちゃんも!」

「え?! えええええ?!」

「ああ、じゃあわたしが撮るわ」

 いつの間にか、鈴香も来ていた。先ほどのような妖しい雰囲気はすっかり消え、親友のはしゃぎっぷりに苦笑している姿は普段の彼女である。

 沙耶の事情同様これも仔細を聞ける雰囲気ではなく、結局、全員で記念撮影ということになってしまった。

「ありがとうございました!」

 牛頭と馬頭がうなずいたその時、傍らの箱から絞り出すような声が聞こえた。

「順調に育っておるようじゃの。重畳なり」

 誰のことを指しているのか、問うまでもなかった。鈴香の雰囲気がまたあの妖しげなものに変わったのだ。

 それを初めて眼にする優菜たちが挙動不審になる中、なおも何かを言い立てる箱を抱えて、鬼たちは別れのあいさつを残して地に潜っていった。

 気まずい沈黙が場に流れる。そこへ、幼馴染たちの声が地下づいてきた。

「今ここに、なんか変なのいなかった?」

 神奈川支部のフロントスタッフたちと再会のあいさつもそこそこに――そこそこにしたのは琴音なのだが――鈴香のスマホが差し出された。

「……なにこれ?」

 ずいぶん待ってようやく絞り出されたその声に、彼女たちの背後から野太い声が被さったのはその時であった。

「おお、キレイに写るもんじゃのぉ」

 …………ギアアアアアアアアアアアアア!

 お茶目な獄卒による神奈川女子たちの絶叫が、今夜の激闘を締めくくったのであった。

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