序章 gauge change track
1.
12月24日は、それを待ち望む者には相応の、そうでない者には厳しき寒さで夜を向かえていた。
待ち望む者とはすなわち、
「わぁー! ホワイトクリスマスだね!」
などとはしゃぎ、あるいは理由も分からぬままその語感に酔う人々である。
そして、そうでない者とはつらつら述べるまでもなく、
「……で、ここにはカレシのいない人たちが集まってると」
海原琴音は自分も含めた境遇に思い至り、溜息をついた。
「琴音さん、止めてください。幸せが逃げますよ?」
祖父江祐希がそう言って、チキンにかぶりついた。その仕草はやや自棄気味な気がしないでもない。それを横目に自作の大根サラダをお行儀良く食べながら、田所優菜が揶揄する口調になった。
「そりゃ、そういう集まりだよ。『せっかくだから合コンやろうか?』ってのをお断りしたんだから。な? 祐希ちゃん」
「だ、だって――」と祐希が口を尖らせた。
「そんな飲み会に集まってくる男なんて……」
その台詞に、琴音の隣が反応した。蔵之浦鈴香がお酒を呑む手を止めて、口を挟んできたのだ。
「うんうん! そうだよ! ギラギラしてるかヘラヘラしてるだけなんだもん! ね?」
最後の呼びかけに応えて、ぶんぶんとうなずく祐希。それを眺めて、優菜はなんとも言えない表情になった。
「オトコに夢見すぎじゃね? 仙人としか付き合えないじゃん」
「いいえ!」と祐希も譲らない。
「どこかにいると思うんです。爽やかで、優しくて、包容力があって」
「こっちをいやらしい眼で見てこない人」
鈴香の付け足しに、思わず吹き出してしまった。
「なによ琴音?」
「大変だね、隠れ巨乳の人は」
素早く胸元を隠す鈴香をみんなで笑う。祐希も攻め手に転じるようだ。
「大丈夫ですよ。隼人さん、まだいませんから」
「そうそう、あいつの"よこしまなしせん"はなぁ」
優菜もそんなことを言いながら、どことなく頬が赤らんで入るように見える。琴音はそこをいじってみることにした。
「優菜さんは被害者じゃないですよね?」
「なんでだよ」
「だって――」
と言いながら、部屋の中をぐるりと示した。
「一夜を過ごされたんでしょ? この部屋で。ばっちり見せてたってことですよね?」
「ヤ っ て な い !」
本当なのだろうか。知り合ってから2ヶ月ほどになるこのかわいい先輩も、この部屋の主も、そこに至らなかったという答えで一貫していて、言いよどむとか口ごもるとかいう仕草すらしないのだ。
だが、彼女の友人たちは、口を揃えて言う。
『優菜は変わった』と。あの日以来とは断言できないようだが。
「というか、どーして隼人さんの部屋で呑んでるんでしょうね、うちら」
鈴香が、今さらな疑問を呈した。その目は、いや、琴音を含めた全員の目は、机の片隅にて黙々と飲み食いしている美人に集まった。
「……だって、隼人君が『バイトが終わったら参加する』って言ってたから」
「ていうか、理佐さん、なんでまだ合鍵持ってるんですか?」
祐希の薄く笑いながらの質問は、まったく笑っていない眼での回答を得た。
「わたしが合鍵を持ってて、なにがおかしいの?」
「振りましたよね? 隼人さんを」
(うわぁ、攻めるなぁ、祐希ちゃん)
琴音には恐ろしくて(というか良識が邪魔して)、とてもそんな言葉を投げつけることなどできない。まして相手は、
「振ってない振ってない振ってない振ってない振ってない振ってない振ってない――」
この人である。彼女の手の中でチキンの骨が砕ける音を聞いて、鈴香が短い悲鳴を上げた。
「そ、それにしても――」
琴音は親友のために、無理やり話題を変えることにした。
「男の人の部屋って初めて入ったんですけど、意外とさっぱりしてますね」
床には、琴音たちが集う机以外にクッションが2つ転がっているだけ。本棚も大学の教科書や専門書以外は何も立っておらず、空に近い。パソコン周りにはさすがに筆記具等が置いてあって生活感があるのだが、こんなに散らかっていないとは正直思っていなかった。
「あれ? 蒼也兄さんのところ、一緒に行ったことなかったっけ?」
鈴香の兄のところには行ったことがない。親族の男子の部屋なら幾度かあるが、『男の人』として認識している人の部屋に入るのは初めて。そういう意味だと説明した。
まだブツブツつぶやいている理佐を放置して、祐希が部屋を見渡しながら言った。
「くるみちゃんの手術費用のために、いろいろ売り払っちゃったんですよね、確か」
話を振られた優菜が、ため息交じりにうなずいた。確か持病を抱える義理の妹だったはず。退院はしたが自宅療養中で、高校も休学中と聞かされて、鈴香が悲しげな顔をした。
「大変ですね……完治しないのかな……」
「そういえばさ――」
しばらくみんな黙って飲食していると、優菜が言った。缶ビールはもう止めて、サワー系に切り替えるようだ。
「なごみちゃん、掃除に来なくなったらしいぜ」
「……えーと、もう一人の妹さんでしたっけ?」
隼人に気があって、なにくれとなく世話を焼きに来る女の子。その子が来なくなったとは、どういう意味を持つのだろうか。
そう聞いてみたが、優菜に(祐希にも)肩をすくめられた。親しくとも訊けないラインは、やはりあるようだ。
「なるほど、で、今日は理佐さんが片付けたと」
ふるふる。首を振りながら自分を指差すという一見矛盾した動作を、優菜は見せてくれた。
「そこはやらないんですか……」
「残念系クール・ビューティーだからな、こいつは」
その時、優菜のスマホが着信を告げる。
「ん? もしもーし――あいつはまだだよ。バイト上がんの、9時だろ?――んじゃまたな」
「どなたからでしたか?」
優菜はスマホの画面を操作して、
「えと……真紀ちゃんだな」
「あ、やっぱり見ないと分からないんですね」
巷に溢れるスマホアプリにも、さすがに声紋を判定できるものはなかった。そう冗談交じりに言うと、祐希が笑って返してくれた。
「スマホはまだいいですよ。直接話しかけてこられたら、さっぱり分かりませんもん」
「いやいや、こないださ、姉のスマホで妹がかけてくるっていうややこしいことをしてきてさぁ」
「……タチ悪いですね、あの人たちも」
というか、なぜ真紀は優菜に電話をかけてきたのだろう。
「10時ごろ来るらしいぜ、ここに」
「2人とも彼氏とデートなのに?」
それは適当に切り上げて来るらしい。鈴香がお酒を手酌するのを止めて、いかにも不思議そうな顔をした。
「カレシ的にはそれでいいんですかね? よく分からないんですけど」
それに対する優菜の答えはあっさりしたものだった。
「ま、やることやってから来るんじゃねぇの?」
「……優菜さんって、時々キャラがぶれますよね」
祐希の顔は真っ赤だ。その顔のまま、負けず劣らずの赤面で手酌を再開した鈴香に無理やり話題を振った。
「鈴香さん、それ……ウォトカですよね?」
「ん? そーだよ?」
梅酒サワーをちびりと飲んで、優菜が困惑したような表情をした。
「ウォトカって、そんなゴブゴブ呑むもんじゃないと思うんだが」
「だいじょーぶですよ」
と鈴香はウォトカのビンを持ち上げ、ラベルを指差した、
「ウォトカって、ロスクヴァ語で『お水ちゃん』ってニュアンスなんですよ」
「ほうほう」
「だから、これは水です」「いや違うだろ」
掛け合いを聞き流しながら、琴音は少し後ろにずり下がると、スマホで室内全景を撮影した。
「なぜわたしを撮るの?」
理佐の座った眼でにらまれても気にしない。ちゃんと理由があるのだから。
「部屋の中を撮影しただけですよ。沙耶様に送ってくれって頼まれてたので」
「なんで?」
優菜の疑問はごもっとも。
「男の人の部屋だから、だそうです」
「意味が分からないんだけど」
そう言って缶ビールをあおる理佐に、祐希が絡む。なんとなく、くだを巻いている理佐を面白がっているような気がするのは琴音の偏見だろうか。
「あとで沙耶さんが来た時に、訊いてみればいいんじゃないですか? それまでに理佐さんが酔いつぶれてなければですけど」
「沙耶さんは、パーティーに行ってるんだっけ?」
そう、政財界への顔つなぎのためクリスマスパーティーに出ろと、鷹取家総領である母親に言われたためである。蟄居が解除になった以上、彼女は総領候補者としてだけではなく、鷹取財閥総帥である兄の補佐役としての言動が求められるのだ。
琴音の説明を聞いて、祐希がげんなりしたような声を出した。
「なんか、楽しめなさそうですね。きっとおいしい料理が盛りだくさんですよね? そういうセレブのパーティーって」
「そうは言っても立食だし、食べてばかりではいけないから。やっぱり席に落ち着いての晩餐会に比べれば、ね」
「晩餐会だって、優菜」
座り眼が親友に向けられた。
「わたしらには縁遠い話よね?」
「まあな」と苦笑いで返して、ふいに優菜は琴音の顔を見つめてきた。
「? なにか?」
「琴音ちゃん、今なにか言おうとしなかった?」
「わたしたちの晩餐が底をついたな、と」
そう言ってごまかした。笑いながら立ち上がってから揚げの追加を温めに行く優菜と祐希を眺めながら、心の中でつぶやく。
まだ打ち明けるわけにはいかない。鷹取一族の遠大な――傍から見れば馬鹿馬鹿しい話かもしれないが、一族にとっては切実な問題の解決策を。
もう少し。もう少し、皆が交わってから。
琴音は忘れていたことに気づいて、沙耶に先ほどの写真をメールで送った。
2.
「思ったよりさっぱりしてるわね……」
沙耶は琴音から受け取った画像を眺めながら、リムジンの後部座席にしどけなくもたれていた。
リムジンはパーティー会場を出て、はや30分ほどになる。都内の渋滞を抜けてからは快調に進んでいることがウィンドウ越しにも分かるくらい、冬の夜が後ろへと飛んで行く。
「疲れた……」
この言葉を、後部座席の柔らかいシートに身を埋めてから何度つぶやいたことだろう。2時間立ちっ放しなどなんの苦でもない。精神的な疲労が彼女にボヤキを続けさせているのだ。
お久しぶり。
元気?
最近どう?
この3語を、いったいどれだけ繰り返しかつ繰り返されたろうか。
人付き合いが得手というわけではない彼女にとって、不特定多数とくだらないおしゃべりをし続けなければならないパーティーは苦痛そのものである。
くだらないというのは、あるいは言い過ぎかもしれない。彼女の社会的立場を考えれば。
もう一度、気だるげに画像を見返す。同時に、鼓動が高鳴るのを感じる。
「男の人の、部屋……」
蒼也の部屋に初めて行った時も、まるで得体の知れない空間に足を踏み入れるかのようにドキドキしたのを覚えている。それから2年、慣れたと思っていたのに、それは蒼也に慣れただけだったのだな、と自嘲した。
そしてよく考えれば、
「……お友達だからって、いいの? これ」
彼は不在で、女の子が4人、お酒を呑みながら彼の帰りを待っているわけで。いや、祐希に『彼を待っている』なんて言ったら眼を剥いて怒り出すだろうが。
寛容というべきか、余裕の態度というべきか。
(もっとガツガツした人かと思ってたんだけど……)
彼女が社交の場で見かけたその手の男性は、それはもう異性に対して積極的で、結果として彼の周りに数多の女性が侍っていたように見受けられた。
彼は違う。そう断言できるほどの触れ合いが、今まであったわけではないのだが、
「あれね、"ひきよせる"ってやつかしら……」
ニコラ・ド・ヴァイユーとの決戦前に開催された作戦会議。その席上で飛ばされた彼へのからかいを思い出して、沙耶はくすりとした。そしていつのまにか、パーティーでの精神的疲労を忘れていることに気づく。同時に、その彼の部屋にお酒を呑みに向かっていることも。またドキドキしてきた。
気を紛らわそうと窓の外を眺めてすぐ、彼女は運転手に声をかけた。
「ちょっと止まって」
急な指令を練達の運転手は難なくこなし、いかにも自然に路肩に停車してくれた。窓を開けるボタンを押す沙耶の指は、少し震えている。
開いた窓から、そろそろと首を出して振り返った先には、隼人がいたのだ。全身赤ずくめのサンタクロース姿で。
もう少しだけ車を進ませたところで降りて、沙耶は建物の角からの凝視を開始した。
隼人サンタの横には、彼の肩ほどしかない身長の女の子が、こちらもサンタ衣装――この寒空にミニスカートだが――で立っている。足踏みを繰り返しているのは、サンタコンビそれぞれの真後ろに置かれた電熱ヒーターが気休めでしかないほどの寒さだから。沙耶はそのことを、自らが吐く息の白さで理解した。
ヒーターの逆側、つまり男女サンタの前には大きめの机が置かれ、衣装と同じ色の包装紙で包まれた直方体が10個ほど載せられている。あれがなんであるかは、サンタ女子が行った往来を通る人々への呼びかけで判明した。
「クリスマスケーキはいかがですかー?」
声にも微妙な震えが感じられる。かなり細い体型の子だから、体の芯まで冷え切っているのだろう。
(アルバイトをしてからとは聞いていたけど、ケーキを売るバイトだったの……)
隼人も女子と同様に声を張り上げている。彼のほうには震えは感じられない。
じっ、と見つめる。彼らはこれで、幾らもらえるのだろう。沙耶はアルバイトなどしたことがない。彼女の会社で働くアルバイトの給料は、彼女が計算するわけではないし。
あ、一人近寄ってきた。サンタたちの顔が輝き、短いやり取りのあと、赤き直方体はサンタ女子の手で恭しくサラリーマンの手に渡された。客が手を上げて去ったあと、顔を見合わせて笑い合う2人。そしてそれを凝視して動かない動けない、じっとり沙耶。
(なにやってるんだろ、私……)
彼女の自嘲が届いたのか、事態は急変した。隼人がこちらを向くと、呼びかけてきたのだ。
「沙耶さーん! そろそろこっち来ませんかー? 寒いでしょー?」
ばれてた。照れ隠しに笑いながら角を出て、売り場に近づく。隼人が返してきた笑顔を直視できなくてうつむくと、彼の足がヒーターをずらし始めたのが見えた。
「え、その、いいわよ寒いでしょ? 神谷君」
「いやいや、鍛えてますから」
シュッとポーズを決められて笑う。その笑顔も、サンタ女子の胡乱げな声で凍りついた。
「ふーん」で始まった女子の声は、面白がっているような非難しているような。
「隼人さん、ほんとにストライクゾーン広いですね。あたしビックリ」
「広くねーよ」
「えー? じゃあさっきまでずっと付きまとってた女子中学生はなんですか?」
女子中学生?!
「いやいや、あの子は高校3年生だぞ」
「うっそー!? あんなツインテール、中学生しかしませんよイマドキ」
中学生にしか見えないツインテール女子……
「沙良様ね……」
「あ、分かります?」
隼人がこちらに話を振ることで逃げようとしたのだろうが、サンタ女子の追撃は振り切れない。売り場に突っ立てるんだから当たり前なのだが。
「その前は双子が彼氏連れで来て、今度はこんなハイソっぽい若奥様。やれやれふー、ですよ?」
「わ……わか、おく、さま……」
受けた衝撃が顔と声に出て、隼人が慌てた。
「いやユリちゃん、沙耶さんは独身だから」
「へーそーなんだ」
「どうせ私は老け顔ですよ……」
どうして拗ねてみせたのか、自分でも分からない。だがそれは、隼人のフォローを狙ったのだとしたら、予想外の言葉を引き出すことになった。
「そんなことないですよ。パーティー帰りのその服のせいですって。沙耶さんかわいいし」
「か……!?」
絶句した沙耶は、幸か不幸かそれ以上いじられずに済んだ。お客が来たのだ。また短いやり取りで代金と品物の授受が行われる。
まだ動悸の収まらない沙耶はそれを眺めていた。お客が不思議そうな眼を彼女にちらりと向けたが、それはそうだろうと思い至る。夜会服に毛皮のコートを羽織り、ピンヒールを履いた女性が、『いらっしゃい』も『ありがとうございました』も言わずに呆然と突っ立っているのだから。
隼人が手をこすり合わせている。それを見て、彼が素手であることに今さら気づいた。
「手袋したら?」
「手袋しちゃうと、お釣りの小銭がつまめないんですよ」
相方のサンタ女子は、おそらく衣装に付属の厚手の手袋をしている。彼がお釣りを渡す役を買って出たようだ。店のネオンサインの薄明かりでも分かる冷たそうな青白い手。その持ち主に、そっとつぶやく。
「大変なのね……」
「仕事ですから」
そう言って微笑む彼の顔を、沙耶はいつのまにか見上げていた。正対し、距離は決して近くはないけれど、手を伸ばせば彼の分厚い手を自分の手で包みこめるくらいの――
「あ、雪だ!」
サンタ女子の明るい叫びに続いて見上げれば、沙耶にも隼人にも、2人のあいだにも粉雪が舞い降り始めた。と同時に、
「おーい、販売終了……あの、どちらさまで?」
店から店主らしき人が出てきて、沙耶にいぶかしげな声を投げかけてきた。慌てて隼人の知人であると自己紹介し、
「ケーキ、売れ残ってしまいましたね」
「ええまあ、毎年こんなもんですよ」
と言った店主が隼人のほうを見た。
「1つ買ってくんだっけ? 隼人君が」
「はい、これから家で連れと酒呑むんで、そのデザートに」
「あら、じゃあ私が買ってあげるわ」
沙耶の言葉に、隼人は嬉しそうにお礼を言った。その横から、
「いいなーいいなー隼人さん」
「ユリちゃん、カレシから金もらってきてんだろ?」
そちらもついでにお買い上げ。嬉しそうな店主とユリだったが、
(で、あの人なんなの?)
(隼人さんのいっぱいいる彼女の一人かと)
「違うから」
などと言いつつ店を出ようとした隼人が、突然立ち止まった。
「どうしたの?――あ」
「沙耶様、申しわけありません。見つかってしまいました」
頭を下げる――でも顔は笑いをこらえている――運転手の陰から、聞き慣れた声がいくつ
も飛んできた。
「あらあらまあまあ、だなおい隼人」
「ほんとに"ひきよせる"が使えるんですね……」
「暇さえあれば女の子に粉かけて……最低ですね隼人さん」
「あなたって人は……ッ」
さっき見た画像から抜け出してきたかのように、琴音たちが現れた。いや正確には、そのままの格好なのは理佐だけなのだが。
(うわぉ、ほんとに彼女がいっぱいだな)
(でしょでしょ! 見かけるたびに違う女の子と歩いてるって、もっぱらの評判で)
「どこで評判になってるんだよ?!」と隼人が叫んで、
「大学で」とユリがにやりとする。
「わたしは歩いてません!」
「ほんとに? 祐希ちゃん、実は女子大でも噂になってるんじゃないの?」
ああ姦しい。理佐はすごい目で詰め寄ってくるし。
結局、お店の閉店作業を口実にして切り上げることにしたのだった。
3.
車で隼人の部屋に向かう。ついでに女子たちも乗せて。といっても、ここから車で10分もかからないのだが。
リムジンの内装に感嘆しきりの祐希と優菜は置いて、琴音に問うと、酔い覚ましに隼人の様子を見に行こうと話がまとまったのだと教えられた。
「酔い覚まし?」
「はい」
「約1名の醸し出すアルコール臭で酔いそうなんだけど」
鈴香を軽くにらむと、豪傑笑いで返された。
「わたし、酔ってませんよ?」
「なんであんなに呑んで酔ってないんだよ、おい」
既にウォトカのボトルを3本空けたらしい。運転手が酔っては大変なので、境の仕切り窓を閉じさせた。
「あ、じゃあこっちを開けて換気をしましょう」
鈴香が窓を開けると、優菜が震えた。
「寒いから、我慢しようぜ」
「寒くないじゃない」
「雪女は黙ってろ」
理佐は薄手の白いカーディガンを羽織っている。その他の女子が皆もこもこしたコートやジャケットを着ているだけに目立つのだが、その下に着ているカットソーは、袖の膨らみからどう見ても半袖のようなのだ。
理佐曰く、ボランティアのフロントスタッフを始めて以来、寒さが苦にならなくなったらしい。
「ある意味職業病ですね……優菜さんはじゃあ暑さに強いんですか?」
琴音の問いに、優菜は相変わらず小刻みに震えながら答えた。
「うんまあね。理佐ほど極端じゃないけど」
電撃系エンデュミオールである祐希や美紀が感電に耐性がついたかどうかは試していないが、質量操作系として飛んだり跳ねたりが多い真紀は、絶叫アトラクションの類がまったく面白くなくなって寂しいと嘆いていたようだ。
「魔法少女も大変ですね……」
「いやいや、巫女さんたちも別の意味で大変じゃん?」
おそらく呪い関連のことだろう。なんとなく口にするのもはばかられたのか、優菜もそれ以上は言及してこなかった。
「ボランティアはどう?」
『あおぞら』が鷹取家の傘下に入って1ヶ月弱。彼女たちは何度か出動しているはずだ。そのファーストインプレッションを訊いてみたいと思ったのだ。返答は、
「楽になりましたよ」
優菜の言う『楽』とは、どういうことなのか。訊いてみることにした。
「侵略を撃退してた頃に比べたら、妖魔相手のほうが精神的なプレッシャーがないですよ」
「そうよね」と理佐も和す。
「なんたって、鷹取家がバックに控えてるっていうのが大きいと思います」
「わたしたちも、助かってますよ」と琴音も返した。
「夜の出動っていうのは、やっぱりお仕事を抱えている者には負担でしたから」
そう、一族は中学生以下の者を除いて、男女を問わず全て財閥傘下企業の役員や取締役である。接待や商談、あるいは海外出張などが少なからずあるのだ。一族の本業優先ということで女性陣にとって制限されてきたそれらが、できるようになった。これは大きな変化だ。
「ただ――」
祐希が身じろぎをした。なにか言おうとして止める。促すと、ぽつりと言った。
「緊張感がなくなったとは、思います。それと……その……」
「なぁに?」
少し、間を置いて。
「沙耶さんたちを前に言うことじゃないんですけど……その……乗っ取られた感があるというか……わたしたち、何のために戦ってるんだろうというか……」
それはそうかもしれない。組織の吸収とはそういうものだろう。だが、それで済ませるわけにはいかない。
何か考えないと。琴音と鈴香が沙耶の左右からフォローを始める中、目的地へ向かって走るリムジンのわずかな振動に身を任せて、沙耶は考え続けた。