表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
多くのことを予見しながら、なぜ人は後悔しかできないのか
88/156

アルール歴2182年 8月17日(+2日)

——老マルタ特別顧問の場合——

「——儂も歳だからな。

 もう一度、詳しく説明してもらえぬか」


 沸騰するような怒りをこらえつつ、儂は賢人会議のイェシカ議員を睨みつける。


「いいでしょう。私の提案のうち、最も重要な3点に絞ってお話させてもらいます。

 ひとつめ。

 今回、サンサ教区において審問会派が発見した異端教団と深い関係を有していると考えられる、ナオキ容疑者について。賢人会議は、彼の追跡と捕縛、それが不可能であれば殺害を、賢人会議からの命令(・・)として発行する用意があります。無論、メリニタ派の魔女術の使用許可に関しても、賢人会議の総意として要望書を発行します」


 車椅子に座ったまま、イェシカ議員は淡々と語った。「命令」とはまた大きく出たものだと思うが、ともあれこれだけに限って言えば、彼女の提案に乗ることを考慮してもいいだろう。

 だが問題はここからだ。


「ふたつめ。

 ハルナ3級審問官から、審問官資格を剥奪したほうがいいでしょう。あなた方が彼女をコントロールできていないのは明白だし、このままなら彼女はあなた方にとって何らか望ましくない事件(・・)を起こします。

 ナオキ容疑者を追う最先鋒に立ちたいのであれば、ハルナ3級審問官を今のうちに切って(・・・)ください。

 無論、これはあくまで提案であって、要請ではありません。別段、ナオキ容疑者を追うのがあなた方でなくてはならない理由もまた、ありませんから」


 ——実に、聞くに堪えない言葉だ。

 確かにライザンドラ見習いも同じ提案をしたことがあったが、彼女の提案は提案者本人にとっても苦渋の判断であるのは手に取るように分かった。であればこそ、言葉による叱責に留めたのだ。

 だがまったくの部外者から、あたかも品定め(・・・)をされるかのごとく語られたとなれば、話は異なる。ましてや我々に対する侮辱もそこに乗せられているとなれば、即刻追い返さないだけ礼儀正しい対応と褒められるべきであろう。


 儂の怒りをよそに、イェシカ議員は言葉を続けた。


「みっつめ。

 可及的速やかに、ユーリーン司祭の身柄を賢人会議に引き渡してください。

 賢人会議は、彼女がサンサ教区で為した改革(・・)について、大いに危惧感(・・・)を抱いています。かの改革は世界の安定と調和を乱し、無辜の民の血を大量に流す結果に終わる——それどころか、まさに大異端と呼ぶべき大いなる混沌を招く可能性を秘めています。

 ゆえに、彼女は早急に隔離される必要があります。また、自らが犯した過ちが残した傷を、自ら自身の手で償わせねばなりません」


 実に傲慢極まりない要求。端からこちらを馬鹿にしきっているのでなければ、けして出てこない言葉だ。

 儂はライザンドラ見習いが淹れてくれた茶を一口飲んでから、イェシカ議員の提案(・・)に返答することにした。


「なるほど。儂の悪い頭でも理解できる説明に、まずは感謝する。

 ゆえに、この場で返答もさせてもらおう——くそくらえ(nuts)、と」


 儂の罵倒を聞いても、イェシカ議員は表情ひとつ変えなかった。

 それどころか彼女は「なにがそれほどまでにお気に召さなかったかしら?」と、白々しい問いを投げかけてくる。

 儂は肩をすくめて、その無意味な問いの核心(・・)を突くことにした。


「審問会派と交渉するときに、ハッタリ(・・・・)が効くと思ってもらっては困る。それだけのことだ。

 儂も馬齢を重ねておるから、友人(・・)の数もけして少なくない。

 それゆえ、賢人会議においてナオキの追討に熱心なのは、貴女と賢者マクファーレン程度であることも知っておる。とてもではないが、賢人会議の総意(・・)からは程遠い」


 儂の指摘に、ようやくイェシカ議員が苦々しい表情を浮かべた。なんのことはない、彼女は空手形で儂と交渉(・・)しようとしているのだ。


「賢者イェシカ殿。むしろ貴女はこう提案すべき立場ではないのか? 『〈計画書〉に照らしたとき大異端である可能性が濃厚なナオキを捕縛するために、審問会派で唯一ナオキ追討を目標として掲げている老マルタ派(・・・・・)の協力が請いたい』——と?」


 〈計画書〉の名前を出した途端、イェシカ議員の表情が驚愕に歪んだ。

 ふん、相手を侮るからこういう醜態を晒すことになる。儂は教会の政治とやらを大いに憎むが、自分が憎んでいるものについて詳しく知ろうとする努力を惜しむような馬鹿ではない。畢竟、審問官という仕事は、憎むべき異端について、異端に飲み込まれることなく、誰よりも詳しくならねばならない仕事だ——強く憎むがゆえに、自分から遠ざけて見下すだけでは、審問官は務まらぬ。


「安心めされよ。儂とて〈計画書〉の現物を拝んだことはない。

 だがそれ(・・)が何なのかは理解しておる。

 そして必ずしも賢人会議すべての賢者議員たちが〈計画書〉に示されたロードマップに無条件の信頼を寄せているわけでもない、ということも。でなければ、儂が〈計画書〉について知ることもなかったであろうよ。

 つまるところ〈計画書〉もまた、教会の政治(・・)の一部に過ぎん」


 儂が〈計画書〉のことを知ったのは、儂がまだ今のカナリスくらいの年齢の頃、教え子から届いた遺書に記されていたのが最初だ。

 時代の英才として賢人会議議員の秘書官に着任した彼は、賢人会議の腐敗っぷりに絶望し、自ら命を絶った。だが彼は秘密裏に遺書を残しており、そこに〈計画書〉についての記述があったというわけだ。


 審問官として言えば、〈計画書〉に示されたロードマップから大きく逸脱する者は大異端である可能性が高いというのは、非常に興味深い見解だ。是非とも審問会派にもその〈計画書〉を共有させてほしい、と素直に思う。

 だがその一方で、衆生がより良く生きようとして行った創意工夫が正しい(・・・)かどうかを同じ人間が決める——しかも大昔に死んだ人間の示したメモ書きをもとにして決定する——というのは、人に対しても神に対しても傲慢の極みと言うしかないとも思う。


 それに、その〈計画書〉とやらをどこまで信じて良いかというのも、一筋縄ではいかない問題だ。

 実際、過去には〈計画書〉とのズレを理由にして大異端を火刑に処したものの、殺された容疑者はまったくの無実で、後に本物の(・・・)大異端がまるで別のところで活動しているのが見つかったというケースもあるという。

 また〈計画書〉の最後のページ付近には「光よりも早い速度で遥かなる天空を飛翔する技」「新しい太陽を作る技」といった荒唐無稽の極みとも言える記述もあるそうで、それを思うと大賢者アムンゼンが〈計画書〉を書いたとき、どれくらいまで正気(・・)であったのかと疑いたくもなる。


 ——といった疑念や不信は、儂だけのものではない。賢人会議の議員には〈計画書〉を聖典のごとく扱うことに対し強い懸念を示す者も少なからずいて、そういった人物は儂のような人間に賢人会議の極秘情報を耳打ちしてくれる。

 そしてまた〈計画書〉をどれくらい信じているかによって、ナオキを大異端として追うべきかどうかも見解が変わってくる。賢人会議の議員として働いている儂の友人(・・)曰く……


「ナオキ容疑者が行った改革は、〈計画書〉と照らして圧倒的に逸脱しているわけではない。部分的に言えば遅れて達成された(・・・・・・・・)改革ですらある。

 このため〈計画書〉を理由にナオキ容疑者を大異端認定した場合はそれなりの確率で冤罪となるし、そうなると賢人会議は責任(・・)を問われる。

 そんなリスクを積極的に取りたがるのは——つまりそこまで熱狂的に〈計画書〉を崇拝しているのは賢者イェシカと賢者マクファーレン程度で、議員の中には今この段階で動くのは時期尚早だと反対意見を示している者もいる」


 つまり、あらゆる教会政治と同様、賢人会議もまた一枚岩ではない。

 これらを踏まえ、儂はもう一度、イェシカ議員に提案(・・)をする。


「よろしいか、賢者イェシカ殿。

 根本的なところで、我々の利害は一致している。我々はナオキ容疑者を必ずや捕縛せねばならぬと考え、それを第一の目標として動いている。

 そして貴女もまた、ナオキ容疑者は極めて危険である、と考えている。

 であれば我々がなすべきは勇気ある握手であり、ナオキ容疑者を捕縛するまでは協力関係を維持するという大人の対応ではないだろうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ