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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
多くのことを予見しながら、なぜ人は後悔しかできないのか
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平凡なる神の子たち(3)

アルール歴2182年 7月19日

——シャレット卿の場合——

 幼いころから、神を信じていた。


 そしてそれと同じくらい、父を尊敬していた。


 コーイン・シャレット——あるいはコーイン司祭として知られていた父は、審問会派というこわもて(・・・・)の派閥に属しながらも、多くの人々に愛され、尊敬される司祭だった。


 それもあって、幼いころの私は、しばしば周囲から心配されることもあった。

 あまりに偉大な父を持ってしまった息子は、ときに人生の舵取りを誤るからだ。

 なるほど、何をしても父親と比べられ、あるいは逆にほんのちょっと良いところを見せただけでも(最悪、10人並の成果を出した程度ですら)「さすがはコーイン司祭のご子息」と絶賛されるという人生は、歪む(・・)に十分な条件を満たしている。


 けれど私にしてみれば、そんなものは杞憂もいいところだと思っていた。

 なぜなら、私の父はコーイン司祭なのだ。


 確かに私は貴族として生まれ、貴族社会で育った。そして貴族という生物は、自分より優れている存在を見つけたら、「俺は絶対に負けない」と思い込む(・・・・)ように(・・・)作られる(・・・・)。貴族の本領は戦地――それが最前線であろうが後方兵站であろうが――にあり、そして「お前を殺してやる」という意気込みで迫ってくる敵というものは、どうしても自分より強く見えてしまうからだ。そこで怯んだら戦う前から勝負は決まってしまうのだから、貴族たちは自分たちの社会を構築する過程において「強者を見たら奮い立つ」人間が自動的に育つように、創意工夫を重ねてきた。

 けれどそのことと、「強者を見たら即座に突っかける」のとは、話が違う。辺境の蛮族ではあるまいし、自分の前に立ちはだかる強者の実力を推し量る能力もまた、名家と呼ばれるような家であれば自然と叩き込まれるものなのだ。


 だから私は――父の名声に小さからぬ嫉妬も覚えたが――極めて早い段階で「自分では父には追いつけない」と理解できた。

 そしてこの父が私の敵対者ではなく、ぶっちゃけると「私に対してとてつもなく甘い人間」(貴族社会の標準と比べ、あり得ないほど甘い。一般的な貴族の家において、父は子のことを「競争相手(ライバル)」と認識する)だと把握した段階で、私はただ素直に父を尊敬し、その背中から学べる限りを学ぶのが、己の生存戦略としてベストなのだとも理解できた。


 事実、その方針に則ることで、私はそれなりの成果を出していけた。


 神学校で行われた試験では何度かトップを取ったし(「コーイン司祭による成績の操作だ」などと言い出す者はほとんどおらず、私は改めて父の偉大さを思い知った)、武術大会でも最高でベスト4まで進んだ。軍事机上演習とは特に相性が良かったようで、神学校時代は負け知らずでもあった。学生自治会の役員を何期か任され、ときには教官と衝突してでも貧乏な学生の権利を守り抜いたこともある。


 もちろんそのどれを取っても、自分が将来、帝国の歴史に残る俊英として才能を開花させることを予感させるような、突出した成果ではなかった。せいぜい、マニアックな歴史書の片隅に、名前だけ登場することがあればマシかな、という程度に過ぎない。

 ただ、私はそのことに絶望しなかった。また、その頃には父の名声に対するほのかな嫉妬の思いも、きれいさっぱり消えていた。

 というのも、私は父がときに人を寄せ付けないくらいにひどく落ち込んだり、懊悩に満ちた顔のまま吐くまで飲んでそのまま床で眠ったり、深夜に突如悲鳴とも絶叫ともつかない叫び声をあげながら壁に何度も拳を打ち付けたりといった、世間が知らないコーイン司祭(・・・・・・)の姿を、間近で見ていたから。

 私はいまだに、父が何をあれほどまでに恐れ、何にあんなにも苦悩していたのか、分からない。けれど私は、真の天才(コーイン)が歩むあまりにも真っ直ぐで孤独な道を、間近で見続けた人間でもある。それゆえ、才能に恵まれすぎることと浮世を快適に生きることは両立し得ないということだけは、理解できた。

 だからむしろ、私が父ほどの才能に恵まれなかったことは神のお恵みなのであるという思いが、私の中に強く育っていった。父が見ている世界を、私は見れない——否、見ずに済む(・・・・・)——それはそれで、祝福すべきことなのだ。

 司祭のなかには「神はその人に耐え得る範囲の試練を与える」と唱える者がいるが、その説に則るなら私にとって父は大衆演劇に登場する「世界の危機に立ち向かう勇者」そのものだった。父のような人間の献身があればこそ、我らは「魔王」と直接対決せずに済んでいる。


 そうやって父の偉大さを噛み締めながら、私は凡庸の上限(・・・・・)あたりの成績で神学校を卒業し、帝国大学でもそこそこの業績を残し、帝国大学院で修士まで修めたところでシャレット卿(・・・・・・)を襲名して、幼いころからの婚約者であった今の妻と結婚した。

 結婚生活には一点の不満もなく、どうしようもなく悪化していくシャレット家の財政状況以外に(父は偉大な天才だったが、経済だけは非常に疎かった)、私には悩みなどなかった。

 懸案の財政状況にしても、恒常的なマイナス収支ではあったが、焦眉の急というほどの問題でもなかった——園遊会などで他家の当主とこっそり打ち明け話をすると、財布の事情はだいたいどこも似たようなものだというのがすぐに分かった。

 そうして、またしても凡庸の上限あたりで当主としての責務を果たしていくうち、子供が生まれた。子供たちは自分でもびっくりするほど愛らしく、彼らのために頑張らねばと思ったときに初めて、「自分に父ほどの才覚があれば」と、強く思った。そしてそれをサシの飲みの席で父に告げると、いつもどこか掴みどころのなかった父の表情がくしゃっと歪んで、「お前はとうに俺なんかを越えちまってるよ」と言うと、私の手を強く、強く、握りしめた。


 その後、ハルナが生まれたときは——そして彼女がぞっとするほどの才能を秘めていると気づいたときは(なにせ彼女は「自分があまりに幼い頃から言葉を喋ると、親が自分を恐れるかもしれない」というところまで考えられる、文字通りの神童だ)、ハルナの教育を父に丸投げすることにした。

 天才は天才を知るものだ。私のような凡夫より、父のほうがずっとハルナを幸せにしてくれるに違いない。その直感は外れず、ハルナは父に異様なまでになついて、父もまたハルナに対し浴びせるように知識と知恵を叩き込んだ。ときに、祖父と孫娘の会話に、私がついていけなくなるくらいに。でもその不可知の対話(・・・・・・)を横で聞いている時間は、私にとって最も幸福な時間だった。

 貴族社会には悪い冗談として「帝都の中央公園には2つの像がある。1つは我らが愛する詩人である英雄詩人ニクス。そしてもう1つはニクスの父だ」というネタがあるが(ニクスの父の功績は、ニクスの父であることだ)、それの何が悪い(・・・・)という実に馬鹿げた感慨を、彼らが繰り広げる激烈な(そして理解不能な)教理問答を聞きながら何度も思った。


 けれど。


 賢人会議に出向することになった父は、やがてそこでも位階をぐんぐん高め、やがて啓示の解釈を行うメンバーにまでその名を連ねるようになった。


 たくさんの人が、これを喜んだ。

 大衆は歓喜した。あの(・・)コーイン司祭が、ついに我ら全員に正しい道を指し示してくださる、と。

 貴族たちは嫉妬した。これでシャレット家はこれから少なくとも100年は安泰でしょうなあ、と。


 だが私は到底、これを喜べなかった。

 賢人会議が腐り果てているのは、賢人会議に参加するメンバーの秘書官に着任した同期(言うまでもなく時代の俊英と言うべき人物だ)が、私宛に秘密の遺書を残して自殺したときに、思い知っている。


 そして私は、賢人会議に列席するには父があまりに若すぎる(・・・・)とも思った。

 つまり父は、本質的に言えば、何か(・・)が起こったときのスケープゴートして賢人会議に招集されたのだ。

 より正確に言えば、賢人会議はあまりにも才能に溢れる父を恐れ、あわよくば合法的に殺すために、自分たちの一員に迎えたのだ。


 そしてこの予想は、最悪の形で現実になった。

 父は啓示の解釈を誤った原因(・・)として殉教を余儀なくされ、この世を去った。

 我ら凡庸なる人の子は、己が心身を削るようにして我らを守り続けてくれた勇者である父を、自分たちの手で葬ったのだ。


 あのとき、私は決意した。


 この世界は、間違っている。

 教会も、帝国も、誰も彼もが、何もかも、間違っている。

 そしてもしかしたらこの世界は本当に取り返しがつかないほど腐っていて、神はもうこの世界を見放しておられる。

 

 ならば——もう、何もかも、終わりにしよう。

 あらゆるものを無茶苦茶にして、壊してしまおう。


 そう、決意した。


 だから私は、今度は凡庸の下限(・・・・・)の道を歩むことにした。

 私は、自分に才能がないことくらいわかっている。積極的に悪を為したところで、悪の才能を持った者には一蹴されるだろう。より大いなる悪を為すために利用される駒になれるかどうかすら、怪しい。

 けれど凡庸の下限として、ゆっくりと、確実に、世界を腐らせていくことなら、できるかもしれない。


 そして、そうやって凡庸な悪(・・・・)への道を選んでみても、神からの裁きの雷が己を打つことは、なかった。

 この程度の悪事では足りぬのかと思い、結婚式を間近に控えた末の妹(だいぶ歳が離れていた)を幾度も犯して孕ませてみたが、それでも神の雷は私を打たなかった。それどころか人の裁きすら、我が身には及ばなかった——むしろ正当なる怒りをもって私を殺しに来た若者が、貴族社会の政治(・・)に飲まれて姿を消す有様だ。


 だから。


 だから、そういうこと(・・・・・・)なのだ。


 この世の何もかもを無茶苦茶にして、終わらせようと意気込んだところで、私は結局、おそろしくつまらない、どこにでもいる人間の一人でしかない。

 私程度がイキがったところで、世界はけして壊れない。

 私程度が悪ぶったところで、世界はまるで乱れない。


 だから。


 だから——もし。


 もし、父と肩を並べる天才、ハルナがそれを望むなら。


 彼女が心底、世界を壊すことを求めるなら。


 ハルナならば、きっと。


 きっと——


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