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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
多くのことを予見しながら、なぜ人は後悔しかできないのか
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平凡なる神の子たち(2)

アルール歴2182年 8月10日

——カーマイン3級審問官とシャル見習いの場合——

「おい、どういうことだ!?

 ざっけんなよコラ、3級審問官と思って舐めてんのか!?」


 帝都の昼下がり、形ばかりのちんけな執務室の真ん中でチンピラめいた罵声を上げたのは、同期はみな殉教するか2級審問官(以上)になるかしたというのに未だ3級審問官として場末をウロウロしている俺様、カーマイン3級審問官だ。最近じゃ永遠の3級審問官、なんていうありがたいニックネームまで拝領している。


「そういうわけではありません。

 ですが、これは要請(・・)ではなく、決定(・・)です。

 あなたが元師匠(・・・)ではなく今の師匠(・・・・)に恩義を感じているのであれば、決定(・・)に従ってください。

 伝言は以上です」


 銀縁眼鏡を光らせながら冷たく言い放って、俺様にくるりと背を向けるとツカツカと執務室を出ていったのは、今をときめく——ええと——あー、その、あれだ、えーっと、半年前に2級審問官に昇格した、まだめっちゃ若いヤツ……


「ホフマン2級審問官です、ボス」


 おう、サンキュ。さすがだぜシャル見習い。いま最も3級審問官に近い見習いと呼ばれるだけのことはある。


「ちなみに目下、最も3級審問官に近い見習いはライザンドラ見習いです。でもあの人のステータスを正確に言うなら『最も1級審問官に近い見習い』だと思いますから、やっぱり3級審問官に最も近い見習いはあたしかもしれませんね、ボス」


 あー、まあ、そらそうだわ。つうか一度ライザンドラ見習いに会ったことがあるけど、あら凄いね。パウルとかカナリスくらいだとめっちゃ嫉妬するんだけど、あそこまでぶっ飛んでると嫉妬心すら湧いてこねえ。なんつーの、青空を見上げたときに、「すげえな俺もあんなに青くならなきゃ」って思うか? 思わねえよな? それと一緒。それくらい、めっちゃ美人で頭も超絶キレまくり。


 そらそうとして、シャル見習いには一言、言わねばならんことがある。


「どうでもいいがシャル見習い、俺の心を読んだようなコメントを連発するのはやめろ。俺はそこまで単純な男じゃねえぞ」


「そうですか」


 あっはい……ごめんねシャルちゃん、渾身のボケをそんなに華麗にスルーされると、カーマイン3級審問官、寂しくて死にそう。


「キモイです、ボス。あと兎は寂しくても死にません」


「おっしゃあ、勝った! 俺は兎のことなんて考えてなかった!! 神に誓う!!!  やーいやーい、バーカバーカ。勇み足で自滅、恥ずかしいー!!

 ……てか、兎って寂しくても死なないの? マジ?」


「今頃になって兎のことを考えないでください、ボス。

 ワンテンポ遅いから、勇み足しちゃったじゃないですか。恥ずかしい」


 ……漫才はこれくらいにして。


「漫才はこれくらいにしましょう、ボス。

 それで、これからどうするんです?」


 どうする、ねえ。どうしようもねえんだよなあ、これが。


「会議での決定なんか知るか! 事件は現場で起きているんだ!

 とか叫んで、行くぞシャル見習い、ついてこい! って展開——じゃあ、ない……みたい、ですね」


 流石だな、シャル見習いよ。残念だが、これはそういう話にはならねえんだ。


「……なんでですか!?

 確かにボスは妙にひょろっとしてモヤシっぽいし、風采なんて言葉にミリグラム単位で縁がない顔してるし、同期のパウル1級審問官もカナリス2級審問官も審問会派のヒーローなのにボスはいまだにお情けみたいな執務室っていうか元物置を部屋にあてがわれた3級審問官だし、あたし以外にボスのところに配属されたいなんていう見習いは誰もいないくらいに人望も人脈も皆無ですけど、こういうときに後先考えずに突っ込むところだけは審問会派で……108番めくらいに凄い人じゃないですか!」


 DisってDisってDisりまくって最後に上げるかと思えば、最後までDisりかよ!

 まーでもそうねー、審問会派には特別行動班がいるから、後先考えずに突っ込むランキングだと俺様たぶんそれくらいよねー。


「ボス——その、漫才抜きで聞きます。

 ほんとうに……本当に、あれ(・・)を、スルーしちゃうんですか!?

 あの、あたしかなりマジギレしながら聞いてるつもりです。漫才で返すなら、いますぐ審問会派やめてでも、この部屋から出ていきます。

 で、本当のところどうなんです、ボス? 行くんでしょ? あたしもう、自分の個人武装から特別行動班の緊急招集状まで、全部準備してるんですよ? あ、ちなみにボスの装備は準備してません。現場に来られても邪魔なんで」


 俺は深々とため息をついてから、シャル見習いの頬を強く張った。次の瞬間、シャル見習いが報復の一撃を俺の頬に叩き込む。耳の奥がキーンとして、視界がクラクラした。おおう。ちょっと待て、ちょっと待って、シャル見習い、いやシャルちゃん、シャル様、ギブ、ギブアップ、参った、降参! 降参!!


 飛びつき腕ひしぎ逆十字が極まる寸前というところで、シャル見習いは俺の手を離す。


「……体罰が必要なくらい、あたしの判断は間違ってるってことですね。

 でも、なぜなんです? なんであんなこと(・・・・・)を見過ごすんです? いつものボスなら、絶対にあんなクソ野郎ども、許さないじゃないですか」


 シャル見習いがひどく口惜しそうに、下唇を噛み締める。うーむ、シャル見習いよ。確かに俺様は君に「やられたら即座に倍返しだ」と教えたし、なるほど女の子にビンタは悪かったっていうか教育にもなんねえなコレっていうアレだけど、君もうちょっと数学勉強しよう? これ絶対「倍」じゃないよね?


 まあ、いいや。まずは座れ、シャル見習い。俺も座るから。


 俺はガタつくパイプ椅子に腰をおろし、シャル見習いはちっちゃい丸イスに座った。俺たちの間にあるのは執務机——代わりの古いタンス。こうして見るとすげえ格差社会だよな、審問会派って。


 ともあれ、このとびきり若く、とびきり優秀で、とびきり間の抜けた弟子に、審問会派のなんたるかを教えるとしよう。


「ジャービトン派青年改革期成同盟、通称〈同盟〉が、そのリーダーであるガルドリス司祭が所領とする廃農園を拠点として、軍事教練を繰り返しているのは間違いない。

 彼らの具体的な目的は未だ不明だが、その軍事教練で行われていることだけを抜き出しても、世俗権力と協力して彼らを拘束するに足る重犯罪が行われている。1000年前まで遡ったって、買った奴隷を好き勝手に虐殺していいなんて法はないんだ。

 ここまで、いいな?」


 俺の解説(・・)に、シャル見習いは静かに頷く。


「俺としては、今すぐこの部屋を飛び出して、あの〈同盟〉とかいうクソどもをぶっ潰しに行きたい。だが先程——あー、その……」


「ホフマン2級審問官」


「そう、それ。あの銀縁眼鏡が言ったとおり、〈同盟〉に対する捜査の中止が申し渡された。というわけで、俺たちの捜査はこれにて終了。ちゃんちゃん」


 もちろん、こんな説明ではシャル見習いが納得するはずはない——彼女が普通の見習いなら。だが残念、コイツは普通じゃない見習いなのだ!


「……理解したくありませんが、理解しました。

 〈同盟〉は、ジャービトン派という名が冠されているものの、その構成員には教会にまだ(・・)所属していない貴族も含まれています。

 よって、彼らに対する捜査すら、実は教会法的にはグレーゾーンにある。いまの皇帝陛下は教会に協力的ですから世俗法でアウトとされることはないでしょうが、厳密に言えば世俗法的にはグレーどころかアウトの領域と言っていい。

 よって審問会派が〈同盟〉を潰すためには彼らが異端であることを証明するほかないわけですが、ボスの師匠は『俺はあいつらが異端であるという証明をしないぞ』と言ってきたわけですか……そりゃあそうですよね、ジャービトン派って名前がつく集団をぶん殴るとなれば、ジャービトン派のメンツごとぶん殴ることになりますもんね。いまのこのご時世でそんな責任を負いたいなんて人、いるわきゃないですよね。どいつもこいつも無責任っていうボスの言葉、マジで身にしみます。

 あと、下っ端って辛いですね。そりゃまあ辛いとは聞いてましたし、同期からも親からも教官からも『〈永遠の3級審問官〉のところで見習いをするのだけは止めろ』って説得されましたけど、超納得です」


 うっさいわ! 貴族相手の(しかもこんな微妙な案件における)異端認定には1級審問官ないし特捜審問官の地位が必要で、俺様は天下無敵の3級審問官、つまり審問官って肩書はあってもペーペーのヒラ! くっそ、カナリスなんざ助手が3級審問官だったんだぞ! 格差反対!

 でも3級審問官になりたてのニュービーが嬉しさのあまりテンションを爆発させて「はいあんた異端ね、ついでにあんたも異端だわ」とかやらかすと審問会派終了のお知らせになるので(つうか昔そういうことがあったそうな)、かくして今日も格差社会は是認されるのだ。


 つらいわー、審問会派つらいわー。


「でも、だったらせめて老マルタ派にリークとかしたらいいんじゃないですか、ボス? つか老マルタならその場で異端認定出してくれません?

 で、パウル1級審問官とカナリス2級審問官を先頭にして特別行動班が突っ込んで、その後ろからあたしらが物見遊山みたいな感じでついてく、的な。これにて一件落着しちゃったりすると思うんですけど」


 うーん、そいつはなかなか良い指摘なんだがねえ。

 まあ、人生いろいろってやつかな。あーあって感じ。


「きわどい発言はやめてください、ボス」


「俺は何も言ってねえ! いまのは心の声! だからセーフ!

 ……ともあれ、だ。2つ問題があるんだよ、そいつは。

 1つめは、俺様大好きな自虐ネタ。俺って実は、カナリスとかと同期なんだよね。でさでさ、マルタっちが師匠だったの。どう? すごい? すごくね? 俺様ってマジヤバくね?」


 ま、つまりそういうことだ。


「でさー、やっぱさー、訓練が辛すぎて逃げ出した()師匠に頭下げに行くって、俺のガラスハートじゃちょっち無理。ハードル高いっす。ハードルじゃねえな、板塀みたいな感じ。下を潜ることすら許さねえクソなレベルデザイン」


 ま、つまりそういうことっす……。


「定番のネタが終わったところで、本題お願いします」


 お、ナイスツッコミ。いいねーいまの。


「もう1つは、だ。いまのマルタっち、良くも悪くも戦力がヤバイのよ。

 あそこって、マルタっちがゴールキーパーで、カナリスがフォワード、パウルがミッドフィルダー、ライザンドラちゃんがスタミナに難ありのスーパーサブ、爆乳ユーリーンちゃんがコーチって感じでしょ。

 つまりあいつら、実質3人でサッカーやってんのよ。しかもなんか2チームか3チームくらいを相手にして。バカジャネーノでしょ。

 でも、やっぱ戦力としてヤバイのはヤバイのよな。カナリス1人で開始の笛なってから1分以内に128点くらい取りそうだもん。そうやって『得点表示版に点数を表示できなくなったのでチーム・マルタの勝利です』みたいなことができちゃう連中だもん」


 ちなみに俺様、バリバリのインドア派かつ超絶オタク野郎(シャル見習いを採用したのも彼女がツインテ姿で面接に現れたからだ)なので、サッカーとかいう神事がどんなルールなのかまるで知らなかったりする。確か正式名称ゴールマスターがボールを投げて、フォワードが棒きれ使ってボールをゴールめがけてぶっ叩くんだっけ? なにはともあれ、開始1分で128点取ったら普通は勝つだろ。たぶん。


「——だから、さ。

 たぶんもうマルタっちの脳内には微塵も残ってないつーかミジンコレベルとしか覚えられてない俺様でも、『こんな大ネタがあります、みんなでぶっ殺しに行きましょう!』って言いに行けば、やっぱりマルタっちは『この馬鹿弟子が! いますぐ奴らをぶっ殺しに行くぞ!』って走り出しちゃうんよ。

 配下のレディース・アンド・ジェントルメンも、エイエイオーって感じでついてくだろうさ」


 ま、本当の要点は、そういうこと。


「でもそれでは、老マルタ派はみんなカローシしてしまうってことですね。

 ……ほんと、人生いろいろってやつですね。あーあ」


「不規則発言をやめろ、シャル見習い!

 とはいえ——あのクソ野郎どもがユーリーン司祭の暗殺を目論んでるってのは、念のため、うまーく、それとなーく、じんわーりと、伝わるようにしときたいところだな。もう気づいているならめでたしめでたし、気づいてないか敵を過小評価してるようなら、ちとヤバイ」


 老マルタが(さもなくばライザンドラ見習いやユーリーン司祭が)気付いてない、なんてことがあるのかなと思わなくもないが、どんな達人だってミスはする。そのうえあんな馬鹿げたマルチタスクやってりゃあ、見落としの1つや2つはあるもんだ。


 あー、そうか。

 そう考えてみると、これはいい機会かもな。


「よし、うっかり碌でもないことを思いついたぞ。

 シャル見習い、実習を命ずる。ジャービトン派改革同盟青年部の馬鹿どもが——」


「ジャービトン派青年改革期成同盟ですよ、ボス」


「そう、それ。そのキモい馬鹿どもがユーリーン司祭の暗殺を企てて、ヤバイ感じにヤバイってネタを、いい感じに老マルタ派に伝えてこい。期限は3日以内な。はい頑張ろう。さあ頑張ろう。俺は弟子が実習で忙しくなるから、今日は早退して飲んで寝る。じゃあねー」


 俺様の素晴らしく碌でもない思いつきを聞いたシャル見習いは、露骨に表情を歪めた。あっはっは、頑張れ! 俺が同じこと命令されたらソッコーで審問会派とか辞めるね! 5秒かけずに辞めるね!


「つまりボスは、あたしに老マルタ派に潜入(・・)して、それとなく情報を残してこい、と言いたいんですよね?

 ——さ、さすがにちょっと……その——」


 そりゃそうさ。どう考えても無理ゲーだしな!

 だが、シャル見習いよ。これ(・・)が俺らの仕事なわけよ。そのあたり、お前も覚悟して、わざわざ俺様のところに面接に来たわけでしょ?


「覚悟はあります。自信も。でも、これは……

 あーでも、しくじっても殺されはしないですもんね。ボスがめっちゃ怒られるだけで。

 よし、じゃあ行って来ます」


 そうそう、その意気だ。潜入がバレてとっ捕まっても、死んだほうがマシだと思うくらいキッツイ訓練をさせられるだけだから、安心して行ってこい。


 それに、たとえゲーゲー吐きながら訓練することになったとしても、頭のネジがぶっ飛んだ異端教団に潜入してしくじった(・・・・・)ときに比べりゃ、全然マシだ。

 死ぬときは死体も残らずに死ぬ——それが俺たち、潜入捜査官だからな。


 意気込んで執務室を出ていったシャル見習いを見送った俺は、執務机代わりのタンスの天板に足を投げ出して、ポケットからフラスクを取り出す。帰ってから飲むつもりだったが、こんなの飲まずに帰れるかってんだ。アル中が原因で昇進できないクズ野郎を舐めんなよ?

 ところがフラスクの中身をぐいっと煽ると、中身は甘酸っぱいオレンジジュースに化けていた。畜生シャル見習いめ、またやりやがったな!? つうか同じことを何度も何度もやられてる俺様、そろそろマジで師匠としての威厳とかそのあたりのもの、ヤバくね!?


 そんなことを思いつつ俺様は深々とため息をつくと、夕暮れが迫る執務室の中でひとり、しんみりとオレンジジュースを飲み続ける。


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