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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
主よ、主よ、なぜあなたはわたしを見捨てられたのか
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アルール歴2181年 12月19日(+10日)

――シーニーの場合――

 〈腐り沼のスラム〉からスタートしたケイラス・エミル捜索作戦は、初日と2日目こそ順調だったが、3日目にして早くも行き詰った。ダーヴの城壁の下を通過した地下道がどこまで伸びているのか、途中で把握できなくなったのだ。

 これが夏場ならともかく、地面を見るためには最低でも2mほど除雪しなくてはならない原野の地下に眠る隠しトンネルを探るなんてのは、まったくもって不可能の一言に尽きる。


 もちろん、こんな事態になるだろうというのは予想されていたわけで、ここからが調査の本番となった。


 基礎調査でわかったのは、トンネルが伸びている方向だ。途中でトンネルが曲がっている可能性は高いが、180度ターンしているとは思えない。

 これをもとにダーヴの街周辺の地図を調べると、だいたいトンネルが伸びている方角に向かって3キロほど離れたところに、小さな泉があることが分かった。ちょっとした林のなかにある窪地で、地下水が湧き出ているのか水は常に新鮮だということだ。なるほど、秘密のアジトを作るにはもってこいだ。

 ――という推測に私は納得できたのだが、パウル1級審問官はそうでもなかったようだ。


「待ってくれシーニー君。

 つまり君は、この街の異端者たちは3km近いトンネルを掘った、と言いたいのか?」


 ふむ。そういう疑問を抱いたとしても、不思議はない。

 でも私にしてみれば、十分に可能な工事(・・)だなと思う。


「まず最初にトンネルの総延長ですが、せいぜい2km程度ではないかと思います。あくまで地図上での話ですが、そのあたりから疎林が始まりますので。

 その1km先には地下水を源泉とした泉もあるわけですから、それ以上掘るのは危険すぎるでしょう。あと、これは私の想像ですが、異端者たちは街の中から掘ったのではなく、街の外の出口側から掘っていったんでしょうね。でなきゃ掘った土砂を運び出せませんから。

 『それでも2kmは無理だろう』と言いたげなお顔ですが、私の故郷では取水用の隧道を5kmほど掘ったケースがあります。人間、必要となれば、それくらい掘ります。ちなみにこれはスヴェンツ傭兵にとって超一級の軍事機密ですので、具体的にどのあたりにその隧道があるかはお答えできません」


 私の見解を聞いたカナリス特捜審問官は「なるほど」と短く言うと、席を立つ。パウル1級審問官はそれを見て、いかにもやれやれ(・・・・)といった感じで天を仰ぐと、「僕も真面目に仕事をしなきゃだねえ」と呟いて立ち上がった。

 私としては立場上「何をするつもりなんです」と言うべきなのだろうけれど、審問会派の具体的なオペレーションを問いただすのも野暮だし、聞きたくもない。ということで赤牙団は聞き込みの継続、審問会派は独自ミッションの開始となった。


 それから3日で、審問会派はおそらく(・・・・)ケイラスとエミルたちが潜んでいるであろうアジトについての情報を調べ上げた。


 カナリス特捜審問官はこの3日、ダーヴの街に巣食っている〈結社〉とやらの構成員(そこには街の支配者であるエルネスト男爵も含まれる)を尋問(・・)して、アジトについての情報を集めていた。

 それによると件の泉の周辺には、〈結社〉専用の古い教会的なものがあるらしい(・・・)――「らしい」というのは、あまりにも古い施設であり、この50年ほど実際には使われていないという、曰く付きの物件だからだ。

 「教会」は自然洞窟がベースで、内部に手を加えて居住可能なスペースを作っているという。内部構造についてはあまり詳しい情報が得られなかったそうだが、「出入口が最低でも2つあった」というのは、私にしてみると実に嬉しくない話だ。


 パウル1級審問官はダーヴの街における有力な商人を集め、騎士アスコーニと取引がなかったかを確認した。鋭い着想だ。エミルが主導権を握っているのであれば、実務担当はエミルの護衛であった騎士アスコーニが務めるほかないのだから。

 この聞き取り調査を通じ、アスコーニ名義で相当な量の保存食が購入されていたことが分かった。納品した保存食の行方は誰も知らなかったが、ある老商人が重要な情報を覚えていた――荷物を搬送するために荷車を貸したところ、返却された荷車にアカカラマツの葉が大量に付着していたというのだ。

 アカカラマツ自体はさほど珍しい樹木ではない(その葉は最大で人間の赤ん坊くらいの大きさになるため、「赤子吊るしの樹」あるいは「首吊りの樹」と呼ばれることもある)が、サンサ教区ではほとんど見られない。ダーヴ近郊でアカカラマツが自生しているのは唯一、私たちが目をつけた泉の周辺だけなのだ。


 ともあれ、筋金入りのエリート審問官2人が、それぞれ2つの異なる情報源にあたり、そこから同じ推論を得た。つまり、件の〈泉のアジト〉にケイラスとエミルが潜んでいるというのは、ほぼほぼ確定とみていいだろう。

 私としては脊髄反射的に騎士アスコーニの情報撹乱工作を疑ってしまうところもあるのだけれど、その疑いについてはユーリーン司祭に「カナリス特捜審問官が尋問した相手の中には騎士アスコーニと接点を持たない人もいます」と指摘されて私が恥をかくという形で決着した。


 かくして、〈泉のアジト〉襲撃計画の立案が始まった。作戦立案と総指揮官にまたしても私が任命されたときには緊張のあまり膝が震えたが、パウル1級審問官が実に気楽に「アスコーニ先輩とやらにリベンジしたまえ」と言ってくれたこともあって、無駄な力み(・・)は抜けたように思う。

 実際、今回の作戦はいたってシンプルなものだし、騎士アスコーニにできることはもはや限られている。極論言えば今回やるべきことは「力で押しつぶす」だけであり、かつ、アスコーニに何もさせないためにはそれこそが最善手なのだ。


 とはいえ、完全武装した兵士たちが群を成して行動するわけだから、準備すべきことは多い。

 今回は(たった3km先とはいえ)街の外での戦いになるし、現地までたどり着くには一面の雪原を横切っていくしかない。食料に水、雪中行軍用の専用装備、体を温めるための装備、教会(・・)内部で必要になるであろう照明器具、医者と医薬品の手配などなど、ライザンドラさんが全力で働いてなお、一式が揃うのには3日かかった(これを3日で揃えきったライザンドラさんの仕事量は、純粋におかしいと思う)。

 こうして揃えた装備を襲撃部隊に配給し、作戦概要を説明し、雪中での行動に関する諸注意を確認したところで、12月18日の夜が更けた。しかるに明けて19日の今日、天候にも恵まれたため(正確に言えば少なくとも雪は降っていないので)、いよいよ作戦開始の号令がかかったのである。


 作戦が始まってからしばらくは、雪道との格闘が続いた。純粋に雪道を移動することに特化した装備であっても、移動に難渋する――というか常識的な人間ならあえて進もうとしない――雪原だ。そこを完全装備の部隊が移動しようというのだから無理がある、というか、無理しかない。

 それでもなんとか昼前には約3kmを踏破し、部隊は例の泉を望む高台に到達した。地図通り、このあたりは落差10m程度の窪地になっていて、泉はその窪地の真ん中にある。泉の周囲は雪と氷で覆われているが、中央付近には氷が張っていないところを見るに、かなり勢い良く地下水が吹き出しているようだ。


 前回の作戦に参加した赤牙団伝令隊の数少ない生き残りであるノイバートが先導する斥候隊が出て、窪地の様子を慎重に調べる。

 パウル1級審問官も、カナリス特捜審問官も、「絶対にまた罠があるはずだ」と主張したが、私は罠があったとしても警報系の罠だけだろうと踏んだ。案の定ノイバートたちは問題なく偵察を進めると、重要な情報を持って帰ってきた――泉のほとり付近から伸びる足跡を発見したというのだ。

 私は伝令に対し「さらに調査を進めよ」と命じ、ノイバートらは躊躇なくその命令に従った。つくづく、勇敢な戦士たちだ。私の命令に従った結果、多くの仲間を死の罠で失ったばかりだというのに。

 ノイバートらの姿はやがて疎林の中に消えていったが、数分の後、伝令が急ぎ足で戻ってきた。曰く「隠蔽されているものの、洞窟と思しき入り口を2つ発見した」という。

 上出来だ。私は状況を全員に短く説明し、彼らはすぐに行動に移った。戻ってきた伝令隊が臨時作戦本部を高台に設置し終える頃には、洞窟の入り口のうち1つをパウル1級審問官が率いる部隊が、もう1つをカナリス特捜審問官が率いる部隊が確保している(ちなみにザリナ隊長は今回、形式的にはパウル1級審問官の下につく形になっている)。


 あとは、私の合図と同時に、突入開始だ。


 ――が、そのとき一瞬、前回の作戦でのあれこれが、フラッシュバックした。


 反射的に足がすくみ、喉がひりつく。

 脈拍が急上昇し、耳の奥で心臓音が破れ鐘のように響く。

 私は急激に、パニックに飲まれつつあった。


 でも私の半分は、自分でも笑ってしまうくらいに冷静だった。

 ここでパニックを起こすとは情けない――とも思ったが、とはいえこれは起こる(・・・)ものなのだ。


 スヴェンツ傭兵は、人間の強さを学ぶ以上に、人間の弱さを学ぶ。人間の強さには限界があるが、弱さには限界がない。それゆえスヴェンツ傭兵たちは、己の強さなんていう子供じみたものをいつまでも追い求めるのではなく、敵がどのような弱さを持ち得るか――そして己がどのような弱さを持ち得るかを、徹底して教え込まれる。

 そして遺憾ながら私は――スヴェンツ軍事学院に主席で入学し、不名誉退学寸前で自主退学した私は――人間の弱さを知ることにかけては、誰にも負けない自信がある。


 だから私は目を閉じ、ゆっくりと数回、深呼吸する。

 すると、血を吐くような訓練を通じてそうなるように(・・・・・・・)仕立てられた私の体は、ごく自然に「突入開始」と叫んでいた。


 かくして、突入が始まった。

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