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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
主よ、主よ、なぜあなたはわたしを見捨てられたのか
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アルール歴2181年 12月5日(+11時間)

――ザリナの場合――

 地下墓地での戦いは、そりゃあもうひどいものだった。

 きっとシーニーは「ちゃんとした報告書を出せ」と煩く言ってくるんだろうが、世の中には「ひどい」以上の言葉で表現しないほうがいいものだってある。


 あたしたちは見るからにオドロオドロしい〈祭壇の間〉とやらに突入し、そこでヤク中どもと派手に殺し合って、終わってみれば赤牙団の団員のうち3人が死んで、審問官の連中からも2人の死者が出た。あたしらが合計で何人殺したかなんてのは、正確にはわからん。わりといい感じに肉片になった〈信徒〉どものパーツを拾い集めて数を確認したいってなら、止めはしないが。


 今回、最も状況を悪化させたのは、シーニーだった。


 あいつはこともあろうに司令部からハルナを外に出し、その護衛として伝令隊をほぼ全部動員した挙句、伝令隊からの連絡が途絶したという知らせを修羅場で血まみれになって戦ってるあたしたちのところに飛ばしてきた。

 その報告を聞いて、カナリスはひどく動揺した。そのせいで審問官たちの隊列に乱れがでて、なんとかそれをリカバーしようと無理をした赤牙団のマンフレートが死に、続いて審問官のブランジーニが倒れた。

 それを見てカナリスは辛うじて冷静さを取り戻したようだが、それからもヤツの動きは冴えなかった。ヤク中の狂信者どもの攻勢は衰えず、それに対する審問会派の動きが鈍かったワリを食って赤牙団のクラハトが殺られた。


 ……ああ。もちろん、人によっちゃあ「最大の問題行動はハルナで、次点がカナリス」っていう評価になるだろう。

 だがシーニーが普段通りに指揮ってりゃあ、ハルナにつけた護衛たちとの連絡が途絶えたっていう知らせを、カナリスの耳に届くように伝達したりはしないはずだ。あいつはそのあたり、スッパリと割り切った判断ができるヤツなのだ。

 第一、地下での戦闘が修羅場ってるっていう情報はあいつのところまで届いていたはずなんだから、地上でも大変なことになったなんて情報を地下に回したって何にもならないことくらい、あたしでも想像がつく。


 なのに今日に限って、あいつは判断ミスをした。


 祭壇の間での戦闘が終わってからも、掃討戦には時間がかかった。

 シーニーは矢継ぎ早に「地上部隊に最低でも一個小隊を戻してほしい」という伝令を送りつけてきたし、カナリスは1秒でも早く地上に戻りたさそうにしていたが、祭壇の間に転がった死体の中にケイラスの死体もなければエミルの死体もないことが確認された段階で、あたしたちはまだ地下の探索を続けなきゃならなくなった。

 とはいえ、こうなるといよいよ地上でエミルを目撃したっていう情報は重要性を増すし、エミルの捜索に向かったハルナおよび伝令隊との連絡が途絶してるってのは「そっちがアタリ」って可能性を強く示唆する。てなわけで、カナリスをリーダーとした審問官たち12人が地上に戻り、残りは手分けして地下墓地の捜索を継続することになった。


 幸い、地下墓地はあちこちで拡張工事こそなされていたものの、〈祭壇の間〉くらいまで降りてくると、教会に残っていた古い地図とだいたい同じような構造をしていた。そりゃそうだ。無理に掘って落盤でも起こそうものなら、秘密結社が秘密ではいられなくなる。

 なのであたしたち地下捜索組は地図を頼りに掃討戦およびケイラス・エミル両名の捜索に入ったが、この掃討戦の過程で赤牙団と審問会派は一人ずつ隊員を失った。天井に張り付いていたり、戸棚の中に隠れていたりした狂信者の捨て身の奇襲を完全に防ぎ切るのは、いくらあたしでも無理だ。


 結局、途中からはローテーションで仮眠を取りながら続行した掃討・捜索作戦は、めぼしい成果を上げられなかった。ケイラスもエミルも、あたしたちはついに発見できなかったのだ。

 もっともパウルは〈古き教え〉とやらが間違いなく完璧に異端である証拠品を次々に見つけていたようで、完全に収穫ゼロというわけではない。だが作戦の大本命を取り逃がしている以上――シーニーから伝令が来ない以上、カナリスたちの地上班も芳しい成果を出せていないのだろう――この作戦は失敗だったと言うしかない。

 捜索のベースキャンプとして選んだ広間でパウルと会ったとき、パウルがぼそりと「ハルナ君を含む精鋭6人以上を失って、成果なしでは引き下がれんな」と呟いたけれど、それに続いて「あと2時間で捜索は中止する」と宣言したところを見ると、つまりは彼もこの作戦は失敗したことを認めたのだろう。


 それから2時間経って、パウルにより捜索の中止が正式に宣言された。

 あたしたちは足取りも重く、地上へと引き返す。みな、ひどく疲れていた。それに、これだけ多くの仲間を失ったのに大魚を逸したというのは――しかもこれまでなんのかんので常勝将軍だったシーニーの指揮下で、事実上の敗北を喫したというのは、精神的にも痛手が深かった。


 ほとんど半日ぶりに地上に戻ると、地上も完全にお通夜ムードだった。


 司令部にしているテントの近くには、シーツで覆われた遺体が並んでいる。シーツの上には赤牙団のエンブレムが乗っていて、ハルナの護衛につけたという伝令隊は壊滅的被害を受けたのだろうという予測を、最悪の形で裏付けていた。

 だが――それにしたって、妙だ。伝令隊とはいえ、そんじょそこらのチンピラに負けるような腕っぷしではないし、何より彼らには逃げ方を徹底的に仕込んでいる。壊滅する前に、一人でも逃がせるなら逃して、状況をシーニーに伝えられたはずだ。


 その疑念は、どうやらたった一人、生き延びたらしい伝令隊のノイバートが、すすり泣きながら教えてくれた。〈腐り沼のスラム〉に潜入した彼らは、巨大なブービートラップと化していたスラムに飲み込まれてしまったのだ。

 落とし穴に、汚物まみれの杭。入った途端に倒壊する建物。触れると破裂して毒煙を撒き散らす袋。エトセトラ、エトセトラ。スラムの奥深くまで乗り込んだ彼らは、姿を見せない敵の残した罠によって、互いに状況を知るすべもなく、数を減らしていったという。


 ともあれ、伝令隊の受けた被害は、あまりにも甚大だ。シーニーの指揮は伝令隊の練度に頼っているところが大きく、全滅こそしていないとはいえ、これだけの死人を一度に出したとなると、再建には相当の時間がかかる。ケイラスとエミルの捜索はまだこれからも続くというのに、だ。

 あたしが暗澹とした思いを胸の中で転がしていると、カナリスがとある伝令隊の亡骸に、丁寧な鎮魂の儀式を施していることに気づいた。 


 まさかと思い、彼の横に立つ。そのまさか(・・・)は、的中していた。カナリスが弔っていた死体は、伝令隊のエース、ハーミルのものだ。


 ハーミルの死体は、ひどく傷ついていた。だがその傷のほとんどは致命傷ではなく、おそらく彼は長時間かけて嬲り殺されたのだろう。

 そしてその理由も、概ね推測はつく。

 ハーミルは、ハルナの装備一式を身に着けていた。ハルナを守りながら逃げ、隠れ、そして死地のどん詰まりに追い詰められた彼は、かつてと同じ方法でハルナと入れ替わった(・・・・・・)のだ。

 その欺瞞は功を奏し、敵はハーミルをハルナと誤認して、生け捕りにした。そして騙されたと知った敵は、その怒りをハーミルの身体にぶつけたのだ。


 勇敢なる神の戦士を称える鎮魂の言葉が終わると、カナリスはあたしに深々と頭を下げた。


「すまない。ハーミル君の勇気と知恵を、我々は活かせなかった。

 ハーミル君の献身によって、ハルナ3級審問官が一時的な安全を得たのは、現場に残された証拠から間違いない。だがそれでも、我々はハルナ3級審問官の行方を掴めなかった。

 さらに言えば、ナオキ君とザリナ君の忠告を、我々は活かせなかった。ケイラスやエミルといった極限まで堕落した人間の持つ悪辣さを、測りそこねた。我々はそんなもの(・・・・・)はよく知っている、こちらは日々最悪の邪悪と立ち向かっているのだと慢心し、今回も必ず勝てると無批判に確信した」


 カナリスの謝罪を、あたしは真正面から受け止める。そうでなくては、死んだ赤牙団の隊員たちが報われない。そして彼らの死を意味ある死にするために、私は彼に言わねばならない。


「あたしたちは、まだ負けてない。

 あんたらに油断があったように、あたしらにも油断があった。

 そのツケを、あたしたちは支払った。

 支払った以上、奴らにはもっと(・・・)多くを支払わせてやる」


 カナリスの燃えるような瞳が、あたしの視線と真正面からぶつかる。


「あんたらも、あたしやナオキに思うところは、山ほどあるんだろう。

 だが、これだけはここで決めようじゃないか。

 どっちが先にケイラスとエミルを見つけようが、先に見つけたほうが、奴らをぶっ殺す。駆け引きも、抜け駆けもなしだ。

 パウルあたりは捕らえろと言い張るだろうが、知ったことか。オーケー?」


 あたしが差し出した手を、カナリスはがっしりと握った。とりあえず、こっち側はこれで一旦ケリがついたと考えていいだろう。

 となるとあと一人、ケリをつけてやらにゃならんヤツがいる。


 あたしはカナリスに背を向け、司令部になっているテントの中に踏み込んだ。


 指揮卓の上は、完全なカオスだった。大量の書類と、いくつもの数字の書き込み。何枚もの地図。アンダーライン。赤丸。倒れたコーヒーカップからこぼれたコーヒーが大きなシミをいくつも作り、軽食として運び込まれたのであろうサンドイッチは床に散乱している。


 そしてシーニーは今なお、指揮卓を睨みつけて、ブツブツと何かを言っていた。

 そのうち、ようやくあたしが目の前に立っているのに気づいたのか、驚いたような、そして泣きそうな顔を見せる。


「――隊長。今回は……無様な指揮ぶりをお見せしました。

 すみません――クビだと言われても……仕方ないと思ってます。

 でも、もうちょっと。もうちょっとだけ……クビにするのを、待って下さい。

 もう少しで……もう少しで、ハルナさんが拉致された先が――絞りこめる……ええ、もうちょっと頑張れば――もう、ほんのちょっとで……」


 ほとんど意味をなさない言葉をボロボロと吐きながら、シーニーはいくつかの数字の下にアンダーラインを追加した。もうインクで真っ黒になっていて、もとの書類に何が書かれていたのか、ほとんど識別できない。


 あたしはそっとシーニーの頬に手を伸ばし、その目を覗き込んだ。


「シーニー。お前はよくやった。

 おしおきが必要なミスはあったが、その反省会は後回しにしよう。

 今はとにかく、あたしの命令に従え。

 もうこの作戦は終わりだ。シーニーは、規定の休憩を取れ」


 あたしの命令に、シーニーは抗った。ベッドの上以外では初めて聞く、あたしの命令を拒否する言葉。


「嫌です! もうちょっとなんです。もう、ほんのちょっとなんです。

 それに今ならまだ間に合う。まだ追いかけて、ハルナさんを奪還できる。

 だって――だって、ハルナさんは、言ったんです! 私の技を、もっと盗みたいって。だから私は、ハルナさんを取り戻して、もっと――私の技術を……だから――だから、隊長! お願いです、本当に、本当に、もうちょっとで、手がかりが掴めるんです! ですから隊長、どうか! どうか、お願いします!」


 あたしはため息をついて、シーニーの頬を優しく撫でる。


「シーニー。なるほど、お前にあともう少し時間を与えれば、ハルナがどこを通ってどう拉致られたのか、それとももう死体なのか、手がかりが掴めるのかもしれない。

 だが、それで、どうする?

 地下の突入隊のうち、マンフレート、クラハト、プラティンスが死んだ。他の連中も、修羅場中の修羅場で半日過ごして、ヘトヘトだ。あたしですら今すぐぶっ倒れて眠りたいくらいだ。

 審問会派だって似たようなもんだろう。連中も2人死んでる。まあ、ハルナを今すぐ救出できて、ケイラスとエミルをぶっ殺せるってなら、連中は勇んで飛び出すだろうがね。

 だがよ、その結果としてケイラスどもの新たな罠に、審問官の連中を正面からぶち込むことにはならないって保証を、今のお前にできるのか? 今度、同じレベルの待ち伏せに飛び込んだら、いくらあの審問官たちでも全滅するぞ? あたし的には知ったことかだけど、お前はそれに耐えられんだろう?

 だからもう一度、命令する。規定の休憩を取れ。

 いいか、お前を罷免するとは言ってない。だがこのままこんなことを続けていたら、お前がぶっ壊れる。いまは、休憩を取れ。しっかり休んだら、好きなだけ続きをやっていい。

 あたしはまだ、お前を失うわけにはいかないんだ」


 こんなこと、あたしに言われなくたって、シーニーは全部理解していただろう。

 でも責任感の強すぎるこいつは、あたしの命令(・・)という逃げ場なしには、自分を許すことができずにいる。

 だからあたしは、命令をくれてやる。たとえそれが事実上、ハルナを見捨てるという決断であっても。あたしにとっては、ハルナよりシーニーのほうが、ずっと大事だから。


 そして人間、何かを決断するぞっていうときには、この程度の理由があれば十分だと、あたしは信じてる。


 あたしの命令を聞いたシーニーは、その細い体の中で張り詰めていた糸がふっつりと切れたのか、あたしの手をつかむと、まるで子供のように泣きじゃくった。

 言葉にならない嗚咽を漏らし、泣いて、泣いて、泣きわめいて――それから指揮卓に突っ伏すようにして、泥のような眠りに落ちた。


 シーニーが立っていた足元は、不自然に湿っていた。やれやれ。またこいつは、便所に行く手間も省いて指揮を取り続けたのだろう。

 あたしは大きなため息をつくと、ぐったりと眠り続けるシーニーの体をお姫様抱っこして、司令部を出た。

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