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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
主よ、主よ、なぜあなたはわたしを見捨てられたのか
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アルール歴2181年 11月15日(+7日)

――カナリス特捜審問官の場合――

 よりによって審問会派きっての恥さらしであるパウルが援軍の指揮官としてダーヴの街に到着して3週間になろうとするところだが、案の定、人手が増えた効果はほとんど出ていない。


 ……いや、遺憾ながら前言は撤回しよう。


 パウル1級審問官の率いるチームが到着してからというもの、ダーヴの街における麻薬禍はみるみるうちにその規模を小さくしていった。

 赤牙団のシーニー君は大変によく頑張っているが、やはり我々だけで捜査を進めているときに比べ、「ここを抑える」と決めたところは文字通り完璧に封じ込められるようになっている。忌々しいが、あのコウモリ野郎の手際の良さを認めざるをえないところだ。


 もっとも、彼らが到着したことで実働部隊が事実上2倍近くに増えたから仕事の効率も2倍になったかと言えば、もちろんそんなことはあり得ない。


 目下最大の問題は、赤牙団と審問会派の間での指揮権問題だ。

 現状既にある程度までそうなっているが、各種捜査や封鎖のために、赤牙団と審問会派の増援部隊からそれぞれ人員を出す混成部隊によってオペレーションを実行しなくてはならないケースは増大傾向にある。当然、これらのオペレーションは、突発的な武力衝突への対処を強いられる可能性も含んでいる。

 では、いざ街中で異端者(より具体的に言えばヤク中どもの暴走)と対峙することになった場合、その場の指揮を取るのは誰で、司令部で最終的なジャッジを行うのは誰なのか。これは実に頭の痛い問題だ。


 無論、通常であればこんな問題は表面化しない。帝都でみっちり訓練されてきた審問会派の特別行動班が、田舎の傭兵団に何らか劣るところがある可能性など皆無なのだから。

 だが赤牙団は、部分的には特別行動班を実力で凌駕する部分がある。

 その筆頭は、隊長たるザリナ君の個人的武勇と動物的とも言える危険感知能力だ。特別行動班のなかでも特に血の気の多いブレンダ武装審問官がザリナ君の挑発に乗って模擬戦を行い、模擬戦開始から4秒後に気絶させられたというのは、控えめに言ってショッキングな事件(・・)だった(その後、ブレンダ君とザリナ君はえらく仲良しになったようだが……)。

 その衝撃冷めやらぬうちに、次はシーニー君の卓越した同時並行指揮の実際(・・)を目の当たりにすることになった私とパウルは互いに目配せし、これは本当にとんでもないことになったという思いで同時に重たいため息をつくことになった。


 とりあえず絶対にあり得ない選択肢は、特別行動班が赤牙団の指揮で動くという状況だ。これだけは決してあり得ない。

 なにしろザリナ君は、この作戦における最重要被疑者であるナオキ君の個人的なパートナーでもある。そしてシーニー君はザリナ君の数多い愛人の一人でもあるわけで、何の考えもなしに彼女らの協力(・・)を鵜呑みにすることなどできない。

 それに、そもそも審問会派に命令できるのは審問会派か、さもなくば教皇のみだ。ただの傭兵でしかないシーニー君が審問会派の特別行動班を指揮したなどという前例を作ってしまうわけにはいかない。

 だがそれはそうとして、ザリナ君の戦闘能力やシーニー君の指揮能力は、なんとかして有効に活用したい――というかこれを有効に活用できなかった場合、赤牙団の隊員に審問会派が侮られることになる。


 かくして幾夜にも渡る会議の末、「シーニー君に〈審問会派修道院助手〉なる地位を与え、パウルの監督下で全体の指揮を統括する」ということになった。

 もともと〈審問会派修道院〉という組織は異端との戦いの最前線において難民を受け入れるための組織であり、〈審問会派修道院助手〉は難民受け入れの実務において現地で臨時に雇った人物が審問会派として働けるようにするための地位――だそうだ。

 このため1級審問官はその権能として〈審問会派修道院助手〉を1ヶ月単位の任期で任命できる――という。


 我が会派のことながらなぜすべて伝聞系になるかと言えば、〈審問会派修道院助手〉という地位はおよそ800年ほど使われていない地位で、私もパウルもそんな地位の存在自体知らなかったからだ。なにしろ審問会派修道院は1000年以上前に喪失しており、今に至ってもなお復興の兆しすらない組織なのだ。

 とはいえ制度上〈審問会派修道院〉は存続しているし、〈審問会派修道院助手〉という地位も存在はする――らしい。我々が喧々囂々の議論をしているところに遅参してきたユーリーン司祭が「他派の人間が口出しするのはおこがましいですが、そういう問題でしたら修道院助手制度を利用されればよろしいかと」と言い出し、その翌日にはダーヴ教会に死蔵されていた教会法大典を持ち出した彼女に当該箇所を指し示されてしまったので本当は伝聞で語るわけにもいかないのだが、伝聞で語りたくなる気持ちは察してほしい。


 いやはや、ハルナはユーリーン司祭のことを「究極の歩く聖書」と評したが、それどころではない。彼女はおそらく教会法大典の全文(・・)を暗記――とまでは言わなくとも、概要と項目番号くらいまでなら把握しているのだ。

 ともあれこの一件以降、「多少開始時間が遅くなったとしても、会議の開始はユーリーン司祭の到着を待つ」ということで我々の意見は一致した。


 というわけで、今夜もユーリーン司祭が到着したところで、「サンサ教区およびダーヴにおける異端に対する共同戦線統一会議」(ユーリーン司祭すらこれを「統一会議」と呼ぶので、以後は統一会議と呼ぼう)が始まった。

 壁の黒板には今夜の議題として、いたってシンプルかつ忌々しい言葉――なぜ我々はケイラスの居場所をつかめないのか――が書かれている。


「ダメだよ、カナリス君。僕らはまず、現状を直視しないと。

 まぁ正式な議事録には『今後のケイラス捜索における方針策定と合意形成』って書いとくから、安心しなよ」


 私の不機嫌を間違った方向に解釈したパウルが、見当違いの軽口を叩く。私は言葉では反論せず、ただギロリと彼を睨むことで反論とした。


「わかってるって。ケイラス捜索はまだ失敗と決まったわけじゃないんだから、失敗したかのような議題の建て方は敗北主義的だって言いたいんだろ?

 でもねえ! ここらで一度、はっきりさせたほうがいいよ。

 結構な確率で、この冬はケイラスを捕縛する最後のチャンスになり得る。春になって港の氷が解ければダーヴの街には一気に積み荷が流れ込んでくるし、冬の間に市民や周辺の村民が作り貯めた手仕事の成果も一気に運び出されていく。そのすべてを臨検するなんて絶対に無理だ。

 つまり、だ。僕らにはタイムリミットがあって、その期限は来年の4月1日と明確に区切られてる。雪だのなんだので動けなくなる時間が結構あるんだから、この130日ちょっとの時間すべてを有効活用できるわけじゃあない。

 仮に半分を使えたとして、70日弱。今の方針で捜索を続けたとして、絶対に見つけられると断言できるかい?

 僕には無理だね。審問会派最強の特捜審問官カナリス君が、当世きっての才女ハルナ3級審問官を助手として、しかも帝都ですら得難いレベルの地元民の支援(・・・・・・)を得ているにも関わらず、100日以上かけて捜索して手がかりゼロ。それどころか疑惑の渦中にある重要参考人の一人であるラグーナ副司祭は何者かに殺されて、君ら自身も一度殺されかけてる。それが現状じゃあないか。

 ああ、ああ、別に君が仕事不足だと言いたいわけじゃあないよ。仕事不足というなら、審問会派の特別行動班を連れて帝都から遥々やってきた僕も、この3週間街中を走り回ったけれど、何の手がかりも得られてない。あっちにはエミルなんていう、素人・オブ・ザ・素人がくっついてるってのにね」


 ……まったく。相変わらず、こっちが聞いていないことまでペラペラとよく喋る。


「つまり、だ。僕らの調べ方というか、調べ方の基礎になっている何か(・・)に、重大な齟齬が起きている。

 例えばだけどさ、もし仮に『サンサで放蕩の限りを尽くしていたケイラス』なんて人物は架空の人物で、街の人がことごとく口裏をあわせているだけだとしたら。この場合、僕らは永遠にケイラスを見つけられない。

 いやもちろん、今回がそういうケースだと言いたいんじゃあないよ? この土地におけるケイラスの実在はいろんな情報筋から確認されている。でもさ、これまた例えばだけど、ケイラスがもう死体になってる可能性だってあるわけじゃない?

 こういうレベルでの根本的な発想の転換と、それに基づいた合理的な仮説と、それを検証するための具体的なオペレーション。これを早急に再構築しないと、70日なんて一瞬で過ぎ去ってしまう」


 立て板に水(個人的にはこの男の場合は「立て板に油」だと思っている)という言葉そのままの勢いで語るパウルに対し、ハルナが勢い良く挙手した。


「パウル1級審問官の意見に賛成です。

 私も実際、初動捜査の段階で自分の中にバイアスがあったことは認めます――ケイラス司祭なんていう無能な腐敗司祭なんて、すぐに見つけられるだろう、と。

 でも私たちは未だにケイラスを発見できていない。彼が無能だという定義は、現状と一致しません。彼は審問会派の本格的な捜査を120日以上に渡ってしのぎ続けている、有能な(・・・)人間なんです。

 もちろん、彼はもう死体になっている可能性もあります。でもこの場合でも、彼は自らの死を長期間隠し通せるだけの準備をしていたし、その隠蔽工作を維持する有能なスタッフがいるってことです」


 ハルナの言葉に対してシーニー君が深々と頷き、ザリナ君も「なるほどねえ」としきりに感心している。まあ……確かに私の中にもケイラスを侮る気持ちがゼロかと言われれば、そうではない。なにせすぐにナオキと比較してしまうせいで、「ナオキに比べればケイラスはまだしも与しやすい」という気持ちが消しきれないのだ。

 そういう意味でハルナの指摘は「根本的な発想の転換」のとっかかりとして、非常に良い指摘と言えるだろう。

 パウルもまた、ハルナの発言に大きく頷いた。


「そうだね、ハルナ君の指摘は自明なんだけど、僕の中にもそういう緩みがあったのは間違いない。

 実際、彼は帝都での政治でしくじってサンサに送られたわけだけど、逆に言えばこれはわざわざサンサに送られる程度には政治的に重要ないし強いポジションにいた、ということでもあるわけだしね。『次期教皇と囁かれた』なんていう逸話も、少なくとも彼はそのレベルの政治(・・)の渦中で踊れるだけの能力があったということの証拠だ。

 よし、ちょっと書いておこう」


 パウルはそう言うと、黒板に「ケイラスは狡猾な強敵である」と書いた。これまた実に忌々しい文字列だが、認める他ないだろう。

 パウルが黒板に文字を書き終えると、今度はユーリーン司祭がおずおずと手を挙げた。彼女からは最近まったく発言がなかったので、皆の視線が自ずと集中する。


「――根本的な見直しということでしたら、私はダーヴの教会にあった資料を調べた結果をざっくりと報告したいと思います。なお研究発表としては許されないレベルの雑さですので、それを踏まえて聞いてください。

 まず、ダーヴの街における異端(・・)ですが、非常に奇妙な論理構造を有しています。

 ……あー、そこを説明するためにはまず『異端とは何か』という定義問題に踏み込んでしまうのですが、よろしいですか?」


 パウルはユーリーン司祭に対し「審問会派は、喜んでボニサグス派による異端の定義を拝聴します」とおどけて答える。


「ありがとうございます。

 異端の根本的な定義は『悪魔によって汚染された信仰』と考えられます。

 よって悪魔崇拝は審問会派にとって最優先対応事項ですが、厳密に言えばこれは異端ではなく異教です――悪魔を崇拝するという教義に則った、我々とはまったく異なった宗教の教徒なわけですから」


 私は思わず渋面を作ってしまう。ボニサグス派お得意の「悪魔崇拝は異端ではなく異教です」論は、机上の空論としてはその通りだろうが、現実の信仰においてはそこを区別する必要など皆無だ。時間の無駄と言ってもいい。

 そのことはシーニー君やザリナ君ですら感じたようで、「これだからボニサグス派は」的な顔になる。

 だが骨の髄までボニサグス派であるユーリーン司祭は、急激に悪化した会議室の空気を完璧に無視して話を続けた。


「つまり異端は、その思想のいくばくかは、ある程度まで私たちと同じ教理を共有します。神に対する祈りを歪めて、事実上悪魔に祈りを捧げるかのような祈祷文を忍び込ませるような異端はありますが、そういった祈祷文汚染においてすら、『神に対して祈る』というフォーマットを崩すことはありません。

 あったとしたら、もはやそれは異端ではなく異教です」


 ユーリーン司祭の言葉遊び(・・・・)に、室内のイライラ度が急ピッチで高まっていく。だがこういうモードに入ったボニサグス派に向かって「要点だけ話せ」と言うとだいたい最悪の結果が訪れるので、最大の勇気をもって沈黙を守ることにした。ちらりとパウルを見るといつものポーカーフェイスが壊れそうになっていて、奴ですら耐えられないことというのはあるのだな、などと、漠然と思う。


「さて、この視点から見ると、異端にも2パターンがあることが分かります。

 1つ目のパターンは、悪魔によって実際に信仰が汚染されているケース。これはとてもわかりやすいですね。ボニサグス派ではこれを〈完全異端〉と定義します。

 もう1つのパターンは、勝手な解釈によって教理が歪んでしまっており、このまま放置すれば悪魔による大規模な信仰汚染を容易に招いてしまうケース。この場合、契機となった『勝手な解釈』において悪魔の干渉が確認されることもありますが、ただ単に無知ないし自己顕示欲によってのみ『勝手な解釈』がなされることも珍しくありません。

 この2つ目のパターンを、ボニサグス派では〈脆弱性異端〉と定義します。

 近年における〈脆弱性異端〉の最も顕著な例は〈原初〉2-11における『天の門』記述に対して、『いかなる罪を犯そうとも正しく祈れば天の門は開かれる』とする解釈を、誤った解釈(・・・・・)ではなく異端(・・)とした、というケースが挙げられます。

 以上が、ボニサグス派が提示する異端の定義となります。

 つまり一般的に漠然と〈異端〉として処理されるものには、悪魔崇拝という異教、完全異端、脆弱性異端の3種類があるということです。そして現実的なオペレーションにおいてはこれらすべてが異端として処理されるべきであるという点について、ボニサグス派は完全に同意します。

 ここまで、ご質問はありますか?」


 ……妙に生き生きとした顔をしているハルナとライザンドラ君を除き、会議室の面々は行きたくもないミサに無理矢理参加させられた子供のような表情になっている。だがユーリーン司祭は質問がないことに満足したのか小さく頷くと、さらに解説を続けた。


「さて、300年前にサンサに封印された異端ですが、構造としては脆弱性異端としての特徴を強く有しています。

 具体的に申し上げますと、この地における異端の顕著な特徴として、麻薬を使って神と直接的な交信(・・)をする、という主張があります。『貧民にも啓示は下る』というスローガンは、より噛み砕いて表現すれば、『麻薬を用いて離脱状態を生じさせることにより神と直接コンタクトできるのだから、教皇でなくとも神の啓示は得られる』ということになります。

 私個人の見解を示させて頂ければ、間違った解釈(・・・・・・)にもほどがあるというか、それはただラリってる(・・・・・)だけだろうと言いたいところですが、それはさておくとしましょう」


 まるで奇襲のように飛び出したやたらめったら砕けた表現(あのユーリーン司祭が「ラリってる」などという言葉を使うとは!)に不意をつかれたのか、ザリナ君が大爆笑する。「失礼、いやほんとごめん」と言いつつ必死で笑いを噛み殺したようだが、それでも肩が細かく震えている。

 ユーリーン司祭はそんなザリナ君の様子に対して不審げな視線を送りつつ、弁舌を続けた。


「――私、何かおかしなことを言いましたか? ま、まあ、ともあれ、それはさておきます。

 この異端が難しいのは、特定の薬物を用いてトランス状態を引き起こして精神を練磨するという修行は、ミョルニル派の伝統であるということです。もちろん、神によって固く禁じられた麻薬を使っているわけですから、ダーヴの街の異端をミョルニル派の修行と比較するのは根底から間違いなのですが、これもまた脆弱性異端が有する典型的な『勝手解釈』の形跡と言えます」


 そこまで話が進んだ段階で、パウルが彼女の演説を遮った。


「ちょっと待って。

 300年前にサンサ山中で包囲された異端は、君が言うところの脆弱性異端などではなく、完全異端であることが判明してる。

 ユーリーン司祭。あなたはその事実に異議を唱える、と?」


 パウルの問いに対し、ユーリーン司祭は素早く首を横に振った。


「サンサの異端が完全異端であることには、同意します。

 ですがこれは脆弱性異端が一歩進んだことによって発生した完全異端と考えるのが最も妥当だと、ボニサグス派は考えています。

 つまり、自分勝手な教理解釈が広まるなか、その教理解釈による矛盾や欠陥につけこまれる形で、悪魔による信仰汚染が拡散したのだろう、と。麻薬を使って離脱状態を無理矢理得て、そこで見た幻覚や幻聴を天啓だと言い張るような馬鹿どもですから、悪魔にとってみればさぞかし楽なターゲットだったことでしょう。

 これを歴史学的に裏付ける研究は、すでに幾つかなされています。ですので、サンサの異端が最終的に完全異端となった(・・・)という点について、異論はないんです」


 ここにきてようやく、ユーリーン司祭が何を考えているのかが、薄ぼんやりと見えてきた。だがもし――もし万が一、彼女のとんでもない仮説が真実だとしたら……いや――しかし……。


「ダーヴの教会に司祭として着任することになって、私が最初に行ったのは、過去の司祭が残した記録をチェックすることでした。特に300年以上前の記録を、重点的に。

 繰り返しになりますが、これは非常に荒い調査です。これに専念するような時間はどこにもありませんので。

 ですが現状、サンサ山中で完全異端となる前の、脆弱性異端としての信仰(・・)は、400年前の司祭が残した記録の中に見て取れます。400年というのは今のところ最古というだけで、もしかしたらもっと古い記録においても発見できるかもしれません」


 パウルは顔面蒼白になりながら、極めて短い言葉でユーリーン司祭を問いただした。あのコウモリ野郎の顔色を変えさせ、しかも口調から余裕を奪うとは、ユーリーン司祭はやはり傑物ということだろう――私自身、真っ青な顔をしているという自覚があるから、パウルのことを笑えないが。


「つまりダーヴの街に根付いた信仰は、そもそもが歪んでいた、と?」


 審問会派にとってみると悪夢の中で見る悪夢のような、最悪の事態。

 最低でも街ひとつ、最悪サンサ教区全体が、ボニサグス派が定義する〈脆弱性異端〉に汚染されているのだとしたら。

 そしてそうやって歴史ある正しい信仰(・・・・・・・・・)に偽装した異端を利用してケイラスが隠れ潜んでいるとしたら。

 彼の行方がまったく掴めないのも、納得できる。


「思い出して頂きたいのですが、そもそもサンサ教区が教区(・・)として正式に認められたのは、比較的最近です。

 アルール帝国がサンサ教区に初めて代官を置いたのは、たった(・・・)1400年前。それ以降、蛮族(・・)の襲撃や豪雪などで何度も何度もこの地に赴任した代官は命を失い、この地を実効支配しているのは誰とも知れぬ未開の民であるという状況が長く続きました。帝国がサンサ教区を実効支配してダーヴの街が開かれたのが約600年前で、ようやくこのときちゃんとした教会が建設され、サンサ教区という名前が正式な教会の書類に出現します。

 一方で、霊峰サンサを望むこの極限の土地に対する布教は、3000年前から既に始まっています。神の教えを広めることに命を賭けた宣教師と開拓民たちが、何人も何人も未開の土地に飲み込まれていきました。

 でも、彼ら宣教師たちの努力は完全に無駄だったのか?

 私はそうは思いません。未開の人々が奉じていた原始的な異教(・・)の構造を利用して、神の教えをゆっくりと広める――「あなたがたが信仰している英雄ナントカは、実は聖ナントカなのだ」といった形での布教というのは、今でこそ脆弱性異端のど真ん中ですが、当時では一般的に行われていた布教方式でした。

 そんな状況において断続的に行われた布教の結果、パウル1級審問官が指摘するように、脆弱性異端と呼ぶしかない信仰(・・)がこの地に根付いてしまったとしても、不思議だとは思いません。

 むしろ、かつて大麻がふんだんに自生していたこの地では、部族の戦士(チャンピオン)たちは大麻を使うことで神の力(・・・)を得るといった慣習があったと考えられます。この土着の信仰を利用(・・)して布教した成れの果てが、サンサ山中に封じられた異端だったのでは?」

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