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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
嘘も100回言えば真実になるなら、真実とは何か
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アルール歴2181年 10月27日(+73日)

――パウル1級審問官の場合――


 華の帝都アルール・ノヴァを旅立ってから3ヶ月、僕と同志諸君の合計40名はついにダーヴの街に到着した。


 本当はもうちょっと早く着くはずだったんだけど、サンサ教区を目前にして雪が振り始めたのが痛かった。親切な村人に「その格好のままサンサに行くのは死にに行くようなものだよう」と忠告された僕らは急遽厳冬期装備の購入に走ったのだけれども、40人前ともなるとそう簡単には揃わない。

 しかるになんとか装備を揃えた頃には街道にも雪が積もり始めていて、今度は雪道に慣れたキャラバンに同行させてもらえるようになるまでに時間がかかった。いやはや、見ず知らずの土地に大人数で向かうってのは、おそろしく大変だ。


 そんなこんなで見事に大遅参と相成った僕らを、古くからの親友であるカナリス特捜捜査官は最高の笑顔で迎えてくれた。


 ああ、うん、言うまでもないけどこれはレトリック、言葉の綾ってやつだ。


 そもそも僕とカナリスは、あまり良好な関係ではない。カナリスはバリバリの現場第一主義者で、しかも審問会派きっての武闘派。でもって僕はと言えば主な担当は帝都での政治(・・)で、身内を含めたあらゆる派閥(House)から「コウモリ野郎」という敬称を拝領した日和見主義者だ。

 いやねえ、僕だってカナリスみたいに武断主義(げんこつ)で問題を解決できたらなーって思うことは多いよ? でもカナリスが存分に大暴れするためには、僕みたいに事前調整と後始末が専門の人間も必要になる。異端をぶん殴ることにかけてはカナリスがナンバーワンである以上、カナリスと同じ師匠に鍛えられた僕としてはぶん殴らない(・・・・・・)担当をすべきですよねって話なわけ。


 で、だ。


 報告は受けていたけど、カナリスたちは実に見事な橋頭堡を作り上げていた。ナオキ商会とかいう現地の商会を乗っ取って、その配下の傭兵団もバッチリ味方につけている。一応僕らも軍資金を運んではきたけど、審問会派の武闘派エリート39人に僕1人が増えた程度であれば、僕らの金庫の鍵を開ける必要はなさそうだ。

 でもって、ナオキ商会配下の傭兵団ってのが、また実にすごい。赤牙団っていうなかなかシャレオツな(田舎臭い)名前の傭兵団なんだけど、隊長がバラディスタン傭兵、副隊長がスヴェンツ傭兵っていう、こんなド田舎にはまるで似つかわしくない精強っぷり。ハルナ君曰く「赤牙団にはかつて命を救ってもらったことがあります」だそうだけど、さもありなんだ。

 しかもこの豪華メンバーに加えて、なんとあの(・・)ライザンドラ・オルセンがナオキ商会の番頭として働いているときたもんだ。いやはや、このナオキ商会ってやつがその気になったら、ダーヴの街くらい政治的にも軍事的にも一晩で陥落させられるんじゃないだろうか。


 ……なんだけど、カナリスから聞く現状は、なかなかに厳しい。


 僕らが到着するまでの間にも、カナリスたちはナオキ商会と赤牙団を使ってケイラス司祭の捜索を続けていたという。そりゃそうだろう。なのに、未だにケイラス司祭の行方は分からない。ケイラス司祭と一緒にいると思しきエミル君もまた、まるで行方が分からない。

 ダーヴの支配者であるエルネスト男爵は、表向きは捜査に協力してくれていることになっているものの、そもそも彼自身が重要容疑者の一人なので、男爵に兵隊を借りるなんてのは論外。衛兵たちによる調査報告についても、男爵のサイン入りの「報告書」が届くとあっては、とてもじゃないけど信用できない。

 しかもダーヴの街における事実上の司祭だったラグーナ副司祭は殺され、やむを得ず近隣のニリアン領からユーリーン司祭を呼んで代行を勤めてもらっているものの、そのせいでユーリーン司祭には24時間体制でべったりと護衛を貼り付けねばならない状況。


 とはいえ、良いニュースだってある。

 最も良いニュースと言えるのは、少なくともエミル君は、サンサ教区のどこかにいる可能性が極めて高い、ということ。これは推理とか調査とかじゃなくて、まあ、うん、ちょっとした秘密兵器を使った成果だ。具体的に言えばメリニタ派の古老(ウィッチ)に協力してもらって、神話の時代に使われていたという魔術(・・)でエミル君を探知してもらったのだ。

 幸い、デリク卿はエミル君の審問と拘束(・・・・・)にとても前向きな態度を示していて、彼の体液が染み付いた布(具体的な品目名についてはノーコメント)も喜んで供出してくれた。それをメリニタ派の古老に渡して秘密の儀式を執行してもらったところ、エミル君はサンサ教区にあり、という結果が出たというわけ。


 うん、なんていうかこれってどう見ても異端の魔女術(ウィッチクラフト)なんだけど、まあ、世の中そういうことだってある。

 メリニタの魔女が魔術を使うには教会のかなり上のほうの許可が必要で、手続きから費用から賄賂から素晴らしく大変なことになるんだけど、僕は伊達にコウモリ野郎と呼ばれちゃいないんだよ。


 ともあれ、神の祝福を受けし魔女術の結果が報告書になって、必死で冬季装備をかき集めていた僕らの元に届いたのが10月7日。報告書の日付は9月23日だから、都合この34日の間にエミル君が上手く逃げおおせていない限り、彼はサンサ教区のどこかにいる。10日ほど前からは強い降雪のためサンサ教区での移動は非常に困難になっているから、彼にチャンスがあったのは24日程度だ。


 ――といった情報をカナリスに報告したら、「なぜケイラスの居場所を探査しなかった」と詰問されてしまった。やだなあ、僕がそこまで無能に見えるかい?

 当然、ケイラス司祭の居場所だって聖なる魔女術で探知してもらっているし、その結果も出ている――曰く、「ケイラスの魂は悪魔とともにあり」だそうだ。要するに彼の魂は異端(=悪魔)に汚染されきっていて、メリニタ派最古老の魔女が秘術を尽くしても探知できなかったということ。まぁこのあたりが現代における魔術(・・)の限界というやつで、これ以上を望むなら教皇以下、教会の拝み屋を総動員して神の奇跡を下ろすしかない。


 あー、そうそう、一応今回の件については奇跡の顕現による解決も選択肢としてあり得る、とは思ってる。ただ、例えば奇跡を顕現させてケイラスを殺すとかいうことになると、ケイラスの悪行がそれに相応しいものであることを証明しなくちゃならない。

 なにせ「生きている人間が天罰で死にました」級の極めて不自然な(・・・・)奇跡ともなると、中央教会の拝み屋たちはほぼ1年に渡ってその祈りに専念する必要がある。要は、その年は全世界的に豊穣の儀式は実施不能ということになる。

 このことが教会経済に与える打撃も甚大なら、世俗経済に与える打撃も半端ない――ぶっちゃけ現在の人口の5%くらいは飢えや病気で死ぬことになる。言い換えれば、ケイラスの命は全人口の5%の命と釣り合うくらいに邪悪であると立証できなきゃ、奇跡によってケイラスを殺すってのは無理ってことだ。

 そして万が一、百万が一にでも、「顕現した大奇跡によってケイラスの死は確認されましたが、ダーヴの街における大麻樹脂の拡散は止まりませんでした」なんてことになろうものなら! 最悪、教皇自らが殉教することでケジメとする必要すらあり得るだろう。

 そうなったら教会の権威は失墜し、信徒の心が離れた教会は豊穣の儀式すらまともに遂行できなくなり、かくして勢い良く負のループが回り始める。いわゆるこの世の終わりだ。万能の神が守り給うこの世界は、人間のミスで一気に倒壊する危険性を秘めていたりもする。


 それにこれは半分ほど僕のカンだけど、いろんな報告書を読む限りでは僕自身もケイラスは本命――つまり神様が啓示を下ろしてまで指し示した異端の本体――じゃないだろうな、と思ってたりする。

 じゃあ本命は誰だってことになると、そりゃもうナオキ商会の真のボスであり、目下絶賛勾留中のナオキ君だよねってことになる。仮にケイラスが本命なのだとしても(あるいはそもそもサンサに啓示が示す大異端がいなかったとしても)、ケイラス問題に乗じて彼を焼くなり審問会派本部の奥底に勾留するなり、なんらかの強い手(・・・)を打ったほうがいい。このあたりは僕もカナリスと意見を同じくするところだ。

 なのだけれ、ど。

 じゃあ今ナオキ君に適当な罪状をこじつけて異端として焼いてしまえるかとなると、これはかなり厳しい。彼には異端の証拠がないどころか、むしろ聖人君子たる資格で身の回りが溢れかえっている。

 しかもコウモリ野郎たる僕としては、立場上、ナオキ君を吊せと声高に主張できない事情を抱えてしまっている。具体的に言えば、彼こそがライザンドラ・オルセンに穏やかな人生を取り戻した立役者だ、というのが大問題なのだ。


 曲がりくねった話を簡単にすると、オルセン家を潰すにあたって、計画を主導したガルシア家は欲張りすぎた。オルセン家の私財の半分以上はガルシア家が差し押さえる形となり、八名家の間でガルシア家の勢力は大きくなりすぎたのだ。

 なので今の帝都の世俗政治においては、反ガルシア家の機運が高まっている。このため、魔女という烙印を押されまっとうな社会から放逐されたライザンドラ・オルセンを、私財を投じて救出した有徳の士がいるらしいという噂もまた、「大いなる美談」となりつつある。

 それゆえ、帝都における政治の風向きが変わらない限り、「ライザンドラ・オルセンを守った平民」を異端者として焼いてしまうというのは、かなり危険な賭けになる。

 そりゃもちろん証拠があれば問題ないが、証拠もなしに異端として処刑すれば、「教会はライザンドラ・オルセンに続いてその庇護者までも無実の罪に陥れた」という激しい批判に直面することになるだろう。


 これは大変に、マズイ。ぶっちゃけナオキ君を無実の罪で殺すくらいなら、まあとりあえず(・・・・・)殺しとくか程度のノリでヤることもできる。でもそこから芋づる式にライザンドラ嬢の魔女裁判の件が蒸し返されてしまうのが、とてもマズイ。

 あの魔女裁判は、ジャービトン派の横暴によって無理矢理通された、不当極まりない裁判だった。この僕が(・・・・)、関係者一同を集めて「神の名の下にこんな邪悪を成せば、必ずや神は皆様に相応のしっぺ返しを用意されますよ」と説教するくらい、腐りきった裁判だった。

 そんな無理が通ったのは、当時の貴族社会がその無理を望んだからだ。だから帝都の市民たちも空気を読んで(・・・・・・)、かの不当な裁判について口を閉ざし、忘れることにした。

 でも今は違う。今の帝都は、あの裁判が不当であったこと(・・・・・・・・)を望んでいる。そこにもってきて「ライザンドラ嬢と彼女を助けた義士が迎えた苛烈で不公正な運命」という格好の物語が流れ込んで来ようものなら、帝都の司法は一時的に麻痺しかねない。

 そしてそこから先はいつもどおりの展開だ――間違いを犯した責任者として誰が詰め腹を切るかで長い長い会議が開かれ、そして大抵の場合、会議の醜悪さを見るに見かねた善良なる老僧侶が「私が責任を負う」と言い出す。

 僕としては、そういうのはウンザリだ。本当に本当に、ウンザリなのだ。


 だからこそ、僕としてはケイラス司祭を可及的速やかに捕縛し、尋問するべきだと考えている。

 ほぼ間違いなく、何らかの形でケイラス司祭――奴に司祭づけしてるとむかっ腹が立つので、以後は呼び捨てでいく――とナオキ君の間にはつながりがある。そのことはハルナ君が書いた報告書を読んで、僕もすぐにピンときた。


 実際、ケイラスとの関係に関しては、ナオキ君はひとつだけミスをしている。

 ナオキ君は〈貧者の儀式〉を公認させるため、ケイラスと直接交渉をしている。にも関わらず、ナオキ商会の取引記録には、ケイラスとの取引がほとんど記録されていない(カナリス君の尋問に対しても、ナオキ君は「ケイラスとは疎遠な関係でいたいと思っていた」と証言している)。

 でもあのケイラスが、なんらかの形で自分が便宜をはかってやった商人を相手に、一方的な寄進の要求その他を繰り返さないなどということは、あり得ない。事実、彼が受けてきた寄進の記録を見れば、それは一目瞭然だ。


 ということは、可能性は2つだ。


 可能性その1は、ナオキ君はケイラスに寄進を繰り返していたが、それを帳簿に乗らないカネで払っていた可能性。だがこれは非常に不自然だ。寄進は納税として認められるので、ちゃんと帳簿に記録しておけば、教会に対する十分の一税が大幅に減免されるのだから。よってこの場合、ナオキ君はケイラスを「特別な相手」と見なしていたと考えるほかない。

 可能性その2は、ナオキ君はケイラスに寄進をしていない可能性。これもまた非常に不自然で、ケイラスにとってナオキ君が「無理な寄進を要求しない、特別な相手」だったという証拠になる。

 それゆえ、どちらに転んでも、ナオキ君とケイラスの間には何らかの特別な関係があるということになる。どちらがどちらを特別視していたか(あるいは相互に特別視していたか)までは分からないが。


 そしてケイラスを捕らえるための最短ルートは、エミルを探すことだ。

 カナリスとハルナ君が看破しているように、エミルはケイラスの弱点だ。昨年の夏頃から急に行動パターンが変わったとはいえ、エミルがそこでなんらかの才能に開花したとは考えにくい。というか、そんな「突然の目覚め」など、戯曲の中でしか起きないことだ。


 エミルを捕捉してケイラスの情報を掴み、ケイラスを捕らえてナオキ君との関係を吐かせる。ケイラスとナオキ君の関係がはっきりすれば、ナオキ君を異端として吊るすには十分すぎる根拠となる――たとえ証拠とは言い難くとも、根拠としては十分だ。

 ナオキ君を吊るしてしまえば、サンサ教区における異端の根は、おそらく駆逐できる。あとは麻薬だの腐敗貴族だの異端者の残党だのを、カネと時間をかけて潰していけばハッピーエンド。ハルナ君はえらくそこに執着しているようだが、〈貧者の儀式〉だの竹簡聖書だのは、本題とは関係ない――関係あったとしても、ナオキ君という()を潰せばそれでカタがつく。


 ただ困ったことに、ナオキ君もまたエミルがケイラスの弱点であることを見抜いている。

 そしてナオキ君が自分とケイラスの関係を完全に抹消したいと思うなら、ナオキ君にとって最良の選択はケイラスを僕らより先に見つけて暗殺し、死体の断片すら出ないように処分してしまうことだ。それをされたが最後、僕らはケイラスの幻影を追い続けることになる。

 で。ナオキ君にとっても、そのゴールに到達するための最短ルートは、エミルが指し示してくれる。


 つまり。

 これは審問会派がナオキ商会(および赤牙団)と協力してエミルを探すミッションでありつつ、審問会派とナオキ商会の情報戦でもあるってことだ。


 これまでは、カナリス+ハルナ君+ナオキ商会+赤牙団の総力を結集しても、エミルの尻尾はつかめなかった。理由は簡単で、ユーリーン司祭を護衛したり、エルネスト男爵を上手くあしらったり、あるいはニリアン領に勾留されているナオキの様子を定期的にチェックしたりと、人数に対して仕事が多すぎたからだ。

 でも今後は、ここに僕と審問会派の精鋭たちが加わる。だから全員が一致団結すれば、エミルを捕らえるチャンスは十分にある。


 問題は、そこだ。


 輝かしい正義の実現に向けて、全員が一致団結する――そんな夢物語は、きょうび戯曲の中にすら出てこない。でも僕ら全員の利害としては「エミルを捕らえる」ところまでは一致しているし、互いに協力しないことにはこれまでどおり、エミルを捕まえられないどころか居場所すら見えてこないだろう。


 さてさて。僕らと彼ら(・・)で、先に相手を出し抜くのは、どちらになることやら?

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