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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
人が神を殺しうる可能性について人が議論する意味はあるか
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アルール歴2177年 5月4日(+2日)

――神城ナオキの場合――

 パイプから紫煙を深々と吸い込む。

 それから、天井に向けてゆっくりと煙を吐き出す。


 実に感動的なまでに、非生産的な行為。

 煙はカロリーにならず、ただ身体機能を痛めつけるだけ。

 しかも口から入れるや否や、このペースで外に吐き出す。


 アホらしい。

 俺はもう一度、紫煙を深々と吸い込んで、吐き出す。


 まあ、こっちも簡単にやれるとは思っちゃいない。「神を殺す」なんざ――しかもそれが本物の奇跡を地上にもたらす、マジモノの神を殺すとなれば――英雄だのなんだのが挑んだ挙句、悲惨な死を遂げるってのがテンプレだ。

 現代日本の片隅で宗教屋をやって食ってた俺は、まかり間違っても英雄なんかじゃあない。はっきり言って、勝算はゼロに近い。


「ここで、『ゼロじゃないさ』――とでも言えればカッコイイんだがな」


 現世の頃に読んだ漫画の一コマを思い出しつつ、俺は煙を吸って、吐く。


 もちろん、勝算はゼロじゃあない。

 どうやら神様(ぎょう)ってのもいろいろ規則やらなんやらがあるらしく、神が直接自分で下界に干渉することは禁じ手になってるらしい。禁じ手というか、「できない」と言うんだから、なかなか面白い話だ。俺をここに送り込んだヤツ曰く「君らだって二次嫁に自分の子供を産ませられないでしょ?」だそうだ。なるほど、わからん。

 ともあれ、神が下界に干渉したかったら、信徒の祈りを経由しなくちゃいけないらしい。ということは、その神のために祈る信者がいなくなれば、事実上その神は(少なくともその世界においては)「死んだ」も同然ってことだ。実際に神を殺すのと同じくらいには、不可能への挑戦ではあるが。


 まあ、今のところスタートダッシュには成功した。

 こっちの世界――エルマルとかいう並行世界だそうだが――に来てから1年弱で、こっちの基準で言えば一生食うに困らない資産は作れている。


 やり方は簡単。ギャンブルだ。


 さすがにマジモノの神を信じてる世界の、しかもド田舎というだけあって、このあたりの人間はガチで汚い仕事(・・・・)のやり方には、あまり詳しくない。教会が総力を結集して本気で祈ったら「邪悪」として駆逐されちまう(実際そういうこともあったらしい)んだから、悪事も概ねセコい――ないし思わずドン引きするくらい野蛮でストレートだ。

 なので俺は、その脆弱性につけこむことにした。といっても、カウンティングが可能なゲームを遊ばせてくれる賭場を巡って薄く広く稼がせてもらっただけだから、俺も所詮はセコい悪党の一人ってわけだ。ことを始めるにあたって、微妙に善良とは言いかねる市民から博打の種銭を無断で頂戴したところまで含めて。


 ともあれ最初の1ヶ月で、なかなか腕利きの用心棒を雇えるくらいにはカネが溜まった。

 そこから先は雪だるま式だ。心理戦と確率計算がキモになるテーブルは、こっちの世界でも動く金額がデカイ。貴族様だの地元の大商人様だの相手に大きな勝負を何度か勝って、「面白い勝負をする女賭博師」として名をあげて――大勝負では女装してたんだ、野暮なことは聞くな――半年ほどで小さな賭場を一軒、このダーヴの街で手に入れた。

 賭場(というか一番大事なのは「博打の胴元をやる免許」)を手に入れてからは、エルマル世界初のスポーツ賭博を主催してボロ儲けし、順調に賭場の数を増やして今に至るといったところ。ギャンブルってのは、胴元になるのが一番確実に儲かる。

 街の有力者様とも袖の下経由で仲良くしてるし、スポーツ賭博に至っては街の祭事を仕切るラグーナ副司祭様が「廃れかけていた伝統的な祭典(スポーツ)を復活させた」と大喜び。トトカルチョってのは、上手く回れば、スポーツのシーンそのものを活性化させるからな。


 ――と、ここまでは、いい。上出来だ。


 だがここから先、本気で神殺しに挑むには、セコい悪事でシノいでるんじゃあ話にならない。

 「神殺し」を元の世界に置き換えて言えば、新興宗教を立ち上げて信徒60億人を確保し、全世界に向かって「俺が国連だ」と宣言する、そんな未来を作るってことだ。「この街のカジノは俺が仕切る」なんてところで息巻いてる小悪党では、文字通りお話にもならない。


 そう。そしてこれこそが、最大の問題なのだ。


 俺は所詮、小悪党だ。

 ちょっとばかり妙な知恵と経験を積んではいるが、中身は三流の小悪党に過ぎない。

 世界を変える英雄なんてガラではない。


 俺には、世界は変えられない。


 俺には、神は殺せない。


 その壁を乗り越えることは、俺にはできない。


 だから。


 だからこそ――


 俺はため息をついて、堂々巡りする思考から自分を切り離す。

 気がつくと、パイプに詰め込んだ煙草の葉はすっかり灰になっていた。

 俺はもう一度ため息をついてから、パイプの灰を火鉢に捨て、新しい葉をパイプの火皿に押し込む。乾燥した煙草の葉に火をつけると、少し甘めの香りが一気に立ち上がった。


「――ゼロじゃないさ」


 俺はそう呟いてから、紫煙を吸い込む。


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