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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
嘘も100回言えば真実になるなら、真実とは何か
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アルール歴2181年 7月20日(+12時間)

――シーニーの場合――

 ナオキ司令官と異端審問官たちの緊急会議(あるいは朝食を兼ねた緊急ミーティングともいう)が予定通りに終わったことを受けて、私は内通者を捕らえるためのミッションに取り掛かった。

 一方で異端審問官たちは彼らなりに別件で調べることがあるらしく、緊急ミーティングの直後に捜査へと飛び出していった。まったく、あわや死にかけたばかりだなのだから、しばらくは休養日にでもすればいいものを。ともあれ2人とも短剣に加えて片手用のメイスを腰にぶら下げており、見送る側としても安心感はぐっと増している。痛覚も恐怖もぶっ飛んだジャンキーが敵であったとしても、頭部を適切に破壊してしまえばそこまでだ。


 しかるに夕刻の鐘が鳴る頃には異端審問官たちはナオキ商会の司令室へと帰投し、私も報告すべき案件をまとめて彼らを出迎えることができた。


 ナオキ司令官やザリナ隊長も揃ったところで、私が報告の口火を切る。


「全員が揃ったところで、本日の作戦の成果報告を致します。

 赤牙団に浸透していたケイラス司祭の内通者は、確保しました。ですが残念ながら内通者は奥歯に仕掛けた毒薬で自害しており、口を割らせることには失敗しています。

 内通者の発見および捕縛、また彼が自害するその一部始終は、ハルナ3級審問官に直接立ち会って頂いております。ハルナ審問官、私の報告に問題があれば指摘ないし補足をお願いします」


 私の背後に立っていた赤牙団の制服を着た少年(・・)が一歩前に出ると、鉄製の兜を脱いでから、「シーニーさんの報告が真実であることを、3級審問官の名において認めます」と宣言した。

 それにあわせて、カナリス特捜審問官の背後に控えていた少女(・・)が、深々とかぶっていたフードを煩わしげに跳ね除ける。一見するとハルナ3級審問官にしか見えない()は、赤牙団伝令隊のエースであるハーミルだ。


 仕掛け(トリック)はいたってシンプル。


 朝の緊急ミーティングの段階で、ハルナ審問官とハーミルは装備を入れ替えた。そしてこの日1日、ハーミルはハルナ審問官として、ハルナ審問官はハーミルとして行動した。

 ハーミルは少年と言うべき年齢であり、ハルナ審問官と声や体型が酷似している。ハーミルが砂色の髪を黒く染めて後ろで束ねフードを目深にかぶれば、ぱっと見で彼とハルナ審問官を見分けるのは難しい。ハルナ審問官はと言えば、赤牙団の兜を被せてハーミルの制服を着せれば、黙っていればハーミルに見える。


 このすり替え(・・・・)をした上で、私は朝一番の命令としてハーミル(中身はハルナ審問官)を呼び出し、大声で「侵入者が正体不明の手紙を置いていくという事件があったが、このことは極秘情報と心得よ。隊の中でそのような噂が流れているようなら、噂の出処を特定するのだ。また、客人である審問官には、この情報は絶対に察知されるな」と厳命した。

 結果、私の命令をどこからか漏れ聞いていた内通者は、審問官が滞在している部屋に密告書を運ぶことを決意したようだった。審問官たちが宿泊する部屋で内通者を待ち伏せしていた私の部下とハーミル(くどいようだが中身はハルナ審問官)は内通者が密告書を置いたところで待機場所を飛び出して、捕縛。その直後、内通者は奥歯に仕込んだ毒薬を割って自殺した。


「現在、自殺した内通者と親しかった同僚を尋問しています。内通者が1人だけなどということは、極めて考えにくいですので。

 また内通者の私物につきましては、ハルナ3級審問官に調査を一任しております。ですので、この点につきましてはハルナ審問官からの報告をよろしくお願いします」


 私のアナウンスに対してハルナ審問官は軽く頷くと、机の上に広げられた雑多な荷物の1つを手に取った。特に何の変哲もない、日常用のナイフだ。


「内通者の名前はカイム。ダーヴの街出身の28歳、前職はフリーの傭兵。その前は短期間ですがエロナ港で荷運び人として働いていたとのことです。

 彼の私物には特に見るべきものはありませんでしたが、これだけは話が違います」


 ハルナ審問官はナイフの柄にぐっと力を入れると、ねじるように右回転させた。軽く鉄が軋む音がして、柄がすっぽりと外れる。


「この柄の内部は空洞になっています。

 調査した結果、乾燥大麻が隠されていた形跡がありました。

 これだけでも重大な問題ですが、真の問題はこちらです」


 ハルナ審問官は筒状になった柄の内部から、綺麗に彩色された羊皮紙を一枚、慎重に抜き出した。羊皮紙には、小さな(そして極めて装飾的な)文字で何やら書き込んである。


「この羊皮紙には、『貧民にも啓示は下る』と書かれています。

 これは300年前にサンサ山に逃げ込んだ異端者たちが掲げたスローガンと一致します」


 ハルナ審問官の言葉に、司令室は静まりかえった。

 300年前、大規模な封鎖作戦によってサンサの山に封じられ、もはや死に絶えたと考えられていた異端者とその思想が、現代においてもどこかで生き延びていた――この小さな羊皮紙は、そんなとんでもない事実の、動かぬ証拠なのだ。


「念のため、確認させてほしい。

 カイムが持っていたその羊皮紙は、新しいものなのか?

 ただ単に、カイムが曰く付きの骨董品を後生大事に持っていただけという可能性は?」


 ザリナ隊長の指摘に対し、ハルナ審問官は首を横に振る。


「この羊皮紙はいたって新しいものです。

 どれくらい新しいかと言えば、装飾に使われている絵の具が、羊皮紙にまだ完全に定着しきっていないくらいには新しいですね。試すつもりはありませんが、指でこすれば厚塗りされた絵の具が指先に付着するかと。

 どう考えても、300年前の骨董品ではありません」


 ザリナ隊長は大きく天を仰ぎ、ナオキ司令官は頭を抱えこんでいた。さもありなん。よもや身内(・・)にこんな大異端を抱え込んでいたなどということになれば、ナオキ商会は最悪このまま取り潰しだ。関係者は厳しく尋問され、ほんのすこしでも怪しいとなれば帝都に移送して正式な審問を待つことになる。


 絶望の空気が漂うなか、カナリス特捜審問官は落ち着いた声で裁定を下した。


「ナオキ。君の商会、特にこのカイム容疑者の周辺については、我々審問会派が厳しく取り調べを行う。シーニー君が指揮しているという、カイム容疑者の同僚に対する尋問は、これ以降は審問会派が引き継ぐ。

 また、これにあわせてカミシロ・ナオキを重要参考人として拘束する。以後、君の行動および面会について、審問会派の管理下に置くものとする」


 険しい顔をしたザリナ隊長が一歩前に出たが、ナオキ司令官はそれを手で押しとどめた。審問会派の2人をここで殺したところで、事態はなんら改善しない。それどころか何年かけてでも審問会派は審問官を殺害した犯人を追い続けるだろう。

 けれどカナリス特捜審問官の次の一言は、ザリナ隊長はもちろん、ナオキ司令官も、私も予想しないものだった。


「これより可及的速やかにナオキ参考人をニリアン領へと移送する。

 この移送に際して、ナオキ参考人に対しザリナ君が護衛につくことを認める。

 また、シーニー君およびシーニー君が必要と認める人員についても、護衛としての同行を認める」


 大異端との関係を疑われる参考人の扱いとしては破格というか、もはや意味不明なまでに寛大な申し出に、私も含めたナオキ商会の一同は互いに顔を見合わせあう。

 なんとも言えない空気を漂わせる司令室に向かって、カナリス特捜審問官は穏やかに言葉を続けた。


「もはや隠しても仕方ない。私も本日の捜査で明らかになったことを報告しよう。

 詳細に関しては省略するが、昨日の夜、私とハルナ3級審問官を襲撃した暴漢どもの遺骸は、ダーヴの教会に移送されていた。私が手を触れるまで、誰もその遺骸に手出ししてはならないという命令をした上で、だ。

 だが本日、暴漢どもの遺骸を調査した結果、何人かの衣服から小さな羊皮紙片のようなものが抜き取られている形跡があった。大きさ的には、先程示された異端のスローガンが書かれた羊皮紙片とまったく同じサイズだ。

 つまり、もはやダーヴの教会は信用できないし、ダーヴの支配者たるエルネスト男爵も信用できない」


 そこまでカナリス特捜審問官が語り終えると、ザリナ隊長が小さく「なるほどな」と呟いた。


「本来であれば、ナオキ参考人はダーヴの教会に拘束するのが筋だ。

 しかしその選択はあり得ない。この一連の手紙攻勢を仕掛けてきた相手は、ナオキが教会に拘束されることを望んでいる。おそらくそこであれば、ナオキを確実に殺す自信があるのだろう。

 よって私は、300年前の大異端に関与を疑われる重大な参考人として、ナオキをダーヴの街から隔離(・・)し、異端との戦いの最前線にして要塞であるニリアン領へと移送する。

 ナオキ。君が始めた芝居(・・)に乗る形にはなるが、君の命にも関わる問題だ。この猿芝居、いま少しつきあってもらうぞ」


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