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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
嘘も100回言えば真実になるなら、真実とは何か
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アルール歴2181年 7月18日(+46日)

――シーニーの場合――

 帝都から来たという特捜審問官がナオキ司令官の事務所に居座って、もう1ヶ月を越えようとしている。

 カナリス特捜審問官は、例のハルナ3級審問官とかいうドジな女審問官の師匠だということだが、何をどう指導したらこの筋金入りの異端審問官の弟子があのドジ女になるのかと思わずにはいられない。やはり良き兵士は必ずしも良き指導者にあらず、ということなのだろうか。


 ともあれ、カナリス特捜審問官は尊敬に値する人物だ。生活は規則正しく、判断はきわめて迅速。決して無駄口を叩かず、それでいてこちらとの情報共有においては要点をついた報告と質問が矢継ぎ早に飛んでくる。上司にするならこういう人物が望ましいし、もし彼が私の上司であれば喜んで一命を賭して仕えるだろう。


 あ、いやその、ええと、ザリナ隊長が嫌だとか、そういうわけではない。

 そういうわけではない。うん。


 と、ともあれ、ナオキ司令官はカナリス特捜審問官との間の窓口としては私が適任だと判断したようだ。各種連絡や物資の手配、アポイントメントの確保などなど、最近では私はザリナ隊長の副官なのかカナリス特捜審問官の秘書なのか、自分でもちょっと判断に悩むくらいに仕事量に偏りが出ている。特捜審問官も何かと私を頼ってくるので、結構いい気分で仕事ができるというのも大きい。

 ううん。赤牙団副隊長の仕事が嫌なわけではないしザリナ隊長とは別れがたいけれど、もし万が一次の仕事先を探さねばならなくなったら、審問会派の実行部隊も悪くないかもしれない。


 それにしても、カナリス特捜審問官はちょっと変わった人物だな、とも思う。少なくとも私の中にあった異端審問官のイメージとは、かなり違う。


 異端審問官は融通の効かない石頭野郎で、ほんのちょっとでも法に触れることを見つけようものなら異端だ異端だと叫んで焼き討ちに来る――これが一般的なイメージだと思うし、私自身このテンプレそのままの異端審問官に遭遇したことはある。

 けれどカナリス特捜審問官は、明確な違法行為を目にしても基本的にスルーを決め込む。一度、私の部下が過剰なくらいに街のゴロツキを殴りつける現場を見られてしまったのだが、カナリス特捜審問官は眉ひとつ動かさなかったし、「やりすぎだ」的な口をはさむこともなかった。

 さすがに些か怖くなったので後ほど釈明に行ったのだが、特捜審問官の「私には世俗の法に則って誰かを裁く権利はない」の一言で私の言い訳タイムは終了とあいなった。ちょっと詳しく話を聞いてみれば、審問会派はあくまで神の法に対する違反を捜査する部門であって、聖職者の腐敗を食い止めるのが本来の任務だという。

 「君が神の法を踏みにじるならば、審問会派はしかるべき対処をする。君が世俗の法を踏みにじるなら、それに対処すべきは世俗の支配者だ」という説明は、大雑把ながらも異端審問官という仕事の本質なのだろうと思う。


 そんなこんなでカナリス特捜審問官の秘書めいた仕事を受け持ちながら、赤牙団の副隊長仕事もこなすという、なかなか充実感のある毎日が順調に過ぎていった。


 だからその日の夜、最初に異常に気づいたのも私だった。


 きっかけは、偶然の積み重ねと、ごく小さな違和感だ。

 カナリス&ハルナ組は、その日もいつもどおり、朝8時に事務所を出ていった。ちなみにすごくどうでもいい情報だが、あの2人は同じ部屋で寝泊まりしているが、男女の関係にはない。部屋の清掃と洗濯の手配をしている私が言うんだから間違いない。つうかあの乳臭い小娘はどう見ても生娘だろ。


 こほん。


 彼らが出立するのをいつも通りに見送った私は、これまたいつも通り、晩の食事を用意すべきかどうかを聞いた。さすがにこの事務所はホテルではないので、ちゃんとした食事を用意するとなると前もっていろいろな準備が必要になる。

 ザリナ隊長やカナリス特捜審問官は「食事くらい、そこらの店で食べればいい」と言ってのけたが、この街の麻薬汚染を調査しようとしている異端審問官(=いくらでも敵が沸いて出る立場)に、何の安全性検査もしていない食事を食べさせるなど論外だ。しかも万が一、こちらが手配した食事を食べた異端審問官2人が毒で死んだとなれば、責任問題どころか異端の疑いでナオキ商会は炎の海に沈みかねない。


 その日は、調査の都合で戻りは遅くなる見込みだが、食事は用意しておいてほしいという話だった。「夜にはマダム・ローズ主催のパーティがあるので、マダムに頼んで魚料理を余分に確保しておいてもらいます」と伝えると、審問官たちは大いに喜んだ。

 マダムお抱えの料理人は素晴らしい腕前の持ち主だが、魚料理は帝都のグルメに慣れた彼らをして驚くほど味が良い。小娘が「なるべく焼きたてが食べれる時間に帰ってきましょうよ師匠」と言い出したのも、理解できる。


 食事の手配について部下に命令し、それから各種確認だの伝達だの面会だのでバタバタしているうち、ふと気がついたら夕方になっていた。

 最近、赤牙団はナオキ商会専属の護衛集団という規模を越えて、短期~中期契約で用心棒を派遣する、一種の傭兵団となっている。しかるにダーヴの治安が悪化の一途を辿っている今、このビジネスから上がってくる利益も右肩上がりの一方だ。最近では「用心棒派遣専門の部署を作るべきだな」などとナオキ司令官が口にしていて、実際そうしてもらったほうがいいだろうなと思うくらいには忙しい。


 夕方になっても忙しさは衰えず、4つくらいの案件を同時に捌きながらサンドイッチを齧っていると、困った顔をした部下が姿を見せた。彼は確か――そう、夕食の手配を頼んだはずだ。

 何かトラブルかと思って話を聞いてみると、マダムが経営する店から食事を運んできたのだけれども、肝心の審問官たちが部屋に戻っていないという。いやまあ、彼らだって別に観光が目的でこの街に滞在しているわけじゃないんだから、そういうことだってあるだろう。


 ……と思ったが、よくよく考えてみると、カナリス特捜審問官は頭に時計でも内蔵してるんじゃないかと思うくらい時間に厳格な人だ。しかも弟子に対してやけに甘い。出掛けに弟子が「焼きたてが食べれる時間に帰りましょう」と提案していた以上、よほどの事情がない限りは夕食が運ばれる時間の15分前には部屋に戻っているはずだ。

 とはいえ。

 しょせん夕食は夕食に過ぎない。そして彼らは異端審問官であり、焼き立ての魚よりは捜査を優先する人々だ。彼らに何かあった(・・・・・)のはほぼ疑いないと思う反面、ただ単に彼らにとって夕食より優先すべき発見があったというだけの可能性はとても高い。この場合、彼らの身を案じて赤牙団を動かすというのは、いくらなんでも勇み足に過ぎるだろう。でも万が一の可能性だって、無視はできない。


 ああ、もう。


 私は堂々巡りする思考をストップさせ、ナオキ司令官の執務室に向かった。扉を開けようとして、ふと思い直して2回ノックすると「入れ」という声がしたので、執務室に入る。

 執務室も、ちょうど夕食時だったようだ。ナオキ司令官は何やら野菜を炒めた定食を食べていて、ザリナ隊長は屋台で買ったと思しき骨付き肉を齧っていた。隊長が食べている肉にかかった香辛料の匂いが、強烈に空腹を刺激する。そういえば夕方に食べたサンドイッチ、あれは昼飯用に買ったまま放置していたやつだった。


 口の中に湧き上がる涎を誤魔化しつつ、私は状況を簡潔に報告する。

 報告を聞いたザリナ隊長は「はぁ? 晩飯の時間に遅れてるから探しに行く気か? 連中はガキじゃないんだぞ?」みたいな顔になったが、ナオキ司令官は思案げだ。野菜炒めを飲み込んだナオキ司令官は、水を一口飲むと、ザリナ隊長と私に命令を下した。


「大至急、異端審問官たちを捜索するチームを編成しろ。最優先対応事案だ。

 捜索本部の指揮はシーニーに任せる。

 ザリナ、お前は現場に出てくれ。手がかりが皆無な以上、お前のカンを活かしたほうがいい」


 ナオキ司令官の命令を聞いて、肉を飲み込んだザリナ隊長は「やっぱりか」と呟く。


「ザリナ。こういうものはな、最悪の事態に備えてなんぼだ。

 審問官の連中が何事もなくひょっこり戻ってきたら、やりすぎだったなと笑い話にする。それくらいが丁度いいのさ」


 かくしてその5分後には合計16名から成る審問官捜索チームが編成され、ザリナ隊長の指揮の下、8組のツーマン・セルを作った捜索チームは夜の街へと散っていく。

 私は10名の隊員を控えさせた司令室で、街の地図を前に情報の整理と管理に集中。ツーマン・セルの片方が司令室に報告に来たら、入れ替わりで司令室控えの隊員が現場に戻るという仕組みだ。一見すると人数を無駄にしているように見えるが、26人があてもなく捜索するよりはずっと効率がいい。


 捜索を開始してから10分ほどで、最初の報告が次々に飛び込んでくる。


「A-1グリッド、発見できませんでした。目撃情報もありません」

「C-4グリッド、発見できず。昼前に当該の2人組を見たという、噴水広場に店舗を持つ屋台店主の証言あり」

「A-3グリッド、発見できません。昼頃に目標を見たという証言あり。ヒッコリー商店の店員です」


 報告をもとに、地図の上に情報を書き込んでいく。審問官たちをいつ・どこで見たかという情報をプロットしていくと、いくつか矛盾も出るものの(証言なんてそんなものだ)、彼らの足取りがおぼろげに見えてくる。

 彼らは午前中、噴水広場を中心として広がっている日曜市を回ったようだった。「軍人っぽい雰囲気の父親が、娘のショッピングにつきあっていた」という証言は、彼らを目撃した証言だと見なしていいだろう。

 昼過ぎになって広場の串焼き屋台で軽食を食べた彼らは、そこからしばらくの間、行方不明になる。だが午後3時頃に救貧院近くで彼らと思しき二人組を見たという情報を真だとすれば、どこか1箇所寄り道をしてから救貧院に向かったと考えると時間と距離の辻褄があう。おそらく彼らはどこかで何らかの情報を得て、救貧院周辺に向かったのだ。


 ここまでの情報をメモにまとめ、司令室に控えていた一番足の早い隊員に託す。彼は「お任せを」と自信満々の笑みを浮かべると、ザリナ隊長が捜索を進めているB-2グリッドに向かった。


 それからまた10分ほどして、次の情報が続々と入ってくる。なかでも「仕事あがりの衛兵から聞いた」という情報は大きな手がかりとなった。その衛兵は、審問官たちから「近々に引退した衛兵に話を聞きたい」という相談を受けたという。

 その衛兵自身は「個人的な知り合いなら紹介できるが、明日でもいいか」と答え、審問官たちは明日の面会時間を約束したのち、大いに感謝してその場を去ったらしい。

 つまり、彼らは最近引退した衛兵に話を聞きたがっている。もしかすると午前中に市場を巡ったのも、引退して露天商に転職した元衛兵(けして珍しくないコースだ)に話を聞いたのかもしれない。


 となると、彼らが救貧院方面に向かったのも辻褄があう。

 救貧院の近くには、廃兵院がある。職務遂行中に大怪我をして、一命はとりとめたものの、以前の生活には戻れないような後遺症(腕を1本失うとか、下半身不随になるとか)を抱えた兵士のための、公的な救済施設だ。そこならば、引退したての衛兵が複数名いても不思議ではない。

 逸る気持ちを抑えつつ、次の捜索範囲を廃兵院を中心とした地域へと展開する。ザリナ隊長にも、私の推測をまとめたレポートを届けてもらう。


 その5分後、最初にザリナ隊長の元に送り出した足の早い隊員が、息せき切って司令室に戻ってきた。


「廃兵院の南、〈腐り沼のスラム〉方面で、大規模な戦闘騒音!

 自分は察知できませんでしたが、ザリナ隊長がそう報告しろと言い残し、単身で突入しました! 至急、増援の派遣を!」


 あー、もう。まったく。まただよあの人は。


 私はいささかウンザリしながら、司令室にいる9人の隊員に対し大至急〈腐り沼のスラム〉に向かうように命令する。気持ちだけで言えば私も飛び出したいところだけれど、司令室を空けるわけにはいかない(ちなみにスヴェンツ傭兵の間ではその手の飛び出しをやらかした指揮官は「立場をわきまえない奴」という烙印が押されて、事実上そこでキャリアが終わる)。


 それから永遠にも近い30分が経過して、司令室にザリナ隊長が戻ってきた。顔が返り血で汚れているが、怪我はなさそうだ。司令室で待機していた隊員たちが一斉に拍手する。

 ザリナ隊長の後ろから、カナリス特捜審問官とハルナ3級審問官もついてきた。彼らは多少の怪我をしているようだが、応急処置は終わっているようだ。それに続いて、現場に出ていた隊員たちも司令室に入ってくる。


 全員が揃ったところで、ザリナ隊長がパンと大きく手を叩いた。


「作戦完了だ!

 こちらの被害は軽傷者2名のみ。

 要救助者2名も軽傷を負っているが、事実上無傷と言って構わんレベルだ。

 シーニー、良い指揮っぷりだった!

 皆もよく走り、よく戦った。あたしは諸君らを誇りに思う!」


 司令室の隊員たちが一斉に歓呼の声をあげる。

 私もまた、誇らしさで胸がいっぱいになる。


「さて、皆に良いニュースがある!

 1時間後、戦勝祝いを〈夜のルビー亭〉で行う! 支払いは審問会派の財布から出るそうだ! 

 諸君、今夜は教会をぶっ潰す覚悟で飲んで、食え!

 以上、解散! 次は〈夜のルビー亭〉で会おう!」


 再び大きな歓声が上がり、狭い司令室は隊員たちが剣の柄と盾を打ち鳴らす音で満ちた。


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