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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
嘘も100回言えば真実になるなら、真実とは何か
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アルール歴2181年 4月23日(+7日)

――ハルナ3級審問官の場合――

「さてと。本日はこんなむさ苦しいところまでご足労いただき、まことにありがとうございます。

 あんまり美味くないお茶ですけど、よろしければどうぞ。

 あ、こっちの菓子は最悪です。食わないでください。これでもこの街じゃ一番のパティシエが作ってるはずなんですがねえ……」


 ニリアン卿との御前会議の後、私はさっそくダーヴの街に向かった。ナオキさんとザリナさんもダーヴに向かうということで、これ幸いとその馬車に便乗しただけだが。いやね、ナオキさんはお金持ちだけあって、馬車も揺れが少ない最新式なんですよ……。

 で、ダーヴの街についた私はさっそくナオキさんの事務所に招かれ、実にシンプルな作りの応接室に通された。漆喰塗りの壁に、ちょっといい感じの絵が一枚。装飾品はそれだけ。でも椅子の座り心地はとても良くて、できればこれ、帝都の私の部屋まで持って帰りたい。距離を考えると、まるで現実的じゃないけど。


 それはともかく、ナオキさんの勧めに従ってお茶を一口。うーん。まあ、まあ、ギリギリで及第点かなあ。

 ついでに「食うな」と言われたお菓子も一口。ダメって言われたら食べたくなるでしょ? っていうかほら、ニリアン領だと甘いもの自体が手に入らないから、不味かろうがなんだろうがお菓子に飢えてたんです。

 で、その最悪の菓子とやらは、言うほど悪くないよね? というのが感想。私の舌と脳が糖分に飢えていたというのを差し引いても、いたって普通というか、師匠くらいの甘味マニアじゃないと失格判定しないんじゃないのかなー、くらいの出来栄え。なので私はためらわずお菓子を貪り食うことにする。いやほんと、こっちは甘いものに飢えてるんですって。


 とりあえずお菓子を綺麗に食べ終えて、お茶で軽く口を洗ったところで、私は改めてナオキさんに向き直る。


「それで、お話って何でしょう?

 あ、このお菓子、悪くないと思います。なのでできればもう1つください」


 ザリナさんが苦笑いしながら、扉の外で控えているのであろう誰かに「菓子の追加を頼む、たっぷり買ってこい」と伝えたことに期待を膨らませつつ、私はナオキさんの一挙一投足にそれとなく注意を払う。


 はっきり言えば、ナオキさんはまったく得体が知れない人物だ。

 人間というのは普通、考えていることが何かしら行動に反映される。最も有名な例を挙げれば、人は嘘をついているとき、何かと鼻を触りがちになるし、視線が右上を向きやすい。この反射的な行動は、抑制しようと思って抑制できるものではない。

 けれどナオキさんは、ちょっとした冗談や、軽くウイットの効いた言葉で場の空気を和らげようとする――つまりは何か作り話をしよう(ウソをつこう)としている――ときにも、視線が泳いだり、ボディランゲージの幅が小さくなったりという、定番の反応を示さない。要は彼がウソをついたとしても、特別な訓練を受けた審問官である私は、それをまったく検知できない。


 そんな私の観察を知ってか知らずか、ナオキさんはいたって普段通りの様子のまま、ザリナさんに視線を送った。それに応じて、ザリナさんはベルトポウチから小さな瓶を取り出し、机の上に置いた。


 その瓶は、瓶そのものが高級品だった。ガラスの透明度がとても高く、歪みも小さい。瓶の中身がよほどの価値を持たない限り、この瓶のほうが高くつくだろう。

 そして実際、そんな貴重な瓶に収められたものは、とんでもない価値を持つものだった。


「そいつなんですけどね、どこで入手したんだとか、なんで持ってるんだとか、そういう質問はいったんナシにしてください。

 いやまぁ異端審問官として聞くから答えろってことなら答えるしかないんですけど、とりあえず自分から言えるのは『これを俺に託してくれた人間が誰かはいつでも教えられるし、その人はこの問題を解決することに積極的な協力をしたがっている。でもその人の立場上、なるべく匿名で話を進めたがってる』というところまでです。

 前置きはこのくらいにして本題に入るとですね、そいつが、いまダーヴを騒がしてる麻薬の正体です」


 ナオキさんの言葉に、思わず手の中のブツを二度見する。

 なんというか――小汚い感じに茶色い、練り物のような物体。極端にできの悪い飴を思わせる何か。これがこの街を汚染している麻薬だ、と?


「いろいろ調べてみたんですがね、どうやら大麻の樹液をこね回して作ったものみたいです。私も大麻って言えば葉っぱを燃やして吸うものだと思ってたんですが、そうじゃないやり方もあるってことですね」


 ナオキさんの説明を聞いているうちに、記憶の底から何かが蘇ってくるのを感じた。

 そう――確かこれは……


「困ったことに、大麻のこういう加工の仕方ってのは、ものすごく珍しいらしいんです。大昔にはこんなやり方もあったそうなんですが、少なくともこの100年くらいは出回ってないブツだとか。

 作り方自体は簡単と聞きましたが、なんでも教会が特にこのやり方を厳しく取り締まった結果、ほとんど廃れきったそうですね」


 ……そう。そうだ。まさに、それだ。

 私は茶色い固形状の麻薬が入った瓶を、テーブルの上に慎重に戻す。


「間違いありません。これは大麻樹脂です。ご指摘のとおり約280年前、正確には283年前に大麻樹脂の製造と所持は公会議によって厳しく禁じられました。無論、大麻の所持や使用そのものが神の禁忌に触れるものですが、大麻樹脂は所持も使用も即座に火刑に処せられることになっています。

 ということでナオキさん、アウトー!」


 私は軽くおどけて笑ってみせる。


「……なんて理不尽なことは言いませんよ。一瞬だけどザリナさんがマジな顔になったの、かなーり怖かったですし。

 ただ、繰り返しになっちゃいますけど大麻樹脂は所持や使用に対して特に厳しい罰が適用されますし、裁判も略式でほぼ即決です。もしナオキさんがこのサンプル以外に大麻樹脂をお持ちなら、私が責任持って預かりますので、提出してください」


 ナオキさんは頭を掻きながら、「それ以外にサンプルはないですね」と言う。まあ、そういうことにしておこう。今はそこを突っついても仕方ないし、最優先で対処すべきことは別にある。

 私は今までになく真剣な顔と声色を作って、ナオキさんに訴えた。


「それよりナオキさん、すごく申し訳ないんですが、私は今すぐニリアン卿のもとに向かわねばなりません。お支払は後ほど必ずしますから、なるべく早い馬車を用意してもらえませんか?

 話は一刻を争います。さっきお願いしたお菓子のおかわりが到着するのを待ってられないくらいに」


 私の様子に常ならぬものを感じたのか、ナオキさんとザリナさんが緊張した顔になった。


「本当はニリアン卿に最初にお伝えすべき重大な機密情報なんですが、ナオキさんたちには先に伝えておきます。どうせ調べれば分かることですしね。

 大麻樹脂の所持と使用が特に厳しく禁じられたのは、サンサ山に巣食った異端者たちが資金源として流通させたのが大麻樹脂だったからです。それ以来、麻薬で稼ごうと思うくらいに頭を使える犯罪者であれば、大麻樹脂だけは商品として避けてきました。扱うには、リスクが高すぎるんです――というか、そうなるように教会が仕向けたんです。サンサ山の異端者たちを干上がらせるために。

 だからこの200年以上、大麻樹脂は世に出回りませんでした。そりゃまぁ簡単に作れるものですからやらかした(・・・・・)馬鹿はいるでしょうけど、今回のように大規模な薬物汚染に大麻樹脂が関与することはなかったんです。

 なのにいま、よりによってサンサ教区で、大麻樹脂が大量に出回り始めた。しかもどうやらこの件に教会関係者も関与している。これはマズい。大変にマズいです。マズいなんて騒ぎじゃあないです。

 私はこのことをニリアン卿に伝え、卿と連携してサンサにおける異端の復活に対する対策と調査、および討伐の計画を作り上げる必要があります。なにしろニリアン家はそのために(・・・・・)このサンサの辺境を守っているんですからね」


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