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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
無関係であるという関係があると定義することは詐術なのか
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アルール歴2180年 9月7日(+9日)

――シーニーの場合――

「――教会での話し合いの模様は、概略では以上のようになります」


 私は直立不動の姿勢を保ったまま、一言一言はっきりと報告する。誤解のない言葉遣いに、聞き間違えられない速度、そしてはっきりとした滑舌。戦士を夢見て厳しい訓練を受けた幼い頃には、なぜ戦うために話し方を学ぶ必要があるのか、まるでわからなかった。

 でも、今ならわかる。

 状況を報告し、命令を受ける。これらは基本、言葉を使って行われる。身振り手振りや手旗、喇叭などで意志の伝達をすることもあるが、最もクリティカルな情報はいつだって言葉とともにある。だから私達スヴェンツ傭兵は、体を鍛えるのと並行して、声の出し方や言葉遣いも叩き込まれる。


 けれど、私の渾身の報告を聞いた上官たちは、どちらも不満げな表情のまま黙り込んでいた。

 まったく、これだからバラディスタン人は困る。連中は未だに戦いは個人的武勇が左右すると思い込んでいる。そんな時代はもうとっくの昔に終わって、いまは情報伝達の精度と速度が戦いの行方を決める時代になったというのに。


「あー、まあ、なんだ。報告ご苦労。

 だが次からは、まずノックをしてもらっていいか?」


 私の雇い主の雇い主――いまひとつ風采の上がらない、ナオキとかいう商人――は、頭をボリボリと掻きながらそう言った。筋肉らしい筋肉もついていない上半身に、女子供のような指。なにひとつとっても、まるで頼りになりそうにない男だ。だからこんなどうでもいい批判が先に出る。


「シーニー。あたしもあんたのことは信用してる。なにせあたしの副官だからな。

 だが次からは、報告に入る前にノックしろ」


 私の直接の雇い主――歴戦のバラディスタン傭兵として知られる、〈赤砂の〉ザリナ――は、両手を組んだままそう言い放つ。全身くまなく鍛え抜かれたその肉体美には、ほんとうに惚れ惚れする。これで節度とか節制とか協調とかチームワークとかいう概念を理解してくれれば、もう少し良い上司になると思うのだが。


「お言葉ですが、私といたしましても、よもや午後のティータイムも始まらぬような時間に、司令室の中でお二人がまぐわって(・・・・・)いる可能性など、微塵たりと考慮いたしませんでした。

 確かに私は情緒を介さぬスヴェンツ人ですが、それでも夜半を回って司令官閣下の私室に報告に上がるのであれば、ノックのひとつもいたします」


 私の言葉を聞いてナオキはまた頭を掻き、ザリナ隊長は「そりゃそうか」と呟いた。

 というかそういう無駄な文句を言う前に、どうでもいいから服くらい着てほしい。


「まあ、いい。要するに、ケイラスとエミルはまるで人が変わったみたいに真面目で誠実な神のしもべとして巨乳メガネの教会を訪問し、あの村で進んでいる儀式の復刻や竹簡聖書の製造を褒めちぎって帰っていった、と。

 ついでに、別れ際にエミルはハルナにプロポーズした。これで正しいな?」


 ザリナ隊長の大雑把だが的確な要約に対し、私は特に異議も申し立てずに頷いた。

 あの会見があったとき、私は教会の内部に隠れ潜んで、会見のすべてを盗み聞きし、暗記していた。そしていまその概要を(若干の想定外はあったが)報告した、というところ。


「まったく。なんだってんだ。あり得んだろう、そんなこと。

 信心深いケイラスに、真摯な愛を語るエミル? 別人だった可能性はないのか?」


 ザリナ隊長の疑念はもっともだ。だが、その可能性については既に調査を終えている。


「間違いなく、ケイラス司祭本人と、エミル本人でした。

 彼らがダーヴの街に帰還するまで赤牙団員が尾行し、街に戻ってからもマークは続けています。

 ナオキ司令官の命令に従ってダーヴの街におけるエミルの調査を開始し、その過程においてケイラス司祭との接触を確認してからこのかた、この2人は24時間監視の下に置かれております。彼らが別人と入れ替わった形跡は、まったくありません。

 それこそ神の奇跡でもない限りは、以前の放埒な彼らと、今の神の下僕然とした彼らは、同一人物です」


 私としてはこれ以上ない明瞭な報告だと思うのだけれど、雇い主2人はそれでも不満げだった。


「まぁ、いい。そういうのを考えるのはあたしの仕事じゃあないしな。

 ただなあ、それにしたってハルナにプロポーズか……あの3人から1人選ぶんなら、どう考えたってサンドラだろうに」


 ザリナ隊長はライザンドラ女史のことを「サンドラ」という愛称で呼ぶことが多い。赤牙団にはサンドラという名前の隊員もいるのでやめてくれと何度も上申しているのだが、この習慣が改まる気配はない。


「ザリナ。お前はほんと、男心ってものが分かってないな。

 巨乳メガネは神学オタクでもなければ手に負えないし、ライザンドラは敷居が高すぎる。あれくらいの仕上がりになると、ほとんどの男は気後れしちまうもんだ」


 いつも思うのだが、会話だけ聞いているとザリナ隊長とナオキ司令官はどちらが男でどちらが女なのか分からない。ナオキ司令官はなんとも頼りなく見えるが、それは彼が男だからそう感じるのであって、もし彼が女なら控えめで気の利いた良い奥さんになるんじゃないかな、と思う。実際、彼はすごく細やかな気配りができるし、どんな些細な悩み事でも真剣に聞いてくれるという点についてだけは赤牙団隊員の間でも絶大な評価を得ている。


「それにな、エミルがハルナにプロポーズしたってのは、エミルが本質的なところでは大して変わってないっていう証拠とも言える。ケイラスは何とも言えないが、エミルのいい子っぷり(・・・・・・)は、まだまだ付け焼き刃な可能性が高い」


 ふむ? あのプロポーズが、エミルが変心した証拠ではなく、エミルが変わっていない証拠、と? ナオキ司令官はときどきこういう意味不明なことを言う。


「疑ってるな、シーニー? 話は簡単さ。

 軽薄傲慢な頃のエミルが帝都でコマした(・・・・)相手は、おおむねボーイッシュでスレンダーな、背の低い女たちだ。ニリアン卿のお孫さんも同じだな。

 そしてエミルはあの3人のなかから、鶏ガラ・絶壁・小柄の三拍子が揃ったハルナを選んだ。

 ロリコン野郎は、どこまで行っても、ロリコンだってこと」


 私はハッとして、ナオキ司令官の顔をまじまじと見る。

 言われてみれば、否定のしようもない。


「こんなもんなんだよ、人間ってのは。心と体に染み付いた習慣ってのは、部屋に染み付いたタバコの匂いみたいなもんだ。そう簡単に変わったりはしないし、拭い去ることもできない。そして本人だけは、そのことに気づかない。

 だからさ、間違いなく、エミルはエミルだよ」


 なるほど。ナオキ司令官が見せるこういう洞察力と人間観察力に接すると、さすがはダーヴの賭博王と呼ばれただけのことはあると感心する。

 けれどそれでもなお、ナオキ司令官は何かが腑に落ちていない様子だった。


「だから、問題はケイラスだ。

 奴はいったい、何をしようとしている? なぜ今になって村の連中の前に姿を見せた? ケイラスには俺も挨拶に行ってるし、利益供与もしてる。けれど村の連中とケイラスの間には、せいぜい巨乳メガネくらいしか接点がない。なぜあいつは、わざわざ村に行ったんだ? エロナの港からならば、ダーヴのほうがずっと近い。竹簡聖書の話がしたいなら、俺のところに話に来るのでもよかったはずだ」


 テーブルを人差し指でトントンと叩きながら、ナオキ司令官は思考を口から垂れ流す。

 いやいや、でもそれがそこまで不思議だろうか? なんらかの理由でケイラス司祭が改心、ないし改心したふりをしているとして、それならば最初の訪問先としてユーリーン司祭を選ぶのは当然では? というかそこで自分が選ばれると思うナオキ司令官は、はっきり言って自意識過剰では?


「……シーニー。何やら失敬なことを考えてるな?

 お前が内心で他人を侮ってるときは、すぐ顔に出る。俺は戦闘のプロじゃないが、指揮権を持つ人間にとってそれが悪い癖なことくらいは分かる。改めるよう努力しろ」


 おおっと。


「それはともかく、だ。ケイラスの行動は不自然なんだよ。不自然すぎる。

 決心した(・・・・)人間ってのは、極端から極端に振れることが多い。放蕩の限りを尽くしていた人間が突然発心(・・)すると、家族も財産もすべて捨てて、断食だの荒行だのに耽溺したりする。なんらかの理由で――惰性でも絶望でも怒りでもなんでもいい――節度(・・)ってやつの一線を越えた人間は、節度の範囲内に戻ろうとして、逆方向に極端な選択をしがちなのさ。

 だからもしケイラスが竹簡聖書だのなんだのを知って信仰心を復活させたなら、彼は寝食を忘れて自分で聖書を視写しはじめるとか、そういう極端な行動に走るのが普通だ。で、極端な過酷さに耐えかねて、また怠惰な日々に戻る。それが普通なんだよ。

 ザリナもシーニーも、よくそういう訓練嫌いな隊員の愚痴を言うだろ? あれと同じさ」


 私は思わず全力で首肯していた。訓練嫌いで怠惰な隊員は、何らかの理由で(仲の良かった戦友を失うとか)突然、過剰なくらい訓練に熱中することがある。そしてだいたい2週間程度で、もとの怠惰な日々に戻る。それが普通だ。


「にも関わらず、ケイラスは巨乳メガネを表敬訪問するという、いたってまっとうな選択をした。非の打ち所がない、普通で常識的で節度ある行為だ。

 つまり彼は、思いつきや衝動で行動しているのではなく、己を冷静にコントロールしている。さもなくば、コントロールされている(・・・・・)

 シーニー。この可能性を踏まえて、ケイラスの言動に不自然なところがなかったか、思い出せ。

 そうだな……具体的に言えば、その場の誰にも意味が通じないような言葉を使ったりするようなことはなかったか? 自分に強い自己暗示をかけていたり、あるいは他人の精神的な支配下にある場合、一般人にしてみると意味不明な言葉を口走ることは珍しくない」


 私は目を閉じ、ケイラス司祭の言葉をひとつひとつ思い出す。

 全体に神学系の専門用語が多く、私には意味不明なことも多かったが、少なくともあの場にいた女性陣3人はみな彼が語る言葉をきっちり理解しているようで、受け答えにも不自然なところはなかった。

 ナオキ司令官を疑うわけではないが、やはりちょっと考え過ぎなのでは……


 ……いや。いや、あった。


 一言だけ、場が微妙な空気になった言葉が、あった。

 

「思い出しました。私には意味不明な言葉だったので神学の専門用語かと思いましたが、ケイラス司祭以外に理解できない言葉だったから場の全員がスルーしたと考えると、前後の話の脈絡もすんなり理解できる――そんな発言が、確かにありました」


 私の言葉を聞いて、ナオキ司令官が身を乗り出す。ザリナ隊長も興味津々といった表情だ。

 私は深呼吸すると、記憶を再生する精度を高める。理解できなかった言葉だけに、概念ではなく、音のつながりでしか覚えていない。そんな言葉を思い出すのは大変だ。


「……ユーリーン司祭が、この村では娯楽として簡単な教理問答を村人に見せ、それによって村人の教化を進めている、と語りました。

 それに対し、ケイラス司祭は『それは興味深いですな。まるでテレビ伝道師(・・・・・・)のようです』と返答しました。

 この『テレビ伝道師』という言葉は、場の誰もが理解できていないようでした」


 その報告をした途端、ナオキ司令官の表情が凍りついた。


 ショック……おそらくはそういう、何らかの強い精神的衝撃。

 そういうものが、ナオキ司令官を完全に支配していた。


 そのまましばらく、沈黙の時間が流れた。ナオキ司令官は黙って床を睨みつけ続け、ザリナ隊長は鼻をフンフンとさせながら少し愉快そう。私はどうしたものかと悩みながら、とりあえず直立不動で次の命令を待った。


 やがて、ゆっくりとナオキ司令官は口を開いた。


「シーニー、よくやった。ボーナスを出そう。明日、経理課で受け取れるようにしておく。

 それから悪いがザリナ、今晩の予定はキャンセルさせてくれ。少し真面目に策を練り直す必要がある」


 ザリナ隊長は「仕方ないね」と言って肩を竦めると、床に撒き散らされていた衣服をそそくさと身に着けた。


「ザリナ、本当にすまん。折角の誕生祝いなのにな。

 代わりにと言っちゃなんだが、予約したレストランとホテルはお前とシーニーで使え。

 溜まった鬱憤は、シーニーで晴らしておいてくれ。後で必ず埋め合わせはする」


 ナオキ司令官の言葉を聞いて、思わず私は司令官と隊長の顔を交互に見る。

 意識せず、かあっと顔が赤くなるのがわかった。


「シーニー。お前がザリナの女だってことくらい、俺はちゃんと把握してる。そのことでお前をどうこうしようとも思っちゃいない。つうかどう考えても俺たちはどっちもザリナのオモチャだからな。これからもオモチャ同士、仲良くやろう。

 だがまあ、今夜は犬に噛まれたとでも思って、ザリナの欲求不満を解消する相手になってやってくれ」

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