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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
無関係であるという関係があると定義することは詐術なのか
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アルール歴2180年 8月29日(+22分)

――ライザンドラの場合――

 ユーリーン司祭が教会に小走りで戻ってきたとき、私はハルナ審問官と2人でお茶の支度をしていた。ハルナ審問官は名門シャレット家の秘蔵っ子らしく、何をやっても凄まじく効率がいい。おかげで掃除は予定よりずっと早く片付き、ユーリーン司祭が戻るのをお茶でも飲んで待ちましょうかという話になったのだ。


 ユーリーン司祭から状況を聞いた私とハルナ審問官は、状況の深刻さを理解すると同時に、自分たちがやるべきことも把握した。ユーリーン司祭は行き過ぎなくらいの理論派だが、それだけにこういう大枠での方針決定においては実にスキのない仕事をする。

 というわけで、ユーリーン司祭は私が手伝って大急ぎで正式な司祭服に着替え、ハルナ審問官はお茶の準備に取り掛かった。

 私もお茶の淹れ方にはそれなりに自信があったのだが、ハルナ審問官の技術には到底及ばない。なので多少古ぼけた司祭服であっても威厳を損なわないような「ちょっとした着こなしアレンジ」を、私が担当することにした。

 私になされるがままになっているユーリーン司祭は「私ってただ立ってるだけですね……」と居心地悪そうだったが、そういうところを気にするのが彼女の最も愛らしいところだと思う。


 ともあれ、ケイラス司祭のご一行が村に到着する頃には、ユーリーン司祭の着付けは終わった。本来は腰骨の上あたりに巻く飾り帯を、気持ち高めに(肋骨の終わりくらいで)巻くことで、彼女の強みである豊満なバストを強調しつつも、すらりとした冷厳な立ち姿を作ることに成功。完成形を見たハルナ審問官が「悔しくなんかない、悔しくなんかないですからね」と呟いたところを見るに、十分なインパクトのある装いとなったと思う。

 もちろんハルナ審問官もお茶の用意は万端なようで、あとは最高のタイミングを見計らってお湯を注ぐばかりといったところ。迎撃準備完了だ。


 思わず3人で「よし」と頷いたところで、アラン君が教会に駆け込んできた。ケイラス司祭が村に到着したのだ。


 私たちはユーリーン司祭を先頭に、ハルナ審問官と私という順番で教会を出た。話を聞くに、どうせそのケイラス司祭というのは、絢爛豪華な馬車の群れを引き連れて視察に来たに違いない。「初手で気圧されてはダメですよ、ユーリーン司祭」と心の中で念じつつ、村の入り口へと向かう。


 が。


 なんとも拍子抜けしたことに、そこには実に質素な(ただし頑丈そうな)馬車が2台、停まっているだけだった。

 私達が近づいてくるのに気づいたのか、既に降車していた護衛の兵士たちがきちんと整列しなおす。あれは、ちゃんと訓練を受けた兵士の動きだ。これまたケイラス司祭のイメージとはまるで一致しない。


 と、2台目の馬車の扉が開いた。

 中からはまず、なかなかハンサムな、若い男性司祭が出てきた。繊細な金髪が夏の日差しを受け、綺麗に光っている。着ている僧服は清潔だが質素なもので、その司祭の生真面目さと清貧を重んじる姿勢を感じさせた。


 ええと。

 まさか彼がケイラス司祭?


 それからもう1人、馬車から降りてきた。いよいよこっちが本命かと思ったが、こちらはケイラス司祭よりずっと若い男性(ハルナ審問官よりはやや年上か?)で、しかも私と同じく平服を着ている。

 よくよく見ると襟元にデリク家を示す紋章が小さく入っているので、デリク家ゆかりの誰かなのは間違いないが、それにしたって私がナオキに教えてもらったデリク家のメンバーの誰にも彼は似ていない。


 ああ――これはもしかすると、ちょっと不味いかも。

 私たちは、思いがけぬ角度から、先手を打たれたかもしれない。


 そんなことを思った直後、馬車から降りてきた2人はこちらに向かって笑顔を向け、大きく手を振った。いささか戸惑ったように、ユーリーン司祭がその2人に頭を下げる。


「あれって誰なんです?」


 そう小声で聞いたのはハルナ審問官。ユーリーン司祭の答えは簡潔だった。


「金髪の男性はケイラス司祭です。もう一人は分かりません」


 あの金髪が、本当にケイラス司祭?

 いささか信じがたいが、ユーリーン司祭が直接の上司を見誤るとも思えない。


 そうこうしているうちに、護衛の兵士を連れた2人は私達の前に立った。


「天に栄光を、地に繁栄を。人の魂に平穏あれ。

 お久しぶりです、ユーリーン司祭。精勤ぶり、日々伝え聞いておりますよ」


 ケイラス司祭(と思しき金髪)はそう言うと、ユーリーン司祭に右手を差し伸べる。


「天に栄光を、地に繁栄を。人の魂に平穏あれ。

 お久しぶりです、ケイラス司祭。少し、お痩せになられましたか?」


 ユーリーン司祭は実に如才なく挨拶を受けると、差し伸べられたケイラス司祭の右手を握った。互いに特に緊張した様子もなく、穏やかな抱擁を交わす。いたって普通の、司祭同士の挨拶だ。


「外で立ち話というのも、礼を欠きましょう。

 何もありませんが、中にお入りください。粗茶程度の用意はございますので」


 儀礼通りの挨拶を終えたユーリーン司祭は、ケイラス司祭を教会の中に招く。ケイラス司祭は静かに一礼すると、「ではお招きに預かりましょう」言って教会の扉をくぐった。デリク家の紋章をつけた男も、その後に続こうとする。

 だがハルナ審問官が後ろから一歩進み出て、デリク家の紋章をつけた男の肩を――若干背伸びしながら――掴んだ。


「お待ちを。あなたが何者であるのか、名乗ってもらっていません。

 私は3級審問官ハルナ。こちらの女性はボランティアのライザンドラ女史です。

 デリク家の紋章を纏ったあなたは、一体何者なのですか?」


 ハルナ審問官に肩を掴まれた男は、びっくりしたように動きを止めると、しばし彼女の顔をまじまじと見つけた。それにあわせて、ハルナ審問官の表情が険しくなる。が、すぐに彼は自分の非礼に気づいたようで、慌てて一礼をした。


「申し訳ございません。私はデリク家の次男、エミルと申します。

 縁あってケイラス司祭様のもとで神の教えを学ばせて頂いております。

 無礼のほど、なにとぞお許しを――あなたのあまりの美しさと凛々しさに、思わず我を忘れて見入ってしまいました」


 「はぁ?」というハルナ審問官の心の声を(もしかしたら彼女は本当に声に出したかもしれないが)聞きながら、私も内心で首を捻っていた。デリク家の次男坊エミルといえば、その傲慢さと放蕩三昧で名の通った悪ガキだ。それが何をどうすれば、こんな礼儀正しい人物に変貌するのか? しかも、ケイラス司祭から神の教えを学んでいる、と?


 そういえばハルナ審問官は、この村で行われている教理問答芝居を初めて見たとき、目の前で起きているのが一体何なのか、そしてこの村で何が起きているのか、心底理解できずに困惑したという。


 いまなら私も、その気持ちが理解できる。


 ケイラス司祭とエミルに、何が起こったというのか?

 そして、彼らは何をしようとしているのか?

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