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お前が神を殺したいなら、とあなたは言った  作者: ふじやま
お前が神を殺したいなら、とあなたは言った
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アルール歴2188年 10月22日(+74分)

――ライザンドラの場合――

 準備を整えた私は、教会の扉の前に立って、耳をそばだてる。

 ホフマン司祭の説法は長引いているようで、ちょっとイライラしてしまう。無駄に話が長いタイプの司祭は嫌われるだけだというのに。


「――天に栄光を。地に繁栄を。人の魂に、平穏あれ」


 そうこうするうち主堂の中から、なかなかに力強い祈りの声が聞こえた。

 つまり、ようやく説法が終わりを迎えたということだ。


 私はそのタイミングを逃さず、力強く扉を開く。

 司祭の祈りに唱和しようとしていた村人たちが、一斉に私のほうを見た。

 それから演台に立ったホフマン2級審問官が、鋭く私を睨みつける。


 この瞬間、私はまったくの異分子であり、完全なる闖入者だった。


 でも私に集まってくる視線には、どこか驚きの色があった。

 ホフマン司祭ですら、銀縁眼鏡の奥に隠したその冷たい瞳に、乱れが見て取れる。


 理由は簡単だ。

 レイナ嬢は(そして先代のニリアン卿も)、かつて私がナオキに与えられた装いの一式を、きちんと保管してくれていた。私はそれを身にまとい、長い放浪の旅ですっかり傷んだ髪も(乱雑ながら)短く切りそろえて、この場に望んだのだ。

 人間、見た目がすべてではないが、見た目が与える影響が大きいこともまた否定できない。稀代の詐欺師であるナオキが人心を操ることだけを考えてしつらえたこの装いは、彼が予想した通り完璧な形での維持こそできなかったが、それでも彼が求めた機能を完璧に発揮させていた。それはまたレイナ嬢が語った「保険」でもあり、つまりは失礼ながら類は友を呼ぶということなのだろう。


 我ら詐欺師の群れが作り上げた、誰もが声を発しえぬ間隙の、その一呼吸をすくい取るようにして、私はホフマン司祭に対して宣言する。


「審問会派に所属する、ホフマン2級審問官殿。

 ライザンドラ審問会派修道士助手は、その職責として、このニリアン領において看過すべからざる堕落が発生していることを報告いたします。

 願わくば信徒が揃ったこの席において、その危険性を周知させて頂ければ、と」


 ホフマン2級審問官は私の申し立て(・・・・)に対し、ほとんど脊髄反射で「何をバカなことを」と激高した。当然としか言いようのない反応だ。

 だが残念ながら、これは教会法に則った、正規の申し立てなのだ。

 まずはそのことを、私は丁寧に説明することにする。


「ライザンドラ修道士は、アルール歴2181年11月16日をもって、パウル1級審問官の命令により、審問会派修道士助手を拝命しております。

 それ以降、修道士助手の資格はパウル1級審問官によって更新され続けており、現在に至るまで彼が残した『自分が停止を宣言するまで資格を継続する』との命令は撤回されていません」


 審問会派修道士助手という資格は、パウル1級審問官がサンサの街に来た直後に、シーニーさんを審問会派の(・・・・・)司令部に呼び込むために利用された制度だ。

 そして2181年の11月16日、マダム・ローズ捕縛作戦の決行にあたってシーニーさんをサポートするように求められた私は、シーニーさんと同じ資格を一時的に与えられた。


 その後もダーヴの街における審問会派の活動を援護する立場で働いた私は、「審問会派修道士助手」という地位を拝命し続けることになった。

 そして途中で助手期間の延長申請書類を作るのが面倒くさくなったパウル1級審問官は「僕がもういいよ(・・・・・)って言うまで、ライザンドラ君は審問会派修道士助手ね」という、実に彼らしい大雑把な命令を発した。

 実際、後に私は審問会派見習いとして採用され、審問会派にどんどん深入りしていったのだから(挙句には特捜審問官の腕章まで巻いたのだから)、彼の対応は原則的に正しかったと言える。もっとも、その命令がまさかこんな形で活用(・・)されるとは、思っていなかっただろうが(私だってこの件を思い出したのはつい最近だ)。


「ちなみに審問会派修道士助手資格の付与と剥奪には、1級審問官資格が必要であることを言い添えておきます。

 ここまで、何かご質問はありますか?」


 ホフマン2級審問官は口をパクパクさせ、いくつかの反論を試みようとした。

 でも彼は、なかなか有効な反撃の糸口をつかめなかった。


 例えば「パウル1級審問官が私を審問会派修道士助手に任命した」というところに疑義をつきつけることは、可能だろう。

 でも、ダーヴの街に行けば、任命にあたっての書類は必ず見つかる。

 なにせその段階でダーヴの街の臨時司祭に就任していたのは故ユーリーン司祭だ。あの人がこの手の記録を疎かにすることなど、天と地がひっくり返ってもあり得ない――そしてそのことはホフマン2級審問官も察していた。


 あるいは「貴様は審問会派から追放された以上、審問会派修道士助手資格も失効している」と言い放つこともできるだろう。

 でも、審問会派と審問会派修道会は、似て異なる組織だ。

 修道会とは「より信仰を深めるために、有志によって独自に結成され、教皇から正式に認可された組織」だ。このため、母体となる派閥から完全に独立しているとまでは言えないが、規範や組織構成は独自のものを有する。それこそクリアモン修道会のように、修道会だけが時代の荒波を生き延びたというケースすらあるくらいには、修道会は別組織(・・・)なのだ。

 審問会派修道会は絶えて久しい組織ではあるが、制度的には修道会であり、審問会派の指図(・・)を受ける理由はない――そのことも、ホフマン2級審問官は察していた。


 そうである以上、彼に許された選択肢は多くない。

 さあ、修道会とはいえ現役の審問会派(・・・・・・・)の名を背負った人間が見出したという腐敗(・・)の報告をどう捌く、ホフマン2級審問官殿?


「よかろう。ライザンドラ修道士、報告せよ」


 なるほど。さすがは審問会派にとっての政治的要衝を任されるだけのことはある。自信満々、ということなのだろう。

 ならばよし。

 こちらも真っ向勝負と行こう。


「ありがとうございます。では、報告いたします。

 ライザンドラ修道士は、ゆえあって、10年前のニリアン領の様子をよく(・・)知っています。

 その当時、人々は貧しいながらも懸命に働き、真摯に祈りを捧げていました。

 ですがいま、この地の人々は酒に溺れ、賭博に心を狂わせています。

 この悪しき変化を、見逃すわけには参りません。

 霊峰サンサに巣食う大異端を包囲するこのニリアン領であればこそ、このような腐敗は断じて見逃されるべきではないでしょう。

 ホフマン司祭殿。あなたはいったいなぜ、この人心の乱れを糺そうとなさらないのですか?

 もし貴殿が衆生の乱れを糺そうとしており、しかして未だ果たし得ていないというのであれば、貴殿はその職責を問われることになりませんか?」


 私の告発(・・)に対し、ホフマン2級審問官は一歩も退かなかった。

 それどころか、彼は掛け金を上げてきた。


「ライザンドラ修道士。

 つまり君は、神前討議(ケルターメン)をお望みか?」


 さすがは審問会派だ。殴られたら倍にして返せというモットーは、組織の隅々にまで行き届いている。


 神前討議とは、その名の通り、神の前に立って己の主張の正しさを訴えるという討論形式だ。

 神前討議において口にした言葉はすべて神への誓いとなり、それゆえに敗者はすべてを――場合によっては命すら――失う。


 無論、神前討議に持ち込むというのは、ホフマン2級審問官の排除を目論む私としては願ったりかなったりの展開と言える。

 でも、これではまだ弱い(・・)

 だから私は、さらに掛け金を上げるべく、議論を誘導する。


神前討議(ケルターメン)と言うは容易いですが、ここには論の真偽を見定める審判がおりますまい?」


 登壇者のすべてを賭けた神前討論であればこそ、その審判はときに奇跡を用いてでも論の真偽を測る。

 そこまで行かなくとも、ボニサグス派の(場合によっては賢人会議の)長老を複数名、審判として招集するというのは、神前討議であれば普通に行われることだ。


 もちろんだが今のサンサ教区に、そんな人材はいない。以前ならユーリーン司祭が理想の審判となっただろうが、これは例外中の例外だ。一般的に言えば、ちゃんとした審判のついた神前討議は、帝都でしか成り立たないものなのだ。

 だから私の指摘(・・)は、挑発に過ぎない。

 そして案の定、ホフマン2級審問官は私の挑発に乗ってきた。


「審判なら、最も相応しい人々がここにいるではないか。

 君がその魂の堕落を糾弾した民草が君の言葉を聞き入れぬならば、君はとんだ身の程知らずだということだ。

 それとも、大所高所から腐敗と堕落(・・・・・)を言い募っては、実際には汚れた俗世(・・・・・)から能う限り距離を取る――自分がそんな夢見る修道士の一人でしかないと思い知るのが、恐ろしいかね?」


 素晴らしい。ホフマン2級審問官は、2級審問官の肩書に相応しい、筋金入りの闘士(・・)だ。

 そういえばあのカナリス特捜審問官も位階としては2級審問官なわけで、同じ2級審問官のホフマン司祭には、カナリス特捜審問官と同じくらいの闘争心を持っていてもらわねば困る。


 ともあれ、これで舞台は整った。

 あとはせいぜい、しっかり踊る(・・・・・・)だけだ。


 だから私は強く頷くと、ホフマン2級審問官に宣言した。


神前討議(ケルターメン)を、お受けします。

 いずれの論に神の真理があるか、彼ら大地に根ざす民にこそ、測ってもらいましょう」


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