アルール歴2182年 10月7日(-5分)
――カナリス特別行動班武術顧問の場合――
最初の突撃でザリナに対してはブレンダ武装審問官ら3人があたり、私は可能であれば突破を測る――さもなくばできるだけ多数の敵をできるだけ短時間で撃破することで質的にも数的にも優位に立って、隊員の負担を減らす。しかるに私は必ずや近くにいるであろうナオキを捜索し(あるいは敵からその居場所を聞き出し)、彼を殺す。
このプランは、半分までは上手く行った。ザリナに対してはブレンダ隊員が張り付き、遠目に見る限りでは損害は出したものの、ブレンダ隊員はザリナを上手く拘束している。
あまりうまく行かなかったのは、私の側だ。
私はまずは単独での突破を試みたが、敵はすぐさま3人を私に同時にぶつけてきた。一瞬だけ「しょせんは傭兵団の雑兵」という思考が脳裏に過ぎったが、赤牙団の精鋭とは盾を並べて戦ったこともあるし、そのときには「これほどまでに信頼できる外部の部隊があるとは」と驚嘆さえしたものだ。
そして案の定、私は赤牙団の精鋭3人を相手に、身動きが取れなくなった。3人とも時間稼ぎを主眼としているようで、こちらが攻勢に出ると巧みにぬるりと守りに入ってしまう。ではそのまま一方的に殴り続けてなんとかなるかと言えば、当然そんなこともあり得ず、突発的な反撃に私は何度かヒヤリとさせられている。
とはいえ、状況はけして悪くはない。
私を相手取っているのは、どうやら赤牙団でも最精鋭の隊員たちだ。つまり敵はザリナという主力に加えて、打撃部隊の中心となるべき3人を、拘束されてしまっている。このため乱戦は全体的に見て、我々のほうが有利に戦闘を運ぶことができているようだった。
そうである以上、現状を維持したまま戦い続け、戦闘が落ち着いたところで捕虜を尋問するというプランBが、大いに現実味を帯びてきた。赤牙団だって口は堅いだろうが、こちらは審問会派だ。我々は必ず、異端者の口を割らせる。必ず、だ。
その意図が伝わったのか、3対1で戦い続ける私の隣に、ヘレン隊員が滑り込んできた。彼女は実に堅実かつ献身的な戦い方で、私をサポートしてくれる。私は彼女の視野の広さと冷静さに内心で舌を巻きながら、3人の精鋭を相手にのらりくらりと持久戦をする方向に切り替えた。
もしいまこの瞬間にブレンダ隊員が倒れ、こちらにザリナが殴り込んできたとしても、ヘレン隊員のサポートがあれば問題ない。そしてザリナが私を一撃で屠れない限り、私はザリナと相打ちする自信がある。私とザリナが両方とも倒れれば、この戦場の勝者がどちらになるかは自明だ。
問題があるとすれば、最初の突撃時にバーナード隊員を殺した敵狙撃部隊の存在だろう。確かに、彼らが増援として戦場に投入された場合、話は厄介なことになり得る。
けれど正直に言ってしまえば、私は件の狙撃部隊のことを、敵の戦力としてカウントしていない。する必要がない。なぜなら彼らは乱戦が始まってからこのかた、まったく狙撃をしていないからだ。
勿論、夜闇の中で行われる乱戦に向かって致死的な矢を射込めるかと言われれば、普通は無理だろう。
だが、もし特別行動班が待ち伏せる側であったなら、彼らは迷わず乱戦のど真ん中に矢を打ち込む。外さないという自負があるのは勿論だが、たとえ誤射して味方を殺すことになったとしてもなお、確率論的には有効な攻撃だからだ。たとえ誤射で味方の4・5人が死のうとも、それによって敵全員が殺せるなら、撃つべきなのだ。なのに、彼らは撃ってこない。
ゆえに敵の狙撃部隊は、恐るに足りない。
彼らには「誤射するかもしれない」という恐怖を乗り越えるだけの、覚悟がない。
そしてここは、そんな連中が真の意味で脅威となり得るような戦場では、ない。実際、その程度の覚悟もない者たちでは、味方が不利になれば逃げ出してしまうものだ。
だからこそザリナ(ないしナオキ)はその手の半端者を、主戦場に投入していないのだろう。戦場において「意志の弱い味方」は、ときに決定的な弱点となる。
……そんなことを考えながら戦い続ける私には、やはりどこか、スキがあったのかもしれない。あるいはそれは、この急ごしらえのチームの、限界だったのかもしれない。
自分でも一瞬、何が起きたのか分からなかった。直前まで密着距離で戦っていた敵のナイフ使いが、突如として姿を消したのだ。
何が起こったのかは、すぐに理解した。あのナイフ使いは、私と額を突き合わせるような密着距離で、ふと何もない虚空に視線を泳がせたのだ。そして私は反射的に彼の視線を追ってしまい、その刹那のスキを突いて彼は私の視界から消えた。
そして次の瞬間、背後で笛を吹くような音がした――ナイフ使いがヘレン隊員の頸動脈を一撃でかき切ったのだ。「私が目の前の敵を見失うことなどあり得ない」という前提で動いていたヘレン隊員にとって、それは避けようのない一撃だった。
ヘレン隊員の返り血を背中に浴びながら、私は怒りに任せた一撃をナイフ使いに向かって振り下ろした。驚くべき反射神経をもってかのナイフ使いは私の一撃で頭蓋を割られることだけは避けたが、私のメイスは確実に彼の左肩を砕いた。
激痛に悶えながらナイフ使いは転がるようにして後方へ離脱し、そこで立ち上がったが、片手の自由を失ったナイフ使いなど戦力外だ。残る2人を片付けてから、確実に殺してやる――さもなくばナオキの居場所を我らに告げる大役を、貴様に委ねてやる。
自分の不甲斐なさと未熟さで部下を失ったことに対する怒り――忌々しくも私にとって馴染み深い怒りは、ハルナを失ってからこのかた、どこか薄膜に覆われていたかのような私の闘争本能に、火をつけた。
敵兵2人となおも激しく打ち合いながら、なんたることか、私は今更になってようやく、怒りに血が沸き立つのを感じていた。
そうだ。
怒りとは、こういうものだったではないか。
「なぜ怒るのか」「その怒りに正義や正当性はあるのか」などといった問いは、地上において最も意味のない問いだ。
私は、憎い。
異端者が憎い。
ナオキとザリナが憎い。
奴らに使われている赤牙団が憎い。
なぜ怒るのか? それは憎いからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
怒りに正義や正当性はあるのか? あろうはずもない。
憎しみを燃料として燃える炎が、怒りだ。
だから私は改めて雄叫びをあげると、目の前の敵に打ってかかった。
下らない小細工を弄して勝ちを拾えるほど、私は器用ではない。パウルのような繊細な戦いかたも、ハルナのような慮外の虚を突く戦いかたも、老マルタのような用意周到な戦いかたも、私にはできない。
私はただ、怒りの炎をエネルギーとして、目の前の敵を、戦槌で叩き殺す――そういうひとつの機械であるときに、私は最も能力を発揮できるのではなかったか。過去もなく、未来もなく、空虚な希望を抱くこともなければ、徒な恐怖を感じることもなく、ただこの瞬間における神の鉄槌となることこそが、私という存在ではなかったか。
油断なく剣と盾を構え、しっかりとガードを固めていた眼の前の敵に、最短距離で右手の戦槌を打ちつける。敵は私の一撃をかろうじて剣で受け止めたが、その途端、剣が折れ飛んだ。敵の顔が驚愕に歪む。
その一瞬の驚愕につけこむように、私は一歩前進する。剣を失った敵は予備の短剣を抜きつつ慌てて一歩下がろうとするが、ここはもう必殺の間合いだ。
そしてそれゆえに、私は迷わず背後を振り返って、振り向きざまの一撃を背後の敵に叩き込む。上体の回転を活かした左手の盾での一撃は、背後からこっそり襲いかかろうとしていた別の敵兵を文字通り吹き飛ばした。
怒りのままに戦うことと、敵を舐めるのは、別のことだ。
敵は、練達の兵士たちなのだ。それゆえに、仲間が絶体絶命となったなら、必ずや仲間をかばうように行動する。しかもただ単にかばうだけではなく、その一撃で敵を殺せるような選択肢を選ぶ。だから仲間が突如剣を失ったこの状況において、もう1人の兵士が取るべき選択は、「敵を背後から襲う」こと以外にあり得ない。
背後に盾での一撃を食らわせた私は、僅かな空気の震えを感じるがままに、軽くダッキングする。私の頭の上を、目の前にいた敵兵が放った必殺の突きが駆け抜けていく。
これもまた、必然だ。
敵兵の思考が、今の私には手に取るように理解できる。「窮地に陥った自分を、仲間が助けてくれた。だがその仲間は反撃され、おそらくは少なからぬダメージを受けた。そうであるならば、仲間が負った痛みを敵に返さねばならない。おあつらえ向きなことに、目の前には自分に背中を向けている敵がいるではないか!」。実によく訓練された思考だ。そしてここにおいて防御を顧みない、全力での突きを放つというのも、彼の能力の高さを物語っている。
だが、彼より私のほうが上だった。
鍛錬も、経験も――怒りの深さも。
最後の足掻きとばかりに、目の前の敵は私にクリンチしようとする。そうやって彼が私を押さえ込んでいる間に、盾の一撃で吹き飛ばされた戦友が私を殺す。その一縷の望みを賭けた、これまた理想の動き。
だからこそ私には、彼にとって人生最後の博打となったその動きも、彼が挙動を起こす前から見えていた。頭を下げて突っ込もうとする、その頭蓋にカウンターで戦槌の一撃をあわせる。グシャリという音をたてて、男の頭蓋骨が割れた。前のめりになって倒れていく彼の体を、危なげなく回避する。
その頃には、先に盾で吹き飛ばした敵も立ち上がっていた。彼にしてみれば状況は絶望的だが、それでも彼はやぶれかぶれになることなく、盾と手斧を構え直した。見事な戦士だ! 私は最大の敬意をもって、数合のうちに彼の頭蓋を叩き割った。
私に取り付いていた敵兵3人を無力化したところで(いつのまにかナイフ使いは姿を消していた)、私は周囲の状況を確認する。
するとザリナがブレンダ隊員のタックルで押し倒されるところが、見えた。よくやった! と内心で喝采を上げたが、ブレンダ隊員の動きは鈍い。おそらく彼女は既に致命傷を負っているのだ。
またしても、猛烈な怒りがこみ上げる。
私は全力で走り、地面に倒れたザリナにとどめを刺そうと思い――そのとき、ブレンダ隊員の槍を拾ったモニカ隊員が、ブレンダ隊員の体を盾にするようにして、ゆらりと立ち上がったのが見えた。モニカ隊員もまた、致命傷を負っているのは遠目にもわかった。
ならば――やるがいい。ザリナは、貴君らの獲物だ。
ザリナがブレンダ隊員を鎧通しで刺殺し、それとほぼ同時に、モニカ隊員はブレンダ隊員ごとザリナを地面に縫い付けた。明らかに、ザリナにとっても致命傷だ。
よくやった、ブレンダ隊員、モニカ隊員。
ザリナの首を挙げたのは、貴君らの手柄だ。
モニカ隊員が地面に崩れ落ちても、ザリナはなおも串刺しのまま、もがいていた。その姿を、無様だとは思わなかった。ザリナもまた、この期においてまだ戦うことを諦めない、歴戦の戦士なのだ。いまの彼女は手負いの獣であり、むしろ最大の注意を払って、断固たる対処をしなくてはならない。
だから私は、ブレンダ隊員とモニカ隊員が神の国に迎え入れられるよう口の中で聖句を呟きながら、足早にザリナに近づいた。ザリナは私の姿を認めてより一層激しくもがこうとしたが、すでにその生命の炎は弱まりつつあった。
私は高々と戦槌を掲げ、それから一息でザリナの頭にそれを振り下ろす。
手の中に、ザリナの頭蓋が割れた感触が残った。
女にしては大柄な体がビクリと痙攣し、動かなくなる。
我々は、ザリナを、仕留めた。
まだ戦闘は続いているというのに、私は思わず、深く息を吐いていた。
はっきり言えば、ザリナを殺したという事実には、想像よりずっと重みがあった。満足感と言い換えてもいい。私からハルナを奪った男の、人生のパートナーを、自分の手で殺した――どう考えたってこれは「血に血で報復する」という、多くの賢者たちが否定してきた行いだ。私自身、けして神に向かって堂々と報告できる行いではないという意識はある。
だが、ザリナの脳漿がこびりついた戦槌を手にした私は、紛れもない喜びを感じていた。
そしてその獣じみた喜びは煮えたぎる怒りと混じり合い、私の身体の内側で激しい爆発を起こす。
気がつくと私は大声をあげながら、二度、三度とザリナの頭に戦槌を叩きつけていた。彼女の頭は原型を留めないほどに破壊され、一種の奇怪なオブジェになっている。でもそれを見た私は、「こいつらにはおあつらえ向きの姿だ」としか考えられなかった。ハルナが辱められたように、ザリナもまた辱められて当然なのだ。名誉ある戦死を遂げた亡骸など、残してやる必要はない。我ら審問会派は血で血を洗う現世と常に向き合い続けている集団であり、そうである以上は、やられたらやりかえすことこそが存在意義だ。舐められっぱなしでも紳士ヅラし続けるのは、我々のあり方ではない。断じて、違う。
だから私は完全にザリナの頭部を粉砕すると、血と脳漿にまみれた戦槌を高々と掲げて叫んだ。
「聞け、異端者の手先どもよ!
貴様らの頭領たるザリナは死んだ!
さあ――次は貴様らの番だ! 己の罪を、己の血と苦痛で贖え!」
ほとばしる怒りと喜悦に突き動かされるがままに放った大音声は、深夜の戦場に深々と響き渡った。まだ立って戦っている部下たちは私の声に呼応するように鬨の声をあげ、その勢いに、赤牙団の残兵が完全に気圧されたのを肌で感じる。
「同胞たちよ、いまこそが勝機だ!
殺せ! 殺せ! 最後の一人まで、異端者を殺せ!」
叫びながら、私はマックス隊員と渡り合っている敵兵2人のうちの1人を背後から殴り倒して即死させ、慌てて振り向こうとしたもう1人の右肩を、それから左肩を叩き割って地面に蹴り倒した。逃がすわけにはいかないので、右膝も粉砕する。
私の意図を素早く理解したマックス隊員はベルトポーチから簡易拘束具を取り出すと、地面で激痛にのたうち回っている敵兵に猿ぐつわを噛ませた。あと数人、同じ要領で確保しておけば、誰かがナオキの居場所を吐くだろう。審問会派の尋問を前にして秘密を隠し通した異端者など、未だかつていないのだ。
それから、改めて周囲の状況を確認する。ザリナの死を知った赤牙団隊員は明らかに戦意を喪失していて、ざっと見たところ6人くらいがまだ戦っているが、誰もが動きに精彩を欠いていた。
一方で我が方と言えば、まだまだ心身ともに意気軒昂に戦えているのがマックス隊員とザック隊員。負傷は深いが戦い続けているのが、グリューガ隊員とフィン隊員。今まさに目の前の敵を打ち倒したイェルケ隊員は、地面に片膝をつきながらも私と視線をあわせ、弱々しく苦笑いしながら首を横に振った。彼には悪いが、慈悲あるとどめは、いま少し待ってもらわねばなるまい――そしてあまりに長く待たせぬためにも、迅速に掃討戦を進めねばならない。
マックス隊員を後ろに従えた私は、まずは劣勢気味だったグリューガ隊員を救援し、素早く敵を打ち倒す。グリューガ隊員は深手をおしてザック隊員の援護にまわり、ザック隊員と戦っていた敵兵はたまらず逃げ出そうとしてザック隊員に背後から切り伏せられた。一方、私とマックス隊員はフィン隊員を囲んでいた2人を逆に包囲するべく動く。と、フィン隊員と戦っていた2人の敵兵は逃げ出そうとしたので、1人はマックス隊員が殺し、もう1人は私が手足を打ち砕いた。尋問するにしても、予備は絶対に必要だ。
かくして、赤牙団との乱戦は終わった。
グリューガ隊員の手傷は重く、このままでは朝を迎える前に天に召されるのは疑いなかった。マックス隊員が手当を続けているが、これ以上はグリューガ隊員を長く苦しめるだけだというのは、マックス隊員にもわかっているようだった。
グリューガ隊員は苦しい息の下で「マックス、ヘレンとは寝たのか?」と聞き、マックス隊員は短く「寝た」と答え、グリューガ隊員が「あんな貧乳女のどこがいいんだ」と返すと、マックス隊員はにやりと笑って「あいつは着痩せするタイプだったよ」と囁いた。グリューガ隊員は「マジか。思い残すことが1つ増えやがった」と血を吐きながら笑って目を閉じ、マックス隊員は小さく祈りを捧げてから、グリューガ隊員にとどめを刺した。そしてその頃には、ザック隊員もイェルケ隊員の魂を天に還していた。
結局、なんとか生き残ったのは、4人。
しかも我々はまだ、ナオキの行方を掴んでいない。
だが、もうナオキは詰みだ。彼とザリナに従ってきた赤牙団員たちは壊滅し、ザリナもまた死んだ。どんなに彼が姦計に長けていようとも、その計略を実行できる人物がいない――少なくとも、彼を我々の暴力から守れる者は、もういない。
たとえ捕虜の2人がナオキの逃亡先を知らず(可能性はわりと高い)、我々4人だけでナオキの追跡を継続しなくてはならなくなったとしても、我々はそう遠からずナオキのもとにたどり着くだろう。
なぜならナオキもまた、所詮はこちら側の人間だから。恋人を殺されて泣き寝入りするようなら、彼のホームたる裏社会の住人は、彼を「臆病者」として軽蔑する。そうなればいよいよ彼が打てる手は少なくなっていくし、場合によっては彼の隠れ家を密告してくる輩すら出てくるかもしれない。
そして彼自身、必ずやどこかの段階で、ザリナを殺した私に復讐すべく勝負を仕掛けてくるだろう。人間はそんなふうにできている。
だがまずは、捕虜の尋問だ。それから領主の館だった廃墟も、きちんと調査する必要がある。確率としては低いが、まだ中にナオキがいるかもしれないのだから。
幸い、フィン隊員は左腕を骨折していたものの、それ以上に重大な外傷はなかった。その左腕も、マックス隊員の応急処置で添え木が当てられている。彼には悪いが、館の内部の様子を探ってもらうとしよう。ナオキを追い詰めるという真の戦いはここからなのだから、我々はもう一度気を引き締めなおして、戦いの新局面に挑まなくてはならない。
そんな計画を脳裏に巡らせながら、私はフィン隊員のほうを向き直った。
そしてその瞬間、フィン隊員が私に飛びかかってきた。とっさのことに反応できず、私はフィン隊員の体当たりをまともに食らってしまう。
なぜだ!? まさか彼は内通者だったとでも――
そんな疑念は、瞬時に消え失せた。空気を切り裂く鈍い音と同時に、フィン隊員の体に大きな矢が突き立ったのだ。矢は彼の背中から入り、その鏃は体を貫通して胸の前に飛び出ている。彼はその類まれな観察力を発揮し、狙撃に反応して私を庇って――そして、死んだ。
地面に崩折れたフィン隊員の姿を見て、私は再び目のくらむような怒りを感じるのだろうと思った。
けれどなぜか、怒りは湧いてこなかった。
代わりに「敵の狙撃兵が残っていたのか?」「まずは遮蔽を取らねば」「むしろ突撃すべきか?」といった、奇妙なまでに冷静な思考が渦を巻く。
いったい、あの怒りはどこにいってしまったんだ?
そんな疑念を感じながら私は「狙撃!」と叫び、「館に入れ! 遮蔽を取るんだ!」と叫んで――そして次の瞬間、意識がふっつりと途切れた。




