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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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関係の期限

 名前を記入した書類は、そのまま騎士の一人が持ち去った。

 続いて、セレスタイトさまがいう『呪い』を施す準備が始まる。といっても、魔術の心得が何一つない私には、何をどうしているのかはそばで見ていてもさっぱりわからない。

 騎士ではない人たちが、何やらぶつぶつつぶやきながらセレスタイトさまを取り囲んでいるだけにしか見えないけれど、きっと何らかの魔術をすでに使っている、と思う。


 彼らのそばには、いつの間にか少女が一人立っていた。

 王子に寄り添われていた、あの子だ。王子の影に隠れてよくわからなかった姿が、距離こそ開いたものの今の方がはっきりと見える。例えば彼女の衣服はすごくシンプルで、飾り気のない寝間着のようなワンピースであることや、瞳だけではなく髪の毛も黒いこと。

 髪は引っ張れば肩につくかも、という程度の長さしかない。この国では庶民でも長く伸ばすことが一般的であることを考えれば、色を抜きにしてもかなり目立つ見目をしていると思う。

 だからなのかはわからないけど、色が派手なストールが肩に乗せられている。

 普段はあれを被って、隠しているのかもしれない。

 祈るように胸の前で指を組み、目を閉じた彼女の姿はどこか神々しく見える。ここが教会だからというのもあるのかもしれない。これをみて、誰が人を呪っていると思うだろう。


 セレスタイトさまは、取り囲まれたまま動かない。表情は、私には背を向けているので見えないけれど、なんとなく笑っている気がした。……笑顔しか知らない、というのもあった。

 思えば彼は、どうしてこんな状況で笑うことができたのだろう。

 お姉さまがどうひどいことをしたのか、私にはわからない。けれど彼は、ほとんど巻き添えのようなものだと思う。むしろ、追放されたけれど殺されていないお姉さまと比べて、確実に死を迎えるというのは重すぎるのではないか、とさえ感じるほどに。

 それとも、これが身分の違い、というものなのかしら。

 身分の違いが罰の差を作ったなら――なんてひどい、悲しいことだろう。


「……おわったよ、フレン」


 ふいに、小さく声がした。

 とことこ、と王子に駆け寄って行く少女。

 そのまま甘えるように抱きついて、何かをぼそぼそと話している。終わった、という言葉通り、セレスタイトさまへ『罰』を与える行為が終わったのだろう。

 ローブの人たちも壁際へ移動していて、私はひとまずセレスタイトさまに駆け寄った。

 周囲が離れてもじっとしていたから、心配になって。


「あの、大丈夫ですか? 痛み、とかは……」

「ないよ、大丈夫。触っても平気だから」


 言いながら、セレスタイトさまは袖を捲り上げた。

 視界に入ったものに、私は思わず息を飲む。

 そこには、明らかに自然に生まれたものではないものがくっきりと浮かんでいた。

 両手の甲に浮かぶ、薄っすらと緑色を帯びた黒い模様を、セレスタイトさまはしげしげと眺める。それは蔓のような曲線を描いていて、何も知らなければ綺麗なものに見えそうに思う。

 だけど、これは呪い。

 ひと一人の命を奪うものなのだ。

 そして何も言えなくなる私とは対照的に、当の本人はへらりと笑う。指でこするように痣を撫でると、それから腕を回すようにして全体を改め、最後に鼻で笑うように息を吐いた。


「ふぅん、あんまりセンスないんだねぇ。それともこれは異世界の流行かい?」

「――セレスタイト」

「庶民には理解し得ない崇高な呪いだなと思っただけですよ、フレンディール殿下。所詮私などは下賤な生まれですのでね、聖女さまによる異世界の崇高な芸術は理解できないのだなと」


 わざとらしくお辞儀をするセレスタイトさまを、王子は舌打ち混じりに睨みつける。王子という立場でなくとも褒められた態度ではないそれを、咎める人はここにいない。

 ただ、バカにされた形になる少女――聖女ヤヨイさまは、明らかに表情を変えた。一瞬ぽかんとしてから、唇を強く結んで睨むようにセレスタイトさまに視線を向ける。

 怒っているのか、憤っているのか。

 私には綺麗な模様であるようには見えたので、おそらく単純にセレスタイトさまの好みではなかっただけのように思うけれど、それを言えるような空気は結局現れなかった。

 王子たちの目的はこれで終わったので、帰り支度を始めたから。

 最後に王子は振り返ると、セレスタイトさまにこう言い放つ。


「これも最期の情けだ、終の棲家まで案内してやろう。それと見張りは立てないが、結界で敷地ごと封じさせてもらう。食料の類は定期的に運びこんでやるが、量はそう多くないぞ」

「随分親切なことで。謀反人の片割れだというのに」

「100日、お前には生きていてもらわなければならないからな」

「……ふぅん」


 どこかバカにするような、小さい声。

 しかし王子はセレスタイトさまを一瞥することすらなく、疲れた表情を見せる少女の手を労うように柔く握ると、そのまま数人の騎士をつれて教会を出て行った。

 残されたのは私とセレスタイトさま。そして終の棲家とやらまで案内してくれるらしい、十人ほどの騎士だけ。外に出ると私がここに来るまで乗せられていたあの馬車が、停めた場所にそのまま残されていて、どうやらあれにまた乗らなければならないらしい。

 馬車に揺られ、到着したのは二人で暮らすには充分なお家。

 動物や子どもが走り回れそうな庭に、私が暮らしていた屋敷と遜色ない広さがありそうな二階建ての家屋。その傍らには、倉庫として使うのだろう小屋が見える。

 そこがセレスタイトさまの家だと説明を受けたのは、魔術を用いて作られた結界というもので敷地ごと封じられ、外の世界と完全に切り離されてしまった後だった。

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