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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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姉を知る人

 セレスタイト、という名前にも、ノア、という家名にも聞き覚えがあった。

 正しくは、目にした覚え、と言うべきかもしれないけれど。


 まず『セレスタイト』という名前は、何度か目にしたことがある。

 お姉さまから届く手紙と、召使との会話だ。

 あれは確か、今からだいたい二年くらい前だっただろうか、王都までお姉さまを訪ねに行った召使が、そこで見聞きしたことを私に教えてくれていた時のこと。

 城下に宿をとって、近くの酒場で夕食をとっていた彼は、そこで王城に関わるちょっとしたうわさ話を聞いたのだという。それは、若くして、ううん幼くして宮廷魔術師に名を連ねていた天才魔術師がいる、というもの。王子やその婚約者の覚えもよい彼は、貴族ではない。

 爵位を持たず、持つ家から生まれてもいない者が地位を得ると、城下では噂になるようですよと彼は笑っていた。その時、確かセレスタイトという名前でした、と聞いたのだ。

 その名前に、私はふと思い出した。

 お姉さまから届く手紙に、セレスという人の名前が時々出ていたな、と。

 セレスタイトという名前なら、セレスという愛称になるだろう。そもそも王子の婚約者の覚えがいいということは、とても近い位置にいることになる。

 じゃあ愛称で呼ぶのも不思議じゃない。

 私は召使の言葉と、お姉さまの手紙を結びつけて、お姉さまの生活を思ったのだ。


 次に『ノア』という家名だけれど、これは歴史書の中に度々出てくる。

 俗にいう『由緒ある魔術師の一族』、その筆頭だ。歴史は本当に古いようで、建国に関するものにまでその名を持つ女性が出てきていて、初代国王の伴侶になったという記述もあった。

 それから今日に至るまで、ノアの家名は歴史に関わり続けている。

 彼はそういう、由緒ある一族の生まれなのだ。

 ……けれど、彼らはあくまで魔術師の名家であるだけで、貴族ではない。

 書物にあれだけ名を残せば、それなりの地位を与えられていると思うけれど。もしかすると元はどこにでもいる普通の魔術師の家系だったから、辞退などしていたのだろうか。

 そもそも建国を成し遂げた王の伴侶、その縁者が今も昔も貴族になれない、なんてことは考えられない。どういう意図があったかは不明だけど、あえて辞退しているのだろうと思う。


 これらを複合すると、セレスタイトさまはそれ相応の地位にいた魔術師さま。

 お姉さまのことも当然知っている。なら、私のことをお姉さまから聞いていても、姿絵を見ていても不思議ではない。今より幼いころの私を描いたものを、確か持っていたはずだから。

 ……どんな気分、なのだろう。

 知り合いの妹といきなり結婚させられる、というのは。

 私は貴族だから『そういうこともよくある』と、思うことができる。けれど貴族の領域に近い場所にいながら、そうではないこの人にとってこの話は、どういうものに見えているのか。

 過剰なまでに拘束され、それでもへらりと笑ってみせる姿が、少し怖くなった。

 だけど、それでもあの騎士よりは、王子よりは怖くない。


「セレスタイトさまは、お姉さまをご存知なのですね」

「うん。僕も小さい頃から、お師匠さまについて城に足を運んでいたから。当時、あの中には同年代はあんまりいなかったから、仲良く遊んでいたよ。ミオリアと、王子――フレンもね」

「……そうなのですか」

「君のことも、たくさん聞いた。愛らしくて、お嫁に出したくないくらい大切な妹さん」

「えっ」

「ミオリアは妹大好きおねえちゃんだから。君に時々舞い込んでた縁談、にっこり笑顔で全部捻り潰してたよ。まぁ、貴族と結婚したら大変だしね、君のような体質だと特に」

「あ……そう、ですね」


 貴族に取っての結婚は、好きあう二人が一緒にいるだけでは済まない。

 好きじゃなくても、一緒にいる契約のようなものが多い。

 その契約内容には私では少しむずかしいこと、端的にいうと子供の問題がある。

 一応、主治医の先生の見立てでは子供を身ごもるのには何の問題もないそうだけど、いざ出産という時に何かしらある可能性は捨てきれない、という。

 健康そのものな女性でさえ、出産で命を落とすことも少なくない。

 どう言い繕っても健康とは言いがたい私は、それより危険かもしれない。

 姉はきっと、それを心配したのだろう、けれど。


「愛されているね、ヴィオレッタ」

「過保護すぎるのではないか、と思います……」

「いいんじゃないかな、たった二人の姉妹だし。それに子供を過剰なくらいに求められるのは彼女のほうだ。数年前からせっつかれていたみたいだったから、余計気にしたのかもね」


 その言葉を聞いた私は、改めてお姉さまの立場を重く感じる。

 王子は一人っ子で、王族の直系では唯一の王位継承者だ。外に嫁に出た国王の姉妹の子供を数えればあと数人いるそうだけれど、それぞれの家を継ぐので成人の時に放棄したという。

 つまり、王族の未来は王子、というより王子の花嫁に一任されたことになる。

 お姉さまは、ずっとその重厚とも戦っていた。

 そのお姉さまが、どうして。

 ……いや、それを考えても意味は無い。お姉さまが私のすべてを知っているわけではないように、私だってお姉さまのことを、何から何まで知っているわけではないのだから。

 私がわからないところで、きっと何かが、何かあったのだろう。

 息を深く吸い込み、少し吐き出してから目の前のことに意識を向け直す。


「……あの、どうしてセレスタイトさまは、ここに?」

「なんだ、フレンは何も言ってないの。僕は追放すらされないんだ。一応、魔術師としての能力が高くてね、外にその血を流すよりはここで処分しようってことになって」

「しょ、ぶん」

「そうだよ、処分。でも手を汚したりはしたくないのかな? それとも聖女の『使い心地』を確かめたかったのかな。わからないんだけど、えぇと、僕は――」


 セレスタイトさまは、しゃらり、と音を鳴らしながら腕を組む。自由を奪うが、不自由ではない程度のゆとりがある手枷は、少なくとも日常的な動作を阻むものではないらしい。

 足枷も大股で歩いてもまだゆとりがある感じで、これは拘束するものではないのだろうか。

 しばらく思案するような顔をした彼は、苦笑のような笑みを浮かべ。


「あと100日後に、死ぬんだよ」


 そういう罰を受けるんだ、これから。

 彼は自分のなんてことはないスケジュールを語るように、言った。

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