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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
八章:月は扉の向こう側
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あの人は神さまだった

  落ち着いたところで、クゥリさまは外へ出ていってしまった。セレスタイトさまが何か作業をするらしく、その手伝いとして呼び出された形で。

 めんどくせぇなぁ、とぼやきつつ、彼はリビングを後にする。

 残されたのは、身を固くしたままのルナさんと、私の二人だけだった。


「ルナさん、少し部屋で休んできてもいいんですよ?」

「いえ、あたしは」

「私と違って、ルナさんは当事者なんですから」


 そう、今回のことはルナさんが中心にいるといって過言ではない。

 アンディさんの行動に、私は直接関係ない。どういう理由で結ばれた取り引きなのか、アンディさん側のことしかわからないので何ともいえないけれど、私とセレスタイトさまが結婚してようといまいと、アンディさんが彼女を好きでいる限りはこうなる可能性はあった。

 その可能性が高いか低いか、それだけの話。

 そこに私、ヴィオレッタの存在は、それほど大きくない。


 ……私だけが、この一件を含めた一連の出来事の、部外者だった。


 確かにお姉さまという重要人物の身内、たったひとりの妹。だけどお姉さまのことはもう終わってしまっているし、私はただ『決まった日までここにいる』だけなのだから。

 それでいて、客観的に物事を見る目があるかというと、そんなものが備わっていることなんてなくて、セレスタイトさまに全否定された自分の感情と、この状況の急展開にひたすら翻弄されてついていくこともままならない有様。

 戦うこともできず、手伝うこともできず――本当に、役立たず。

 できることなんてこうして、ルナさんの話を聞くことだけ。

 私、どうしてこんなところにいるのかしら。

 どうして、何かできるようになる努力を、今ここで役に立つようなものを、身につけることをしてこなかったのかしら。お裁縫も、ここで教わった料理も、まるで使えないじゃない。

 アンディさんのことだって、いろいろ話をしていたのに。

 気づくことは、できなかったのかしら。


「私だけ、何もできなくてなさけない、ですね」

「そんなことはないです、妹さまは素晴らしい人です」

「でも」

「妹さまは、あたしよりずっと大変なのに、前を向いています。あたし、さっきからうつむいてばっかりでした。少し前を向いても、どうせすぐにうつむいてしまうと思います。あたしには妹さまみたいにがんばれません、まだ……そこまで、がんばろうって思えません」

「それは……それしか、できないから」


 言うと、ルナさんはふるふると首を横に振った。

 そんなことはない、と態度で示すように。


「昔、あたしがいた孤児院に、ミオリアさまが来たんです」

「え?」

「視察だって、聞きました。あの頃のあたしには、どうでもいいことでしたけど。そもそも外の世界のことなんて、何も知らなかったから。なんだか、人がたくさんだなって思いました」


 孤児院の関係者が、慌ただしく動き回る。子どもたちは蚊帳の外。ただ、粗相、をしないようにとだけ、繰り返し言われた。ルナさんには、何が起きているのかわからなかった。

 慌ただしい理由の中心にいた一人なのに、幼すぎて。

 そのうち、美しい馬車がきたという。そこから、美しいドレスをきた、美しい黒髪の少女が現れたのだという。周囲を従える姿はまさに『お姫さま』だったと、ルナさんは言った。

 そのお姫さまはあちこち見て回り、子どもたちと話をした。

 痛いところはないのか、不便なことはないのか。――これから何をしたいのか。

 ルナさんは、隅っこの方にいたらしい。お姫さまに興味がなかったわけではないけれど、近寄る勇気もなかったと。大事なものを抱きしめて、隅っこでうつむいていた。

 しかしお姫さまはルナさんに気づいて近寄ってきた。

 彼女が抱きしめる大事なもの――ぬいぐるみに、気づいた。


『あら、かわいらしいねこさんね。だけどケガをしているわ』

『……ねこさんのなおしかた、わからないの。おいしゃさん、いないの』

『じゃあわたくしが治してもよいかしら? わたくし、ぬいぐるみのお医者さまではないのだけれど、あなたがこの子をもっと強く抱きしめられるようには、してあげられるわ』


 そういったお姉さまは孤児院の人から裁縫道具を借りて、適当な端切れをもらって、丁寧に縫い直していったという。継ぎ接ぎだらけのそれは、しかし綺麗に治った。

 何もしなければ、それはそう遠くない未来で捨てることになっていただろう。

 ぼろぼろになることを、何らかの手段で食い止めなければいずれは。

 その日、偶然にもルナさんのいた孤児院へ視察にきたお姉さまが彼女を見つけ、彼女が大事に抱きかかえていたぬいぐるみを見つけ、端切れなどを使って丁寧に繕って。


「これが、その『ねこさん』です」


 一度部屋に戻ったルナさんは、かなり大きいぬいぐるみを抱えて戻ってきた。それは確かに猫を模したモノで、子供向けなのか顔は簡略化されかわいらしい印象を受けるデザイン。

 大きさも、今のルナさんでもちょっと大きすぎるかな、と思うサイズで、これを作った人はかなりの技術があったのだろうと、素人でも思う。まず型紙を作るのが大変そうだ。

 ぬいぐるみはパッチワークのように布が継ぎ接ぎになっていて、元々の布はどれかわからないくらい入れ替わっていた。そっと握らせてもらった手は、まるで綿毛のようにふわふわだ。


「ずっと、これを治せなくて泣いてました。ボロボロになって、たったひとつの大事なものがなくなってしまうって。でも何もできない自分が嫌で、泣くことしかできませんでした。だけどミオリアさまは、ねこさん、治してくれて。あたしの思い出、守ってくれて」


 だから、とルナさんは続けて。

 ぎゅうっと、ぬいぐるみを抱きしめて。


「あの人は、あたしの『神さま』なんです。この子を治してくれた。妹さまは、あたしにお裁縫を教えてくれました。それでもあたし、お裁縫はうまくなれませんでした。ミオリアさまみたいに、ねこさんを治すことできないままでした。だけどあたし、ここに来てからちょっとだけお裁縫、上手になったんです。妹さま、ヴィオレッタさまが教えてくれたから。だからあたし、もっとこの子を大事にしていけると思うんです。もっともっと、一緒にいられるんです」


 だから二人は素晴らしいのだと、ルナさんが必死に言う。

 孤児なんかに、自分なんかに、いろんなことを教えてくれる神さま。


 誰が何を言っても、国が、世界がどう言っても。

 ルナさんにとって大事なものを守ってくれたお姉さまは、彼女にとっての神さま。彼女が口にするのは、それは長く会うことの叶わない、あの人、お姉さまの、私が知るそのまま。

 私への賛美なんて、どうでもよくて。

 ただ、お姉さまのこと、が。

 そこまで必死に頭を動かしたところで――そのまま、私の視界は崩れた。


「い、妹さま……」

「ごめんなさい、でもお姉さまのこと、そんな風に言う人、私」


 ぼんやりと曇った向こう側で、ぬいぐるみを抱えたルナさんが慌てる様子が見える。どんな顔をしているかはわからないけれど、きっとすごく焦っているのだと思う。

 指で拭って、拭って、でも追いつかない。

 追いつくわけが、なかった。

 やっと、私の見知るお姉さまが、正しく『ミオリア・ヴェルテリス』だと、わかって。あの人は私が思っていたとおりの素晴らしい人で、私の自慢の姉で、私の誇りであるとわかって。

 それがとても、あぁ、とてもうれしいのです。

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