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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
八章:月は扉の向こう側
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月光鋭く

 次の日、リビングにいくとクゥリさまがすでにいらっしゃった。その表情はどこか疲れた色が強く滲んでいて、そばにはソファーに横たわったまま眠っているルナさんの姿があった。

 起きた時、横にいなかったのでもしかしたら、と思ったけれど……。


「大丈夫、ちょいと酒の入った暖かい飲み物与えて、そのまま寝かしつけただけだ。元々使ってた部屋がどこかわからないし、お嬢さんが寝てるからってことで、ここで寝かせてた」

「そうなんですか……」

「まぁ、お嬢さんのせいじゃない。これはあいつの自業自得ってやつよ」


 あいつ、がここにいない二人の、どっちを指しているのかはわからない。

 ただクゥリさまもあまり眠れていないようで、見るからに疲れた顔をしていた。まるで眠る時間が足りていないような、そういうときのお姉さまと同じような感じ。

 そもそもこの時間にいるということは、まだ外が暗い時間から?


「あの、クゥリさまはいつから……」

「たぶんお嬢さんたちが部屋に入ってからだな。夜中にいきなり連絡用の魔術が飛んできたから慌てて馳せ参じたってところだ。あいつがこの状況で、外に頼るのは尋常じゃないしなぁ」

「そんな時間から……クゥリさまも少し横になっては? 私がここにいますし」

「あぁ、いや。これくらいは平気だ。仕事で一日眠れないなんて珍しくもないし、この状況ですやすやはできない。軽く茶でも飲んだら目が覚めるし、あとで仮眠も取ってくるよ」


 クゥリさまは言い終わってから、あぁ、と何かに気づいた顔をして。


「今のはお嬢さんが図太いとかってわけじゃなく、単にセレスタイトが『向こう』にかかりっきりだから俺が離れられないってだけだ。お嬢さんもこの子も『戦えない』となるとな」


 戦えない、という言葉に思わず身体を震わせる。

 そういう言葉が出てくるということは、これで終わるわけではないと彼らが予測している証拠だから。こんなことが、あんなことがまた、あるかもしれないなんて……。

 どうしてなのだろう。

 お姉さまと、私がいたから?

 それともセレスタイトさまに何かが?

 ……考えても、わからなかった。


「セレスタイトは屋敷の周辺を見回って、内側から結界を補強してる。それが終わったら戻ってくるだろう。そしたら軽く食事を腹に入れて……何をするにも、まずはそこからだな」

「そう、ですか……」


 そう言って、クゥリさまは軽くあくびを漏らした。

 やっぱり眠いのだろう、当たり前だけれど。

 私は、彼のためにお茶を用意することにした。セレスタイトさまが戻る頃合いも、ルナさんが起きる頃合いもわからないので、私が飲むのも入れて二人分。

 お湯が湧くまでの時間は、昨日からのことを思い出せる。

 クゥリさまが言っていたするべき『何か』の内容は、たぶん状況把握とアンディさんへの事情聴取だろう。状況把握にはまず、アンディさんから聞き出さなければいけない。

 この様子だと、あれから特に話をしたわけではないらしく、それ以外のことに時間を使っていたようだ。例えばそれは、セレスタイトさまが行っているという結界の補強。

 あの人はこれからも、同じようなことが起こると思っているのだろうか。


「クゥリさま、お茶です」

「おぉ、悪いな」


 お茶を並べてから、クゥリさまの向かい側に座る。

 すでに空っぽになっているだろうお腹に、温かいお茶は心地よい。じんわりとしたぬくもりがお腹を中心に広がっていくのを楽しんでいると、小さく、かすかな衣擦れの音がした。

 

「……ん、いもうとさま?」


 ふにゃりとした、明らかな寝起き声が聞こえる。声がした方に目を向けると、ソファーに横たわっていたルナさんが、目元をこすりながらゆっくりと身体を起こそうとしていた。

 彼女は一瞬、私を見て驚いた顔をする。

 しかし、窓の方を向いて、今が朝と呼べる時間なのがわかったようだった。

 こわばった表情が、再び緩んでいく。


「……アンディは、あれはまだここにいますか。もう、あの人が始末しましたか?」

「し、始末?」

「さすがのセレスタイトもそこまではまだやってないな……」

「まだなのですか、じゃあ行ってきます」


 言い、ルナさんは立ち上がる。

 その目は鋭く、まるで刃物のギラつくような光があった。

 普段から温かいとは言い難い、どこか冷めた目をすることが多かったルナさんだけど、こんなのは初めて見た。よく、本に『視線で殺せる』なんて言葉があるけれど、その視線はきっとこんな感じなのだろう。私に向けられたわけでもないのに、恐怖がこみ上げてくる。


「ルナさん、あの、アンディさんのところへ行って、何を」

「決まってます、横っ面を殴って、殴りつけて、それから殺します」

「こ、ころ……?」

「あいつは、あいつはとんでもない罪を犯しました。あたしのせいで、あたしがあいつに絆されたから、だからあたしが責任をとらなければいけません。あいつを殺さなければ、罰を」

「そりゃ手っ取り早いな、お前さん相手なら喜んで死ぬだろうさ」


 でもダメだ、とクゥリさまは言う。


「あんたはここで、お嬢さんの護衛だ」

「あたしは魔術を使えません」

「そうは言っても、叫び声くらいはあげられるだろう? 少なくともお嬢さんを一人にして誘拐されたり……殺されたりなんぞしたら、それこそ『鬼』が目を覚ます」

「おに?」

「あぁ。俺が知る限りもっとも恐ろしい『鬼』だ。あれを叩き起こすくらいなら、失職覚悟で手助けして最後の一線だけでも死守することに務めるさ。だからお嬢さんを任せたぞ」

「……はい」


 ぐ、と何かをこらえるように頷くルナさん。

 だけどその顔には、私から見ても何も納得していない、という色が滲んでいた。

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