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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
八章:月は扉の向こう側
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願いのために

 二人の会話、そしてセレスタイトの言葉を聞いて、アンディは視線をそらす。それは問われることから逃げるようでもあり、事実を直視するのを嫌がる子どものようにも見えた。

 異を唱える言葉も出てこないところから、クゥリは真実であると悟る。

 もし違うなら、あのアンディ・エルテなら何かしら異を唱えたであろう内容だ。しかしこの状況で何も言わないのは、セレスタイトの言葉が真実である証拠であると思ったのだ。

 しかしここで疑問になるのは。


「だがお前を殺して、こいつ――エルテ家に得があるのか?」

「少なくともエルテ家にとっては、予想外にも程がある案件だろうね。つまりこれはこの坊やの暴走あるいは自棄もしくは、何かしらを得るための取引材料ってやつかな。生贄だね?」

「生贄は清らかな乙女と相場が決まってるがな」

「じゃあヴィオレッタかな? でも彼女を殺したところで、どこにいるかもわからないミオリアへの嫌がらせにしかならないし、ルナを本気で泣かせるようなことはしないだろう、君」

「……っ」

「一族の意向に逆らって無茶をするのは、それをしてでも欲しいもののためだ。この坊やにそれだけの価値を見出すものがあるとするなら、それは一つしかない。ゆえに、それを悲しませることは絶対にしないよ。……まぁ、結果としてはお察しの通り大惨事なんだけどね、これ」

「……ルナ・フィライがそんなに大事なのか」


 ルナの話題を出され、アンディの表情は悔しげに歪んでいる。

 クゥリは詳しいところはわからない、だが彼にとってあのルナ・フィライはその名前一つであんな顔をさせるほど、重要な存在であることはなんとなくわかった。

 それをわかっていて名を口にするセレスタイトは、何とも底意地が悪い、とも。


「身分違いの大恋愛にガキのくせして酔っ払って、ざまぁないね」

「貴様……」

「だって本当のことじゃないか。どこの聖女さまが腹話術で囁いたのか知らないけど、よくもまぁ僕をここで、僕のテリトリーで殺せると思ったね。ばっかじゃないの?」


 見下すようにそばへ歩み寄り、しゃがみこんで顔を覗き込む。にやにやとした、喜色の悪さと性格の悪さが全開になった顔をしているのだろうと、後ろから見ていてもわかった。

 完全に相手を、アンディをオモチャにして遊ぶつもりなのだろうか。

 頃合いを見て止めないとな、とクゥリは息を吐く。


「お前くらい、殺そうと思えば殺せる……!」

「無理だよ。泣き虫アンディ坊や。お前程度ではかすり傷くらいしか付けられないさ。もし僕をここで殺せる人がいるなら、それはたった二人しかいない。一人はヴィオレッタ、彼女になら僕は喜んで殺されよう。そしてもう一人は――我が最悪のクソ親父こと、ラズ師だね」


 ラズ師――その言葉にアンディは不思議そうな顔をする。

 あぁ、こいつは知らないのか、とクゥリは思った。それなりに昔の話だし、若い世代には馴染みがないのかもしれない。

 だがクゥリはラズ師と呼ばれた魔術師――本名をラズ・ノア、というその人の、様々な逸話をよく知っている。直接あったことは残念ながら、いや幸いながらないのだが。

 彼は他ならぬセレスタイトの養父であり、彼の言動が可愛くみえるくらい好き勝手していたが実力だけは折り紙付きの、所詮天才魔術師と若い頃から名を馳せた『バケモノ』だ。

 そして、十年前に死んでいる人物でもある。

 要するにセレスタイトは、自分を殺せるのはすでに死んだ養父か、そうでなければヴィオレッタだけだと言い切っているわけだ。実際、セレスタイトと戦ったとして、彼に勝てる魔術師というとそう多くないだろうとクゥリは思う。この国の魔術師は基本的に戦わないからだ。

 いや、勝つことだけに意識を向けるなら、数はそれ相応に増える。

 相手が周囲の被害を顧みない戦法を、高確率で取ることさえなければ。

 現実問題として、セレスタイトのようなものを相手に戦いをふっかけることがすでに負けというパターンなのだ。彼に勝利しても、周囲が焼け野原であれば意味がないのだから。


「ラズ師な……お前がそう育った元凶か」

「僕、あれよりマシだと思う。僕を引き取ったせいで円満縁切りした兄弟姉妹を、宮廷魔術師同士の力量を高めつつ万一に備えての対人戦闘訓練も兼ねた勝ち抜き大会で、毎回半殺しにしてた鬼畜サドだよ? しかもわざわざ拷問具を模した創作魔術まで用意していたぶって」

「うわぁ……」

「当時美少女の妹君が半裸半泣きで『鉄の処女』に引きずり込まれていく姿、あれはなかなか見ものだったと思うよ。召使を主に精神的に虐待して遊んでるクズだったから、胸がすくような思いでお腹抱えて笑ってやったけど。あの無様極まる醜態のせいで嫁の貰い手なくして今も独身だって。いやぁ、あのケバケバしいクソババァ、僕のことも目の敵にして鬱陶しいことこの上なかったから、その子どもとかホント勘弁。クソ親父もいい仕事したものだね」


 噂に聞くセレスタイトの養父『ラズ・ノア』の話に、流石に絶句するクゥリ。なかなか苛烈な性格だったというのは、親ほどの世代の魔術師からよく聞いたが、想像以上だった。

 苛烈を通り越してセレスタイトの強化版というのは……。


 ――まぁ、これがこう育ってるのを思えば。


 その父親がまともである、標準的な人物である保証はなかった、そういえば。

 内心ドン引きするクゥリの横で、セレスタイトは嬉々とした様子で話をすすめる。


「目的とか理由とかどうでもいいんだけど、君はもう少し賢いと思っていたよ」

「……何が言いたい」

「だってこんな破綻する計画、わざわざ選ぶとは思わなくてね。まず王子から君は疑われるだろうし、そうなれば周囲からもエルテ家が王子派、聖女派についたとみなされ騒動になる。君とルナの結婚云々どころではなくなるだろう。いやむしろ、そうなった元凶のルナを速やかに処分しようとするのではないかな。嫡男さまを守るための犠牲……つまり、そうなった世界で僕やヴィオレッタと同じものさ。そこまでいくと、ルナも君に愛想をつかすだろう」

「黙れ……」


 身じろぎ、必死に身体を何とかしようとするアンディ。

 だが魔術は封じられ、身体の動きも封じられた今の彼には何もできない。


「聖女とどう取り引きしたかは知らないが、彼女が約束を守ってくれる保証がどこにあるっていうんだい。知らない、聞いていない、で話を通されたら意味のない行為になってしまうね」

「黙れ!」

「そもそもだ、慕った人の屍の上にドレスを着せて立たせよう、その生命を踏み台にして幸せになろうっていう趣味の悪さが、ねぇ。もしかしてルナのこと実は嫌いなのかい? いつか露呈することを見越した上での、自分を顧みない嫌がらせとか?」

「セレスタイト」


 流石にえげつない話になってきたので、クゥリは止めに入る。

 唇を噛み締め、セレスタイトを睨みつけるアンディは、それよりはわずかに軟化した視線をクゥリの方に向けた。まぁ、それでも睨んでいると表現できる鋭さに変わりはなかったが。

 残念なことに、クゥリは今のところこれというほどの身分の差という壁を、感じたことがなかったりする。仕事の上でそういうことがないわけではない、が気にするほどでもない。

 例えば貴族相手に恋でもすれば、あるいはこの少年の気持ちも理解できるのだろう。

 だがそういう経験がない以上、クゥリはやはりアンディの暴走がわからない。しかしそれ以上に理解ができなかったのは、それほどに好きならばなぜ――。


「なんでこいつを狙うような、後ろ暗い取り引きに応じたんだ」

「お前らにはわからないさ、身分の違いという壁の大きさが! 僕はそれでもいい、ルナと一緒にいられるなら、誰が死んでもかまわない! それで彼女と一緒に生きられるなら、この思いが叶うなら僕はなんでもする! そう思ったから、だから取り引きを持ちかけたんだ」

「は? 向こうからじゃなく、お前が?」

「あぁそうだ、ルナの後見になってほしいと嘆願したら、お前を殺せと命ぜられた。だから」

「……なに、それ」


 ゆっくりと開く扉。

 その向こうには、真っ青になったルナの姿があった。

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