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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
七章:悪手から綻び
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 突然の求婚を祝ってなのか、その日の夕食は少しだけ豪華だった。普段より品数が多く、どれも手が込んでいる。あれからセレスタイトさまが、一人で時間をかけて作ったものだ。

 いつもの料理も美味しいけれど、なぜか今日はずっと美味しく思う。それはきっと、幸せそうな二人を見ていて、関係のないこっちまで幸せな気分になれたからなのだろう。

 やっぱり、人の笑顔を見ているのは好きだ。

 胸の奥がふわふわして、ぽかぽかして、それだけで何かが満たされる。

 いずれ私も、あんな風に――。


『だってそれは、全部『錯覚』なのだから』


 そう思った瞬間、蘇ったのはセレスタイトさまの言葉だった。

 彼は以前、アンディさんの恋心を『独占欲』と言い、私がルナさんに指摘された感情を含めてすべて『錯覚』であると言った。まるで、恋や愛が存在しないと言うかのように。

 本当にそうなのだろうか、なんてことは考えてもキリがない。

 少なくとも私が覚えているお父さまとお母さまは、いつも笑顔で幸せそうだった。人からもそう聞いているのだから、これは正しい記憶と認識であると思う。

 ……お姉さまのことを考えると、どこまで正しいのか自信が揺らいでしまうけれど。


 セレスタイトさまこそ、人を好きになったことがあるのかしら。

 アンディさんのように身分なんて気にせず、それを乗り越える勇気を得るほど、誰かと一緒にいたいと思ったことはあるのかしら。……あるなら、どうして今ここにいるのかしら。

 これが、私の立ち位置がお姉さまならまだ理解できた。

 だって二人は幼馴染なのだから、そんな相手のために何かをするというのは私にだって力できる感情だった。そのために呪いを受けるかどうかは、私にはわからないけれど。


 考えても、やっぱりわからない。

 どこまでが錯覚で、何が本当のことなのか。


 私はどうすれば。

 そう考えた瞬間――微かに、ことり、という物音が聞こえた。

 思わず身体を起こし、カーテンを開く。

 外には月がのぼっていて、まだ朝が遠い色の空が広がっていた。聞き間違えか、誰かの寝返りかなにかかと思った私の耳に、再び、ことり、と確かな音が届けられる。

 じゃあ、これは錯覚などではなく、現実に音がしているということだ。

 おそらくセレスタイトさまだと思うけれど、こんな時間まで何かしているのかしら。そのまま眠ってしまってもよかったけれど、なんとなく心配になって私はベッドから出た。

 でもセレスタイトがいるであろう書斎に、明かりは見えない。

 いくら小さい明かりでも、多少は隙間からこぼれているのを何度か見ている。

 じゃあ、書斎には誰もいない……。


「セレスタイトさま? 起きてらっしゃいますか?」


 念のために声をかけてみるが、反応はなかった。

 もしセレスタイトさまがいれば、ここで何らかの反応があると思う。何もないということはきっといらっしゃらない。じゃあさっきの音は、何だったのかしら……。

 もしかしたら一階の方にいるのかも。例えば寝苦しくて水を飲みに行った、とか、私も何度かそういうことがあったから、セレスタイトさまにも起こりうると思う。

 だったら安心であるはずなのに、胸騒ぎというわけではないけれど何だか姿が見えないことが気になって、私は部屋に明かりを取りに行くと、そのまま一階へ降りてみることにした。

 ぎしり、ぎしりと階段を降りていく。

 もう慣れた場所であるはずなのに、なぜかこの時間だと怖く思った。


 一階に降りたところ、リビングの奥で何かの明かりが揺れているのが見える。

 誰かが、そこにいるのがわかった。


 この時間、家の明かりはそれぞれの部屋の明かり以外、すべて消されていたはずだった。部屋の明かりさえ眠るときには消してしまう。ただ一つ、今も私が手にしている持ち運び用の明かりは、簡単に火が灯るような作りになっている。ランタン、ランプ、と呼ばれるものだ。

 私の家ではろうそくを使っていたけれど、最近はこちらが主流なのだと聞いた。

 火を維持するための動力が、少し割高なのがどうとか……確か、セレスタイトさまがクゥリさまと話していたと思う。物資を確保するのが面倒だ、という感じの流れで。

 だからこそ、家の明かりは夜になると消している。

 この時間、明かりがあるのはそこに人がいる証拠でもあった。


 誰が、こんな時間に起きているのだろう。

 アンディさんかもしれないし、ルナさんかもしれない。だけど二人とも、朝までぐっすりと眠れる方らしく、逆に遅くまで起きているのはセレスタイトさま一人と言っていい。

 それでいて朝は早めに起きるのだから、睡眠時間は大丈夫なのかしらと時々心配になる。

 ここは早く寝るよう、私から注意した方がいいかもしれない。


「……あの、セレスタイトさま、眠れないのですか?」


 声をかけてみる。

 その瞬間、ろうそくを吹き消すように――明かりが消えた。


「え?」


 どうしてと思った直後、薄暗い中を何かが動く影がかすかに見える。それは黒く、人の形を成しているようには見えなかった。例えるなら、小さい子供が描く『幽霊』のような。

 大きさは、人間である可能性が高い程度。

 そこから導き出される答えは――何か黒い布をすっぽりとかぶる、誰か。


 息が、止まるかと思った。


 クゥリさまの時とは比べ物にならない緊張感で、指先が震える。あの時は明るく、すぐにセレスタイトさまが駆けつけてくれた。でも、今は? あの人はどこにいるの?

 目の前にいるのがもし、セレスタイトさまでなかったら。

 悪意ある侵入者だったなら。

 私は、その場から動けなくなってしまった。

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