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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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悪魔の取り引き

 俺は、と王子が私の首を握るように掴む。

 微かに呼吸が阻害され、息が、苦しくなった。

 周囲の人は、誰も止めに入らない。このまま私が、絞め殺されても構わない、と言うかのような静寂が満ちていた。かすかな金属音すら聞こえない中、王子の低い声だけが響く。


「ミオリアも、あれがやたら気にかけていた妹も、断頭台にでも送ってしまえばいいと思っていた。寄る辺のない、帰り道もないだろうヤヨイのことを、ああも傷つけられる女など、もう二度と見たくないと思った。今も、母上が泣いて止めていなければ、ここで――」


 ぎり、と軋む音。

 王子が歯を食いしばっている、音だ。

 彼は本当に、私を殺してしまいたいのだろうとわかる。お姉さまのことも、本当は殺してしまいたかったのだろうとも。それほどのことをお姉さまはした、それほどに彼は怒った。

 何があったのか、私にはわからない。

 手紙には何も書かれていなかったのだから、私には知ることもできない。

 お姉さまの話のどこまでが本当で、何が嘘かもわからない。もし嘘が混じっているなら、どうしてそんなことをしたのかを、私は妹として、知りたいと思う。

 でも、確かめようにも、尋ねようにも、お姉さまはここにいないから。

 会うことも、もう叶わない。


「姉の行方を知りたいか?」


 姉に会えない、と思う私の心を読み取ったように、王子が言葉を綴る。

 知りたい、姉の行方を知りたい。生きていることを確かめたい、私が直接尋ねることができなかったとしても、誰か信頼できる人をやって確かめてほしい。

 行方なら、いくらでも知りたい。

 会わせてほしい。

 嘆願するような目を向けると、王子の顔が、奇妙な笑みに崩れる。

 思った通り、と言うかのような、何かの企みがうまく噛み合ったような。ぴくり、と身体が跳ねるように震える、そんな恐ろしい表情だと、口には出せないながらも思った。

 どんな無茶を言われるのだろう。

 そう恐れた私に、直後、予想外の言葉が投げられた。


「知りたければ、こちらが用意した男と、今すぐに結婚しろ」

「え? け、こん?」

「そうだ。そいつとの結婚が終了すれば姉を運んだ国境に、お前を連れていってやろう。ミオリアの妹といえば、もしかすると姉のところまで連れて行ってくれるかもしれないな」

「お姉さまの、ところ」

「つまり姉は強制的な国外追放。お前は自ら国外追放――いや、退去と言うべきか。なんにせよ自分からこの国を捨てていくことになる。断ればそうだな、腐っても聖女の家系だ、処刑だけは許してやろう。だがこちらが用意した貴族と、無理やりにでも結婚してもらう」

「でも、家は」

「領地の管理は任せろ。これはお前たち姉妹の罪であり、領民などには一切関係のないことなのだからな。より優れたものを新しい領主に任命し、あの土地を任せよう」


 だから、さぁ、お前はどうする。

 王子はそう締めくくると、そこでようやく私の首から手を離した。げほげごと咳き込みながら身体を丸める私に、鋭く視線が降り注いでくる。見ている、私の出方を見ている。


 ――これは取り引きだ。


 結婚が終了、という当たり、なにかワケアリなのか期間限定なのだと思う。それが終われば私はお姉さまに会える。会うことができるようになる。でも断れば、それは永遠にこない。

 どちらにしろ結婚相手を選ぶ権利はない、ということらしい。

 だけど前者はお姉さまに会える。会う可能性ができる。どこの国に行ったのかもわからない現状、唯一の手がかりはこの『取り引き』だった。私に唯一残されたのは、この選択肢。

 後者を選んで人を使ってということも、できなくはないかもしれない。だけどこの状況からして、姉に同情的な相手を選んでくれるとはいくら私でも思えないことだった。

 そもそも、まともな結婚になるのかさえ、不明だ。

 世の中には幸福ではない結婚も、少なからず存在している。腐っても聖女の家系、とわざわざいうからにはそこまで露骨なことはしないと信じたい、けれど幸せかどうかは別問題。

 私はお姉さまに会いたい。罪のあれこれとか、そんなことは関係なく。

 だって、たった一人の家族だもの。

 お姉さまと私は、互いが唯一の身内で姉妹だもの。

 もしかしたらお姉さまを探して、旅をしなきゃいけないかもしれない。そんなこと、今の私にできるなんて思えない。だけどお姉さまを見殺しにしてまで、生きていたいとも思わない。

 今、目の前で揺れているチャンスを、私には無視することができなかった。


「……わかり、ました」


 受けます、その話を。

 誰でもいい、結婚します。


 その先でお姉さまとまた出会えるなら、お姉さまを探せるなら。だったら結婚の一つや二つ平気です。私は貴族令嬢。望んだ相手と結婚、なんてお姉さまの立場的にも期待していない。

 お姉さまが結婚したら次は私だ、ということは幼い頃から理解していた。

 不思議と縁談は入ってこなかったけれど、お姉さまが結婚すればそうもいかないと。だって私があの場所を、守り育み、繁栄させなければいけないのだから。

 そのためには私には結婚が不可欠で、次第に集まるだろう縁談の中から、もっともふさわしいと思う相手を選んで、その人と結婚して子供を産んで、育てながら生きていく。

 誰が相手でも、初対面に変わりない。

 どのみち、私はほとんど知らない相手と結婚する運命だった。だからもう、ずっと前からそうなることを覚悟して、庶民のような恋愛結婚なんて夢も、早々に捨て去った。


 いくらお姉さまの後ろで、守られるだけだった妹でも。

 その程度の覚悟は、ちゃんと持っている。

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